【勝手気ままに映画日記+山ある記】2026年6月(完成版)

 

晴天の古賀志山(御嶽山)からの皇海山(中央△)と日光表連山(5・30)

上半分は実景、下は対応する看板(日光連山が正面。男体山・大真名子・小真名子・女峰山
↓登った古賀志山は右端の双耳峰、赤川ダム、水無く、今年は奥多摩ダムも丹沢湖も渇水で心配な夏です。

          


今回も順次、登った山・観た映画をご紹介していきます。映画についてはページ下方から上に向かって掲載しております。PC仕様で作っておりますのでスマホ・タブレットだと少し見にくいかも…。ごめんなさい!

【今月の山ある記】日付の前の番号は今年になって何回目の山行かを示しています。⑰は5月末でしたが書いたのが6月なので…


⑰5月30日(土) 栃木・古賀志山 昨年と別ルートで日帰り山行Yツアー。

新宿(7:30)⇒森林公園登山口(10:20 ガイドと合流)⇒西登山口(10:30)…➡北の峯(11:04)…➡
赤岩山(535m 11:54)…➡大日窟(12:31)…➡荒沢瀧(12:45)…➡  弁天窟(13:00)…➡瀧神社(13:14 昼食)…➡御嶽山(13:58)…➡古賀志山(583m 14:50)…➡富士見峠(15:18)…➡天狗鳥屋登り口(16:09)…➡森林公園駐車場(16:18) ⇒ただおみ温泉(16:45~17:30)⇒新宿(20:00)
5h42m 6.3㎞ ↗649m↘654m コース定数13(ふつう) 平均ペース90-110%(標準)以上【ヤマップデータ】

昨年同月同日に引き続いてのYツアー。もちろんルートは別で、雨天だった昨年は森林公園からの往復だったが、今回は西登山口にまわりいわば3つの山の縦走?と窟・瀧めぐりコース。
ガイドは昨年と同じ栃木出身のOJさんと栃木で旅行社を営むKMさん(私のネパールキリマンジャロヨセミテの案内人)の最強コンビ+オールドルーキーという添乗員のKAさん(男性)。参加者は14人で男性1名。今回は専用バスが最後列で、なぜか隣に当たった人がキャンセルされたとのことで、ゆったり2座席独り占めで大変助かった。
KMさんとは昨年同様森林公園口の駐車場で待ち合わせ、説明を聞いた後、西登山口までバスで回り、そこから歩き出すことに。古賀志山は高尾山より低いが、100以上もルートがあり、崖もあり、鎖場・ハシゴ・岩場・急坂もあるという大変にタノシイ山。KMさんもすべての道を歩いたわけではないというし、この山には毎日登山をしている人々がいて、その人たちが新たな道も作ったりしているのだとか…。
今回、やはり足の調子が少々心配だったが歩き出すとまあ、こともなく、しかし登りは前の方(途中からは志願でトップ)を歩かせてもらうことにし、よく知っているKMペースなのでまあまあ、ラクラクだった。岩場・鎖場はトップにいるとさっさと歩いて待っている時間が休憩になるのできわめて楽。後ろの方にいると待ち時間が長くなり下りで先が見えなかったりすると不安も増すし?で…。
途中何か所もの洞窟状の「祈り場?」あり、滝ありで、ここは修験の山でもあるという。とすれば岩場も修験場であるということなんだろう。ま、それはともかく暑いことは暑かったが風もあり、なかなか快適な山の一日だった。下り少し太腿裏側が痛くなったのだがこれは筋肉痛の範囲?4時過ぎ無事に森林公園の側に下りて、近くの温泉に。こじんまりとしているがなかなか快適な温泉で、洗髪省略、地元特製というキクラゲ・ニラ・卵炒めで生ビールを一杯。ご機嫌の帰京となる。温泉にはKMさんの会社の、ヨセミテでお世話になったIMさんも来てしばらくぶりの邂逅を喜ぶ。昼は自家製のフランスパンのハム・チーズ・レタスサンドでおなかがいっぱい(あといくつかの行動食)で、ポットおでんも持参したのだが、これは帰りのバス車中の食料となる。
楽しく満足の1日の以下は写真集。
↓ルート説明をするKMさん/コアジサイ/こんな岩山続々
↓今回位置の具合でOJさん撮影のMY写真集が…
↓例によって?空飛ぶKMさん/ここはパラグライダーの好適地でもあるという

↓去年はKMさんと古賀志山頂上でツーショットだったが、今年はOJさんも含め3人で/
そしていよいよ下りにさしかかり…
おつかれさまでした!

⑱⑲6月9(火)~10(水)日 
栃木県・鹿沼 大芦川シャワートレッキング + 福島県・田代山(湿原歩きと帝釈山方面へオサバグサを見に…)

昨年のヨセミテハイキングからちょうど1年、当時お世話になったアメリカ在住ガイドKSさんが、日本側のガイドKMさんの本拠地栃木・鹿沼を尋ねて一時帰国中、ということで当時のツアーメンバーにもお声がかかり、1年ぶりの再会と鹿沼ベースのシャワートレッキング(私にとっては初体験)と田代山へのトレッキングをご一緒して楽しむこととなった。
KMさんはコロナ禍時代に鹿沼でEBA(略号)という旅行社をはじめて、この夏で丸5年、自身は他社の国内・海外の登山ツアーガイドもしながら、地元では自治体などにも協力したり(されたり?)しながら、大芦川を本拠地とするシャワートレッキングや、北関東・南東北などの山のツアーを運営したりしている。私にとっては娘くらいの年齢だが、なんとも頼もしくカッコよく、そのアメリカの友人KSさんはじめ、地元の協力者IMさん、また友人でいつもYKツアーでガイドしてくれるOJさんなど、行動力のある仲間たちもいっぱい、の上に地元から都内までたくさんのファン(客)に囲まれての活躍ぶりには驚嘆!そのベースに今回は初めてお邪魔して、宿泊もさせていただき、夜はベースの協力者やツアー参加(経験者なども)含めて飲み会!という楽しい旅を経験することができた。

⑱9日 大芦川シャワートレッキング
府中本町(6:26)……新鹿沼(8:52)/鹿沼EBAベース=大芦川シャワートレッキング(10:30?~14:00)昼食(地元古民家カフェ)=温泉(スノーピーク)=EABベース(16:30?) 参加者3人(含KSさん)+ガイドKMさん、IMさん

