【勝手気ままに映画日記+山ある記】2025年・12月 完成版

麓・赤沢宿(早川町)からのぞむ七面山(12・4)

 完成版です。
 今年もご愛読ありがとうございました。どうぞよい新年をお迎えください!


【12月の山ある記】

㉜12月3・4日  七面山—宿坊敬慎院(日蓮宗)での勤行つき― (➡専用バス ⇒徒歩)
(今年32回目の山歩きです)

3日  新宿(7:30)➡七面山羽衣P(登山口510m 10:45)⇒肝心坊⇒中適坊⇒晴雲坊⇒敬慎院(1745m 15:00)夕刻より勤行参加宿泊 (4h19m 4.0㎞ ↗1236m ↘40m)

4日  勤行参加(6:00)⇒ご来光を見に見晴らし台まで(6時35分日の出)
   敬慎院(7:27)⇒七面山頂上(1983m 8:29)⇒七面山最高地点(1989m 8:37)⇒七面山頂上を経て敬慎院(9:20~40)⇒奥の院(1660m 9:57~10:16)⇒晴雲坊⇒中適坊⇒肝心坊⇒羽衣P(ゴール地点 13:33)(6h6m 10.3㎞ ↗464m ↘1651m)
赤沢宿(重要伝統建造物群保存地区)➡つむぎの湯(六郷)➡新宿(19:00) 
 
2日間計 10h25m 14.4㎞ ↗1701m↘1691m コース定数35(きつい) 平均ペース90-110%(標準) [以上ヤマップデータ]    

七面山は山梨県。日蓮宗の大本山身延山の隣にある、こちらも日蓮宗の、奥深い修業の山。
今回もYツアー。参加者14人(m4人)、ガイドはOJさん(5月末古賀志山以来)、添乗員はFYさんの女性コンビ。


初日
は七面山頂上より1時間弱下にある1745mの敬慎院を目指し、ひたすらに登る。途中一部やや急坂はあったが、ほぼ丸太が渡してある緩やかな登山道。しかもOJさん、「富士山ペース」でゆったりゆったり歩いてくれるので、初日にはちょうどよくて、疲れもなく、それでも4時間余りで、宿泊の敬慎院に到着。




敬慎院は日蓮宗の寺で宿坊も兼ねている。今夜はその宿坊で。まずは身を浄めるということで、交替で大きな風呂で入浴。ただし石鹸・シャンプー等はつかえない。けっこう寒かったので冷えた体を温めるというのがまずは目的に、大きな重い風呂蓋(10枚くらいある)を最初のチーム(4人)ではずして…入る。これはけっこう大変だった!
夕飯は大広間の宿泊室には別当さんによって運ばれるが、完全精進料理。ここにはすべての肉・魚・卵・牛乳などは加工品も含め入山できないのだそう。ま、でも胃の調子も上々でご飯は美味しく食べられた。
食事が終わり膳が下げられる(いちおう半セルフサービス)と、別当が早速布団を運んできて部屋いっぱいに延べてくれるが、これが名物「巻布団」だそうで、1枚に4~5人寝られそうな横幅の長い敷布団と掛布団を隙間なく延べて、そこに潜り込む形。何処に寝るかはジャンケンでということで、私は負けて部屋の真ん中あたりを割り当てられたが、ここは隙間風もなく掛布団と敷布団の2枚が重なったところに掛布団がかかるという場所で、案外温かく(湯たんぽ付き)けっこう熟睡もできて快適。


19時 勤行開始 本堂の中心にはストーブが焚かれ、参拝者は椅子にひざ掛けをもって座ればいいのだがさすがにそれでも冷える!しかし僧侶(講師+4人)は朗々と読むというよりは経文を歌い、しかもハモリ、その賑やかさ(陽気さ?)にはちょっと驚く。夕刻からのは2回の焼香と、うちわ太鼓を叩いての唱和もあり、難しい?が体の底から「帰依!?」…。勤行参加者は我々16人と、石川県から来たという女性が一人。椅子には掛けず床に座って長い数珠もお持ちで、熱心な信者の方だろうかとお見受けした。9時には消灯・就寝

2日目 5時半起床6時勤行途中退出して、門外高台まで登りご来光を待つ。零下20度?
寒さはそんなにも感じないが手先は動かない! 6時40分ようやく日の出。 

↓富士山とご来光/敬慎院裏「竜が住む池」の向こうの山は「モルゲンロート」みたいに赤く染まって美しかった


いったん戻って朝食後、7時半、七面山頂上をめざす。
緩やかで、歩きやすい朝の散歩という感じで、途中には絶景の富士山眺望もあり、富士川や甲府の町なども見ながら、8時半頂上に到着。ただし頂上は展望なし。さらに10分ほど先には頂上ではない?最高地点というのもあり、不思議…。そこまで歩いて戻って、途中9時15分敬慎院に戻る。
↓朝ごはんの「精進料理」/出発準備/出だしの緩やかな山歩き
富士山も見え陽射しもGOOD!/ちょっとだけ急坂/眺望のない山頂
↓最高地点/下りはじめ。なんともすばらしい富士山絶景を背に
↓牡鹿が1頭/サルオガセ(の大木?!に見える…)
到着した敬慎院の「大ヤカン」の間(荷物を置かせてもらって頂上に行ったあと、下山支度をしている)

9時40分下山開始、途中奥の院に寄り、快晴無風、空気深々と冷たい中、往路を戻って13時半無事羽衣Pに到着した。


母子鹿にも遭遇したが写真はイマイチ/中適坊?の休憩所、なぜか教室座り/肝心坊には下駄が並ぶ

下山後専用バスで約10分ほど? 赤沢宿(重要伝統建造物群保存地区)へ 
ここも「熊の出没によりイベント中止」の看板が、ヤレヤレの秋…
古民家を整えた「清水屋」で、甘酒と美味しいお餅を食べる(山上から添乗員が予約してくれた。餅170円+飲物300円)
↓伝統建造物にして現役の宿という江戸屋旅館/皇帝ダリア/夕暮れ?近い七面山
   

さらに、その後バスで30分「つむぎの湯」で温泉も楽しんで、一路新宿へ。渋滞もなく7時には新宿到着。なかなかに快調な11月第1弾山行だった。

㉝12月14日 竜が岳(富士山麓)

新宿(7:30)➡登山口(スポーツセンター)(9:47)⇒見晴台(11:00)⇒竜ヶ岳(1485m 12:07~28)⇒湖畔登山口・ゴール(14:00)
4h15m 5.3㎞ ↗584m ↘602m コース定数14(ふつう)平均ペース90-110%(ヤマップデータ)Yツアー 参加者7名(m1) ガイドは戸隠山に続いて今年は何回もお世話になったKMさん。添乗員は元自衛隊員!というHBさん。

元日の「ダイヤモンド富士」名所の竜ヶ岳だが…
雨の中、キャンセルが相次いだ?のでバス座席もゆったり。山は本当なら間近な大富士も、南アルプス全山の展望もできるはず、なのだけれど残念ながら朝~下山のころまでは雨。
道も高度差も本来なら、ゆったりラクラク?の楽しめるコースなはずで、実際にまあそうだったのだが、何しろ特に上半分はぬかるんだ道ドロドロという感じで、靴も雨合羽のオーバーズボンも泥まみれというありさまに。当日は日曜だけあり、それでもツアーで上ってきた団体も含め、およそ20人?くらいの、雨でもガンバル山好きに出会えたのだった。2時には下山し、温泉を楽しみ、5時半には新宿に戻った。

