【勝手気ままに映画日記+山ある記】2026年3月(完成版)
![]() |
| 久しぶりに会いました!雲取山からの「特注」!富士山(3・24) こちらは、まだまだ寒い!会津駒ケ岳の雪中トレッキングです↓ |
| 一応これが長くのびる会津駒ケ岳の全貌?(#YAMAKARA) |
今月も順次、登った山と見た映画についてご紹介しています。ページ下方から上に向かって掲載しております。
【3月の山ある記】日付の前の番号は今年になって何回目の山行かを示しています。
⑨3月23日~24日 いちおう復活?の三条の湯~雲取山
23日 奥多摩駅(9:00)⇒鴨沢西バス停(10:11)…➡三条の湯(13:57 泊)
コースタイム3h49m 12.1㎞
24日 三条の湯(6:00)…➡三条タルミ(9:19)…➡雲取山(2017m 10:15~30)…➡小雲取山(1937m 10:54)…➡ヨモギの頭(1813m11:13)…➡七つ石小屋(12:19~35)…➡鴨沢バス停(ゴール 15:10) コースタイム9h7m 18.0㎞
2日間合計 コースタイム12h56m 距離30.2㎞ ↗2725m↘2731m コース定数66(きつい) 平均ペース150-170%(速い)【以上ヤマップデータ】
今年最初の春山行、今までに何度も登っているが、最近の足の具合からもこれが最後の登頂?などとひそかに思いつつ、今回もYツアーに。参加者9名(m3名)ガイドは初めてお世話になるKRさん。添乗は昨年春岩櫃山でお世話になった?若い女性のORさん。ちょうど1年たって大分頼もしくなり??
初日は、奥多摩駅集合で路線バス、鴨沢西バス停から歩き始める。ほとんどは林道歩きで、最後30分ほどはやや傾斜のあるトレース道という感じで、足の痛みも何のその(とはいっても途中でちょっと左足がつらく。この日は念のため歩き始める前と途中でロキソニンを補給しながら歩くが、無事に懐かしい?三条の湯に到着。
まずは、例によって入湯。ここはかすかに硫黄臭もあるが、沸かして温めている鉱泉。蛇口からはとんでもない高温の湯が出てびっくりしたが、おおむね気持ちの良い一番風呂。一人で行き、沢山の蓋を外して、入浴(石鹸・シャンプーなどは使えない)蓋をしめるのはしんどいから次の方が来るのを待ってのんびり入浴。出た後は缶ビール1本を買い込んでKRガイドや同行のみなさんとテラスで歓談も…。さすがに寒くなり布団にもぐったりしてのんびりと5時半の夕飯まで。この宿は実は4年半前に訪れ、オーナーの畑で取れた自家製作物尽くしの夕飯を楽しんだが、オーナー引退で食事が変わったなどという噂も聞いて心配していた、が、変わらず美味しい自家製野菜の夕食をいただけて大満足。食後しばらくして誘いあり、食堂で宿泊の常連という欧米人のブルースさん・フィリップさんという方’(それに宿の方も)のギター・ハーモニカでのミニコンサートもきかせてもらい、珍しく山小屋ライフを楽しむ。同宿もう一組は八ヶ岳富士見石小屋のスタッフの研修旅行とか。また、この小屋の手ぬぐい(鹿と熊が入浴している図柄)は八ヶ岳赤岳頂上小屋の手ぬぐい(わが部屋に飾ってある)と同じGさん(三条の湯のスタッフ)のデザインなのだとか。8時ごろ出てくると星くっきりの夜空。8過ぎ就寝(背中・腰に張ったキネシオテープのまま入浴したので、そこが少々寒かった)よく眠る(2時前まで)。
↓三条の湯についた!/名物「お風呂」の入り口
2日目、いよいよ三条の湯から雲取山に登る。およそ10時間の長丁場と聞いて、足の具合を少々心配したが、まあ、こともなく出発。昨日状況(と年齢)を聞いてか、KR氏、私をマークし、それとなく気遣ってくれるが余計なおせっかいをしないというスタンスで助かる。
雲取山ヘは2021年11月に三条の湯から上ったが、今回歩いた道はこの時とは違うルートで初っ端から急坂ジグザク登り、記憶になかったのでガイドに聞いて見たら、3年半ほど前に前の道が崩落して新たに切り開いた登山道なのだとか。確かに歩いてみても時たま路肩がなかったり、サラサラの砂のような土が崩れそうな難所があったりしてけっこう大変という印象。暮れに買った新しい登山靴で行ったので足首はしっかり固定され。歩きやすいが、帰宅後両足第2指に水ぶくれ!ヤレヤレだ。KR氏はけっこう気にしてくれ、途中から私をトップにおいてくれたので、ペースメーカーになれて、後ろの面々が体が温まらないのでは?と心配しつつも大分楽に歩ける。さらに三条ダルミでは1年ぶりの新しい靴へのチェーンスパイクをつけるのに少し手間がかかっていたら、両足に装着してくれ、これには恐縮。雪はほとんどないのだが、北斜面にやや積もったり凍ったりしているところが残っていたので、まあチェーンスパイクドロドロは覚悟で、やはりつけてよかった…。三条タルミから上は私としては思いのほか苦も無く登ったが最後の3分くらい、KR氏、自分と私を最後に下げて添乗員を先頭に皆さんを先に登らせる。なるほどさすがの気遣いかね…。彼の口からは久しぶりに聞く「温存」ということばが出てきたし、「あなたのためでない、みんなのためにペース調整している」と言ってくれるので、こちらもあまり恐縮したり引け目を持たずに世話になるところがあり、けっこうファンになってしまいそう…。
富士山を眺め、南アルプスや、丹沢方面の展望も楽しみ、また、マンサク、イヌガヤ、それにタチツボスミレなども見て、花もだんだん楽しめる季節になったことを喜びつつ、前日には心配された天気もまあまあ、長い長い1500mの高度差の下り道も、終わりの方で少し太腿裏側が痛くなってきたものの(昨年12月「竜ヶ岳」のときと同じ感じ?)特に遅れることはなく、皆さんと同じヤマップ速度なんと150-170%というハイスピードで下りることができた(KR氏はその速度は信じられないというが、ウーン、まあヤマップ速度ということで…)。
ピーク狙いはそろそろ終わり?かとも思える今日この頃だが、鴨沢バス停での、「皆さんは全員この夏の穂高も狙える」とのおことばに、ついその気になってしまいそうな私がいる。というわけで、今回一応「復活」は成功!というところか??
ツアー予定では「奥多摩駅」到着が19時半!となっていたが15時過ぎには鴨沢バス停に到着。16時6分発の奥多摩発で戻ってくる。足はなんということはないのだが、山の上では、しかし、今回もあまり食べられず。やや吐き気っぽいのはすでの夏山登山が始まっている?
立川駅で武蔵野うどんに立ち寄りしっかり腰のうどんとビール小瓶1本飲んで帰宅。(帰って入浴、洗濯(靴とチェーンスパイクも)はちゃんとして寝た!
➇3月11日~12日 檜枝岐温泉+会津駒ケ岳 少々ナサケナイ山行…
11日 新宿(11:00)⇒檜枝岐温泉 民宿「こまどり」(16:30 泊)
12日 檜枝岐温泉(6:00)…➡滝沢登山口(6:10)…➡駒ノ大池(10:50)…➡会津駒ケ岳(2132m 11:25)…➡往路下山…➡滝沢登山口バス停(15:30)
コースタイム9h21m 距離10.3㎞ ↗1221m↘1224m コース定数27(きつい)平均ペース70-90%(ややゆっくり)【以上ヤマップデータ】
3月最初の山行はYツアーの雪山アイゼン・スノーシューツアーというもので、雪山登山は今シーズン4回めと、こんなに頑張ったのは実は6月、アララト山(トルコ/アルメニア・イランの国境付近)に登るツアーに申し込んでいて、その準備として12本爪アイゼンを装着した雪山登山の練習をしておくようにという連絡があったから…というわけだが、行ってみると、今回はアイゼンなし、すべてスノーシューで歩くという話に…ガイドはアララト山にも行くという社長のY氏、添乗員は若い女性NJさん。参加者15名(珍しく男性が1/3で5人)。
出発時から前半長い樹林帯あたりは天気も良く、このところ悩んでいる足の痛みは消えないものの、ロキソニンを1錠のんでなんとか痛みをなだめ、意外な暑さのせいか、朝ごはんは食べたものの少々胃のあたりが不快(吐き気止めで対処)と思いつつ、10時間近くなるという長丁場を歩き出す。
参加者のうち男性一人が持参されたスノーシューの不調?もあったらしく、途中でリタイア?もう一人別の方は遅れがちで、添乗員と後ろからくる…。私自身もあまり調子もよくないし、後ろから3~4番で歩き出すが、前の方にいるY氏シンパ?(のように見えた元気な比較的若い女性たち)に圧迫されるような感じもあって、途中でペースメーカーを志望してみたのだが「中間のほうが歩きやすいよ!」とあえなく却下され、そのうちにも皆さん私の前にワラワラ入ってくるという感じで、結局同じ位置でのそのそついてくという仕儀に…
この山は百名山の一つで、深田久弥も書いているが樹林帯を抜けると「どこが最高点か察しかねるような長大な山が伸びている」が、そのあたりまで来ると、それまでのピーカン(ガイド氏「八ヶ岳ブルー」と言っていた。ここでもなんだね…)がだんだんガスってきてホワイトアウトの様相を示す。一山登って最後のあと15分というところで、休憩、ここから前の方に出たが、頂上まであと5分というあたりで急に右足膝の少し上が攣った!ううう…。少し休み、添乗員の世話になり持参の64番(芍薬甘草湯)を一服。あとから頂上に駆け上がる。
↓樹林帯歩きはけっこう楽しかった/先頭を行く緑のウエア(レンタル)に赤い帽子が私(#ヤマカラ)/頂上にも一応立ちました!後ろの切り株みたいなのが雪に埋まった山標