私にとってはシャワートレッキング(沢を歩いたり、飛び込んだり、流れたり、滝にもぐったり)は初めての経験で、しかも足の痛み(坐骨神経痛)は途切れず、バランスも悪いしで参加はかなり躊躇したのだが、KMさんOJさんと歩いた前回古賀志山トレッキングがまあ案じたほどもなくうまくいったのと、KMさんのフォローするということばについついその気に、というか、もしやってみるなら今しかないという好奇心が頭をもたげ、とうとう参加。
結論的には、上半身は3枚重ねたウェットスーツにライフジャケットで固められて重くバランスをとるのもなかなか大変、水の中や滑りそうな岩の上では足をしっかり踏み固めることができず、水中を歩くのも若い皆さんの倍以上の時間をかけてヨロヨロだし、何より岩の上には立つだけで怖い感じで飛び込むための踏切ができない(いつ足にビーンと痛みが走るかと思うと足に力が入れられない)というありさまで、一番低いところにようやくエッチラオッチラ下りて飛び込むのがやっとというカナシサではあったが、まあ水は何とも清らかで水温も意外に低くなく、周辺のきりたった崖の岸も普通の山歩きでは入りにくい所に入って見られるとか、未経験を味わうことができたのは大変に面白く、まあ、二度味わうのはどうかなあとも思いながらも、良い経験ができた。も、一つ良い経験?といえば…
帰り、川岸から崖の道を登り車道にでる直前、トップを歩いていたKMさんが急停止、熊スプレーを取り出し、後続の私たちには静かにバックをするように言う。崖の上には子熊がいたということで、再度川辺に戻り別の道から登って車道方面に戻り、車で戻る途中、「あ!いた」先ほど遭遇したあたりに子熊(50㎝くらい)が木の間隠れに走る!
このあたりは人里よりは熊の本拠地で、人間が邪魔ものとして入っているのだとは思いつつもビックリ体験。そういえば川辺ではヒルに2、3か所吸われる。しかし熊のあとではヒルなどカワイイもの?という感じも(笑)

↓こんな1日・写真提供はEariyBirdAdventure



⑲10日 福島県 ・田代山(~オサバグサを探して帝釈山入り口まで)
鹿沼ベース(6:20)⇒猿倉登山口(9:36)…➡田代山(1926m11:30)…➡田代湿原歩き…➡弘法大師堂(田代避難小屋)(1971m 11:50~12:40昼食)…帝釈山登山道へ(オサバグサ探し)…田代避難小屋(12:50)…➡田代湿原…➡往路下山…➡猿倉登山口(14:42)
⇒湯の花温泉⇒鹿沼ベース(19:00)5h5m 5.4㎞ ↗583m ↘579m コース定数13 平均ペース70-90%【ヤマップデータ】参加者6人(M1/含KSさん)ガイドKMさん IMさん

沢歩き(流れ)のあとは、エレパルス(久しぶりに持って行った)でがっちりガード。キネシオテープも張り直し、万全?を期してトレッキングへ。猿倉登山口までは車で3時間ほど、運転者には申し訳ないが、後部客席もまあけっこう難行でちょっと心配ではあったものの、ドア近い端の席に座らせてもらって、なんとか到着。しかし歩きは存外問題なく、はじめに少し急登はあったものの、ゆっくりペースではあるが一応問題なく登る。登りあがると木道を敷いた湿原で、ワタスゲ、チングルマ、イワカガミ、ヒメシャクナゲなど咲き乱れ目を奪われるお花畑。天気はこのあたりではガスがかかって冷え冷えもして、みんなで上着を着こんだりするが、景色は幻想的でなかなかいい感じでもある。
弘法大師堂のある避難小屋(きれいなトイレも)の前で昼食。前回(古賀志山)が暑くて暖かい飲み物食事を結局手を付けず帰ってきたこともあり、今回は冷たい系の飲み物とバウム系のパン、それに途中で買ったブドウなどにしたのだが、やはりお湯をもらって暖かいものにした方がよかったなとちょっと後悔。KMさんにお湯を1杯もらい、これはいつも持っている粉末のカフェラテを作って飲んで本当にほっと一息。
そのあとKMさんの案内で帝釈山方面の登山道に踏み込みオサバグサを見にいく。急坂をほんのちょっと下っただけで道脇に咲き乱れる小さな白いオサバグサ(葉の形がオサ=筬似ているのでオサバ草だそう)を見ることができ、大満足でさらに湿原をあるいて(ワタスゲの目もくらむような?群落)下山に向かう。終わりの方で太腿裏に時々ズキ・ビキッと痛みが走りロキソニンなどを飲んでもほとんど効き目はないが、それでも遅れたりすることもなく、幸いに何とか登山道を全うすることが今回もできてほ…。帰り道湯の花温泉の公衆浴場で入浴、疲れも癒して鹿沼まで。19時前にベースにもどり、車ですぐの新鹿沼駅まで送ってもらい19時19分発(なんとも鈍行しかし安い)の電車を乗り継いで、途中新越谷駅近くで夕蕎麦で腹ごしらえ、22時半に最寄り府中本町駅から帰宅した。さすがにその日はダウン!
以下「写真集」です。私自身が写っているもの、植物写真の一部は©EariyBirdAdventureとなります。

↓登り始め/ベニサラサドウダン/ムラサキヤシオ
↓湿原に入るとワタスゲの群落が…2本の木道の間にも…

↓田代山山頂はこんな平原?真っ只中/ハルリンドウ?
  
↓ミヤマシキミ/マイヅルソウ/ゴゼンタチバナ
↓ミツバオウレン/ヒメシャクナゲ/チングルマとイワカガミ
↓ミズバショウ/シャクナゲ/弘法大師堂


↓これこそオサバグサ/オサバグサを撮影するKMさん/下り道へ
↓ハナゴケ?チングルマ・ワタスゲ/ラショウモンカズラ/到着しました!




⑳6月14~15日 八ヶ岳(青年小屋~西岳)


14日 新宿発(7:30)⇒小淵沢(10:30)⇒観音平登山口(11:00)…➡青年小屋(14:30)
15日 青年小屋(6:30)…➡西岳(2398m 7-34~8:03)…➡富士見高原登山口(10:30)
8h9m 10.4㎞ ↗958m ↘1189m コース定数23 平均ペース90~100%(ヤマップデータ) Yツアー 参加者10名(m1) ガイドMMさん、添乗員YGさん(いずれも女性。初めてのおつきあい?だと思う) 

実はこのツアー、青年小屋まで上がった後そこから往復約1時間半で編笠岳までを含む一応「縦走」コースだったが、中3日(10日までの大芦川・田代山)で出てきたこともあり、足の不安(坐骨神経痛消えない!)もありで、今回は登ったことのある編笠山はパスして、少しゆっくりしようと選んだコース。初日は4時間あまりで急登なども出だしで少し、という感じでまあまあラクラクで歩けたが、予定通り皆さんが編笠に上がる間は青年小屋に先に入り、休む(飲む?)ことにする。10人中3人は同じ考え?いずれも編笠経験あり酒好き?が共通項。こたつを囲んで珈琲(500円)、熱燗(真澄1合600円)、冷酒(1合1200円!)で夕飯前にすっかり出来上がってしまった。この時の仲間の1人Iさんは登っているときに「下を向くとくらくらする」と言いながらもまあ元気に歩いていらっしゃたが、聞いてみると坐骨神経痛もあり、過去に肺の手術をしたあと神経痛の後遺症もあるということで、リリカ(薬)を飲んでいるのだということ。私も飲みたいと処方してもらったが山を歩く日に飲むのは心配で帰ってから飲むことにしようとしていたので、思わず、その飲み方についていろいろ伺い教えてもらった。実際に山を歩いているとあちこち神経痛や骨に金属を入れているなどと言う人が多く、みんな頑張ってるな、自分も…という気にさせられる。もっとも帰宅後にかかった整体師氏によれば、山を歩いているとケガや腰(重い荷物で)の不調の罹患率が高いのではないかとも言われ、ウーンかもね。
「遠いの飲み屋」と言われる青年小屋では夜も9時頃まで、飲みながら盛り上がること多く、この夜も小屋主のギター演奏などもあったらしいが、私はすっかり出来上がり、食後はダウン。(前回の宿泊も編笠での足つりで小屋到着後も不調で飲めず、おまけにまだ新しいザックカバーを乾燥室に干したまま忘れて帰ったのだった…⤵)7時ごろから寝たが、寒さ少しと、のどの渇きに夜中転々、トイレ(これは素晴らしくきれいなバイオトイレ完備)にも数回、珍しくあまり熟睡できたとは言えず。真夜中雨風の音もすさまじく、明日が心配!だったこともあり。