↓1日こんな景色…南アルプスが見えるはず/富士山が見えるはず
竜ヶ岳の「竜神」が封じ込められているという格子の社
下山間近ようやく雲が切れ晴れ間も/本栖湖畔に下りて泥まみれの靴を洗う
帰りバスの中から、ようやく太陽に輝く(ダイヤモンド?)竜ヶ岳を見る。湖にも映って…

㉞㉟12月24~25日 上州 稲含山・御堂山
今年最後の山行は、25年のテーマの一つだった上州の山、1月に続いて11カ月ぶりの下仁田ベースのYツアーで、ガイドも同じKM・OJペア。KMさんには今年6回目、OJさんにも4回目と大分お世話になったワタシお気に入りのガイドさん。参加者は8名(m1)、この両日はもともと雨予報で、かなり参加を悩んだ時期もあったのだが、行ってみると事前キャンセルは0で80歳以上の方も…皆さんやる気十分の面々とみた。
宿泊はこれも楽しみの、下仁田館(旧割烹料亭)、OJさんの案内で街歩きや、今年はまだシーズンの下仁田ネギの買い出しもして、夕飯はコロムビアで上州名物、ポークすき焼き(牛もちょっと味見)銘酒「妙義山」も楽しんで、実は??なクリスマスイブの晩餐ということになる。

24日      新宿7:30➡下仁田➡稲含山登山口(1050m)⇒茂垣峠⇒稲含山(1370m 11:57)稲含神社⇒(往路下山)⇒ゴール地点(13:26) 2h20m 2.0㎞ ↗317m↘314m
コース定数7(やさしい) 平均ペース90-100%【ヤマップデータ】
というわけで、雨模様のなかではあったが、ゆったりラクラクーペースもまた富士山ペース?でのんびり歩いた2時間あまり。頂上の展望は望めないかなとも思ったが、登っている間ちょっと雲が切れ800mあまりから見られるとは思わなかった雲海に浮かぶ赤城山など、なんともすてきな絶景も…


↓クリスマス仕様 トナカイ姿のOJさん/サンタ姿のKMさんと…@山頂(#ヤマカラ)

25日 下仁田館8:00➡藤井入り口バス停⇒ババ岩・ジジ岩展望ポイント(10:05)⇒御堂山(878m 11:10~20)⇒往路下山⇒ゴール地点(13:22) 5h3m 6.2㎞ ↗587m↘580m コース定数12(ふつう) 平均ペース90-110%【ヤマップデータ】 
朝起きると心配された雨も落ちていない!では、なんとか雨が降る前に…というわけで前日よりはほんのちょっと山らしい?(でも標高はこちらが低い)道を登る。石が落葉に隠れたような道はいささか歩きにくくはあり、「北アルプスの方が整備されているから歩きやすい」などと言う声もきいたが(確かに!)、でも山を楽しむという意味では十分に楽しめる山だった。雨と競争で下山。途中で転んでけがをされた方が…というハプニングもあったけれど、なんとか無事に皆で下る。
ちょっとだけどこんな岩登りも…

下仁田町歩き 
ネギ畑/下仁田ネギが美味しいすき焼き!/すき焼き店コロムビア
諏訪神社と境内の大欅/断層線が特徴的という河岸

名物肉屋でコロッケを食べる/下仁田館

ちなみにヤマップの年間データによれば 今年の総活動時間260.4時間(310.7時間)・登頂数56座(97座)・移動距離349.5㎞(415.9㎞) 獲得標高29633m(38136m)、ただし( )内は24年のデータでアレアレ??ではありました。ま、数ではないのですが…来年はどうなることやら…、でももう少し頑張りたいなあと去る年にさる自分をも感じつつ…今月の山ある記はここまで…


【12月の映画日記】
①上海ブルース ②ナイトフラワー  ③兄を持ち運べるサイズに   ④女性ゲリラ、ファナの闘い―ボリビア独立秘史— ⑤革命 ⑥ウカマウ   ⑦手に魂を込め、歩いてみれば ⑧リモノフ  ⑨落下の王国 4Kデジタルリマスター版  ➉ブルーボーイ事件  ⑪潜行一千里ILHA FORMOSA(イラ・フォルモサ)⑫ピアス刺心  ⑬夢の中の故郷 ⑭火種を再燃させる―1900~1907年のトバ戦争 ⑮いつの日にか帰らん(有一天我會回家) ⑯猟師兄弟 ⑰チャップリン   ⑱ジ・エンド ⑲少女はアンデスの星を見た ⑳きみに夢中 ㉑エディントンへようこそ
㉒フォックス・ハント  ㉓シャドウズ・エッジ   ㉔UFO少年アブドラジャン

ウカマウ集団の映画など南米映画 ④⑤⑥⑲ 
日本映画①③➉⑪  中国語圏(に関連する)映画①⑪⑫⑬⑭⑮⑯㉒㉓(9本!)
中央アジア今昔映画祭⑳㉔ 
などなど、今月もいつの間にや24本、忙しく見た月でした。★はナルホド! ★★はいいネ! ★★★はおススメ!のあくまでも個人的感想です。  
各映画の最後にある番号は、今年劇場で見た映画の通し番号。321本の映画を見ました!

㉔UFO少年アブドラジャン
監督:ズリフィカール・ムサコフ  出演:ラジャブ・アダシェフ シュフラト・カユモフ 1992ウズベキスタン 88分




今年最後?の映画は、「中央アジア今昔映画祭」の1本。この映画祭の6本の上映作品の前半3本はウズベク共和国時代のソ連映画、後半3本は独立後のウズベキスタン映画ということになるが、この作品はその後半最初の1本で日本で初公開(2001年)されたウズベキスタン作品だとのこと。映画は主人公サバルバイからスピルバーグへの書簡という面白い形で描かれる。最初の場面は議会に飛び込んだハナアブ?を叩きつぶす議長で、この議長は「いい人」と称されているが、実は…後のほうで映画一の「悲劇の人」にもなっていく。
ウズベキスタンの田舎町に現れた全裸の金髪の少年は惑星αβツェントリオンから鍋型?UFOに乗ってきた完全生命体(性器がなく排泄もしない?)だといい、見つけたバザルバイという男の「息子」になる。それから起こる不思議な出来事ー髪を刈ってもあっという間に元通りから、兵隊にとられたバザルバイの息子を週末悲しむ母親のもとに還してやったり、鍬に乗って空を飛ぶ、スイカなどを大きく育てるとか…が起こる。ハナアブの一件でその恩恵から締め出された議長の悲劇的なトラブルから軍隊が動き出し…少年が宇宙に戻っていくまでを、なんか素朴・ほのぼの・ユーモラスでありながら、政治への皮肉?もちょっと込めているような悲しみもあって不思議な味わいの「寓話」SF?(12月29日 中央アジア今昔映画祭VOL.3 渋谷ユーロスペース 321)