このところ悩んでいた足の痛みは消えていたものの、前回もちょっと気になった靴の特に左足先の痛み(長時間スノーシューを履いていると圧迫される?)がひどくて足をつくのもつらいところも時々、そのうち珍しく左右太もも前側の筋肉痛?ースノーシューは大きくて足を開いて歩いている分、アイゼンよりも足への負担は大きい)、元気に歩く皆さんにどんどん置いていかれ、最後尾の男性(やはり少々高齢かな?)と添乗員との間も空いて、ほとんど一人で歩いているような時間が多かった。往路下山で踏み跡もしっかりしているので、その踏み跡のわきの新雪部分を選んで歩きながらこれはこれで楽しめたが、やはり前の方で待っている一行の姿をみるとちょっとほ…。そこで足を踏み違え重なったスノーシューに足を取られて前傾宙返り?的な転び方3回くらい。急坂で足を取られ踏みこたえられずに後ろにお尻をついてしまったことも数回。昨春のスノーシュー歩きに比べても筋力が低下していることは明らかで、神経痛にかまけて筋トレを1ヶ月以上休んだツケが回ったかなと反省しきり。
極めつけは2回ほどあった急坂で足が踏ん張れず、お尻で滑って下りてしまったことで、これはY氏にも見られてしまい「小林さん、アララトは無理だね」と言われてしまう。まあ、自分でも今回についてはそう思っていたところではあるのだが…。「でも、アララト山の必須装備・練習は12本爪アイゼンって言ってきましたよ」と一応抵抗はしてみたのだが、12本爪も谷川岳や根石岳程度のレベルではないのだそうだーえ?それならそう言ってくれよ~そうすればもっと違った山の訓練したものを…とは、ちょっと思ったのだが、まあ、実際に行くガイドにそう言われてしまったら、仮に体力を回復したとしても登らせてもらえる見込みはまずないな、とすれば事前に彼のツアーに参加して様子見を互いにできたことをむしろ僥倖とすべきかも、と思いアララト山は生涯の「あこがれの山」として取っておくことにする(帰宅後にキャンセル)。
実はアララト山はイランとの隣接地域、今のところイランはトルコにはミサイルを発射してはいないようだが、中東情勢の不安は「トランプ次第」とはY氏の弁でもあり、そんな状況でのトルコ遠征というのは不安もあり気も引け、おまけにツアー自体が中止になる可能性もなくはなく、ということで、モチベーション自体がかなり下がって行けないこともしかたがないと受け入れられるような状況ではある。
今回は雪の山道の厳しさ(というか下りの長さ・急さ?)、体の不調、それにストレージ満杯に近くて寒さに固まるスマホのゆえもあり写真はほとんど撮れず。アララト行きがなくなって浮いたお金でキレイな写真の撮れるIフォン新調しようかな(いずれにせよスマホはそろそろ買い替え時もいいところ)なーんて、思ったり…。
【3月の映画日記】各映画の末尾の数字は今年になって劇場で見た映画の通し番号です
①木挽町のあだ討ち ②嵐が丘 ③私のすべて ④センチメンタル・バリュー ⑤枯れ木に銃弾 ⑥椰子の高さ ⑦長孫ー家族の季節 ⑧成績表のキム・ヨンミン ⑨しあわせな選択
⑩1923 ⑪夜鶯ーある洋館での殺人事件(揚名立万) ⑫クライマーズ ⑬オーバー・エベレスト陰謀の氷壁 ⑭タイガー・マウンテン雪原の死闘 智取威虎山 ⑮罪人たち ⑯オーロラの涙 ⑰96分 ⑱メン&チキン ⑲アダムス・アップル ⑳ロイヤル・アフェア愛と欲望の王宮 ㉑ジョン・クランコ バレエの革命児 ㉒ナースコール ㉓決断するとき ㉔落下の王国 ㉕MONGOL ㉖そして彼女たちは ㉗ワン・バトル・アフター・アナザー ㉘月が沈むとき ㉙カミング・ホーム ㉚熱狂をこえて
中国語圏映画⑥⑪⑫⑬⑭⑰
日本映画①⑤⑥⑬㉚
その他のアジア映画⑦⑧⑨㉕
メーサローシュ・マ―ルタ監督特集㉘
下線はドキュメンタリー作品⑩㉚
★はナルホド! ★★はいいね! ★★★は是非ともおススメ!(月1~2本にしています)という、あくまでも個人的感想です。
なお、本文中の赤字部分はその映画の関連作品などを掲載したページへのリンクとなっています。
㉚熱狂をこえて
監督・撮影・編集:松岡弘明 出演:南定四郎 語り:塚本堅一 2026日本105分
日本で初めてレズビアン&ゲイのプライドパレードが行われたのは1994年夏(このとき私は中国在任中で日本にいなかったので記憶は定かではないのだが)で、60代でこれを立ち上げ、その後3年間にわたって実行委員長をつとめたのが、南定四郎という人で、現在94歳(撮影時は90~92歳)になり、暖かい沖縄でパートナーと暮らしながら、今もピンク・ドット沖縄を中心にLGBTQの理解促進の活動を続けているとか。
この方へのインタヴューや映像で、その人生の歩みや、おもに94~96年のプライドパレードの実施と挫折、それに対する現在の感慨というか観方を描いている。
海外の影響も受けて立ち上げたパレードは成功をおさめたが、60年代安保の活動の在り方(上が統率する、未だ男性中心の活動)を是とするような南のやり方には独善的という批判も強く、パレードは3年で崩壊する(その後も担い手を替えて、断続もしながら、もちろん現代も続いている)。この映画の面白さは成功者、運動の推進者としての南を称揚するのでなく、その失敗について彼自身が30年後の老境の今、どんなふうに向き合っているのかを含め、さまざまな関係者が現代の視点からこの南の活動の評価と、日本のLGTBQの活動史の中での位置づけをしていることである。その意味で南の評伝でありながらそれを超えた運動的な意味も持っている作品なのだと思った。なお、ゲイの活動家というようなことを別としても、何かをしてきて失敗もありというような高齢者の、老いの人生への向き合い方ーその柔軟性や、人生への享楽の在り方などについてもなかなか惹かれるものがある。
アップリンクの先行試写会ということで行ったが、52人の会場に入場者は30人ほど?ーちょっと寂しい。監督の松岡氏が登壇し、この映画が参加したBFI(ブリティッシュ・フィルム・インスティテュート)という映画祭の報告をされる。
(3月31日 アップリンク先行試写会 アップリンク吉祥寺082)
㉙カミング・ホーム(JUELS)
監督:マーク・タートルトーブ 出演:ベン・キングスレー ハリエット・サンソム・ハリス ジェーン・カーティン ゾーイ・ウィンターズ ジェイド・クオン 2023アメリカ87分
市政にちょっとモノ申したい老人ミルトン(ここが案外この映画のミソかも。まだまだ言いたいことやりたいこと=意見はしっかりあるのだが、それを周りが受け容れなくなっている)、娘は彼の認知症を疑い受診をすすめるが、彼自身はもちろんそんな気は毛頭ない。というところに、ある夜自宅の裏庭にUFOが墜落。ミルトンは911番?通報をするが、取り合ってもらえない。そうこうするうちに、家の前には「人間」そっくり?の宇宙人が倒れている。この宇宙人がリンゴなら食べると知り、彼はスーパーにリンゴを買い出しに行くが、これがまた娘の耳に入ると認知症の心配の種になる。ただ、彼をひそかに気にしている市議会仲間の女性(老女だが、まあ)二人だけがそれぞれに、ミルトンの行動の訳を知ろうとし、宇宙人の存在を知る。彼女たちはちょっと対抗し合いながら、他の人には宇宙人の存在を隠すようにと言い、そしてそれぞれに宇宙人に名前を付け、手持ちのTシャツなどを着せ、3人は日々集い宇宙人とかかわるように…。この宇宙人は元気?回復すると、せっせと落ちた宇宙船を直し始める。そして…展開としてはそんなにビックリするようなユニークなものがあるわけでなく、老いて孤独を感じる人々が、若い他人には信じてもらえないような宇宙人の存在につながって、互いのつながりを深め、さらには老人が疎遠な息子や、彼を心配しつつも老人から見ると身勝手なおせっかいとしか言えない娘との関係を自ら築き、老人たちだけの秘密の夢の世界も持って老いに向かっていくことを予感させるような…ウーン。それにしてもこの老人「両手に花」状態だしな…。2人の女性はそれぞれになかなかユニークな違った個性を発揮するが、宇宙人のトンデモビックリな超能力もちょっとなんというかご都合主義的な感じもするし…。ま、ところどころふっと笑いを誘われるようなコメディカルな要素ももちろんあるのだが、けっこう満席小さな劇場の昼の回ほとんど白髪・禿頭の観客はなぜかほとんど笑わない…英題「LULES」は宇宙人につけられた名。(3月31日 シネマート新宿081)
㉘月が沈むとき
監督:メーサーローシュ・マルタ 出演:トゥルーチク・マリ コバーチェ・カティ バラ―ジョビチ・ラヨシュ 1968ハンガリー 86分 モノクロ ★
23年6月にシネマ・カリテで見た、メーサーローシュ・マルタ監督特集の第2章はすでに昨年11月くらいには開催されていたのだが、第1章作品のあまりの重苦しさ?もあって、ちょっとずるずる足が遠のいていたが、いよいよ、下高井戸まで来てしまったので、前回見なかったものを埋めようと、まずはこの作品。
名士(教授)だった夫が亡くなったエディットは、実は夫とは不仲でケンカばかり別れたかったのだが、外聞とか勇気?の問題で別れられず、夫の死を機に彼のくびきから逃れようと、夫の財産や保険などの受け取りを拒否する。息子はそれに怒り(これもどうも父親の名誉を守るため?というのだが、どうもよくわからん)母を別荘に軟禁し、自分の恋人に母を監視させるーま、ハンサムで有能らしいのだが、この男の異常性が今なら問題になりそう。で、要は映画は監視されながらの母の酒におぼれていく生活と、監視する「恋人命」だったみたいな女の子が、恋人の母との話や、その様子から、恋人におぼれている自身に気づき、恋人の自己中心性にも気づき、別荘を去っていくまでで。現代の眼から見ると相当に違和感もあるブルジョアの生活悩みのような気もするが、女性同士が互いの気持ちを吐露しつつ男の欺瞞に気づいて自立していくという意味では案外普遍的なジェンダーテーマとも思え、何よりこの作者の作品としては面倒くさくない、ので意外にスムーズに腑に落ちてみることができた。(3月30日 メーサーロシュ・マールタ監督特集 第2章 下高井戸シネマ080)