↓「遠い飲み屋」でしっかり盛り上がる…

2日目、霧雨のように煙っていると思いきや、出発時にはほとんど雨もあがりレインウエアは着て出たものの朝露対策の域を出ず、やがて脱いで歩くことができたシアワセ!
朝ごはんは例によって(夏と高さで)あまりのどを通らず、それでも歩き出しは足の痛みもなく、まあ順調に、西岳に登り、ようやくおなかも空いて?西岳頂上でシリアル補給。長い下りでは山の花に詳しいIさんに教わりながら小さな花の写真もたくさん撮り、ただし途中で右足踏み外し転んで、自身は何ともなかったがストックが曲がる(ああ、またまた!何本目?)なんてこともあったが、まあ順調無事に下りて11時には道の駅の延命の湯という温泉へ。2時間たっぷり休んで東京に戻る。珍しく3時台には到着し家には4時帰着。しかし実は朝から、ちょっと風邪気味と思い薬も飲んでいたのだが、やはり風邪!間3日の山行は私の免疫力では難しいのかな…と、帰宅後のダラダラ…

↓小屋の頭の上に見える編笠岳/小屋の裏にはクロユリの群生が…


  
↓シロバナノヘビイチゴ/ギンリョウソウ/ギンラン
  

㉑6月26日  天覧山~多峯主山~吾妻峡 +飯能街中散策

飯能駅(10:30)…➡(街中を散策しながら)…➡天覧山入口(11:10)…天覧山(197m11:44~12:32 雷を避け雨宿りしながら昼食)…➡多峯主山(270m 13:10~26)…➡八幡神社登山口(13:59)…➡ドレミファ橋(14:20)…➡吾妻峡谷・兎岩…➡吾妻峡遊歩道入口(14:45)…➡OH…珈琲店やまびより…➡飯能駅(16:12) 5h37m 9.3㎞ 325m 327m コース定数12 平均ペース90-100%(標準)【ヤマップ・データ】
Yツアー ガイドOJ(飯能在住) 添乗員ST(助産師が本業とか!) 参加者11名(m1)

飯能駅から歩けるという初心者もOKコース、というので、今の足の状況での訓練にはちょうどいい?ガイドもなれた、しかも飯能好きが高じて移住したというOJさんなので、いろいろな穴場スポットも教えてもらえそうということで、キャンセル待ちで参加したワンコイン(500円)ツアー。当日は雨予報で、朝雨が落ちていたらキャンセルと思っていたが曇りではあるが、まあ何とか…ということで出かけた。13人と聞いた参加者はしかっり11人参加で、みなさん元気!OJさんの案内で飯能の街中、古民家を残した「絹甚」さんの店蔵をみせてっもらったり、天覧山入口に続く観音寺の境内を見学したりしながら山道に。道は急な所には階段(コンクリ製丸太をはめてある)を埋めてあったりして歩きやすい。雨でぬれて少々すべりやすいが…。雨は時にポツポツという感じで、天覧山の上では傘を開き、少し下ったあずまやに雨宿りに入ると雷鳴も。雷鳴の通り過ぎるのを待ちながら昼食(いつも朝食べているサンドをもう一つ作って持参した)レインウエアもつけて、縦走に。それでも降ったりやんだりという感じで多峯主山の上ではレインウェアも脱ぎ、町に下りてからは傘をさすことはあったりしながらも、心配したほどのこともなく。吾妻峡谷の入間川はいつになく増水しているとのことで、ちょっとこわごわのドレミファ橋や滑りそうな石、岩の吾妻峡も無事になんとか歩き、楽しめた1日。終わりはまたまたOJさん行きつけ?の発酵食品のOH(麴ソフトクリーム)や珈琲店やまびより(飯能三山珈琲ドリップパック)などにも寄り、飯能駅で解散。そのあとはOJさんの地元でということで有志飲み会もして盛り上がる。

飯能市内の古民家
観音寺境内の弘法大師?像/ギボウシ/ハスはイマイチ?
山に登る/多峯主山頂上/ドレミファ橋
クチベニマイマイ/オニグルミ/ネコノチチ

これで6月の山ある記は終わり…。足が痛い痛いと言いながらもなんとか予定通り歩ききることができました。さて、来月はいよいよ夏山シーズン。どこまで歩けるか?!


【6月の映画日記】 
箱の中の羊 ②死の天使ヨーゼフ・メンゲレ ③マーリーサン幻術師  ールフレンズ(女孩不平凡)⑤余燼 ⑥タイペイ、アイラブユウ(愛情城事)  ⑦うなぎ(河鰻)
➇ブルー・ムーン 小屋番 八ヶ岳に生きる ⑰(2回目) ➉ほどなくお別れです
⑪尋秦記バック・トゥ・ザ・パスト ⑫急に具合が悪くなる  ⑬マイケル  ⑭エレノアってグレート ⑮我ら山人たち       ⑯最後通告


中国語圏映画 ④⑤⑥⑦⑪
日本映画 ①⑨➉⑫
その他のアジア作品 ③
下線はドキュメタリー作品

★はナルホド! ★★はいいね! ★★★は是非ともおススメ!(月1~2本にしています)という、あくまでも個人的感想です。(6月はまだ★のつく映画が少ないのは、私の疲れ?)
なお、本文中の赤字部分はその映画の関連作品などを掲載したページへのリンクとなっています。


⑯最後通告(Full Moon)
監督:フレディ・M・ムーラー 出演:ハンスペーター・ミュラー リロ・バウアー ベネディクト・フライターグ 1998スイス24分 35mフィルム


ある満月の夜、4つの言語圏(さすがのスイス!)の子供たち3人ずつ12人が失踪。子供を失った家族と、ひとりその真相を探る警察官ワッサー―これが後半、夫と別居中の失踪した子(トニー)の母と恋仲?になるというトンデモ映画的展開。途中家族のもとに子どもが書いたとみられる「最後通告」が届き、子どもたちは自ら求めてユートピア?に去ったものと思われる。最後通告に指定された満月の夜、退職したワッサーの段取りで子供たちの家族が一堂に集まり、その様子がTV放映されることになる。親たちはそれぞれ子供や社会に呼びかけるという趣向。いなくなったトニーの妹が兄失踪当時から母親に向かっていろいろ語りかけても常に無視というか親の思い通りに動くことを求められる様子が繰り返され、子どもたちが去った背景が暗示されるなど、この映画は謎解きというよりも子供が去るに至るあるいはそれ以後の家族のありようとか、去った後もそれぞれ勝手なことを言い合う親たちの様子をえがくことに中心がある。ただなんか多くの人ーしかもあまりなじみのないスイス俳優、かつ主役のワッサー警部も含め美男美女はほぼ出てこないーあまり人好きするふうには造形煒されていない、など、リアリティはあるかもしれないが、話の筋をつかんだり、納得するのがちょっと骨は折れる。90年代ッぽい?映画という感じ。『マウンテン・トリロジー』と併映された同監督の1本。(6月30日 渋谷ユーロスペース136) 


