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【勝手気ままに映画日記】2019年6月

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①ともしび(Hannah)➁ルンタ③長いお別れ④池谷薫演出NHKスペシャルプログラム『西方に黄金の夢ありー中国脱出、モスクワ新華僑』『黄土の民はいま―中国革命の聖地・延安』⑤ヒトラーVSピカソ 奪われた名画のゆくえ⑥魂のゆくえ➆さよなら、くちびる➇ザ・クロッシング(太平輪 乱世浮生)part1➈幸福なラザロ➉ビル・エヴァンス~タイム・リメンバード⑪リアム16歳 はじめての学校⑫亡命⑬バーニング・劇場版⑭ザ・クロッシング(太平輪 彼岸)part2 ⑮12か月の未来図(Les Grands Esprits)⑯パパは奮闘中⑰山猫⑱沖縄(1部 一坪たりともわたすまい 2部怒りの島)⑲家族にサルーテ―イスキア島は大騒動―⑳スノー・ロワイヤル㉑岡本太郎の沖縄㉒僕たちは希望という名の列車に乗った
①ともしび(Hannah) 監督:アンドレア・パラオロ 出演:シャーロット・ランブリング アンドレ・ウィルム 2017仏・伊・ベルギー 93分 『まぼろし』『さざなみ』ときて、邦題はひらがな4文字の『ともしび』というわけで、題名がなんか暗示をしているというふうだが、そうなんだろうか。原題は『アンナ』でヒロインの名前。出だしは演劇教室で絶叫するアンナの顔が画面半分、それにこたえる同じ教室の仲間のおなじく叫び声。次は家で夜夫と食事の場面、電球が突然切れ、夫が立ち上がって新しい電球に替えるが、この間彼女は一言もなし。冷め切った夫婦なのかしらんと思うと、次の朝二人は連れ立って出かけ、夫はそのまま収監されてしまう。あとは彼女の孤独な日常が延々と続く。盲目の子がいる家庭での家政婦の仕事、週に一度の演劇教室、夫との面会、その行き来の地下鉄の中。階上に住む子供のいたずら?で寝室に水漏れが起ったり、孫の誕生祝いをしたくて息子に電話、ケーキを作って持っていくが冷たく門前払いされたり。水漏れの修理を頼んで業者が来てドレッサーを動かすと後ろから封筒が出てきたり、通っていたジムのプールからは会員権がなくなっていると締め出され、そして彼女は夫とともにかわいがっていた犬(子供に冷たくされて、犬に依存するようすまで見せる)を手放し、最後は家政婦の仕事を早退し、孫の学校に様子を見に行き、そして演劇教室でも自分の演技の途中に「外の空気を吸ってくる」と出て行く。長い長い地下鉄の階段をおり、最後は目の前を行き過ぎる電車を見…

【勝手気ままに映画日記】2019年5月

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①サンセット②女性の名前③私が神④ポー川のひかり⑤ルチアの恩寵⑥ある日突然に➆アガサ・クリスティ ねじれた家➇ビリーブ 未来への大逆転➈ザ・プレイス 運命の交差点➉RBG 最強の85歳⑪熱帯魚⑫馬皮⑬愛がなんだ⑭ある少年の告白⑮初恋 お父さんチビがいなくなりました⑯コンフィデンスマンJP⑰主戦場⑱希望の灯り⑲台北セブンラブ(相愛的七種設計)⑳嵐電㉑誰がために憲法はある㉒洗骨

①サンセット 監督:ネメシュ・ラースロー 出演:ユリ・ヤカブ ヴラド・イヴァノフ モーニカ・パルシャ   2018ハンガリー・仏     (ハンガリー語、ドイツ語)142分 ネメシュ・ラースローは印象深かった前作『サウルの息子』に続くこの大作でアカデミー賞外国映画賞を受賞している。
『サウル』ではナチスのユダヤ人収容所で死んだ少年を自分の息子に重ね合わせて、ユダヤ式に葬ろうとする一人の男をずっと追い、ある意味で単調な情景の中でクローズアップで写される表情の変化などを繊細に描き出して緊迫感のある画面を作っていたのが印象的だったが、こちらは1900年代初めのころのハンガリー、ブタペストの街、そこにある帽子屋、あるいは伯爵邸、また、行方不明で存在さえ初めて知った兄のいわばアジト?など、結構ドラマティックに変化していく場面の中で、『サウル』の場合と同じくヒロイン・イリスの表情と行動を逐一追っていくという感じで、物語も結構ミステリアス、ドラマティックなのにあいまって、なんかすごく粘着質な描き方という感じで、ウーン、「サウル」の時には生きた手法だと思うが、今回は少し疲れた。その上というか、だからか、最終的にはドラマ部分は観客の想像にゆだねて結論を出さないという描き方の142分。見ごたえはあるが、ちょっと長すぎる感じ。これは腰から沈むような感じのアップリンク・スクリーン3の座席のせいもあるかもしれないが。背中が痛くて参った。(5月2日 渋谷アップリンク)