㉗ワン・バトル・アフター・アナザー
監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン 出演:レオナルド・ディカプリオ ショーン・ペン べニチオ・デル・トロ テヤナ・テイラー チェイス・インフィニティ 2025アメリカ 162分 ★
今年第98回のアカデミー賞(作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞(ショーン・ペン)、編集賞、キャスティング賞)6部門受賞の凱旋上映。アタマはカリフォルニアで収容所に入れられた「不法移民」を解放しようとする革命グループ「フレンチ75」の活動家ペルフェディアの活動ぶりと、彼女に引かれつつ活動面では追随しているような爆弾専門家のパット。ペルフェディアは作戦中に収容所の指揮官ロックジョー警部の性癖を利用するような感じで屈辱を与える。ロックジョーは怒りとともにペルフェディアに異常な性的執着を抱くようになる。一方パットとペルフェディアは恋仲になる。同時期ある作戦でペルフェディアを捕えたロックジョーは彼女に性的関係を迫り、それを条件に彼女を解放する。そしてペルフェディアは娘を出産するが、家庭の安定を求めるパットに飽き足らず革命活動を求めて彼と娘の元を去り、活動に身をささげる。ところが銀行強盗の失敗で再びロックジョーにとらえられ、活動家仲間の名前を明らかにすることにより証人保護プログラムで保護されるが、その保護を逃れてメキシコへ逃れ姿を消す。密告された「フレンチ75」の面々は次々に弾圧され、組織は縮小。パットも娘シャーリンを連れ名前も変えて遠いバクタン・シティに移り住む。
そして16年、ボブ・ファーガソン(パット)と高校生になった娘ウィラ(シャーリーン)。ボブは酒やマリファナにおぼれ、しかし娘には携帯も持たせないという父親、娘はそれに不満を持ちつつも父を頼り空手に励む賢い娘に育ち…。ある日高校のパーティの席にロックジョーの手の警官隊が突入、ウィラは「フレンチ75」の残った仲間に連れられて姿を消す、というところからボブの娘探しが始まる。助けるのは娘の空手の「センセイ」で今も移民を助けている元「フレンチ75」の活動家。この人は道着姿から始まって、なんとも格好良くあわてず頼りがいあり、洒脱な感じで描かれていて魅力的。
なお、ロックジョーの背後には白人至上集団「クリスマスの冒険者」やらいうKKKまがいの集団がいて、ロックジョーは移民や他民族・人種を弾圧壊滅させることをもって、この集団の正式メンバーになりたいと考えている。彼にとってはウィラの存在は(かつて異民族と性的関係を持ったということにより)危険かもしれないということになる。
テロ集団まがいの革命グループの存在と、そこに人種問題が絡んできて「白人至上主義」が語られるというのは、まさ現代のアメリカの問題を描いている…この映画と同じくアカデミー賞で話題となった⑮『罪人たち』のテーマとも共通するところがあり、移民排除・白人至上主義的な現政権の独裁政治下での今年のアカデミー賞の目指す方向なのかとも思わされた。『罪人たち』は黒人中心・黒人社会が舞台だったが、こちらも実は主役の男3人は一応「白人」?だが、女性たちは黒人で、しかもよりアクティブな行動をするのは女性たちで、ディカプリオもここでは妻や娘を守ろうというよりはむしろ足を引っ張り情におぼれて自らの生活を律することもできないような、だらしないというかナサケナイ男(何しろ娘探し中のアクションでも着ているのはチェックの部屋着(ガウン)で、携帯の充電のためにアタフタ。屋根から屋根への飛び移りに失敗して転落、警察に捕まる…)でむしろややコミカルに描かれるし、最後のアメリカ西部?らしいうねり上下する道路のカーチェイスも、彼は追いかけるだけで、拘束状態から抜け出して自らの身を救うのは娘自身ということで、このあたりもなかなか今の世相にある種迎合しつつ、女性やマイナーとされる人種を吸引する力としているのかなとも思え、ウーン、話の内容というよりか、そういうことに政治性のようなものを感じさせられるのではあった。よくも悪くも2026年のアメリカを体現するような映画だ。(3月27日 府中TOHOシネマズ079)
㉖そして彼女たちは
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ リュック・ダルデンヌ 出演:バベット・ベルべーク エルサ・ウーベン ジャナイナ・アロワ・フォカン ルシー・ラリュエル サミア・ヒルミ 2025ベルギー・フランス104分 ★★
自身が捨て子だったジェシカは妊娠中、捨てた母を求め探し当てるが拒絶されるが、ストーカーまがいに母を追う。一方、母との関係に傷ついた経験をもつマリアンヌは、生まれてくる孫の子育てにかかわろうとする母を拒絶、母の反対も押し切り自身の子どもを養子に出すことに決める。同じく母との関係に確執をもつぺルラは、恋人と赤ん坊の3人での家族の暮しを望んで家探しもするが、恋人には捨てられ家ももちろん借りられず絶望して育児を放棄する。ジュリーは、元薬物依存で立ち直り出産し、自身より先に薬物依存から立ち直り、パン屋の見習いをしながらジュリーとともに子どもを育てようとする恋人もいて、新生活をはじめようとしているが、ともすれば薬物依存への恐怖から抜け出せず、実際に過剰摂取で病院に担ぎ込まれる。そんな中ナイマは、「ひとり親は恥ずかしい」という親譲りの観念から抜け出し、子供を1人で育てる覚悟をし、自身の望んでいた分野の仕事も見つかって施設を去り独立しようとする。施設の仲間たちは彼女の好きな電車のオモチャを贈ってその独立を祝う。
生まれた子供を連れて母に会いに行ったジェシカは、ただ母に「抱きしめて」と言い、母は娘が赤ん坊に授乳する場所を提供する。マリアンヌは赤ん坊の養子先を見つけ、18歳になった子どもへの手紙を書く。ぺルラを救うのは先に自立して美容室を営む姉で、ぺルラからののしられた後でも彼女と赤ん坊に援助を申し出る。ジュリーは彼女を見捨てず結婚しようという恋人ディランとともに、昔アポリネールの詩を教え彼女を励ましてくれた中学時代の恩師を訪ね、結婚の証人になってくれるよう頼む。恩師の弾くピアノの音がエンドロールにかぶってのどかというか穏やかな幕切れになる…。きびしい社会環境などの中で虐げられ追いつめられていく人の話であるのは近作(本ブログに掲載の範囲)では『その手に触れるまで』③(2019) 『トリとロキタ』③(2022)なども同じだが、それらが追いつめられたはてに結構二進も三進もいかず、絶望して立ちすくむというような状況までを描いていたのに対して、この映画は施設内部の群像劇という形になっているせいか、周りにはいつも支えようとする施設職員の眼があったり、彼女たちをもちろん全面的にとはいかなくてもできる範囲で支えようとしている人々の存在も描かれて、今までのダルデンヌ兄弟映画に比べると穏やかで希望も見えるような話になっているのを感じる。兄弟とも70を越えて若者や社会を見る目が変わってきたのかななどと、そんなつまらないことも考えてしまった。
(3月27日 新宿武蔵野館 078)
㉕MONGOL
監督:アムラ・バルジンヤム 出演:アムラ・バルジンヤム ソロンゴ=ウヤンガ・トゥムルスフ ナイダンドルジ・チョインホ 2023モンゴル155分 ★★
㉔落下の王国
監督:ターセム 出演:リー・ペイス カティンカ・アンタルー ジャスティン・ワデル ダニエル・カルタジローン レオ・ビル 2006アメリカ 120分 モノクロ・カラー ★★★
今回の上映では3回目の鑑賞。さすがにそろそろ、もう終わりかなとも思い、至福の120分を味わいに、雨の夕方出かける。1回目25年12月⑨、2回目26年1月⑫ 画像の方ではほんの一瞬しか出てこない中国やフランス(さすがエッフェル塔は唐突感がある)も確認し、ゆっくりとビジュアルと音楽の調和も楽しめる。2回とも見落としたと思ったセマーダンスのシーンも確認、ストーリー的にはけっこう重要なシーンのバックに踊る?クルクルに、あれま、やはり寝ていたのか…?物語的には、ロイだけでなくアレクサンドリアも幼いながら厳しい過去を抱えており、それゆえロイ、黒山賊に自身の父を重ねているという複雑な構造を持っていることを再認識、しかしそれもちょっと盛り込み過ぎじゃないかなあなどとも思った。幼い少女カティンカ・アンタル―に物語的には依存しすぎな気がする。彼女は5歳なりの理解でそれにこたえているので、映画のミステリアスが成立しているのだろう…(3月26日 新宿武蔵野館076)
㉓決断するとき
監督:ティム・ミーランツ 出演:キリアン・マーフィー エミリー・ワトソン アイリーン・ウォルシュ ザラ・デブリン 2024アイルランド・ベルギー 96分
原作はアイルランドの小説家クレア・キーガンの『ほんのささやかなこと』。実在した「マグダレン洗濯所」(『マグダレンの祈り』2002ピーター・ミュラン)で有名な、あれ)に品物を届けている石炭商ビル・ファーロングが主人公。修道院に親に無理やりに連れ込まれる若い娘、ここから逃げ出したい、逃がしてくれと懇願する妊娠中の女性、そして石炭置場に監禁されている彼女に遭遇したビルが、悩み、妻や娘(なんと5人の娘がいるー上の二人は教会=修道院付属の学校に通い、下の子たちも入学予定)周りの人々と話しながら、やがて大きな決断をするまでを描くわけだが、合間に彼の記憶のフラッシュバックが挿入され、そこでは未婚の(もしくは離婚?)の母だった自身の母と息子である自身の境遇が、支えになってくれた叔父ネッドのとの関係も含めて描かれる。これがビル自身の決断に大きな力となっているのは確かだが、映画としては非常に抑制されて、事件というよりも、ビル自身の心象の現われとして彼の行動が描かれるので、原作を読んでいないとやはりちょっとわかりにくいのかもしれない。ということは、そのような主人公の心理を演じた役者キリアン・マーフィーの力を見せてもらう映画ということ?かも。表情や、手を洗い石炭の粉を落とし、家族のだんらんに入っていく様子とかを繊細な表情と演技で見せる。彼自身が映画化と主演を熱望し、自らマット・デイモンらを誘って自身も一緒に製作、製作総指揮をベン・アフレックが引き受けたとかで「話題作」なのだが、娯楽的ドラマを期待して行くと肩透かしっぽい96分は長いかも。平日午前中の劇場にはなぜか中年男性一人客が妙に多かったが…アイルランドの暗い街の冷たく湿った街の描き方も心に残る。(3月25日 新宿武蔵野館075)