㉓シャドウズ・エッジ 
監督:ラリー・ヤン(楊子) 出演:ジャッキー・チェン(成龍) 張子楓 梁家輝 此沙 JUN 2025香港・中国 141分 ★★

こちらは『天使の眼、野獣の街』(2008ヤウ・ナウホイ)のリメイクだそうで、製作をどちらもジョニー・トウが担当している。ベテラン刑事に育てられながら操作をする若い女性刑事という物語は共通しているが、ベテランと犯人の「老い」度は前作の比でないが、猛烈アクションで「ジジイVSジジイ」なんて言われている二人の対決のモノスゴサ、犯人側には前作にはいなかった現代中国風超イケメンの若者たち4人?ツー・シャーは双子(いや、三つ子)の兄弟二役で、なかなかのイケメン度とぱっぱと早変わりで巧妙に着がえて捜査側を煙に巻く出だしの軽妙なみごとさにウーン。で、天眼(監視カメラかな)とGPSなどを駆使して、犯人側も捜査側も戦うわけだが、犯人優勢で、頼まれたのがすでに退職した元刑事の黄(ジャッキー・チェン)「狗頭」で、彼は追跡班を組織して、常に「可愛いお飾り」としてしか扱われないことに不満を持っている何秋果(果果)、黄が名付けたコードネーム「子豚」という若い刑事を手元に置いて捜査をする。犯人側も孤児院の孤児たちを養子として仕込んで親子関係を作って銀行強盗、捜査側も果果の殉職した父と、黄の因縁のような、いかにも香港映画らしい家族・親子の因縁が絡み、最後はAI操作などを利用しつつも、追跡班の協力が果果を助け犯人逮捕にと導く感動!と喜びというさすがの娯楽アクション映画としての出来栄え。こちらも竜マークはついているけれど、舞台は狭いマカオの街に限定され、ことばが普通話であることぐらいしか大陸の政治の影は感じさせない。『フォックス・ハント』では女性刑事が命を落とすが、こちらは女性刑事をひそかに思いやる若い刑事、コードネーム「アルパカ」が命を落とす。こういう「生贄」はやっぱ必要なのかな…
犯人役梁家輝は前作『天使の眼…』でも同じ立ち位置の犯人役だった。しかし、ジャッキーも梁家輝も風貌に老いは見える作りなのだが、体の動きはさすがですばらしい!(考えてみれば『無名』ではトニー・レオンも壮絶なアクションやったんだけどなあ)
なお、12月末日曜夜の回の劇場はけっこうな込み具合。『フォックス・ハント』はガラガラだったんだけど…(12月28日 キノシネマ立川320)

㉒フォックス・ハント
監督:レオ・チャン 出演:トニー・レオン(梁朝偉) 段奕宏 夏侯云姗 オリビエ・ラブルダン オリガ・キュリエンコ 2025中国(中国語・仏語・英語)105分

秋の東京・中国映画週間上映作の1本だったが、時間の都合と満席?とで見られなかった作品。映画祭上映作品というしっかりした感じがみなぎる竜のマークもついた映画だが、監督、悪役にして主役は香港人、中国側は刑事役が目立つ?
段奕宏と、それにもましてエリカ・シアホウ(夏侯云姗)が頭脳明晰、PCを操って男たちに指令を出し、爆弾の介助なども指示、自らもアクションシーンの果てに殉職するという女性刑事役で大活躍という映画だった。実話ベースだそうで、パリにいる中国人大規模金融詐欺事件の犯人を追って3人の刑事が派遣され、犯人を追い詰める。トニー・レオン扮する犯人は頭脳と人間関係で人をだますという設定で、最後の方にちょっとカーチェイスとそこからマンホールに抜ける(乗っていた車はそのままセーヌ川?かな、に飛び込むが、手下とはいえあの運転手は納得して死んだのかしらん?とちょっと???)手品みたいなアクションシーンはあるけれど、次の『シャドウズ・エッジ』の「御老体?」二人とは違って見かけは若いけれど、激しい動きなどは全然ない。そのへんはもっぱら比較的若い中国側の3人がハラハラドキドキを担い、格好いい女性刑事は死んで五星紅旗に包まれて中国へ帰還して、厳かにこれも画面いっぱいに広がる五星紅旗に迎えられる、ということで、中国人民警察の優秀さとそれを支える国家を喧伝しているような、ウーン。まあそんな感じが強い。中国から派遣された刑事たちは基本英語をしゃべる設定。(12月28日 キノシネマ立川 319)

㉑エディントンへようこそ
監督:アリ・アスター 出演:ホアキン・フェニクス ペドロ・パスカル エマ・ストーン オースティン・バトラー ディードル・オコンネル 2025アメリカ 148分 ★

毎月末にNHKTVで放映される『映画で見つめる世界の今』(藤原帰一)の12月紹介作品(ちなみに11月は『手に魂を込め、歩いてみれば』⑦だった)。で、我が家近くの映画館へ。夜9時過ぎから真夜中近い、寒い土曜の夜の観客は10人ほど。
で、映画はウワサというか紹介にたがわず、ニューメキシコ州の架空の町エディントンをアメリカの縮図として、コロナ禍ロックダウン時の人々のいがみ合い、IT企業の誘致に活躍するヒスパニックの市長テッド、陰謀論に進んで巻き込まれるかのような妻とその母に悩まされる?「白人」の保安官ジョー。ジョーはかつて妻の恋人だった?(これもどうもSMSによるニセ情報)テッドに対抗意識を燃やし、突如市長選に立候補すると言い出し、パトカーを選挙カーに改造、部下を選挙要因に巻き込んでハチャメチャに動き出す。その部下は一人は黒人、また、この街は先住民居住区との境目にあり、警察などもこちらとあちらという関係で拮抗関係にある。また、」街にはコロナ規制などに対する住民の不安からデモがあちこち。そんな中で陰謀論で人々の気を引くカルト集団の教祖も現れ、ジョーの妻は彼にだんだん傾いていき家出して彼の元に走ってしまう…というようなゴチャゴチャの現代アメリカ的状況がジョーを怒らせ、悩ませて、彼はとんでもない行動に…そして後半はその結果として正体のわからないテロ集団?に狙われて部下も、自分も銃撃にさらされ(ここもアメリカの銃社会が反映している)真夜中の銃撃戦。それを目撃した若者がその状況をスマホ撮影して拡散し、世にもてはやされるというような、要はありとあらゆるところに現代アメリカ社会の抱える問題をちりばめながら、ジョーという男の狂気の迷走とその末路まで描くという、ミステリーアクション?というか、なんともすさまじいオソロシイ「娯楽作品」でウーン。実はアリ・アスターって、私はちょっと苦手先入観(不気味だし、出てくる人間がコワい)があって、『ミッドサマー』(2019)も同じホアキン・フェニクス主演の『ポーはおそれている』(2023)も見ていないのだが、じゃ、見てみようか…という気にはあまりならない…のだが。(12月27日 府中TOHOシネマズ 318)

⑳きみに夢中
監督:ユルダン・アクザモフ 出演:クララ・ジャリロワ サナト・ディアノフ ラム・ハムロクロワ 1958ソ連(ウズベク語・ロシア語)79分



2021年?から隔年?で行われている『中央アジア今昔映画祭』の3回目で、今年は6本のウズベキスタン映画の上映が行われるというので、まずはその1本目。ウズベキスタン最初のミュージカル映画とのことで、しかも映画作りの映画。タシュケントのスタジオでミュージカル映画『きみに夢中』の撮影が行われるが、出演する歌い手・踊り手を探してプロデューサー?がサマルカンド・ブハラなど各地を巡る。オーディション情景、集められた出演者のタシュケントでの映画撮影の歌や踊りなどがどっさり詰め込まれ、そこに選ばれた男女の恋ーというか二人の男が一人の女性を愛して恋のさや当て?とかが歌で綴られ、映画の中と映画の外が重ね合わされるというような楽しみ?もあってなかなか目まぐるしくも楽しい展開の映画だが…ウズベキスタン人男女の顔の意外な濃さとわりと似たタイプのしっかりした骨組み肉付き体型に区別がつきにくく、ううう?(これは年齢問題より、やはり時代文化の差?)
(12月27日 中央アジア今昔映画祭VOL.3 渋谷ユーロスペース 317)


⑲少女はアンデスの星を見た
監督:オスカル・カタコラ ティト・カタコラ 出演:ルス・ディアナ・ママニ セシリオ・キスぺ 2023ペルー(アイマラ語)モノクロ・104分 ★