②女性の名前 監督:マルコ・トウッリオ・ジョルダーナ 出演:クリスティアーナ・カポトンディ ヴァレリオ・ビナスコ ステファノ・スカンダレッティ 2018イタリア 92分 シングルマザーのニーナは家具修復の職場が倒産閉鎖、ミラノから近郊ロンバルディアに職を求め高級老人介護施設のヘルパーになる。ところがある夜施設長のトッリに呼ばれセクハラを受ける。抵抗して逃…

【勝手気ままに映画日記】2019年3・4月

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①グリーン・ブック ②葡萄畑に帰ろう ③小さな独裁者 The Captain  ➃あなたはまだ帰ってこない La douleur ➄翔んで埼玉 ⑥マイ・ブック・ショップ ➆ローマ ➇ビール・ストリートの恋人たち(If Beale Street Could Talk)➈ナポリの隣人 ⑩立ち上がる女⑪芳華 ⑫盆歌 ⑬セメントの記憶 ⑭若葉のころ(5月1號)⑮未来を乗り換えた男 ⑯天才作家の妻 40年目の真実(THE WIFE)(TRANSIT) ⑰美人が婚活してみたら ⑱私の20世紀 ⑲シンプル・フェイバー ⑳ふたりの女王 メアリーとエリザベス ㉑ラブ ゴーゴー(愛情来了)㉒キングダム                       3月は最後の週に3本だけの映画鑑賞。3,4月まとめてアップします。
🌸はあくまでも個人趣味によるおススメ作品です!

①『グリーン・ブック』
監督:ピーター・ファレリー 出演:ヴィゴ・モーテセン マハーシャラ・アリ リンダ・カーデリニ 2018米 130分オスカーの作品賞と脚本賞、それに助演男優賞(アリ。確か『ムーンライト』でも同じ賞だった?)を受賞し、白人視点描いた作品だということでスパイク・リーらは大いに反発したと聞いていた作品。ようやく間に合って鑑賞。ウーン、実話ベースということで、特別な才能を持ち、それを伸ばす機会にも恵まれて育った黒人ピアニストと彼の運転手兼マネージャー?をつとめることになったイタリア系の白人が一緒に黒人差別の意識が強い60年代のアメリカ南部を演奏旅行するという物語。脚本はモデルになった運転手(後にコパの支配人にまで上り詰めた)トニー・バレロンガの息子ニックが書いているとかで、わりと抑制された差別表現の描き方だが、それを敏感に感じつつ耐えたり時に意志を貫こうとしたり、権威(なんとロバート・ケネディ司法長官)に頼りつつ、それを苦悩し、しかもゲイという複雑なピアニスト、ドクター・シャーリーの造形もうまいし、演技もさすが。一方のトニーはイタリア系の移民仲間のつながりによくも悪くも支えられ、家族にも恵まれていて、教養はないが知恵は滅法回り、腕っぷしも強くて頼りがいのある男で、造形的には意外に単純な気もするが、最初は差別主義者と言ってもいいくらいに無意識な彼が、音楽のすばらしさや、支えたり諭されたりの人間的交流の中で人種意識より…

【悔恨と反省、それでも懲りない?】2~3月の骨折・入院日記①

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2月22日
【滑落】
今年の戸隠はすでに春の雪、水っぽく重く、前日まではあまり楽しめなかった最終日、でも今日はピーカン、雪は今いちだけど、楽しく滑れそう…、ということでその1本前に快適に滑り降りたチャンピオン・コース。つい魔がさして隣の隣のグランドに。入った途端、あ、ヤバ!とは思ったが、上半分はそれでもまあなんとかOK。中盤で一休み、上の写真を撮って、気を取り直し、さ、行くぞ!と思ったとたん足を取られ転倒、そのままドドド―と落っこった!なんとか足を下にして止まり、両ひざをついて斜面を見上げると10メートルも上にストックが1本置き去りに。えー、あれを取りに行かなくてはならないのか、と思いそれでも、と思って…、え?あれ立ち上がれない。スキーは両方とも足についたまま。ヤレヤレと板を外したがえ?痛いよ、動かないよ、どうしよう~~このとき、このゲレンデは無人状態で、私だけ…。