㉒ナースコール
監督:ペトラ・フォルテ 出演:レオニー・ベネシュ ソニア・リーゼン アリレザ・バイレム セルマ・ジャマール・アールディン 2025スイス・ドイツ 92分 ★★
スイスのある病院で働く看護師フロリアの出勤から深夜の退勤までの一日を彼女を追ってカメラが動いていくという、ドキュメンタリーっぽい撮り方をした話題作。間もなく終わるということで、ちょっと頑張って見に行ったが、夕方からの上映で劇場は90%?くらいの入りでにぎわう。フロリアの一日は常にナースコールや携帯電話などで、呼ばれ走り回るという忙しく、かつ緊迫した状況で、入院患者(高齢者、ガン患者などが多い)も様々な民族で、おもにドイツ語圏のスイスなんだが、トルコ語などが必要になったりする場面もあり、なかなか複雑ーリアリティがある。彼女は(多分)離婚Or別居している小学生くらいの子どもがいて、その子と電話で話し、子供がけっこうそっけないというか、彼女の話しかけにブツリと電話が切られる場面が唯一私生活の垣間見えるところ。あと、動いているうちにだんだん疲れていく様子、しかし患者や同僚の医師の強い自己主張の前では、受け入れて目の前の問題を一つ一つこなしていかなくてはならない様子に、彼女の1日の終わりは予想できるにしても映画の終わりはどうなっていくかと、だんだんこちらまで追い詰められていくような感じも。小さな医療ミスもあり、わがままな患者の理不尽な要求にもめたり、そして患者の1人の死などもあるのだが、同じように(今日の病棟勤務は病欠や研修の看護師もいて、2人の看護師と実習生で回していた)疲れた同僚看護師と大笑いするシーンなどもあり、ワガママ患者の心に抱える不安を知ったりして、終わりに帰っていくバスの中、なるほどね!という彼女の心が現れ、疲れているけどちょっと人の役に立ったという気持ちを後ろ姿(しかも2つの)で表す、余韻もある秀逸な終わり方と思った。フロリアを演じているのは『ありふれた教室』③のレオニー・ベネシュで、あちらは彼女自身の演技はすばらしかったが描かれた学校のリアリティについては??と思ったが、こちらは彼女の意見は言わないとにかく受身だが問題に立ち向かい解決するというシンプルな行動で綴られるわけで、患者・家族的視点で見てもまあリアリティはあるのだろうなと思われ(自身の休憩時間=はない?、とか夜勤の看護師との引継ぎは全く出てこない)充実というか目の離せない90分=8時間?出会ったのは確か。(3月21日 新宿武蔵野館 074)
⑳ジョン・クランコ バレエの革命児
監督:ヨアヒム・ランク 出演:サム・ライリー ハンス・ジシュラー エリサ・バデネス ジェイソン・レイリー マルティ・パイシャ 2024ドイツ(ドイツ語・英語)138 分
ドイツ地方都市の小さなカンパニーだったシュツットガルト・バレエ団を世界トップレベルに押し上げた天才振付家ジョン・クランコの半生を、同バレエ団の全面協力により映画化。というもので、とにかくホンモノのダンサー(バレリーナ)たちが踊る「ロミオとジュリエット」「オネーギン」などのバレエシーンを堪能するだけで十分という映画。主人公のジョン・クランコはもちろん実在の振付師というわけで性格づけとか行動とかは一定実物に基づいてはいるのだろうが、とすれば、ウーン。もちろん天才でもあり、当時としては迫害された同性愛者でもあり、南アのアパルトヘイトを憎んで国外に出たー差別主義者ではないーというのも事実であろうが、それにしても立て続けに煙草を吸い、悩み泣き、怒鳴り、男に言い寄り甘えみたいな感じ、それに妙に派手派手しい着衣姿は全然共感も持てないし、そばにいたらしんどい人だったろうなあと思えるのは、サム・ライリーがよく演じているということか、あるいは私自身の老いのエネルギーのなさが、こういう「何者かになろう、なっている」ような人を受け容れなくなっているということなのか…。バレエ場面以外がなんだかとても長く感じられてしまう。(3月21日 新宿武蔵野館 073)
⑳ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮
監督:ニコライ・アーセル 出演:マッツ・ミケルセン アリシア・ビカンダー ミケル・ボー・フォルスゴー 2012デンマーク(デンマーク語・英語) 137分
⑲のあとのもう一本。なんか内容の予想も映像もつきそうだし、ノーマークだったのだが時間的にちょうど空いているしということで鑑賞。1700年代初めのデンマークに英国から16歳で嫁いだカロリーヌ王妃は、読書好きで落ち着いた女性だが、狂気じみて遊び好きの国王クリスチャンとは症が合わない。王の精神的な闇は王室の心配でもあり、新たに侍医としてストルーエンセという男が採用されるが、実はこの男当時はやり出した啓蒙思想家の端くれ?で、王室では禁じられていたルソーの本などが王妃の眼にとまり二人の間に恋情が芽生える?と…。ストルーエンセはクリスチャン王の信望もえて、夜は王妃とひそかに関係を持ちつつ、王を操って枢密院の貴族たちを解任、現代の福祉思想にも通じるような民衆サイドを意識した政策を次々実施していくという話。史実に従い、最後は貴族たちの反撃クーデター
「愛」も「欲望」もまあ潰えるまで、ウーン。なんか展開が予測がつくこともあり、王妃の必死さと不遇には共感もできるが、ミケルセン演じるストルーエンセというのは見かけも行動も見るからになんか共感がもてない感じで、「国民のために」などと言われても、なんかなあ、高市政治を見ているような感じもしてしまう。デンマークの王宮のある森には当時公認されていた拷問死の死体なんかモアtt利するのだが、それなりに緑美しく、王妃や王の衣装も豪華で美しく、ゴミだらけで貧しい街なんかもリアルな映像でビジュアル的にはものすごくお金もかかっていそうだけれど…まあ「歴史物語」ということで容認するしかない?最後は国外追放された王妃の死後、幼くして別れた王子(王との子)と王女(こちらは侍医との子)が母を偲ぶシーンまであり、この若い王子が後に55年の統治でデンマークを「良き国にした」というのだけれど、そっちの方がなんか嘘っぽい史実?カナとも思えてしまうのだが…(3月20日 下高井戸シネマ「北欧の至宝 マッツ・ミケルセン生誕60周年祭」072)
⑲アダムス・アップル
監督:アナス・トマス・イェンセン 出演:ウルリッヒ・トムセン マッツ・ミケルセン パプリカ・スティーン ニコラス・ブロ 2005デンマーク・ドイツ 94分
昨日の⑱が面白かったので、今まで(多分)見たことのないアナス・トマス・イェルセン監督作品ということで見に行ってみた。ステュエ―ションとしては、刑務所帰りのケアをする教会にやって来たネオナチの元囚人と、迎える牧師(他の元囚人たち)を登場人物に、この牧師の神への妄信、そこからくる不死身性?というか登場人物が皆々何となく不穏・異常?な雰囲気で、庭先のリンゴの木に集まりリンゴを貪り食う烏とか、周りの状況もなんかキモチ悪いのは⑱につながっていくのだろうが、ウーン、順番が逆だったらまた違ったかもしれないが、⑱を見た後ではなんか、ちょっとおとなしいというか、旧約聖書をモチーフとしているというので、そのあたりに詳しくないとイマイチ面白さがわかりにくいというか…、ウーン。私には⑲の古典的寓話性よりか、⑱の超現代的エセSF性のほうが面白かった?という感じか…(3月20日 下高井戸シネマ「北欧の至宝 マッツ・ミケルセン生誕60周年祭」071)
⑱メン&チキン
監督:アナス・トマス・イェンセン 出演:マッツ・ミケルセン デビッド・デンシック ニコライ・リー・カース ソレン・モーリング ニコラス・プロ 2015ドイツ・デンマーク
104分 ★★
昨秋から上映されていた「北欧の至宝 マッツ・ミケルセン生誕60周年祭」もいよいよ最終盤?で、下高井戸までやって来た…。で、やはり1本くらいは見ておこうかと最終日前日の夕刻から出かけた1本。北欧が舞台とはいえ、最初はなんかうすぼんやり暗い感じ(白夜?)の画面になじめない感じもし、登場人物(特に3兄弟)のバイキング風?野卑じみた風貌にも違和感があったが、なるほどね、これが全部最後の「シアワセ」映像の伏線になっているわけか…。父を喪った大学教授ガブリエルと兄エリアス(無職?女というより「ヤル」ことにしか興味なく、しばしばトイレにこもって「放出」、しかしどうも不妊らしい=このあたりはみな伏線になっている。演じているのがミケルセン)は父の残したビデオメッセージにより、父が実の父でなく、2人は異母兄弟であると知らされる。知らされた実の父が高名な遺伝学者(とは言ってもマッド・サイエンティストの部類)であることを知った二人は、父を訪ねて、人口42人とかいう小島にたどり着き、そこで古びた屋敷に様々な家畜とともに住む異様な雰囲気かつ暴力的な3兄弟(父はエリアス・ガブリエルと同じ。母は全部違って、3人ぐらいは出産で死んでいる)に出会う。父は二階の開かずの間に閉じこもり、家の前には金属製の檻が並び、兄弟はしばしばそこに閉じ込められていたらしい。地下にも開かずの間があってなにやら秘密の不穏な雰囲気が漂う。2人は何とかこの館に迎え入れられ、エリアスはわりとすぐにこの雰囲気になじむが、ガブリエルは館や母の秘密を知ろうと探索する。という過程が描かれ、だんだんに不気味な状況が明らかになっていきー画面や音楽などけっこうホラーっぽいが、実はホラーというよりコメディ、いやブラック・コメディ、そして最後には人は差別されるべきではない、生きていれば皆おんなじ化価値があるヒューマン・ドラマ?っぽくなっていくという、その安直さと前半の不気味さのアンバランスもキモチ悪いが不思議な温かさも持った映画で、へー、驚いた。この2015年の作品だがこのマッツ・ミケルセンの特集上映で初の日本劇場公開だそうで、こんな映画があるのは知らなかった。というわけで、最終日同じ作家・主演の『アダムズ・アップル』も見に行こう!(3月19日 下高井戸シネマ「北欧の至宝 マッツ・ミケルセン生誕60周年祭」070)