こちらは『アンデス、ふたりぼっち』③(2017)のオスカル・カタコラ監督がこの映画の製作中に34歳の若さで亡くなり、叔父でやはり映画監督のティト・カタコラが後を継いで関せさせたという映画。アンデスの先住民の共同体の中で、よそ者の教師にレイプされ妊娠してしまう口のきけない少女(幼い時に雷に撃たれ一緒にいた父を亡くしそのときからしゃべれなくなった)と、その祖父の悲劇的な行く末―一人一人は優しいが、共同体の掟は絶対で、それによって少女は命を失い、祖父は全財産を接収されて村から追放されるーまでを描く。
少女が、それ以前に村人から鞭打ちの罰を受けたのにもかかわらず、堕胎後に懲りずに言い寄ってきた教師を刺し殺して復讐し、浮かべる笑みが唯一救いに見えるほど暗く、悲惨な彼女の運命だが…。前作『アンデス、ふたりぼっち』では夫の死後、家や村を捨てて何処かに旅立つ老女をが描かれたが、ここでは追放されて背を向け川を渡り去っていく老人の姿が潔い感じだし、見送って論評する集団の村人たちの姿は何だかみすぼらしく、「去っていく」ものを肯定するような作者(多分叔父も甥も共同体を去った人なのではないか?、甥はこの世をも去ってしまったわけだし…)が見える気がする。(12月23日 新宿K’sシネマ 316)


⑱ジ・エンド
監督:ジョシュア・オッペンハイマー 出演:ティルダ・スィントン ジョージ・マッケイ
モーセス・イングラム ブロナー・ギャラガー ティム・マッキンリー レニー・ジェームズ マイケル・シャノン 2024デンマーク・ドイツ・アイルランド・イタリア・イギリス・スェーデン・アメリカ 148分 ★

ジョシュア・オッペンハイマーは『アクト・オブ・キリング』(2012)で1960年代インドネシアでの虐殺を虐殺加害者に演じ語らせて描き、『ルック・オブ・サイレンス』(2014)では今度は虐殺された側の弟が眼鏡技師として加害者に無料視力検査をしながら加害者の心情を紐解いていくという作品で、度肝を抜かれたという記憶があるが、ドキュメンタリーベースの前作と違い、今回はミュージカル仕立ての演劇仕様?近未来地球環境の破壊によって人々が地上に住めずほぼ死に絶えたような状況下、地下シェルターというか立派なお屋敷?になっているところで他者との接触を断ち暮らす、夫婦と一人息子、それに友人?使用人?的な3人の男女という中に、外から一人の若い女性が入ってきて、夫婦の息子と親しくなることにより、この住居の人々それぞれの秘してトラウマとなっていたような問題ーおもに他者を見捨ててきたことに起因する―があからさまになっていく過程が、演劇的にあるいは音楽的に、描かれていく。紛れ込んできた女性も家族を見捨てて自分だけ助かってきたと言う過去を持ち、それが、この世界だけで生きてきた息子の心を動かし、従順に従い敬愛さえしてきた両親や、母の女友達?としてこの世界に加わっている女性の隠された嘘を暴いていくが、想像したように、あるいは途中ややその気配もあるように描かれていく外の世界への出発というような明るい結末にはならず、かといってこの「嘘」の世界が崩壊していくというような悲劇的な結末になるのでもなく、きわめてシニカルな描き方は、やっぱりこの作者の視点なんだなあ、と、あまり心地よくはない読後(鑑賞後)感なのだが納得…したのではある。(12月23日 新宿シネマカリテ 315)

⑰チャップリン
監督:カルメン・チャップリン 出演:マイケル・チャップリン ジェラルディン・チャップリン ジョニー・デップ トニー・ガトリフ エミール・クストリッツア― 2024イギリス・オランダ・スペイン・フランス(英語) 90分

映画はチャールズの息子マイケルの語り、幼時の記憶、11歳で出演した『ニューヨークの王様』(1957)での父との関係や、青春期の確執などから始まり、父と、というより彼がロマの血をひいていたことについて縁があるというジョニー・デップやエミル・クストリッツア―らへのインタヴューもマイケルが行い、間間には彼の子供たちー8人いるというーこれはロマの伝統だとは、自身も5人の子を持つというマイケルの弁。そのマイケルが自身の孫娘と曾祖父(チャールズ)について語るシーンなどもあり、昔のファミリー・ビデオみたいなのもたくさん出てきて、要はチャップリン家総出演でチャールズについて、特に彼がロマ出身であることを誇りにしていたことについて語るといういわばファミリー・ヒストリー映画。監督もチャールズの孫である。ということで中に出てくるチャプリン自身の映画(白黒)の吸引力も併せてナルホド!という感じ。ところで映画では字幕は「ロマ」なのだが、出演者はほぼ?「ジプシー」と言っているのが耳に残るーヨーロッパではこちらが普通なのかな??
(12月22日 新宿シネマカリテ 314)

⑯猟師兄弟(獵人兄弟)
監督:蘇弘恩 出演:徐詣帆 馬志翔 林慶台 許靈匀(エイミー・シュー)2024台湾(タロコ語・国語)109分

2025年6月ごろに「台湾映画上映会」はじめいくつかの大学などで上映会が行われていたのは知っていたが、見ることができず、ようやく…。今回は「原住民族との交流会」というNPO 主催で、監督と、主演女優のオンライントーク付き。
最初は親族の集まりの中で、医学部に入ったとして父から紹介を受けるが、何となく苦々し気?ですっきりしない表情の息子(と父も、なんか屈託ありげ)ユチ。次は朝眠りこけるユチをたたき起こし、「山」に狩りに行くと連れ出す父。なぜか母は息子を連れだすことに猛反対し、もう一人の息子シリンがとりなして3人は山に出発する。シリンは馬志翔で弟という設定だが、兄ユチ役の徐詣帆とは実年齢逆転、体の大きさとかも馬のほうが大きいし、最初の場面では、山道に音を上げ、父に叱られるユチを励まし荷物を持つなど世話をするのはシリンの方で、この関係は実は非常につかみにくかった。で、山の狩りの最中になぜか銃音。
父が倒れシリンが背負って山を駆け降り、ユチの方が泣き叫びながらついて行くシーンがあったと思うと、唐突に数年後(という表示も出ないのだが)、ユチは身重の漢族の妻とともに暮らしていて、叔父とともに「花蓮刑務所」に弟を迎えに行く。ということでここから話が動き出す。
一応ミステリー仕立てで、シリンがなぜ刑務所に入ったのか明かされない。その間にユチは医学部を出て医師として診療所を経営し結婚もしているわけだが…ただ、まあミステリー常道としては父を恨んだユチの犯行(あるいは事故?)を弟がかばい、兄は一族の近代化の期待を背負って医学部に行ったということになるのだろうか…とわりとすぐに底が割れる。ただ、この過程は出所後兄の勧めた就職先もうまくいかず山にこもってブタや鶏を飼い、猟を始めるシリンと彼が面倒を見ようとする認知症になった母の口から、兄嫁にそれとなく伝えられるという感じで観客には明かされるので、どうもわからなかった人もいたみたい…。
そして兄は、弟に母を任せずに彼女を施設に入れ、山はタロコ族の仲間と共同で開発会社に売り渡そう(実は売るのでなく「貸し出す」のらしいが)とする…まあ、近代化の権化みたいなこの兄が、弟を疎むのは彼が自分の罪を背負ったからなのか、だがそれでは弟は踏んだり蹴ったり?だし、いわば「よそ者」の兄嫁を除く村人たちが皆この殺傷事件(事故?)の顛末を知っていて兄の医業に頼っているようなのもなんかなあ…と。ま、父の残したい原住民族としての伝統を受け継ぐ弟と、そこから抜け出し新しい世界に生きようとする兄、それを否定できず認めて自分たちも近代化を図らざるを得ないような周囲という関係図で現代の原住民族の置かれた立場を描いた?ということになるのか…。兄が結婚する相手は漢族、兄も弟も漢族としての名も持つ(ちなみに演じる男性陣は『セデックバレ』(2011魏徳聖)で世に出た原住民出身の人々だが、皆クレジットは漢名である)。一家の宗教はキリスト教であるなど、実際に演じるタロコの一家の狩りも伝統様式を踏襲している面もあるが着ているもの、履いている靴まで見れば決して「伝統」ではないし)映画の外の現実と映画内の世界にも矛盾というか、映画内の世界が伝統が失われる現実を受け容れざるを得ない状況を描いているようにも思われる。映画最後に伝統的な祭り?葬儀?の準備をする人々と、慟哭する弟が対比的に映し出されるが、それって、そういうこと??(12月20日 台湾原住民族との交流会例会 桜美林大学 313)