戸隠には30年近くほぼ毎年2回は通っている。ゲレンデは一応隅から隅まで知っていると思っていたので、ふだんはコースマップなどは持って出ないことも多かった。でも、今日はリフト乗り場で誰かが落としたマップを、しかたがないな、ゴミにして、と思って拾ってポケットに入れていたーいや、ほんとにラッキー! それを思い出し、書かれているパトロール隊の番号に電話する。



【パトロール隊ってすごい!】
まもなく雪ぐさぐさのゲレンデの上方から力強く下りてくる人の姿、さすがすごい技術だなあと待つうちに到着した彼、ほかにも女性、男性それぞれ1人ずつ?どこからともなく到着してくれて救出してくれた。のだが、これが大変、最初はどちらが悪いかわからぬほど左だけでなく、右足に力を入れても全身に痛みが走り、身動きができない。かろうじて身元と泊まっている宿の名だけを告げて、あとはウーン。スノーボートに何とか乗せられ中社から戸隠シルバーゲレンデの中腹まで。かぶせられたオレンジのシートの隙間から見える青空がまぶしい。そのあたりでスノーモービルに乗り移らされ(と言ったって、またがること自体が大問題)なんとかパトロール隊本部まで。そこにはすでにこの日も泊まっていた長年の常宿M山莊のご主人が車で迎えにきてくれていた。

【ありがとう、救急隊】
車のシートに座ることもできず、もたれるようにして何とか戻ったM山荘だが、両肩を支えられても歩けず、宿前においてく…

【悔恨と反省、それでも懲りない?】2~3月の骨折・入院日記②

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2月23~27日
【手術前】
最初に入ったのはナースステーション真ん前の222室。「認知症の方もいて、少しうるさいかもしれないが、ほかにベッドがなくてごめんなさい」とのこと。うるさいということのほどはなかったが、夜中に「〇〇ちゃん、〇〇ちゃん」と娘?の名を呼び続ける方。私の両足につけた血栓予防の装置の断続的な風圧音を気にされて、何度も「電話がなってるよ」と教えてくれる方―「電話ではない」と説明すると納得されて「うるさくないから大丈夫」と言ってくれるが、またしばらくすると「何の音?」と気にされる。何だかこちらが申し訳なくなってしまうほど、この装置はなかなかうるさいのである。
翌日には1つ置いて隣の225室(「こちょうらん」の名がついている。222室は?朦朧としてわからなかった。どこにいるかも朝になって「ここは何号室ですか?」と聞いてはじめてわかった)に移動(病院には4室はない)。西向きの大きな窓の、窓際のベッドになって、ここは寝たままで正面に朝日を浴びる飯縄山が望める一等地。ただし午後は西日で猛烈暑くてまぶしい。


手術前3日間のスタイルは、左足牽引、両足に血栓防止のために空気圧を送るポンプのような装置の付いたバンドを巻いてそれが左右交互に膨らむのを繰り返すという装置。下半身は身動きはならず、排便も食事もベッドのうえ。ただしベッドの背は起こせるので、体を半分起こした状態で、PCやスマホををいじったり、入院の注意書きを読んだり…。痛み止めは座薬と、飲み薬。リハビリ担当がやってきて、寝たままで、手術のための筋力維持とかいうことで、反対側の右足のストレッチをしたり、前々日からは、手術の注意や、呼吸訓練も。麻酔の時に痰を出す練習だそうだ。知らないことばかりなので、ついついしつこく説明を求めるが(暇だし)、割と親切に答えてくれるのがありがたい。

なにしろ入院は出産時の1週間以来、全身麻酔の手術も生まれて初めてなので、何もかもわからず、不安いっぱいながら、これからどうなるのと、自分自身を外から見ている感じ。

股関節の手術はけっこう大変らしく、「一生できないこと―内股にする、足を組んで座るなど」があるということがわかる。もう二度とスキーも山もできない?そう考えると暗然…。手術予定書には6週間のリハビリ、退院とあるが、そんな悠長なことはできない。最初の医師のことばを頼りに1ヶ月退院…

【悔恨と反省、それでも懲りない?】2~3月の骨折・入院日記③

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2月28日

【手術2日目 車椅子から歩行器に】
ドレインが抜けて、ベッドのまま一般病室(225)に戻る。
早速のリハビリ開始は、ベッドの傍らでまず車椅子に乗る練習と、すぐに立つ練習。これらはすべて小ぶりのデイパックサイズになった両足の間の枕をつけたままだが、どうもこれがずり落ちてきて使いにくい。この枕は大きさを変えつつ、このあと3週間起きても寝ても24時間つけていることになる。
(手術後2日は40ℓザックサイズ、その後数日はデイパックサイズ その後は20センチ角のサイコロ状)