⑰96分(96分鐘)
監督:洪子烜 出演:林柏宏 宋芸樺(ビビアン・スン)王柏傑 李李仁 姚以緹(イレブン・ヤオ) 蔡凡煕(ケント・ツァイ)2025台湾 120分 ★★
台北から高雄に向けて発車した新幹線115号。乗り合わせたのは3年前の台北での二重爆弾事件で犠牲になった人々の追悼式を終えた遺族たち。当時映画館に仕掛けられた爆弾を解除したが、連動して爆発するように仕掛けられていたデパートのほうは爆破して大勢犠牲者を出した。この時犠牲者を助けられなかった悔いを持ち警察をやめた元爆破物処理専門家の阿仁(孫康仁)も婚約者の刑事・黄欣と、母とともに追悼式に参加し、この列車に乗っていた。というところで、新幹線に爆弾を仕掛けたという報。ともに列車に乗っていた元の上司李傑は阿仁に対処を頼む。というわけで、このあとの「96分」に以下に爆弾(と犯人)を見つけ爆弾処理をするかという話になるわけだが、この列車の前を走る列車にも爆弾が仕掛けられていて、3年前のデパート・映画館と同じく、片方を解除するともう片方が爆発するということがわかり、しかもどちらも列車がスピードを落とすと爆破までのタイムアップが早くなるということもわかる。さて、では阿仁はどうするか…。列車などに仕掛けられた爆弾がスピードを落とすと爆発するというのは、『新幹線大爆破』(1975日本。25年にリメイクされているが、こちらは残念ながら未見)、とか『スピード』(1994米。こちらは高速バス?だったが)とかあるし、爆弾ではないが『アンストッパブル』(2010米)なども列車を止められない!という映画だったので、そのあたりの設定は目新しくはないが、いかにも中国語圏映画と思ったのは、この爆破がテロとかでなくて3年前、さらにその前にあった列車事故に端を発して、全員を救えず犠牲者を出してしまったとして警察・救急者側を告発するー被害者遺族の恨みの発露であって、助けられなかった側もその責めに苦しみ、かつその中でヒーローが命を落とすまでの追い詰められてしまうという構造。その意味では爆発は回避してめでたしめでたしともならず、爆発はしたが犠牲者は出ずによかったよかったともならない暗いむしろ人間ドラマで、アクションサスペンスではほとんどない。
それにしても、阿仁を演じる林柏宏、数日前に見た⑬『オーバーエベレスト』に続いて刺されて血みどろ、以前の『僕と幽霊が家族になった件』(2021程威豪)ではひき逃げ事故にあって幽霊になるし、ケガしたり死んだりの役が似合う感じー実は80年代のレスリー・チャンもそうだった『欲望の翼』(王家衛1990)とか『男たちの挽歌(英雄本色)』(ジョン・ウー1986)とか…ね。もっともあちらは無頼の風もあったが、林柏宏は無頼というよりは、ちょっと軽妙コミカル(もっともこの映画では大真面目で全然コミカルではないが)の気もあってそれが現代的、かもしれないのだが。
台湾初の高速鉄道車両用スタジオを建設し、バーチャルアート技術も導入して作られたそう。人情ドラマも加味され、ハラハラドキドキちゃんとある力作ではある。(3月18日シネマート新宿 069)
⑯オーロラの涙
監督:ローラ・カレイラ 出演:ジョアナ・サントス イネス・バズ ニール・ライパー 2024イギリス・ポルトガル 104分 ★
ポルトガルからの移民オーロラは、スコットランド郊外の物流倉庫でピッカーとして働いている。映画は繰り返し繰り返し、彼女の倉庫の中スキャナー片手にカートを押して回る姿、昼休みの食堂ーちょっと言葉を交わすようになった相席の男が次の日?の場面では「自殺した」とささやかれるような、そういうはかない関係であること、そして移民のシェア・ハウスに帰宅した彼女の孤独な食事や洗濯の姿など…。こちらもポーランドから来た男が声をかけてきて、彼は同郷の友人たちとよくつきあい、彼女にも声をかけて飲みに誘ってくれることもあるが、仲間うちのやさしさの「おこぼれ」?のような声掛けは彼女の孤独を救うことにはならない。とはいえ、仕事以外は昼も夜も食事中も彼女は常にスマホを覗き込んでいて、そのあたりすごく「現代」の孤独だなと思えるが、ある時、スマホを落として壊してしまう。修理代は99ポンド(日本円に換算したら2万円ちょっとというところ?)、それを払ったあたりから、彼女の「貧困」が少しずつ進んでいく様子が、これもドラマティックな事件としてではなく、日常の小さなエピソードの積み重ねや、彼女の食事の変化などで少しずつ提示されていく。この過程の描き方、観客をも巻き込んで、重苦しく耐えられないような閉塞感の積み重ねのような中で描かれ、見ている方も自分のことのように疲れていくーこの映画、ケン・ローチの制作陣に支えられてできているそうで、確かにケン・ローチ映画の持つリアリティ、日常を積み重ねるような感触は共通している。さて、オーロラは、そんな中で福祉職の転職の面接を受けられることになるが、会社側は1週間前に休暇を申し出ないとシステムの都合で休みは取れないという。やむなく仮病を使って面接に行く日、ケーキを買って食べたり、化粧品のセールスにアイシャドウをしてもらうあたり、これも自信のない女がチャンスを切りひらこうとする儀式?としてはリアリティがある。が、面接で彼女自身は自分をアピールできるような状況がないことを思い知らされ、そして…。公園で倒れているオーロラ、助けようとする公園の警備員?(彼が遅くなると妻に電話するのをオーロラは聞いている。妻にも倒れた見知らぬ女にも気遣いを見せる初老の男)、翌日会社に出ると、システムの故障とかで仕事は休止状態と告げられる。人種さまざまな従業員たちが、システムの動かぬ間にとバレーボール(円陣トスだけど)に興じる中に、オーロラも嬉々として加わるエンディング。現代社会の労働が、機械システムのもとで人間を孤独に追い込んでいることがひしひしと分かる描き方で、システムが止まった時にしか「解放」がないのはなんかつらい。
監督自身がポルトガルからの移民としての経験をもとに描いたとのことで、セバスチアン映画祭では最優秀監督賞を受賞したという。(3月18日 新宿武蔵野館068)
⑮罪人たち
監督:ライアン・クーグラー 出演:マイケル・B・ジョーダン マイルズ・ケイトン ウンミ・モサク ヘイリー・スタインフェルド ジャック・オコンネル オマー・ミラー デルロイ・リンド― バディ・ガイ 2025アメリカ 137分 ★★
映画を見た3月17日の前日(日本時間)には第98回アカデミー賞授賞式のライブ放映があって、何やかや…と思いながらついついと半日見てしまった。授賞式では様々な映画人から「アメリカの不自由」に触れる発言が相次いだのも興味深かった。この映画も主な登場人物はほぼ黒人、アメリカ先住民、アジア移民、アイルランド移民というような人々で、迫害するKKKなども描かれ、その姿は今の『不寛容のアメリカ」のメタファーのような気もした。
この映画は最多16部門にノミネートされ、主演男優賞、脚本賞、撮影賞、作曲賞を受賞。調べてみたら都内での上映は1館のみで、早速に日比谷まで出向いてみると…。平日真昼(13時50分開始)にもかかわらずけっこう8割ぐらいの入りで、これもアカデミー賞効果かと、自分を棚に上げて驚く。
映画は1932年、アメリカ南部の田舎町の一夜ーその後として「翌日」も1992年の後日談もちょいとは出てきて、エンドロールのあとまで映像があって映画がなかなか終わらなかったのも…まあ、ウーンだが。シカゴから帰ってきたスモーク・スタックの双子の兄弟が、白人(KKKらしい)の男から古い建物を買い取り、ダンスホールを開く。そのオープンパーティまでの兄弟の様子が交互に描かれ、演じるのは同じマイケル・B・ジョーダンで、同じようなスーツにネクタイや帽子だけ赤・青と区別しているが、目つきとか、しゃべり方とかで性格の異なる兄弟を演じ分け、さらに弟のスタックはゾンビ化(ネタバレ失礼)してしまい、兄スモークの方では血まみれ大乱闘、銃撃戦まであって最初の方の紳士然とした風采と一転する。これに絡むのが兄弟の従弟で牧師の息子サミーで、映画の最初が後から種明かしされるような仕組みや、事件後父の宗教的?虐待から逃れて旅立ち60年後に音楽家として演奏している酒場にやってくるのがなんと…という後日談まで狂言回し的役割をしている。