いつの日にか帰らん(有一天我會回家) 
監督:楊孟哲 出演:頼興煬 2022台湾 客家語・国語・日本語 55分

第2次大戦に日本軍の志願兵として朝鮮半島に徴用されて戦い、戦後はシベリアに抑留され、1948年日本を経て台湾に帰還するも当時の国民党政府からはスパイを疑われ半年間収監されたという経験を持つ頼
煬氏が2016年になって、インタヴューを受け、2018年にはカメラとともに抑留されたシベリア(ナホトカとかハバロフスクが出てきた)を再訪する姿も描き、そして彼の経験は日本政府には外国人として補償の対象にはなっていないという厳しい現実への抵抗までを描き切った作品。当時者はすでに2020年に亡くなったようで、この時でなければできな記録なのだな…と、今日見た⑬とも同じような感慨を持つ。 (12月19日 東京ドキュメンタリー映画祭2025 特集上映「台湾記録片」新宿K’sシネマ ⑮と伴映 312)
↓登壇した監督

            

⑭火種を再燃させる―1900~1907年のトバ戦争
監督:曾宇平(べヒュー・マサオ) 高俊宏 2025台湾(国語・タイヤル語)53分 ★ 



日本統治時代の台湾での原住民族の抵抗・蜂起としては霧社事件(1930)が有名だが、それより20年以上も前に新竹・三峡付近のタイヤル族が日本統治に抵抗した事件がトバ事件(ネットでみると「大豹社事件」映画字幕もトバは「大豹」になっていた)だそうで、これは、その頭目タワン・シェトの曽孫にあたる監督(自らは都市居住者といっていた)が、自ら祖先のいた山間部を訪ね、タイヤル族の親戚や村人をインタビューし、アニメーションも交え、タイヤル族の伝統や抵抗・戦いの意味を見直している。タイヤル族はじめ原住民が住んでいたというー今や昔の面影は全くなく人口のものばかり、と映画の中で長老がいうー山間部は、私にはむしろ数年前に訪れた新竹?付近の温泉郷や周辺の自然保護区を彷彿とさせ懐かしい気もしたが、この映画に出てくるタワン・シェトの孫娘?(監督の伯母?)トミ・タワンさんは(監督自身も)中国名も持ち、話すことば国語だし、ウーン。日本にも抵抗し、あとから来た大陸外相人の政府にも抵抗意識はあったのだろうけれど、やはり、文化的には今や台湾は原住民の者でも、本省人のものでもなくなっている?そんな気にもさせられてしまった。(12月19日 東京ドキュメンタリー映画祭2025 特集上映「台湾記録片」新宿K’sシネマ ⑮と伴映 312)
↓監督(右)は母手作りというタイヤル族の民族衣装を着て登壇した


⑬夢の中の故郷
監督:呉宏翔 2017台湾(台湾語・国語・日本語) 80分



日本統治時代の台南女子高(第一高女は日本人(例外的に台湾人)、第二高女は台湾人用、日本が敗北し引き上げたのち両校が統合して台南高女となる)の卒業生たちのインタヴューや、80代になっての同窓会シーン、日本時代の教師の台湾訪問と迎える元学生たちの映像などを綴り、彼女たちの戦中(日本統治時代)、戦後(国民党支配の時代)経験を語る。日本語で日本式の良妻賢母教育を受け、それゆえに中国統治の時代には苦労したはずだが、彼女たちの日本式の教育(礼儀作法とか校内の清掃とかなども含め)への懐かしみや、当時の友だちとのきずなの深さには驚かされる。ただ、これって特に日本統治時代には(日本人間との差別はあったのではあるが)やはり彼女たちは台湾の人々の間では経済的にも恵まれ能力も高いいわばエリートとしての誇りに裏打ちされたものとは感じられる。次に見た⑭の原住民族の置かれた立場とか、⑮漢民族とはいえ日本軍に志願兵として加えられた青年たちの置かれた状況と対比するとそれははっきりしていて、同じ植民地統治下の若者たちとはいっても、その持ち得た権利も、日本に対する感情などでも一律には語れないことを強く感じた。
むしろ、この映画、国を問わず少女期の強いつながりが老年期を励ますという意味での高年齢化時代を描く映画としての価値も感じたのである。にしても同級生なんだけれど80を越えると、日本人より台湾人の方がしゃきっとしてオシャレなのはどうして??
平日午前中だが満席近い会場で、終映後、監督トークあり。(12月19日 東京ドキュメンタリー映画祭2025 特集上映「台湾記録片」新宿K’sシネマ  312)
↓監督(右)と若い通訳氏




⑫ピアス 刺心(刺心切骨)
監督:ネリシア・ロウ 出演:劉修甫 曹佑寧 丁寧 2024シンガポール・台湾・ポーランド 106分

ウーン…。監督はフェンシングの経験者だそうだが…フェンシング界の人々にとってこの映画はどうなんだろう…。フェンシングのサーブルという種目は「突く」だけでなく「斬る」もOKなんだそうで、まあそれが映画の中にも生かされているみたいなんだが…フェンシング競技者からいうとフェンシングを冒涜するな、という感じもしそうな気もする。
フェンシングチャンピオンだった兄は競技中に折れた剣が相手に刺さって(刺して?)死に至らしめ、刑務所に。7年後仮釈放で出てくるが…って、もし試合中の事故だったのならあまりに重い刑ではないか?―高校生になった弟もフェンシングをやり、母は兄がアメリカで医学を学んでいると言いつつ、自身はクラブの歌手として歌い、結婚を申し込まれている恋人もいるという状況で、出所してくる兄息子を受け容れようとはしない。と、まあそんな中での兄の立ち振る舞いと弟との関係の変化、恋人の家族の前での母や兄の偽り、弟も母に受け入れられない兄のために母の恋人の時計を盗んで金にかえるなどのすったもんだ…。そこに弟とフェンシング仲間のBLも絡んで、ウーン。なんかフェンシング大会での惨劇ー弟は兄を許したのか…兄は弟を救うのかと、観客に気を持たせながらの結末まで、リアリティを感じられずにショックのみを与えられたような映画だった。
弟役の劉修甫のトンデモビックリ、マンガのような大きな目玉の「美少年」(なのかな…)ぶりと、善か悪か、口の上手い喫煙者(入獄した時は少年だったはずだが7年後にしっかり喫煙者になっているとはまあ…)で、すごく傷ついている男ではあるのだが、最後まで登場人物にももちろん、観客にも何を考えている男なのかわからないような演技を見せた曹佑寧(『KANO 海の向こうの甲子園』(2014)の野球少年ももう30代?)、それにアンチリアルの代表みたいな「母」役(難しかっただろうなと思われる役だが、ウーン、こんな母(と恋人)実在するとは思えない)とまあ、役者の演技のトンデモ振りで引っ張られた感じだろうか…。(12月16日 新宿武蔵野館 311)