⑮我ら山人たち
監督:フレディ・M・ムーラー 1974スイス108分




現在上映中のスイスの監督フレディ・ムーラーのマウンテン・トリロジー(山三部作)の最初の?作品で、ムーラー自身の故郷であるというスイス・ウーリ州の山岳地帯の暮しと変化のきざしを描いたドキュメンタリー。スイスの山岳地帯の絶景を期待してみたのだが、この映画、35㎜のスクリーンの中で山暮らしの背後にそびえるアルプスは壁のように画面に閉塞感を与え、ちょっと息がつまりそう。というのも多分そこで営まれる暮らしが、やはり閉塞的というか未来への展望が開けるような話があまり得てこないせいかも…。最初の帆王に出てくる何組かの家族たちの子どもーきょうだいはなぜかほとんど男6人、女1人とか、男7人、女2人とかで、村中を走り回る子どもたちも圧倒的に男の子が多い感じ。大人の女性はけっこう出てくるのに…これってなぜ?という疑問も。またダムに沈んだ村とか、牧牛が立ち行かないとか、人が皆出て行ってしまうとかいう、つらい暗い話が多いのも、草をはむ牛たちの群れののどかさとは裏腹にちょっと息がつまってすごく長い時間に感じられる映画だった。もっとももちろん、それこそが作者の狙いではあるのだとは思うのだが…これからまだまだ世界が変わるかも人々(私たち)が信じていた1974年(約50年前!)の作品。(6月29日 渋谷ユーロスペース マウンテントリロジー135)

⑭エレノアってグレート
監督:スカーレット・ヨハンソン 出演:ジューン・スキップ エレン・ケリーマン ジェシカ・ヘクト リタ・ゾーハー 2025アメリカ98分 ★

スカーレット・ヨハンソンの監督第1作は『テルマがゆく!93歳のやさしい復讐⑥』のジューン・スキップ(今回の年齢設定は94歳だが、撮影時96歳とか)主演。それぞれの夫の死後11年にわたって一緒に暮らした親友のベッシ―を喪ったエレノアはフロリダから、娘の住む、元自分も住んでいたNYに戻ってくる。娘とその息子の思惑は2か月ほど同居したらエレノアを施設に入れるというもので、ウーン。それでも娘の所に戻るか?と思うほどに、このエレノア、老いたりといえども自立性は確かで、自身で身の回りはもちろん街に持出かけ、スタバでパフェ?など食しているが、娘たちはなんかとても老人扱いで大事にはしようとするがエレノアの心情などは顧みないのは身につまされるような感じも…。偶然に飛び込んだのがホロコーストの記憶を語る会で、そこでエレノアは自身はそうではないのにもかかわらず、ホロコーストの生存者だったベッシ―に語り聞かされていた経験を話してしまう。その場にいたのがNY大学の学生で、有名なジャーナリストを父に持つニナ。彼女はエレノアの語りを自身のジャーナリズム実習に取り入れたいと考え、エレノアにインタヴューを申し込む…というところからエレノアがウソの深みにどんどんはまり、周りを巻き込み大騒動というわけで、展開として母を亡くして孤独なのにもかかわらず父ともギクシャクというニナの心情も絡めてうまく話が展開していく。
特に高齢者の心情、母を喪った若い娘の心情、悲しみながらそれを娘と共有できない父、
決して冷たいのではなく、思いやりつつ傷つけてしまうエレノアの娘や孫、それぞれが穏やかながらきちんと表現されていて、そこに宗教も絡むアメリカ社会。なるほど!スカーレット・ヨハンソンやるね!と思わされる。(6月29日 渋谷ユーロスペース134)

⑬マイケル
監督:アントワン・フークア 出演:ジャファー・ジャクソン ジュリアーノ・バルディ コールマン・ドミンゴ ニア・ロング ケイリン・ダレル・ジョーンズ マイルズ・テラー ケンドリック・サンプソン 2026アメリカ 126分

マイケル・ジャクソン自身はもちろん亡くなっているが、その兄弟・縁者はみな生きているし、そもそも演じているのが甥ということもあり、ウーン、この映画のマイケルは繊細で心優しく、しかし幼時には自らも持て余す?ような才能があふれてしまう真面目な少年として描かれ、1988年、父から独立して一人のアーティストとして世界に乗り出すまで、という大変明るい側面から見た映画だ。そして「普通の子ども」とは隔絶されたような少年期(動物好きで、ペットとしてチンパンジーのみならずヘビやキリン!、ラバを飼い遊ぶような、豊かなのだがちょっと偏頗?)と、まじめに自身の望むアートを追求したくて、「ジャクソン家として兄弟で売れること」を目指す父との確執(この父の品のなさ、コールマン・ドミンゴがこの映画唯一の悪役として好演)、父に対して発言力はないが、常にマイケルを支えようとする母(ジャクソン家でのこの母と、そして男兄弟の中で唯一の姉=父からは無視されている感じ=の存在はなんかジェンダー的には小骨という感じでひっかかる)との少年の、まあマイケルの曲まみれの成長譚(あまり成長は強調されないが)というところか…。父以外のマイケルを囲む面々が皆理解者であり、優しいという描き方も、「親に恵まれない?」少年の更生・成長映画の定番みたいな感じだし…。ただもう、少年期を含めたマイケル役の(ジェーファーは顔自体はマイケルとそんなにそっくりというのでもないのが意外だった)歌も含めたマイケルそっくりの上手さ(子役の方は父との葛藤も図式的ではあるがウソみたいに演じ分けている)に脱帽というところか。歌はマイケル本人と演者の声をブレンド?して作られているのだとか。実際に舞台シーンとかでは演者が歌っているそうで、臨場感がある。【6月27日 府中TOHOシネマズ133)

⑫急に具合が悪くなる
監督:濱口竜介 出演:ビルジニー・エフィラ 岡本多緒 長塚京三 黒崎煌代 2026日本・ベルギー・フランス・ドイツ 日本語・フランス語 196分

期待の濱口竜介作品だが、ウーンまずその長さにはたじろぐ。話が始まると、パリの施設長をする施設での仕事ー特に働く職員との感覚の違い?に苦しむマリー、彼女が出会い紹介されてみるひとり芝居(これを演じているのが長塚京三で、映画の中になんかわざとらしくもあるがごつごつした存在感を与えている。その芝居に紛れ込みウロウロする重度自閉症という孫も…これは黒崎煌代の台詞なし(ほとんど)の名演技。主役の女性二人の出会いと、その後の会話(この映画の骨子ではあろうが)なんか不思議な雰囲気で、静かで沈潜している感じだが美しくもあり、見ていると何だかだんだん沈み込んで、実は多分意識遠のき半分寝ていた時間もあるのかもしれないが、まあ映画の場面的にはずっと印象に残り、しかしあれ何を話しているんだというところもあって…。セリフで語る二人の意識・気持ちよりも、周りの出来事がさせている感じもしたが、眠気(この日特に疲れてはいなかったはずだが)の意味も知りたく、そのうち出来たらもう一度見たいと、想わせるだけの吸引力はあった。(6月25日 府中TOHOシネマズ132)