とにかく全編音楽いっぱいの映画で、とくにダンスホールのパーティシーンは、登場人物の実写的な踊ったり歌ったりからいつの間にか、さまざまな人々黒人、ネイティブアメリカン先住民、さらに京劇スタイルの中国人まで「幻想」?として入り乱れ、そこに訪ねてやってくるきて事件の元となるレミック(ジャック・オコネル)はアイリッシュという設定で、つまりこの移民の国で迫害・差別されている人々の狂宴という態である。現れるレミックらはつまりはサミーのギターの音に導かれて現れた魔物?-まあゾンビというか吸血鬼ーなのだが、生身の人間よりもむしろ幸せを享受しているような感じで、この映画サバイバル・ホラーとかとも言われているが、全然怖くもないし、魔物たちはちょっと悲しくはあるが、なんか噛まれた人間が魔物化しつつみな楽しそうなのも面白い。しかし朝日とともに彼らは消滅、そのあとに一人残ったスモークを襲うKKKの白人たちとのドンパチで、この場にいた主要登場人物はサミー一人を残して全部死んでしまうというまあその意味ではホラーかね。スモークの恋人(妻?)アニー(ウンミ・モサク)が何とも頼もしく、美しく、胸に杭を打たれて死ぬことをスモークに求め、銃弾に撃たれて死ぬスモーク、先に亡くなった二人の子供とともの3人の最後の場面が、吸血鬼で生き延びない人間の幸せ(終わりのある)を示唆しているような…。意外に構造はシンプルなのだが、細部細部にアメリカ社会の闇のようなものも編み込んでいる?なお、南部の綿畑とか、上り沈む太陽の空とか、なんとも美しく、このあたり撮影賞というのもうなずけた。(3月17日 TOHOシネマズ・シャンテ067)
⑭タイガー・マウンテン雪原の死闘 智取威虎山
監督:徐克 出演:張涵予 林更新(ケニー・リン) 梁家輝 余男 佟麗婭 漢庚 黄建新
2014中国 141分
こちらも名前はよく知っていたが見てなかった。2014年の徐克作品だが、舞台は中国東北。共産党の指導を受ける「東北民主聯軍」203部隊(30人)が、当地「威虎山(タイガー・マウンテン)」近くに日本軍が作った要塞を、日本退去後占拠して、近隣の村々を襲い悪虐を尽くしていた匪賊「ハゲワシ」(300人)と闘い平らげるという話で、ウーン。こちらはもちろん共産軍イイモノ、匪賊ワルモノという構図で、共産党から送られてきて、ハゲワシ集団に潜入するスパイ(実在の人物だそう)、彼と一緒にやってくる衛生隊の看護師、スパイ楊子栄を信用できない203隊長、母をハゲワシにさらわれた村の少年と交流する心優しい兵士(その死まで)などをちりばめ、ハゲワシの女にされた少年の母へのハゲワシの虐待とか、楊子栄が敵に潜入して尽くす知恵とか、救われた少年の働きーとかも盛りだくさんに描き、後半はいよいよハゲワシのアジトに後ろの崖を渡り攻め入りの戦争場面。話としては意外に単調だと思うが飽きさせずいろいろ盛り込み、しかしまあ話を混乱させることもなく、戦闘嫌いのオンナ(私のこと)をも引きこむさすがの徐克。あれ、そうか辺境の戦争場面を中心に描いて悪役が梁家輝というのは、先月見た『射鵰英雄傳』⑦と同じじゃん、とは見終わって気づいたところ。この映画のちょっと違った不思議は現代のアメリカから黒竜江省に帰省する青年(ハン・ギョン=この人韓国人だよね?)を配して登場人物の子孫として、京劇『智取威虎山』(中国では有名)のテレビを見させたり、203部隊の春節?の祝賀の宴(幻だろうが)に列席させたり、また残されたスケッチを見入らせるなどして現代につなぎ、単に戦争劇にしていないところなんだろが…でも効果を上げているかというと、ウーンイマイチという気もしないではない。(3月14日 文京区民センター 現代中国映画上映会066)
⑬オーバー・エベレスト陰謀の氷壁
監督:余非 出演:張静初 役所広司 林柏宏 ビクター・ウェブスター ノア・ダンビ―
普布次仁(ブブツーレン)2019日本・中国 110分 ★
この映画、ポスターを見ると確かに記憶にはあるが、当時はなーんかちょっとね、という感じでノー・マークだった。⑫『クライマーズ』と同年の製作でエベレストが舞台なのも同じだが、書かれているのが「現代」だから?まったく違う色合いで、しかも意外にリアル感もあるのは日中合作だからか?しかし冒頭にはちゃんと龍マークも出てれっきとした中国映画でもある(が、⑫とはちがい、ここは「チョモランマ」であるというような主張は全く出てこない)。ちなみに監督の余非はマナスル登頂の経験もあると、現中映の解説にはあった。
こちらの舞台はネパール(カトマンズの景色が懐かしい)で、ここで私設の救命隊(なんてものがあるんだね、ホント?)を営む男(役所広司が演じているが役名は中国名で、ことばも中国語(吹き替えっぽい))とその仲間。あとから加わる、抜群の身体的能力を持ち、エベレストで亡くなった恋人(よくわからなかったのは、救助隊が一緒に登って遭難した男女の女性だけを助け、男性を置き去りにして死に至らしめたってどういうこと?)を探す中国人登山家女性が張靜初。え?こんな可愛らしい人形みたいなぶりっ子っぽいような雰囲気?という造型だが、裏腹に最後、赤いシェルのウェアがボロボロになるような活躍ぶりで山を駆け巡り、闘い、転落し、アイスクライミングでエベレストをよじ登り…、ま、だんだんその見かけとのアンバランスが気にはならなくなった。マムートのグローブとスカルパの靴だったが、これってスポンサーになってるのかな?なんて、つい思ってしまう。
カトマンズで行われる世界首脳会議(サミット)がらみで、和平に重要な機密書類を乗せた飛行機がエベレストのデスゾーンに墜落、その書類回収のために派遣されたインド軍の特殊捜査官をエベレストに案内することになる資金難・借金まみれの救助隊ーとまあ、この設定自体の嘘っぽさを受け容れないと話は始まらないが、実はこのインド人二人(演じているのはカナダの役者)は、ホンモノに成り代わった偽者で、救助隊の口を封じて「宝物」を独り占めしようとしている…。救助隊もインド系・ネパール先住民?それに中国系(台湾人も?)という混成で、ヴィランは外国人というのも、最近中国国揚映画の1パターンとも思われるが、事件は異国の街で進行し、活躍するのは中国大陸人というパターンを引きつぎつつ、役所演じる人物の悲劇性?と張静初の活躍と、恋(メロドラマ)と、そこに軽妙にからみ、大怪我をし、恋?の気配も失うみたいな役柄で林柏宏も上手に使い、なかなか娯楽性のある作品に仕上げ、エベレスト風景も楽しませてくれた。(3月14日 文京区民センター 現代中国映画上映会065)
⑫クライマーズ⑬ (登攀者)
監督:李仁港(ダニエル・リー) 出演:呉京 章子怡 張毅 井柏然 胡歌 成龍(ジャッキー・チェン)2019中国 120分
雪山ももう登らないかなあと思いながら、会津駒ケ岳から帰ってきたその日、昔はよく通い、最近は見ていない映画があると時たま、という「現代中国映画上映会」からの案内メールが来ていて、今月は「雪山映画」特集という。実際に行けないなら今シーズン最後の雪山を映画で楽しむかと出かけて3本の映画をみたその1番目がこれ。
実はこの映画、2020年9月日本公開で見ていて、滑落場面の多さと、国威発揚振りに辟易した覚えがある。今回もまあ、同じ。しかし繰り返される滑落シーン、雪崩シーンのすさまじい撮影ぶり(スタントがやってるんではあろうが)は、やはりなかなかで、ウソとわかっていても見ていてついつい肩ひじに力が入り、肩がこる(笑)。それに若いカメラマンにして隊長になる井柏然、映画のヒロインの気象学者・章子怡と、吸引役?の役者がつぎつぎ斃れるのもお約束?、その中でちょっと古風な感じの呉京と章子怡の恋愛ばかりがなんか強調された、メロドラマの気配もあり。ま、究極は中国「はやり」の国威称揚映画なんだろうな…(3月14日 文京区民センター 現代中国映画上映会064)
⑪夜鶯ーある洋館での殺人事件(揚名立万)(英題:Be Somebody)
監督:劉循子墨 出演:尹正 鄧家佳、喻恩泰 楊皓宇 秦霄賢 張本煜 2021年 中国123分
1940年代、上海の洋館に集められた映画関係者ー老三事件を題材に映画を作るというプロデューサーが集めたのは、落ち目だったり、わけありだったりという連中で、意欲も必ずしもあるわけではない。そこにそれとは知らされず参加しているのはこの事件の犯人である死刑囚と付き添い?の刑事。こんなとんでもない設定の中で、記者として失敗して転身したが芽の出ない脚本家(尹正)が、語り手というか謎を解く人物として事件の真相に迫っていく中で、犯人の口からこの事件の悲しい真相ー多分?日中戦争で戦死した父親を持ち、父の同僚だった男の助けを得て上海で歌姫になる娘の悲劇ー権力にものを言わせた老三(三人の有力者)の蹂躙と、それゆえに制裁されるという過程ーと再生が語られるが…。映画好き?の映画作りの映画かしらんとも思われるし、現代映画が作りにくい?中國状況の反映したオールド上海映画(だろうが、登場人物はあまり1940年代の人という感じはしない)かなとも思うし、豪華なセット?の洋館や飾られたドラクロワの絵(これも事件のテーマに直結している、らしい)とかビジュアル的に楽しませつつ、多くの場面は室内限定という感じで舞台劇のような作り。また、役者たちが、ポスター写真や死んだりする見せ場になるとそれまでの少し抜けたようなとぼけ顔から一転して美男角度で撮影されてしまうのもーとはいえ尹正は一貫してちょっと太目の丸顔っぽくて??この人もっとイケメンじゃなかったっけ?と思えるのが面白いーなどなど、語るところは多い、なかなか凝った映画になっていて、終わりの明るさも含めけっこう楽しめた。題名原題は「名を上げて富を得る」という意の成句だが、邦題の「夜鶯」はひどい目に逢う美しい歌姫の少女を表している?とすれば、映画内容に比べて随分ロマンティクな命名かも…(3月10日 シネマート新宿063)
⑩1923
監督:テム・ギヨン チェ・ギュソク 出演:鳩山由紀夫 杉尾英哉 櫛淵万理 西崎雅夫 有田芳生 2024韓国 116分 ★★★(皆さん是非見てね!)