⑪潜行一千里ILHA FORMOSA(イラ・フォルモサ)
監督:富田克也 製作・配給:空族  2025日本79分

映像制作集団空族が、次回台湾で製作予定の新作映画のリサーチに台湾に飛び、台湾原住民の住む村―花蓮タバロン部落のアミ族、3000mの中央山脈を越えてセデック族の村、台湾最南端のパイワン族の村と、村の人々と飲みかわし語りながら歌や踊りを撮影していく、いわば紀行映画。すでにどの部族でもそれぞれの部族のことばは失われつつあるようで、ことばは文化といいつつ、語られる言葉はほとんど国語、きれいな民族衣装での集団舞踊などはしっかり保存されているようだが、もちろん人々の日常は現代化し、台湾語や民族語でのラップをする若いアーティストの存在からは伝統的・旧習的なものと現代化の文化的な融合なども感じられ、政治的・社会的問題などはほとんど語られないが、これはこれで興味深くなにより楽しい。最後のアミ族最大の豊年祭での赤い衣装の男女の集団が三日三晩踊り続けるという様子はビジュアル的にもすごくきれいで迫力があるー歌垣のように求愛の場でもあるらしく、愛を受けた女性の髪飾りが白い毛の大きなものに代わるところなんか…フーンと思いつつちょっとぎょっともしたが…(12月11日 新宿K’sシネマ 310)


➉ブルーボーイ事件
監督:飯塚花笑 出演:中川未悠 前原晃 中村中 イズミ・セクシー 渋川清彦 山中崇
安井順平 錦戸亮 2025

これも話題作でだいぶ前に上演開始されていたが、ようやくたどり着いたという感じで見に行く。1965年当時売春防止法の摘発に引っ掛かった女性たちの中に含まれたいた元男性のトランスジェンダーたちを、しかしこの法律では罪に問うことはできず(ってこれも体を売った女だけを取り締まる、なんというか男本位な法律だが)、彼女たちに性転換手術(いまでいう性適合手術)をほどこした意思を優生保護法違反として取り締まり見せしめにすることによりトランスジェンダー女性を社会から排除しようとすることが行われた、そこで(最初はけっこういやいやというか少なくとも訴えられた医師や、手術を受けたトランス女性たちへの理解がそんなに深いとも見えなかった)弁護士加納が、彼女たちにこの手術が「治療」であったことを証言させ、彼女たちの存在の正当性を主張しようとする過程?を描く。出演するトランスジェンダー女性は、実際にトランスジェンダーで、その人々のオーデションをやって選んだそうだが、キワモノ映画みたいな感じは全くなくてきわめて真面目で、したがって意外に地味な映画でもあるし、法廷映画として緊張ハラハラを期待してみると裏切られる。ーさしてすごいという感じもしないー弁護士加納はそんなに「活躍」するわけではないし…しかし、法廷のクライマックスでの検事のつまらない揚げ足取りのような発言を封じる弁護士の一括と、その後のヒロインさちの証言は、自身にとっての幸せとは何か、自分は男でも女でもなく自分自身だというような…聞いていて胸に迫るような圧巻の感あり。【12月10日 キノシネマ立川309】



⑨落下の王国 4Kデジタル・リマスター版
監督:ターセム 出演:リー・ペイス カティンカ・アンタルー ジャスティン・ワデル ダニエル・カルタジローン レオ・ビル  2006アメリカ 120分 モノクロ・カラー ★★



2008年日本公開時に見て、そのロマンティクとビジュアル(13の世界遺産、20か国以上のロケーション、CG撮影ナシ)とそれに印象的な音楽にもひきこまれた作品。映画を見る至福を感じられる映画を描いた映画でもある…というわけで今回の公開を楽しみにしていた。―ただし今回見た立川の映画館では2K上映だったが―。1915年無声映画時代に、撮影中に大怪我をして入院したスタントマンのロイと、実家のミカン農園で木から落ちた少女アレクサンドリアが知り合い、動けないロイは自殺用のモルヒネ欲しさに、病院中を歩き回って院内の人気者になっているアレクサンドリアに自分の作った、病院内の人々を登場人物に模した壮大な物語を語って気を引こうとする。病院シーンの少女の達者さは最初に見た時も今回もすごい(5歳だったそうだが、病院内の現実と、ファンタジー世界の両方を行き来する精神世界って、子どもはみんな持っているのかもしれないが、それと表現できることは別だろう)ロイの冒険物語は彼の精神世界を反映して、世界中を駆け回るような夢の世界から最後の方は、登場人物が皆悪役の総督(これも病院内の人物)に滅ぼされていくような展開になるのを、ロイに頼まれた薬を取ろうとして棚の上から落下し、ケガをしたアレクサンドリアがひたすら引き留め、生きようとさせる場面(物語世界と病院世界)は圧巻!それと、前回のあと全然覚えていなかったが、最後のミカン農園シーンで傷が癒えた少女が、ロイを映画で見たと語り、やはり元気になったロイがスタントを演じる無声映画の映像(これって見覚えがあるものもあって、スタントは必ずしもリー・ペイスが演じているわけでもなさそうだが)シーンもなんか至福。カティンカ・アンタル―はルーマニア出身だそうだが、母親が病院に見舞いに来るシーンでは、医師と母の間に立って英語通訳をしているシーンがあり、映画の設定もアメリカ人ではないみたいなのだけれど、これはどこの国なのかな…。何しろ彼女と母がしゃべることばは全然わからなかったので。石岡瑛子が担当した衣装の、青い空や砂漠や、世界遺産の町に映える色合いの鮮やかさと、無声映画映像部分の白黒の対比も妙!で満足の映画の時間を過ごす。(12月10日 キノシネマ立川 309)



⑧リモノフ
監督:キリル・セレブレンニコフ 出演:ベン・ウィショー ビクトリア・ミロシニチェンコ 2024イタリア・フランス・スペイン(英語)133分 

インフル病みのペトロフ家』㉓(2021)『チャイコフスキーの妻』➉(22)のキリル・セレブレンニコフには、いわば「狂気?を幻想と現実のはざまにまぶして描く」作家として特異な印象を持っている。その彼が、これも「狂気の人」?「ウクライナに生まれ、ニューヨーク、パリを巡り、シベリアの監獄へ―ファシストでも共産主義者でもリベラルでも保守派でもなく、しかしそれらすべてを内包し20世紀後半を駆け抜けた(といっても亡くなったのは2020年でつい最近の21世紀も生きたわけだ)悪名高き実在の人物」(映画チラシの惹句)エドワルド・リモノフを描いた、しかも主演がベン・ウィショーといえば、これは必見の1本と思いつつ、土曜の夕方に映画館に駆け込む。ベン・ウイショーはなるほど!とも意外とも感じられる化けっぷりで133分、ほぼ出ずっぱりでしゃべり、駆け抜け、どっさりのセックスシーンも、演説も、非難や批判を受ける場面も、賞賛される場面もで、それらは時空を超える感じにつなぎ合わされたシーン展開で、ミュージカルまがいに歌まで伴って目くるめく感覚をもたらし、しかし登場人物への共感などはほとんど感じられないような距離をもって作っている、ナルホドのセレブレンニコフ映画。題材(リモノフ)の「狂気」と作者・主演の「狂気」が緻密に計算されながら合体している感じで面白かった。リモノフはソ連時代には反体制派として国外に逃れ、ソ連崩壊後のロシアに戻ってシベリア流刑に服し、解放後は反プーチンのボリシェビキ党(つまり共産主義ってわけ?)を結成して活動したという、多面的というか要は常に反体制に立っていた人?。エンドロールにだけ実在の彼の写真が出てくる。(12月7日 下高井戸シネマ 308)