⑪尋秦記 バック・トゥ・ザ・パスト
監督:ン・ユンファイ ジャック・ライ 製作総指揮:ルイス・クー 出演:ルイス・クー(古天楽) レイモンド・ラム(林峯)ソニア・クォック ジョイス・タン 白百何 苗僑偉
2025香港107分

『トワイライト・ウォーリアズ』⑨の二人が主役出演ということで話題になったみたいだが、すでに2001~2年にテレビ放映された『尋秦記タイムコップB.C.250』の続編として作られた映画ということで、映画中にその25年前のルイス・クー(古装片のスタイル、若い!)とレイモンド・フォン(こちらは別人かと思った。若いが顔は丸い(幅広)の感じでモサッとしてる)のツーショット的場面もしっかり組み込み、香港映画お決まりのエンドロールのサービス映像?もテレビ版の方の映像で続編を強調している?みたいだが、話の方はごく単純でなので、テレビ版を知らなくてもわかる。で、1999年タイムトラベルをしたまま、帰れず後に始皇帝となる秦王を仕込み師父と慕われつつ、秦王の六国制覇からは距離を置いて、2人!の妻と後に項羽になる息子ボウイとともに隠居生活(サッカーなどしている)をしていた項少龍だが、現代の2025年になって、彼が戻らなかったことで罪に問われ服役していたタイム・マシンの発明者ケンが、復讐と、自身が秦王になることをもくろんで娘のゲイリーとともにタイムトラベルしてきて、現代のさまざまなマシーンや火器などを駆使して秦王を征服しようとする。秦王の要請?で龍少龍は再び戦いに再び乗り出すが、その秦王も長い間の疎遠で頼りつつ、少龍に心は許さないという中での三つ巴の闘いのアクションが全編を覆いつくすというまあ、そういう映画である。ルイス・クーの少龍は、テレビ版とは違って、誰がカットしているのか現代風の短髪スタイルで来ているものもTシャツとか今風の衣裳。ことばは広東語(紀元前の太原で通じたか?という問題はまあ、気にしないほうがいい)で前半では時に「グッドラック」「サンキュー」「ソーリー」レベルの英語交じりで、ここは紀元前の人々には通じないという形での笑いを誘うような構成も。タイムトラベラーが現代に帰るための必要なレシーバーなる器具の充電に大騒ぎとかもあって、要はけっこうご都合主義的ではあるが、気にせず楽しめばいいという映画。終わりもまあ、なんか歴史に忠実?っぽい人情編と、主要登場人物(ただし悪役を除く)の香港帰還大パーティ?みたいなオマケの終わりもあり、笑って楽しんでOKということか。でも2001年まだ香港では一国2制度がちゃんと機能していた時代の娯楽作品を、映画として復活させてしまうというのは、やはり現代の香港状況に対する「もの申す」という側面もあるのかな…と項少龍と秦王の関係の絵が買い方も含めて、ちょっと考えさせられるものあり。アクション監督はサモハンで、息子たち3人も出演したりスタッフとしてかかわっているとかで、サモハンの意識も反映している??
(6月24日 シネマート新宿 131)

➉ほどなくお別れです
監督:三木孝浩 出演:浜辺美波 目黒蓮 森田望智 古川琴音 永作博美 鈴木浩介 夏木マリ 2026日本 124分

こちらは家の傍の映画館でずっとやっていたのだけれど、どうも題材がな…趣味ではなくてずっと見に行かなかった。まあロングラン最後だろうし、時間もちょうど合うということで⑨に続けてみることに。
まだこの世に心が残っている死者の姿が見えるという若い女性が、その能力を買われてカリスマ?葬祭プランナーのもとで見習いをするというわけで、「映画」の特質を生かして他人の目に見えないものを見て交流できるという設定をするわけだ。
一昨年母を亡くし、その後ずっと母の最期の気持ちを想像し続けて、もし母の姿を見てその気持ちを愚痴られたらたまんないよな…などと(冷たく?)思っている私(それだけ後悔ものこっているわけだ)としてはウーン。隣の席ではすすり泣きも聞こえたが…。
ちょっと気になったのは夏木マリ扮する祖母の造型で、「~だよ」「~だね」「~かい?」といういささか古めかしい「おばあさん語」が今どき??という感じだし、和服姿で終始一貫する姿も含めなんか現代の話にそぐわないと思っていたら、死んだシーンで「花柳界でご本人も芸者だった」という案内があり、またフーン。実物の元芸者のおばあさんというのは存じ上げないからわからないけれど、こういう「おばあさん語」(江戸語・関東語由来の中性的文末形式)で話すものなのかな…(確かに小説などにはあるけれど)…と首ひねりながら映画館を出る。(6月19日 下高井戸シネマ130)

小屋番 八ヶ岳に生きる⑰ 
監督:深澤慎也  出演:菊地哲男 2026日本 85分 ★★

1月公開時にすぐに見て、これが多分東京周辺では最終の、その最終回(と言っても朝イチバンの1日一回最終日)を見に行く。開場の20分前くらいに行くと、窓口の前にはけっこう延々の列ができていた。あとから来た女性の二人連れ大いに驚く。「どういう人が、こんなに見にに来るのだろう?」とのブツブツに「あなたみたいな人が?でしょ」と思わず言いたくなる。先日八ヶ岳では3回見たという人に会ったし、山好き、八ヶ岳好き、なんかも見に来ているのかもしれない(かくいう私も、まあ珍しい2回目だし)。
前回見た後、根石岳に行き、根石岳山荘には泊まらなかったものの、この映画に出てくるSさん(若い青年)のプリン(根石岳名物。下から運ぶのだが予約必要)供応を受け、数日前には「遠い飲み屋」(=青年小屋)に行き、主人T氏ともお目にかかったばかりなので(ちなみに根石も青年も前にも泊まったことはあったが)なんかすごく親しみを感じた。根石岳山荘前から見るご来光は、私の八ヶ岳経験の中でも屈指の印象深い景色だけれど、映画にも何回も出てきた。映画の中でどの山小屋かのご主人が、「八ヶ岳に来てほしい、できればリピーターになってほしい」という。まったく、だけれど時間が私にはあまり残されていない?のが寂しい。(6月19日 下高井戸シネマ129)

➇ブルー・ムーン
監督:リチャード・リンクレーター 出演:イーサン・ホーク  マーガレット・クアリー  アンドリュー・スコット ボビー・カナベイル ジョナ・リース 2025アメリカ100分 ★