1923年9月1日関東大震災後起きた在日朝鮮人の虐殺事件、韓国や世界では「関東虐殺」という名で知られているらしい(もちろんこの事件というか事実は知っているが、名前は知らなかった…ショック)、その経緯を100年後の視点で明らかにするドキュメンタリー。作ったのは韓国人の監督だが、もちろんほとんどの舞台は関東の諸県都。当時の写真や、経験者(といっても当事者はすでにいないが)のきいた話とか、今に残る碑とか、そこに参る人々という感じではあるが、そのほとんどは日本でこの事実を掘り起こし、政府ー警察が、自警団組織を使って行った虐殺であることを証明しようとし、なかったことにしている現政府や都知事を批判し、後世にこの事実を伝えることの重要さを訴えている。知らなかったことではないけれど、政権が交代し、日本はますますの排外主義、軍国化も辞さない方向へ進んでいると感じられる今、そして大地震も決して起こらないこと、ではない今、SNSなどのヘイト言辞などを見ていると、気をつけないと同じ道をたどるのではないかと思われるので、こういう映画を上映することには大きな意味があると思いつつ見る。インタヴューの切り取り方など、若干?と思われるところがなくもなく(唐突に一言でぶった斬り、次の画面でも説明もなく、ナニコレ?というところ数か所)、字幕の単純ミスもちらちらあったけれど、このあたりは大勢が見ることにより改善されていくことを願う。しかし言いたい事が多分ありすぎて詰め込んだ結果なんだろう。観客は8人で、ほぼ高齢者ばかりというのがさびしい。(3月10日 Morc阿佐ヶ谷062)
⑩しあわせな選択
監督:パク・チャヌク 主演:イ・ビョンホン ソン・イェジン イ・ソンミン ヨム・ヘラン チャ・スンゥオン 2025韓国 139分 ★
久しぶりのイ・ビョンホンは55歳だそう。製紙工場の現場の管理職マンスは、瀟洒な自宅の広い庭で家族とともにバーベキュー(なぜかウナギを焼く)を楽しむような暮らしぶりだったが、製紙業の衰退ー世の中のデジタル化の影響をうけたということーでリストラ。彼はしかし製紙の世界から離れたくなく、方向転換を言う妻にも耳を貸さず同じ業界での職探しをして1年、ようやく面接にこぎつけた会社があったが、そこには同じく製紙の世界に職を求める同年代の何人か。彼は自身の職を得るためにライバルの彼らを殺そうともくろむ、というブラックコメディ。一応コメディでマンスの頼りなさげな、なんとも運動神経も鈍そうというかむしろ老化?かも知れない哀しさみたいなものを、イ・ビョンホン、すっかり中年になって口ひげなんかはやしながら、オロオロという感じで演じているが、コメディにしては暗くて、話もけっこう複雑というか、ゴチャゴチャ絡み合う感じもあり、殺した死体を裸にして小さく折りたたんで縛り上げるみたいなエグーイ場面もあるし、下ネタ的なというかセックスに関する感じのギャグ的会話もあったりして、笑うより、なんか裏にある皮肉や暗さを感じさせられてしまうのは、やはりパク・チャヌクかな…。映画の裏にあるのは、AI化が進み、従来産業に従事する人の職場がなくなっていくような社会状況への警鐘もしっかり鳴らしているということかな??ソ・イェジンがマンスの妻の役で、頼りない夫を見守りつつ、決して流されない妻でなかなか格好いい。そして非現実は、ハラハラしながらもマンスの目論見は成功し、彼は大きな工場のたった一人の人間の従業員としてAIの稼働する工場の中で孤独なしあわせな復職を果たすという皮肉も…パク・チャヌク作品としては近作では『別れる決心』㉔(2022)を見ているが、見た後のなんか理解の範囲を超えているような面倒くささの印象は同じ。(3月9日 府中TOHO シネマズ061)
➇成績表のキム・ヨンミン
監督:イ・ジェウン イム・ジソン 2022韓国 96分 ★


高校で三行詩クラブというのを結成して仲の良かった3人、ジョンヒは大学への進学に疑問を持ち、自分のしたいことを探すためのバイト生活に。スザンナはアメリカの大学へ進学、キム・ヨンミンは大邱の大学に進学するがソウルへの転学を志すという。高校卒業後も3人はネットでつながってクラブを続けようとするが、だんだん疎遠に。ジョンヒは人員削減でテニス場のアルバイトもクビになり…というところで、兵役中の兄の住むソウルの家で夏休みを過ごすという、キム・ヨンミンに誘われて、ジョンヒは高校時代から今に至るまで楽しみにしていたいろいろなもの(ゲームとか食べ物とか…)をスーツケースに詰めてソウルに向かう。ところがヨンミンは自分の悪かった成績を何とかすべく教授にメールをしたり、何やかや、あげくは友人をおいて教授に直談判をすると出かけてしまう。残されたジョンミは一人、ジョンミと自分の来し方を考え、そして…というわけで、親友と自分との距離というか状況による互いの変化の中で、自分の生き方として友だち関係も考えていくジョンミの成長譚という音になるのだろうか?台湾映画・香港映画などでも見た記憶のある若い女性友だち関係を描きながら、女性の生き方模索を描くガーリー・ムービーの、なるほどねの一本。
それにしても「成績」にこれほどにこだわる韓国の大学の厳しさ?(3月6日渋谷ユーロスペース「日韓映画の旅」 060)
⑦長孫ー家族の季節
監督:オ・ジョンミン 2024韓国 121分 ★★
「日韓映画の旅」という特集で、日韓それぞれで互いにまだ公開されていないインディペンデント作品を上映するとかいう、その1本。なかなか時間が取れずユーロスペースでは1週間の日程、その最終日をようやく見に行く。
監督の長編第1作というこの映画は、大邱の田舎で古くから豆腐工場を営む両班出身の一家の3つの法事を通して、ソウルに出て俳優をしている一家の「長孫」ソンジンという若者の視点を通して、いわば現代に残る家族の歴史や問題を描く。
ソンジンは跡継ぎの孫息子として、商売は息子に譲ったものの未だ一家の家長として君臨しているような祖父母には特別に愛される。法事には跡継ぎのソンジンの両親や、父方の叔父叔母?、ソンジンの姉夫婦など幾組かの夫婦が入り乱れ、人間関係の説明などはなく、彼らのかわす会話から、この家族の事件や関係がだんだんと明らかになっていくような構造なので、こういうアジア型家族について理解がないとわかりにくい気がする。ベトナムに移住し会社を興そうとしている叔父?一家とか、夫の介護をしながら一家の仕事も手伝って親しくしている伯母とか…ソンジンの父も豆腐工場を継ぎながら屈託ありげで、実は法学部に進んで法律家になる予定だったが事情(後継ぎと目された姉の夫の病気?)により進路変更し、やる気なく後を継ぎ、それが祖父にとっては不満のタネとか。彼らは(両親はそうでもないが)皆、ソンジンに次の跡継ぎとして豆腐工場を継いでもらいたいということを口にし、それが鬱陶しいソンジンは家から距離を置いている感じ?これが夏だが、そうこうしているうちに秋、祖母が急死し、ソンジンはふたたび大邱に戻る。祖母の葬儀の様子が延々と描かれる(「お葬式」を描いた映画は韓国にも日本にも台湾にもあるが、比較的現代の韓国田舎の大きな葬式のあり様というのはそれでもなかなかに興味深かった。家族が集まって香典を出した人の家族との関係を確認しながら、現金を確認し帳簿につけていくところが延々と出てきたリ)。ここではソンジンは、飲んだくれて頼りない父に代わって、細かい仕事まで気配りしながら葬儀を進めていく姿が、なるほどの長孫として描かれる。法事と法事の間がわりと突然の場面返還という形で描かれるので、事件がどちらに属するのか境目がちょっと記憶的にはあいまいなのだけれど、確か葬儀の日に、ソンジンが祖母の部屋にこもる伯母を見る場面があって、次は多分49日とかに相当する法事なんだろうけれど、冬の場面、遺産分けの話も出ていて、伯母が、祖母に預けていた自分の預金(通帳)がなくなったと騒ぐ。そこから、伯母とその夫の立場、いやいやながらこの工場を継いだ父との確執などがだんだん明らかになり…。伯母(娘)が夫の介護のために蓄えていた自分のお金を高齢の母である祖母に預けるというのも何だかよくわからない話だが…。最後にソンジンは父にも祖父にもこの家を継ぐ必要はない、自分の道を生きろと言われてこの村を去るのだが…送る祖父は最後の法事ののシーンではかなり衰えて認知症の気配もあるような描かれ方だが、その祖父が孫息子に(祖母と二人で貯めた)貯金通帳を渡し、雪のちらつく畑?の中の道を家にもどって?去っていく姿が何とも印象的な幕切れで、この家のいわば滅亡?を覚悟した姿?のようなものさえ感じさせられる。伯母からみたら自分を踏みにじった旧家の滅亡ということになるのだろうかな…ネタバレっぽくすみません。すごく長い映画に感じたが見ごたえはあった。(3月6日 渋谷ユーロスペース「日韓映画の旅」 059)
⑥椰子の高さ
監督:杜傑 出演:大場みなみ 田中爽一郎 渋谷盛太 小島梨里杏 2024日本 99分
ウーン。中国映画界で撮影監督として長年活躍していた杜傑は創作の自由を求めて2020年日本に渡ったという。その日本人キャストによる長編デビュー作(クレジットではスタッフには中国名と日本名半々?という感じ)。ある男が子どもと海で遊んでいるときになくした指輪が、魚に飲まれ、これをさばいた別の男が指輪を手にし、恋人に与えるというような一つの指輪を絡めながら、婚約までしたその男女の突然の別れ、失意で新婚旅行の予約をしてあった四国足摺岬の宿に旅をする女性、新婚旅行の宿としてはチープな民宿?風の宿で出会う従業員(主人?)の若い男、彼は亡くした恋人の亡霊?を面影として抱えて喪失感をもちながら生きている。映画後半は2人の会話で話が進み、亡き恋人の亡霊?も現れたり、現実と非現実の間で話が進んでいく感じ?ウーン。さすがの撮影監督出身というか、映画の独特のアングルとか色合いとかの映像美はみるべきものがあるけれど、これってなんかインディーズの世界?カタルシスはないし、ウーン、「椰子の高さ」へのこだわりもあまりわからん、こういう映画が自由を求めて作りたかった映画だったんか…、というには中国のセルフドキュメンタリー・インディーズを見てきた眼にはわかるような気もするが…夜7時からの上映の観客は3人だった。(3月5日 下北沢駅前シネマK2 058)