⑦手に魂を込め、歩いてみれば
監督:セピデ・ファルシ 出演:セピデ・ファルシ ファトマ・ハッスーナ 2025フランス・パレスチナ・イラン(英語) 113分 ★★★



監督セピナ・ファルシは18歳で国を出て以来帰国を果たしていないフランス在住のイラン人、ガザに取材に入りたいと考えたが、入れる状況ではなく、出国した知人を介して知り合ったガザに住むフォト・ジャーナリスト、24歳のファトマとスマホでのビデオ通話をはじめ、これを中心とした映画作りを行うことにした。というわけでスマホ画面でのファトマ(とセピナの対話)や、彼女のスマホを通じて送られる廃墟になったガザの町や爆弾が落ちた!というライブ映像、そして彼女自身がフォトグラファーとして撮影したガザの町やそこにいる人々の写真で構成された映画が完成したのである。とにかく、この閉塞的、かつ命の危機に常時さらされているような環境でのファトマの若い生き生きとした笑顔(それも1年の撮影の間にはかげったりくすんだりすることもあるし、涙ぐむこともあるのだが)に引き込まれる。当初は「ここから出て世界を見て回りたい」というような若い希望を語っていた彼女が、終わりの方では「ここに自分がいることの意味」を語ってガザを脱出する気はないと言う。フォトジャーナリストとしてガザを内側から記録するという気持ちが「手に魂を込めて街を歩く」という彼女自身の、映画の題名にもなっている言葉に現れているのが強く強く伝わってくる。これは普通の若い女性の奮戦記ではなく、あくまでもジャーナリストとしての視点をもって生きる二人の女性の映画なのだと感じる。が、同時にファトマが『ショーシャンクの空に』(1994)についてセピナに語り、セピナが『私一人の部屋』(バージニア・ウルフ』についてファトマに教えるというような対話からは戦火にかかわらない先輩・後輩的な二人の会話の存在というものも感じさせられ、編集された映像以外の二人の世界の存在も感じさせられ、それはこのような状況下にいる若い女性としてのファトマには大きな力にもなったのだろうなと感じさせられた。ファトマの母ほどの年齢というセピナ自身が自国の政治状況によって国外に出たまま帰れないでいるという状況が、ファトマの理解者として映画製作者としての大きな意味を持っていると思える。ガザを直接攻撃しているのはもちろんイスラエルだが、それを引き起こすものとして抵抗勢力としてのハマスも必ずしもガザに住む市民には受け入れられているわけでもないことも、実感として伝わってくるような、スマホ画面の向こうにあるガザの世界のインパクト、そこを切り取って世界に伝えたいと願っているだろうファトマの意志などが一つのまとまりとして伝わってきた。最後に今年(25年)4月、この映画のカンヌへの出品が決まったという報せに満面の笑みを浮かべ、カンヌにもぜひ行きたいと目を輝かせるファトマのまぶしい笑顔を見せるが、その翌日、彼女は就寝中の空爆により7人の家族とともに亡くなったという衝撃…。ファトマが生前このような映画によって自身の姿や主張を世界に発信するチャンスは持てたことは、ある意味幸せだったのかもしれない。そんなチャンスもなく(映画の中で、ファトマ自身がアートの才能を持っていた友人の爆死を述べているが)一夜で命を失う老若男女の存在も…感じさせられ、この映画ができたことの幸せ?(と言っていいかわからないが)と世界中のできるだけ多くの人に見てほしいという思いにかられる。ガザにもウクライナにも実効的に自分ができることがあるのかないのか、何をしたらいいのかという無力を感じることが多いが、こんなふうな形(ブログ)で、皆さんに知らせることが少しは力になればいいななどとも思った。(12月6日 ヒューマントラストシネマ有楽町 307) 

⑥ウカマウ
監督:ホルヘ・サンヒネス 出演:ネストレ・ぺレド ベネディクタ・メンドサ ビセンテ・ベルネロス 1966 ボリビア(アイマラ語)白黒 75分 ★★

ティティカカ湖上の太陽の島に住むインディオ(アンデス先住民)の若い夫婦。夫が船で町の市場に出かけている留守に、やって来たメスティーソの仲買人が、妻をレイプして殺す。妻の臨終直前に戻って彼女を探しだした夫に「ラモス」と一言残して息絶える妻。でそこからはわりと淡々と葬儀や妻を失った後も淡々と仕事を続ける夫の様子。一方最初は罪におびえつつも、やがては忘れて?自身の妻をいたぶったり、仲間たちと飲んだりかけ事をしたり、遊び、仕事も続けていくラモスが交互延々と描かれ、ここはメスティーソや先住民の暮しや風俗のようなものを見せていく意図もあるのだろうし、その中で静かに夫が復讐の気持ちを深めていくことを示しているのでもあろうが、長い!そしてある時旅に出るラモスを追った夫が…、モノクロ画面の遠景で、黒い衣服のラモスと白い衣服の夫の対比が印象的。当時、先住民がメスティーソに抵抗すること自体が許されないような社会の中での鋭い抵抗的作品として作られたとのこと。66年カンヌでの青年監督賞も得て、大きな話題作になり、題名の「ウカマウ」(アイマラ語で「そんなふうなことだ」という意味らしい=ウィキペディア)はウカマウ集団の名となった。(12月5日 ウカマウ集団60年の全軌跡 下高井戸シネマ 306⑤に伴映) 

⑤革命
監督:ホルヘ・サンヒネス  1962ボリビア 10分 白黒

ナレーションなどはなく、モノクロ映像で街にいる貧しい人々、棺桶作りの職人、その棺桶が利用される様子など、穴倉のようなところから這い出す人々の後ろを走る自動車とか、重ねて映像で見せる10分。⑥に先立って上映された監督第1作短編だそうだが、インパクトはけっこうあって静かで短いが雄弁な映画だった。 (12月5日 ウカマウ集団60年の全軌跡 下高井戸シネマ 306⑥に伴映) 

 

④女性ゲリラ、ファナの闘い―ボリビア独立秘史―
監督:ホルヘ・サンヒネス 出演:メルセデス・ピティ・カンポス クリスティアン・メルカード フェルナンド・アルセ 2016ボリビア(スペイン語)103分 