最初の場面はNYの裏町の雨の中一人歩き、道端に倒れる男(ロレンツ・ハート)から。映画はその11ヵ月前、のミュージカル「オクラホマ」開演の日に戻る。
「ブルー・ムーン」を含むたくさんのヒット曲を出してきた作詞家ロレンツ・ハートと作曲家リチャード・ロジャースのペア。しかしロレンツ・ハートは酒におぼれ精神的にも不安定になり失墜、相棒のリチャードは新たにハマースタインと組んでミュージカル「オクラホマ」を世に送り出す。その初演の日、リチャードに招かれて会場である古なじみのバー?にやって来たロレンツ(ロリー)が長年の理解者であるバーテンや、バックミュージックを奏でる若いピアニスト、同席の作家や、ロレンツが心を寄せつつもちろん成就はしない「弟子」の若い女性などとかわす会話で綴られた一夜の、言ってみれば落ち目?の作詞家ロリーの内面吐露というかみじめさも過去の栄光も含んだ数時間の物語、というわけで場面変化はほとんどなくて店の中だけだから、ほとんどはイーサン・ホークの化け振りというか演技ぶりを見るという映画で…。実際のロレンツ・ハートは身長150センチ余りの小男にして、しかし風貌は残されている写真から見た限りではかなりいかついマッチョな風を漂わせた顔つきで、そのこと自体に本人もコンプレックスを持っていたとか。演じるイーサン・ホークはサイズといい、風貌といいいわば正反対なタイプだから、特殊撮影なども使っているのだそうではあるが、さすがの化けっぷり?もっとも話自体は、過去に栄光はあるもののどちらかと言えば、周りからは一歩ずれ相手にされなくなっている男というような設定だし、実物の写真からは必ずしもそういうみじめさは感じられず、むしろ肩ひじ張って突っ張っていそうな雰囲気だが、イーサン・ホークが演じる方は、やはりみじめさ優位みたいなところはあり、まあ、それが映画の意図でもあるのだろうとは思いつつ…。会場でピアノが奏でる数々のヒット曲はスタンダード、一方「オクラホマ」のような、ワイルド感?都会的・現代的というよりは素朴なイメージさえあるようなミュージカルナンバーの、この映画での価値観と現実社会での価値観のズレ?みたいなものもちょっと感じて、世の中って、時代って流れるんだなとちょっと感慨も。相棒の作曲家リチャードを演じているのは、TV版『シャーロック』でモーティアリティを演じているアンドリュー・スコットで、そのせいかこの映画ではアーティストとしては常識人?として描かれているのが、何となくおかしいというか、違和感?もなくもなく。ただしこれはご本人対してはゴメンナサイと言うしかないようなシロート的感想ではあろうが…昨年東京国際映画祭上映作だったと思うがようやく見た。(6月11日 下高井戸シネマ 128)

⑦うなぎ(河鰻)
監督:朱駿騰  出演:デヴィン・パン(潘綱大) 柯泯薫 2026台湾 103分 ★




『うなぎ』といえば、カンヌのパルムドール受賞作、1997年の今村昌平監督映画が、主人公が見知らぬ不思議な女性を川辺で見つけるという設定が思い浮かぶが、この映画も
台北の基隆河と淡水河が交差する場所に位置する砂州杜子島を舞台に、この島のゴミ処理場に勤めながら島に建てたパラック小屋(といっても、なかなか広くて済みやすそうに整えられてはいるし、主人公阿亮はしょっちゅう屋根を直したり何か、手入れもしている)に住む28歳の阿亮が、水に浮かんで流れてくる身元不明の赤いドレスの女性を拾い上げるところから話がはじまる。阿亮は目的も生きがいもなく生きている男で、時に全裸で川辺をさまよい、穴を掘って鰻をつかまえたりするが、どうもこれは彼の夢の中での行動らしく、他の場面も含め彼の現実と仮想は区別がつかないような描き方をされている。したがって、彼が拾う女性も夢なのか現実なのか、阿亮にも観客にもわからない感じで、映画を見ながらずっと幻惑されているというか非現実感が漂うのは…この映画祭のキュレーター・リム・カーワイ氏によれば、「今までの台湾映画にはあまり類を見ないような映画だ」ということだったが、『うなぎ』(今村昌平)の例だけでなく、例えば数年前に見た『河豚』(2017李啓源)なんかとも同じような肌合いがあるし、蔡明亮映画などを思い出させるところもあり、リム・カーワイは「日活ロマンポルノ」を彷彿とさせると言い、言われてみればそうだよなという感じもあり、まあ、最近の台湾映画では珍しい?のかもしれないが、案外既視感のある映画ではあった。とにかく、自己実現性の低いというか流されつつ、情的に抗っている男女という感じでなかなかに監督というより作者の心情に分け入っていくような感じがある。日本でいえばそれこそ昭和風情念映画という感じ。今の時代の台湾にこういう映画が出てくるのは興味深いかも。監督は映画を学んだあと現代アートシーンで活躍してきた人とか。ヒロインを演じた柯泯薫は有名なシンガー・ソングライターだそう。夕19時半までの上映後監督とリム・カーワイのトークあり。台湾映画上映会2026の新作ということで(⑤⑥は昨年のアンコール作品)会場はこれも満席だった。(6月7日 台湾文化センター台湾映画上映会 渋谷ユーロライフ 127)

トークは左からリム・カーワイ氏、監督:朱駿謄氏、通訳氏


 ⑥タイペイ、アイラブユウ(愛情城事)
監督:張吉安黃綺琳(ノリス・ウォン)許承傑パオ・チョニン・ドルジ劉權慧殷振豪、ラシド・ハミ黃婕妤(レミー・ホアン)李心潔謝沛如
出演:李心潔 鄧麗欣 蔡振南 林鉅 鄭秀文 劉冠廷 婁峻碩 吳卓源 鄭中基 張震 張榕容 林嘉欣 朱軒洋9m88 伍佰 2023台湾 115分




こちらも「2025」の上映会での上映作だが未見だった。10人の監督がそれぞれに「愛」について描いた10本の愛(作品)のオムニバス映画。監督も出演者もそうそうたるメンバーで、「白蛇?と狼男」の現代マンションでの夫婦生活(サミー・チェン、劉冠廷)とか、祖父と孫の愛とか、香港から出張してきたサラリーマンと絡む(というかロトの買い方?を教える)変な男(張震が見たことのない演技…)とか、印象に残るエピソードもあるが、10本続けてみるのはやはり大変—みな作風とかも違うしな…。ま、眠くなることはなくそこそこ楽しんだという感じではある。(6月7日 台湾文化センター台湾映画上映会 渋谷ユーロライフ 126)