 昼頃には自分で車椅子でトイレにも行き(1回目だけは介助してもらい、動き方を教えてもらう)食堂に出ると新聞があったので、久しぶりに新聞やテレビを見ながら食事。

(この新聞、最初は病棟のものかと思って、今日の新聞は?などと看護師さんに聞いていたが要領を得ない。要は入院患者のどなたかが新聞をとっていて読み終わったものを公共スペースに寄付してくれていたのだった…。なるほど、こういう方もいるんだな。長期入院お気の毒という気もする)

午後リハビリ担当Yさん、再び迎えに来てくれてリハビリ室へ移動。階段上下はないがずーっと遠くのリハビリ室。平行棒で3往復くらい歩き、2種の歩行器を使い部屋の中を回って歩く。痛いし、悪い左足から出す歩行はなかなかしんどい。その後両足の筋トレ30回ずつ。右足は2キロ、左足は1キロの重りをつけて…。車椅子で病室まで送ってもらい、その後は歩行器に。まあなんというか、基本日常生活に復帰というところ。歩行器は赤ちゃんのを大きくしたような感じで押しながら歩く。4日間くらい使い、杖になった。

2回目からはトイレも一人で行き、ベッドで2月の映画日記『電影★逍遥』をアップして、3月は映画日記は書けそうもないことをお詫びする。その後一括メールで事故と怪我の経過とblogアップをお知らせする。

治療は朝夕30分の抗生剤点滴、夕食後、今日から朝夕でるようになった飲み薬の痛み止め(ロキソニン)と胃薬。痛みが強い時は座薬。5日ごろまでは足が痛くて目が覚め、歩き出すとやっぱり痛く、座薬を入れてリハビリをするという感じ。手術後1週間、ようやく座薬なしでいられるようになった。そんな感じで、あとは自然治癒にまかせるしかない?6時夕食、9時消灯の夜はあまりに長く、なかなか眠れない毎日となる。一応、夜はPCは自粛し、…

【悔恨と反省、それでも懲りない?】2~3月の骨折・入院日記④

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3月3日~

【人口股関節になるということ】
 ようやく手術も終わり、痛いけれどもなんとか起き上がって動けるようになった時点で、それまではそれどころでなく、聞かされなかった注意がさまざまに行われるようになった。いわく、「左足を内股にしてはいけない」「足を組んで座ってはいけない」「前屈してはいけない」「しゃがんではいけない」「よじのぼってはいけない」「和式トイレは使えない」…「これは一生、ずーっとです」…ガーン、この時は暗澹とした思いにかられた。さらに言えば組織が復元するまでの3か月ぐらいのようだが「体育すわり」「正座」「畳に座る・寝る」「長く歩いてはいけない(長くってどれくらい?)」など、あれこれあれこれ、制限動作の写真入りリストも渡され、ま、3か月は我慢はするが、そのあと私はどうなってしまうのだと思うことしきりで落ち込む。 

周りには、「よかったですね」「回復が早いですね」と言われても全然そうは思えない。
人工関節手術をする人は、たいていは生まれながらに股関節脱臼だったとか、股関節症に長年苦しんできたという人なので、痛みが取れて、制限はあっても普通に日常生活を送れるということになれば、大喜びという感じなのだと思うが、こちらは一朝一夕にして回転自由な関節が制限いっぱいの関節になってしまい、もう普通にはスポーツも旅行もできないのではないかという思いで、少しも喜べないのだ(今さらながらに私のマグロ体質を思い知らされた!)。

院長回診のときに「スキーはまたできるようになりますか?(ほんとに懲りないヤツなんですが)」と恐る恐る聞いてみると、整形の名医の評判が高いI院長に、ニコニコと「まあ、転ぶのがねー、大丈夫ちゃんと歩けますよ」と言われ、またまた落ち込む。

その後の病院生活の(そして今もだけれど)テーマは、そこからどう立ち直り、股関節とどう付き合っていくのかということにに集約されたような気がする。
メールでの友人の見舞い、病院内の人々、いろいろな人がいろいろなことを言ってくれて、その中には好意ではあるが私をものすごく落ち込ませたことばもあり、逆に励ましてくれるような心強いことばもありで、最初は一喜一憂ものすごく動揺してつらかった。

だんだん回復してきて、痛みも薄れ、筋トレ重視のリハビリに可動域も戻ってくると、私を落ち込ませたそれぞれのことばの背景にあるものがちょっと見えて…