今年2025年はボリビアのスペインからの独立200年周年だそう。それもあって?ボリビアのウカマウという映画集団製作、ホルヘ・サンヒネス監督の14作品一挙公開というのが行われていたもの。そのほぼ最後?の下高井戸シネマ最終日最終回をようやく見に行く。
ボリビアが独立した1825年、独立の中心となった活動家100人以上のうち生き残っていたのは9人だそうだが、その一人女性ゲリラだったファナはチュサカ(現スクレ ボリビアの首都)に住んでいるが、その屋敷(紹介では貧しい・質素とか書いてあるが、日本人の住居感覚から言うと、植民地に宗主国側が建てた中庭大きなに回廊や門もある結構大きな屋敷ではある)に、ボリビアの名のもとになった功労者ボリバール将軍と、首都の名になった初代大統領スクレ、そして案内役?のラモン司令官が、一連隊の護衛隊を先立てて訪ねてくる。ファナは何も出すものがないと、召使い?に果物を買いに行かせ、あとからは楽団も頼んで歓迎をし、問われるままに自身の革命にささげた半生を語るーそこに当時のドラマ映像が挟み込まれていくー数時間を描いた、4人の会見場面は演劇みたいな感じに作られた映画だった。
その半生自体は「女の子」でも馬に乗り、理解ある革命家と恋に落ち結婚し4人の子どもを持つが、自らも戦場で戦い、窮地では子供たちを病気などで失い…というようななかなかドラマティクながら、まあフーム200年前だしな…という感じもあったが、最後の場面、彼女が訪ねてきた3人を、「あなたたちが去った後は、現支配者が再び支配し、本当に解放されるべき人々は元のまま変わることはない」と激しく糾弾する場面が何と言っても特筆に値する。つまり、このころ革命・独立の中心だったボリバール(スクレも)らが目指していたのは南米の「全体革命」であって、スペインからの独立を目指していたのはこの地で生まれたスペイン人の子孫であり、その下にさらに差別迫害されていた先住民族(ボリビアにも33?ほどの民族がいるらしい)自体は変わることない状況であった。ファナ自身は先住民族とスペイン人のメスティーソ(混血)であったらしいが、ボリバールらが去ったあと、功労者への年金も打ち切られ82歳でまで生きたが極貧のうちに死んだとかで、やはり独立によって自身が解放されるとはならなかった。ウカマウ集団自体が、先住民の立場から映画を作ってきた運動体ということである。このような情報は④⑤⑥と続けてみた後、トークをされた太田昌国氏(この方も82歳! 50年にわたってウカマウ映画を日本に紹介されてきている)によるもの。楽しむというよりは勉強になる映画鑑賞ではあった。(12月5日 ウカマウ集団60年の全軌跡 下高井戸シネマ 305)
太田昌国氏のトーク

③兄を持ち運べるサイズに
監督:中野量太 出演:柴咲コウ オダギリジョー 満島ひかり 青山姫乃 2025日本 127分

これも東京国際映画崎出品作。なんとも驚くほどの予想通りに展開する映画で、それぞれの場面に面白みがないわけではないが、意外な展開も何もない。要は幼いころから仲が良かったわけでなく、母の病と死に際してはとんでもない迷惑をかけられた(と妹は思っている。兄はただ自分の感情に素直の行動しただけ)兄の突然の死の知らせに兄が死んだ東北の町に後始末と遺骨の引取りに赴く妹の4日間。たどり着いた街には兄の元妻と彼女が引取った娘が出迎えており、3人で葬儀(というか火葬)や兄の住んでいたゴミ屋敷状のアパートの部屋の片づけをする。兄には彼が引取ったもう一人の小学生の息子がいて、兄の死を発見通報したのはこの息子で、近くの児童相談所に引き取られているが、この子に会いに行き引取る手続きもっしなくてはならない。というわけで妹はその過程で自分が疎んできた兄の知らなかった面を発見していくというわけだ。映画的効果としては死んだ兄自身が、生きている妹(・妻・娘)の前に彼女たちが想像するような姿で現れて会話をするあたりか。そして(妹たち)は一緒にいる他の女性や兄の息子ら他者の目を通して兄の新しい姿を知り、死んだ兄と和解していくということになるのだけれど…。私には和解の過程より兄妹が不仲になった幼時のエピソード(これは兄の多動性というか自己中心性にもよるのだが、そこに介在する特に父親の在り方が大きな影響を及ぼしているように私には感じられた)のほうが興味深かったのはまったくもって私の個人的事情かな??この映画は村井理子という人の原作エッセイがもとだそうで、作中主人公の名も「理子」のままだが、ウーン。死んだ家族のことだから書ける??あまり原作を読みたいと食指がそそられることもないのは、やはり私の個人的事情なんだろうな…。(12月1日 TOHOシネマズ府中304)


②ナイトフラワー
監督・原作・脚本:内田英治 出演:北川景子 森田望里 佐久間大輔 渋谷龍太 渋川清彦 田中麗奈 池内博之 光石研 渡瀬結美 2025日本 124分

東京国際映画祭出品作品ということで。北川景子はともかく(ちょっと事情あり翳ありの母というのは、一つのはまり役みたいになってきた?)、森田望里(「みさと」となかなか読めず。PCでもまだ「みさと」でこの字は出てこないみたいだが、顔と役柄は広く活躍中)の格闘家というのは、今までの役柄からするとちょっと意表をついた配役のようにも思ったが、肩怒らせての外股歩き、殴る蹴るの格闘と血まみれの顔と、まあなんとも凄惨な熱演に感歎。蒸発した夫が作った借金の返済に追われる貧しい母夏希(と娘・息子)と有望な格闘家志望だが夜は風俗店でバイト、所属するジムのオーナーの夜逃げで、これも一時は危機に陥る多摩恵が助け合い合成麻薬の売人になるという話で、彼女たちから薬を買う若い女性とその母、母の依頼を受けて娘を探す元刑事などがそこに絡む。まあ、女性たちの苦しみや、そこに結ばれるパートナーシップ(特に多摩恵のほうには性愛的要素もあるのかも)などは納得できるが、後半犯罪行為の連鎖的(バタフライエフェクトだろうが)として、薬を買った若い娘が死んだあと、警察がなかなか売人にたどりつかないのにもかかわらず、売人の元締めが売人やその仲立ちをした多摩恵の幼馴染の青年とか多摩恵に報復を始め、死んだ娘の母の方が警察より先にたどり着いて…というのはなんともご都合主義的な展開だなあと思えてしまう。最後はハラハラドキドキから一転開いたナイトフラワーが見える窓辺での夏希・多摩恵と子供たちの至福シーンになるわけだが、これって確実に幻想、だろう。と幻想世界で物語を閉じることにより、ハッピーエンドまがいの非ハッピーエンドの娯楽映画的甘さに導かれた感じでウーン。で、内田監督自身の原作小説はどうなっているのかと読んでみたところ、なんともまあ映画をそのまま文字化したみたいな、ちょっと驚きの映画そのままの終わり方で、こちらには全然リアリティが感じられず。映画は70点、原作30点という感じ?実はフェミニズム映画かと期待したがそれよりはGL映画というべきかね。格闘技の乱闘シーンや、女たちの泥酔シーンなどには、ちょっと男目線の女像を面白がっているような感じも感じられなくもなく、見た後の感じはかなり複雑だった。(12月1日 TOHOシネマズ府中 303)


①上海ブルース(上海之夜)
監督:徐克 出演:張 艾嘉 鍾鎮濤 葉 蒨文 1984 香港

有名な作品で、DVDではもちろん見たことがあるが、乳児育児をしていた時代の公開で劇場では未見だった。香港映画祭での上映を見る。これで一応今年の秋の映画祭作品鑑賞は完了!
で、ツイ・ハークの中国解放後(まだ国共内戦中かなあ)の上海に舞台を設定したラブ・コメディは、日本軍の上海空襲の中で「橋の下」で出会った男女が、10年後の戦後(橋の下には家を失ったり戦場で失明したりしたホームレスが住みついている)にそれと知らずに再会し、田舎から?出てきて一旗揚げたいと願うもう一人の女性も絡んでのバタバタ劇で、意外とシルビア・チャンとサリー・イップのコメディエンヌぶりを楽しむという映画になっているかな…。ケニー・ビーの優柔不断かつ結構オトボケの2枚目ぶりも懐かしく…。ことばは最初の方に少し上海話がでてきて、これで行くのかなと思ったら、さすがその後は普通話というより国語(台湾華語)になった。(12月1日 香港映画祭 TOHOシネマズ六本木ヒルズ 302)




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