⑤余燼
監督・脚本:鍾孟宏  出演:張震 莫子儀 劉冠廷 ティファニー・シュー(許瑋甯)  金士傑 馬志翔 2024台湾 162分 ★




昨年5月「台湾文化センター台湾映画上映会2025」での初公開は日程の都合で見られず、今回同じ上映会の「2026」でようやく見る。チョン・モンホンが白色テロの時代に題材をとった社会派サスペンスということだが…。出だしモノクロで少年と母が検挙・銃殺された父の遺体を求めて歩く場面(少年が靴を落とす)はいかにもという感じで期待をかきたてるが…。事件は現代(2006年?らしい)の台北の市場での土曜白昼の通り魔的刺殺事件からはじまる。刑事チームがリーダーのチャン(張震)、部下のちょっと突っ走る蔡(他の刑事や、犯人役も含めスターの実名が意識されるような役名だが、この人名だけはフツー、だった劉冠廷)らが犯人探しの聞き込みをするが、港?方面で新たに水中から遺体が発見され、連続殺人事件の様相をおびてくる。もう一つ、アタマにどこともわからない場所(アメリカであるらしい)で老人が徘徊している道路をパトカーが来て保護する場面が描かれる。そしてこのあと、ひとり暮らしの父親が行方不明になったと警察に駆け込む女性(ティファニー・シュー)も。チャンが連絡先を教えたこの女性が、自宅に連絡してチャンの母親を助けたことから母はこの女性を気に入り、チャンと女性に付き合い(らしきもの)が生まれる。さて、一方地元の有名食品会社社長で篤志家でもあるモウ(莫子儀。きれいな顔にシミをつけたりして、やや高齢っぽくメークしているけれど…この事件の年代がちょっとわからない。1956年ごろに10歳くらいだったという設定なので2006年には60歳か…莫子儀の実年齢は40代まだ前半だと思うし、もともと若く見える人?という気もするし、最後まで少し違和感あり。ただし悪役ヒーロー?の映画だからしかたがないのか…)が老人を監禁して姿の見えないガラス越しに責めるという場面が繰り返され、これが徐々につながっていくという仕組み。複雑なのだが、台湾でも飛び切りのスターたちを並べて(その個性によって区別している感あり。何しろ人が多く錯綜して役名はあるのだがとても覚えきれないというか、最初は見分けつかず。映画の中で「王大鵬が…」「許士傑が…」とか語られるのだが、あれ?その人誰だっけ?という感じ)それぞれに細かいエピソードを付け加え(チャンと母の暮しとか、チャンと「彼女」の関係とか、課長にそっくりの犯人?似顔絵事件とか、また殺人については主犯自ら手を下さず実行犯がいてそれがまた中途半端なチンピラではなく、屋上から突き落とされ瀕死の重傷を負う蔡刑事、犯人と大乱闘のあげくに射殺して監察に問われるチャンとか…)なんか、主題がぼやけて、パズルっぽい迷宮ミステリーになっている感じで、「白色テロ」も社会・歴史の問題としてより、単なる事件発生のピースとしてしか機能していない感じがする。ネタバレするが、老人たちはかつての特務で、犯人の父らを拷問銃殺した張本人なのだか、犯人の復讐は彼らに向うというよりは、当日共に捕まり「裏切った仲間」に向うというのも、なんか話を複雑にわかりにくくしている。
謎解きの過程を幻惑されつつ見ていくという意味では162分飽きさせず引っ張るのはさすが、とも思うが、社会派ミステリーを見て深く考え込まされたというふうにはならないー犯人の行動が意外にシステマティックというか裏表ありすぎ?だし、謎解き、犯人への到達が後半近くに犯人は割れていてアクションドラマでまとめる、みたいになっているからかな?チョン・モンホンぽさは十分にありながら、それがイマイチ生かされていない映画という感じがした。無料上映でもあり、150人の会場はあっという間にチケット完売だった。(6月7日 台湾文化センター台湾映画上映会 渋谷ユーロライフ 125)


④ガールフレンズ(女孩不平凡)
監督:トレーシー・チョイ  出演:フィッシュ・リュウ ジェニファー・ユー ナタリー・スー エリザベス・タン(鄧濤) 2026香港・マカオ・台湾・タイ ★

監督の分身?と思われるマカオ出身の女性ヤン(欣)の、最初は2024年映画監督として1本撮影したところで2本目の企画を売込中だがなかなかうまくいかない30歳のヤン(フィッシュ・リュウ)と同居する恋人の愛し合っているけれど食い違う関係、2017年真ん中は台湾での大学卒業を控えて卒業制作やその後の自身の仕事を模索し苛立つヤン(鄧濤)と、やはり仲睦まじいが先のことについては食い違うその恋人、そしてその次は2010年マカオの優秀な高校生のヤン(ナタリー・スー)が、友人の姉との付き合いの中で、自身の自由について考え推薦できまっていたマカオ大学への進学をやめて台湾の大学にいくまでを、それぞれの時代ごとに、全然タイプの違う別の役者(カップル)が演じているので、その世界が一人の女性のものだと納得するまでに相当いら立ちの時間を過ごしてしまう。大学時代、香港での相手というのが同じ人物なのか、それとも違うのかは、見終わった今でもどうも確信持てず。そういうわけで映画世界への没入という意味では?だけれど、終わってみると、これは一人マカオのヤンの物語というよりは同じような状況にある女性たち(複数の)を描いたものかとも思われ、役者をかえた意図もそこにあるのだろうな…とようやく納得。で、彼女たちの悩みはと言えば、女性どうしの恋愛問題ではなく、あくまでもヤンの自己実現と、まったく違う個性を発揮する相手とのぶつかり合いをどうしていくのかというところに集約されているわけで、各年代の生き方模索を見ている感じは、ウーン、同性カップルである必然はなく、まあそのくらい当たり前のこととして同性の恋愛が存在する社会の変化を感じさせられた映画でもある。
アジアンクイア映画祭の1本としてこの日限定2回上映の1回目。会場は完売・満席で、隣に座った若い男女のカップルは今日は、2回目も見ると話していた(1回2000円の特別料金だが)。ちなみに私が見た1回目は日本初上映だが、2回目はトーク付・ポストカード配布つき。(6月6日渋谷ユーロライフ124)


③マーリーサン 幻術師
監督:スティーシュ・サンカル 出演:ヴァディヴェール ファハド・ファースィル
2025インド(タミル映画)150分



出所したコソ泥常習犯、小悪党のダヤー。早速に忍び込んだ家で鎖につながれた初老?の男に会う。男はアルツハイマーで記憶を失って徘徊するので出かける息子につながれているのだと言い、ダヤーに助けを求める。家には金目のものはないが、ATMから金(2万5千ルピー)を引き出して与えるというので、男の鎖を切って盗んだバイクの後ろに乗せてまずはATMへ。そこで男の口座に250万ルピーの残高があることを盗み見たダヤーは、男に付き合いながらその金を奪うことを考えて、男のいうがままに「友人の家」まで送っていく旅に出ることになる。というわけで前半は時に記憶が戻ってはっきりするかと思えば、ときにぼんやりと記憶を失った状態になる男に翻弄されながら、男から離れることができずなんとか彼の口座から金を奪うチャンスを狙うダヤーの攻防というか、さてどうなるのという感じで延々のロードムービーになるのだが、途中でこの地に起こっている連続殺人事件とそれを調査する女性リーダーを抱く警察のエピソードが挿入されていく。このエピソードの意味が最初はわかりにくいのだが、実はアルツハイマーの男ヴェランの驚くべき夫婦愛とその亡くなった妻(心理士として学校をまわりカウンセリングをしていた)が担当した少女性愛事件の秘密が絡み、はじめの方からは予想もしなかったようなトンデモビックリの真相がだんだんと現われ、最後はアクションシーンもしっかりあって(あ、途中ではお約束事の歌唱・ダンスシーンもある)、主役はヴェランに。彼とダヤーの友情物語へとなんとも目まぐるしい展開となる。ウーン、飽きさせはしないが、しかしなんとも長い。「男の映画」ではあるが、出てくる女性(みな中年)は職業も持つしっかり者という感じ、そして「幻惑師」というのがヴェランのことである、というような諸要素に見ている観客も言ってみれば幻惑されてしまうわけである。上映中の『インド大映画祭』の中の日本初上映という1本。(6月5日 新宿K’sシネマ 123)