⑤枯れ木に銃弾
監督:司慎一郎 出演:鷺田五郎 田所ちさ 板橋春樹 松原怜香 2026日本 63分
司慎一郎監督はかつて映画界での仕事を目指したが家庭事情で断念、一般企業に就職したという75歳。70を過ぎてやり残したことをやりたいとこの映画の製作を志したという初劇場公開作。題材は70代の夫と60代・病身の妻の起こす猟銃乱射?事件という、一見『ボニーとクライド』まがいのフィルム・ノワール、という話題作。なのに上映は都内1館、学生・若年料金は限りなく?何種類もあるのだがシニア料金はないシモキタK2という皮肉(この劇場の一般料金は1800円、映画の夫婦の最後の所持金は1300円!)だが、まあ見に行かずばなるまい。63分という比較的小品で、展開もまあ予想通り、終わりのつらさもこれっきゃないーいや、夫婦が店主の好意で血まみれの身体を清める銭湯に突入する機動隊員の行動の粗っぽさは全然リアリティがなくて、結局銭湯の主人も含め、終わりの3人は機動隊の銃弾に倒れるって、ないでしょ、という感じはしたがー前半も、老夫婦の苦しみもまああまりリアリティを持って描かれるわけではないが、一種のマンガというか寓話的誇張をもって描かれていると見れば、まあいいのだろうか…。映画的完成としては未熟という感じもあり、若さと老成?がフシギな混合を示している。(3月5日 下北沢駅前シネマK2 057)
④センチメンタル・バリュー
監督:ヨアキム・トリアー 出演:テナーテ・レインスべ ステラン・ステラスガルド インガ・イブスドッテル・リッレオース エル・ファニング 2026ノルゥエー・デンマーク・フランス・ドイツ 133分
1月に見た『リプライズ』⑨のヨアキム・トリアー監督の最新作。見るか見ないかと迷った面倒くささは「健在」?だが、一軒の「家」をモノローグの主体?として一家の歴史を絡めながら、母の葬儀に際して15年前に出て行った有名映画監督の父を迎えることになった姉妹の特に姉の方と父との確執と、まあ和解までを描くというわけで、テーマとしては彼の作品としては『わたしは最悪』②に続いて、まあわかりやすいとは言ってよさそう。幼い頃父の映画に出演して楽しく、世にも知られた妹は歴史の研究者になり結婚し、息子もいて、安定している。一方の姉は舞台女優として活躍はしているが精神的にはかなり追い詰められ不安定?で主演の舞台に出られずパニック状態になるような場面がけっこう延々と描かれたり…。その姉娘に、父は新作の脚本を見せて主演するように言う。しかも舞台としては姉妹が父母と過ごし、母が亡くなるまで住んだ、歴史もある家だというので、姉娘は拒否。すると父はアメリカの新進の若い女優レベッカを主演に立てる…ということでこの映画、老いた監督の来し方と行く末までも見据えるような映画作りの映画という側面ももっているが、ウーン。それらのからみが物語として最終的に収束するようには作られていない感じで、エピソード的なというか場面場面の意味は分かるのだけれど、なんかそれぞれが姉妹とどのような関係にあるのかーたとえばこの家で死んだ祖母はナチスの抵抗者であったということも語られるが、それが現在の家族にどのような影響をあたえているのかは(建物・血筋?の「家」ということをのぞいては)イマイチわからない。ただ、姉娘が結婚せず、子供もいない、恋人はいるが今一つ心を許せる存在ではないらしく、孤独であることを父の監督が(多分自分に重ねて)心配していることをも、彼女自身にとっては父への拒否感というか確執になっているようなのが、画面からは浮き出てくる感じで、そのあたりの表現のしかたはさすが!というところもあり、まあ眠ることなく最後まで引っ張っては行かれたんだが…。(3月4日 新宿ピカデリー 056)
③私のすべて
監督:アンヌ=ソフィー・バイイ 出演:ロール・カラミー シャルル・ペッシア・カレット
ジュリー・フロージェ へールート・バン・ランぺルドルフ 2024フランス 95分
発達障害を持つ30歳を超えた息子ジョエルが、作業所の同僚オセアンと恋をし子供ができる。それを知ったシングルマザーとして息子を育ててきた母モナは自身から自立しようとする息子が受け入れられず、焦り逆上し、行きずりといってもいい男性と一夜をともにし…(この映画の自立は「心」のだけでない、母も息子もむしろ「体」「セックス」の自立を重要な要素として描いているところがいかにもフランス映画かな…)。息子はみたことのない父を南極にいると教えられ、幼い時から南極の父あてに手紙を書き続けていた。モナが知り合った男はくしくも、ジョエルの父が住むベルギーの街に住むベルギー人、というわけで、カウンセラーとも話し合い、息子の恋人の出産を認めざるを得なくなったモナが、南極に行くと称して息子をベルギーに連れ出し父に会わせるというのが後半の中心。自身の自由を拘束するとして母を逃れた息子が「行方不明者」として父のもとに行くように仕組むという、なるほどとも、なんかまあ面倒臭!とも思えるような段取りで息子をその父に合わせ、彼女自身は恋人との逢瀬となるが、恋人には母として無責任だとなじられ、息子の父も息子を受け容れるわけもなく…というわけだが、確かに障がいがあると言っても一応生活自立もしている大人の男女を、これほどまでに一人前とは扱わない親の愛ってのもどうなのよ~それを解放するのは「性」?ってのもどうなのよ~とかなり激しいセックスシーン(特に女性の側が…)にちょっとな…。と思いつつまあ、映画は若い二人の同棲を親たちが見守り、モナも恋人と和解するというハッピーエンドに終わるわけだが、その予定調和もなんかなあ…。(3月4日 新宿武蔵野館 055)
②嵐が丘
監督:エメラルド・フェネル 出演:マーゴット・ロビー ジェイコブ・エロルディ ホン・チャウ シャザト・ラティフ アリソン・オリバー 2026アメリカ 137分
監督・脚本のエメラルド・フェネルと主演にプロデュースもつとめたマーゴット・ロビー、コラボのハリウッド女性映画の大作?というところ?出だしは(物語の筋にあまり関係ない気もするが)人々の見守る中で絞首刑になる男で、群衆の野卑が目立つ印象。背景や、ヒースの野の荒涼はぐっとおさえて暗く、荒々しい印象もあり、その中にいる最初は子どもたち、あとは主演の二人が演じるキャサリンとヒースクリッフ(はそうでもないか…)や嵐が丘の住人達も屋敷に住む地主階層もこんな野卑な暮らしをしていたのかと思わせるほどには素朴な感じに描かれる。なのでキャサリンの強そうな容姿もひかれあう二人も自然になじみあい、隣家リントン家(けがをしたキャサリンが、世話になり6週間過ごすという設定は原作と同じ)がかかわって来て、その家のシンプルだがきれいな屋敷での美しいドレスでの暮らしぶりのあとの、愛してはいるが「彼といっしょでは高みには登れない」というキャサリンの発言とそれを聞いて去るヒースクリッフもまあ、原作と同じだが、帰ってからあとはけっこう全然違うというか、いちおうヒースクリッフの復讐劇ではあろうが、ウーンむしろ純愛悲劇的な方向がけっこう強調されている感じ?狂気や病のビジュアルもあくまでも美しさの範囲を出ない感じに抑えられている。原作の語り手のネリーを演じるのがベトナム系アメリカ人のホン・チャウで、白人ばかりの嵐が丘の一家の中でちょっと特異で不気味ではないが、そこに不可解なものを秘めているようで(これは原作にしたがっている?)存在感を放っている。思えば原作ではヒースクリッフこそロマ?で色浅黒く、他の家族とは違っているふうに描かれているが、今回演じたジェームス・エロルディは先月見た『フランケンシュタイン』の孤独な悲しい「怪物」を演じていた人。ちょっとクセ?ありげな感じもするにはするが、むしろ美貌で、実際にキャサリンが「こんな美しい男はいない」と(これって女が男を鑑賞する脱旧ジェンダー的世界?いやいや階級差があるからな…)いうシーンもあり、多分「純粋」に白人?、で恋敵のエドガー・リントンのほうが中東系?のシャザト・ラティフによって演じられているのも、なんか、いかにも現代映画で、映画の中の19世紀?のイギリスも変わっていくんだな(進化かどうかはわからない)と思わせられた1本。雨のTOHO シネマズ。観客は生涯2回目?の1人だけかと思ったら開映直前女性が現れて2人だけでの鑑賞。(3月3日 府中TOHO シネマズ 054)
①木挽町のあだ討ち
監督・脚本:源孝志 出演:柄本佑 長尾謙杜 瀬戸康史 滝藤賢一 高橋和也 正名僕蔵 イモトアヤコ 北村一輝 沢口靖子 渡辺謙 山口馬木也 石橋蓮司 2026日本 120分★★
直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞した永井紗耶子による同名小説を、柄本佑と渡辺謙の初共演で映画化したミステリー時代劇(映画.com)というのだが、あ、なるほど原作をうまく料理して映画にするとこうなるのか…
ということで原作の設定はほぼそのままに、画面美というかカメラアングルや色彩も含めビジュアル的要素ももりこみ、達者な役者当日の段取りで失敗したり、それを取り繕うかのような渡辺謙の歌舞伎舞台姿とか演じるコミカル的な部分も加え、あだ討ち(これも漢字でしっかり「徒討ち」と書かれる場面がある)をする菊之助を囲む森田座の面々については原作のように一人一人の来し方(人生)をこの劇場に来るまで語らせたりするのではなく、態度や行動の演技で彼らの菊之助へのsympathyを見せる。逆に原作では単なる聞き手として特別な境遇や性質を与えられていなかったいわば狂言回し的な人物に、名前と境遇と性格を与えて、この男が討たれた仇を探しに来る根拠も加え、田舎の小藩のお家騒動というか不正事件の顛末の方に物語としては比重を置くというやり方…なるほどね!まあ、登場人物の行動とか考え方は、ほぼほぼ現代の人々で(江戸の封建社会とは思えない)それを前提の共感かなという気もするが。全体的に歌舞伎好きというか芝居好きが芝居のために遊んだあだ討ちという感じが強く…それはそれで楽しめる。(3月2日 府中TOHOシネマズ 053)


























.jpg)























コメント
コメントを投稿