②死の天使ヨーゼフ・メンゲレ
監督:キリル・セレブレンニコフ 出演:アウグスト・ディール マックス・ブレッドシュナイダー フレーデリケ・ベヒト ダナ・ヘルフルト 2025フランス・ドイツ 135分★

『インフル病みのペドロフ家』『チャイコフスキーの妻』➉『リモノフ』➇とセレブレンニコフの描くちょっと特異な伝記的世界は、今度は悪名高いナチスの医師ヨーゼフ・メンゲレの南米への逃亡の日々をその偽名のままの死までを描くという、暗くて重くて、アウグスト・ディールが扮する老いの姿になんというか驚嘆(本人の風貌が分らないほどにちゃんと老いている)の長い長い135分だった。1956年、偽名でドイツに一時帰国し死んだ弟の法事?に参加して相変わらずナチス思想のままの父と語り、兄弟にも帰ってこいと誘われ、さらに亡弟の妻と結婚することを勧められるという展開は、戦後のドイツのナチスに対する意識の状況を上っ面でしか知らなかったものにとっては、ちょっと驚くべき姿だが、ヨーゼフ自体は捕まることを恐れ決して戻ろうとはしない。映画は、アルゼンチンで暮らすその彼の元に最初の妻との間に生まれ、幼くして別れたままだった息子ロルフがやはり訪ねてきて「アウシュビッツでは何をしたのか」と迫る数日間、その間に父が息子に語ったと思われる戦後のいくつかの匿名での暮しが間に挟まり話が展開していく。映画は全編モノクロ撮影なのだが、アウシュビッツやその前の若い時代?の映像のみは穏やかに優しく明るいカラー、素人撮影の動画みたいな真四角の枠の中で撮られていて、彼が選別や人体実験を行い、大勢を殺した戦中が、彼にとっては明るい、懐かしい、あるいは生きがいを感じた時代であったことが示唆され、老いてモノクロの暗い生活の中でも、反省というよりはそこは懐かしむべき「正しい」時代であった、しかし罪人として身を隠しながら生きなくてはならない現在の孤独や老いのつらさがひしひしと彼を追いつめているというのが視覚的に大変よくわかる描き方で、なるほど…。ハンガリー人一家と共同でもちろん偽名で農場を経営していた時代の追われながらの一家との壮絶な仲たがいから、晩年、スペイン系?の家政婦に看取られ、先住民や黒人なども集まる彼女の妹の結婚パーティーに招かれて、それでも彼のアーリア人至上主義は揺らがず…というあたりの死に至る描写は身につまされる感じ?セレブレンニコフ映画としてはとってもわかりやすい描き方がされていると思った。下高井戸シネマ会員更新招待券で鑑賞。(6月5日 下高井戸シネマ 122)


①箱の中の羊
監督・脚本:是枝裕和 出演:綾瀬はるか 大悟(千鳥) 桒木里夢 柊木陽太 清野菜名 余貴美子 寛一郎 田中泯 2026日本 125分

2年前に息子を亡くした夫婦(妻は建築デザイナー、夫は工務店店主で、まあ建築つながりの夫婦なんだろうとは察せられる)が亡くした子ども翔(かける)にそっくりのヒューマロイドを手に入れるという話。妻は失った息子が戻ってきたことを喜ぶが、夫は違和感を隠せず「パパではない、おじさんとよべ」とその子どもに命じるーこれが後半子供連れの夫が警察に不審者扱いされたときにもめる、伏線になっている、というわけで、細かい夫婦の言動がAIに学習されて、夫婦の側がヒューマロイドに喚起される形で「親であること」を見直し問い直していくというのは、是枝作品『そして父になる』や
怪物』⑤などを引きつぐテーマでもあるようだが…。面白いのはこのヒューマロイドの少年が、食事はできない(かわりに充電が必要)、水に濡れてはだめなので入浴はできない(汚れたら拭くのかしらん)、GPS機能で、親から30m離れると停止するというようないかにも「ロボット」で、感情も学習によって学んで入るが自身のものではもちろんない、という描き方がされている。壊れて「ロボット」として修理される自分を冷静(というか感情なく)見ている場面もある。したがって物静かだがきわめて理性的で親子関係においてはドライであるーこのあたりはスピルバーグ作品の『A.I.』(2001米)などとは大違いで、かの作品のような「愛を求めてしまう」ロボットの悲哀のようなものを期待すると全く裏切られる(あ、でもこちらは愛ではなく「自由」を求めると見れば根は案外同じ?)。で、しかも世の中には親に捨てられたヒューマロイドや虐待から逃げ出したヒューマロイドというのがたくさんいて、その元締めのようなティーン・エイジャーの青年(これを演じているのはちょっとおとなになった『怪物』の主役の1人、ちよっとクイアな少年を演じた柊木陽太であるのも、なるほど!?)が彼らを束ねて、廃校となった校舎を隠れ家で暮らしているという、なんかトンデモファンタジックな設定が突然割り込むごとく現れる。そこには親元から離れた人間の子もいるし、また別の場面では汚れにまみれて河原で倒れるヒューマロイドなんていうのも出てくるのだが、これほどのことが社会問題にならないわけもなく、そのあたりにふれないのは親の側の描き方としてもなんとも中途半端な気がする。ヒューマロイド翔が積み木や木片に執着し、そこを教えるような工務店の人々が描かれ、「親」夫婦も彼の「樹」を選んで庭に植えるなど。ヒューマロイドの青年のリードで、最後は翔の親夫婦や、無理解だった妻の母までが協力して(この辺は『怪物』を踏襲しながら、『怪物』とは親子関係の描かれ方がまったく違い、ウーンこれは子どもがロボットだからか、あるいは「是枝映画」の親子関係の捉え方の「進化」とみるべきか…。いずれにせよ最後人間がバックアップするヒューマロイドの少年少女は森の巨木を目指して、そこにユートピア的解放区を築く?…人間の子もいるが食べ物なんかどうするの?…それにさらの妻がデザインする住宅街の中の丘の家とか、『星の王子様』の話とかがいろいろ絡み、さりげなく妻の妹の二人のこのうち一人は養子であることが示されるとか、もう、なぜそれが必要なのか、リアリティの面ではどうなのと問われるようなエピソードもたくさん放り込まれて、しかも淡々と激しくは動かない画面やチェロの伴奏曲などで流されていくのが…ウーン…大変に『是枝的』というべきか、あるいは「是枝もヤキが回った?」とみるべきか、是枝ファンとして大いに悩ましい感じがする作品ではある。(6月3日 府中TOHOシネマズ 121)

















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