スマホ写真で綴るエベレスト街道パノラマビュー・トレッキング2024/11・15~26
春に歩いたアンナプルナ・ダウラギリのシャクナゲ街道に魅せられ、秋には今度は東側の、エベレスト街道入り口ではありますが、60キロ余7日間、4000m峰も2座という、春に比べてちょっとだけハードなトレッキングに挑戦しました。
今回も西遊旅行のツアーで、参加者13人(女性5人男性8人・概ね60~70代ですが、ただ一人26歳の女性Oさんが、皆さんのマスコット的存在に)、添乗員は春にもお世話になったKAさん(まったくの偶然。添乗員問題では最近ちょっとつらい思いもして心配していたので、これはうれしいことでした)。それに現地のサーダ―+シェルパ4人(途中で他ツアーに引き抜かれ?後半は3人)+コック・アシスタントコック、ポーターは今回はゾッキョ(牛とヤクとの子供)で、ゾッキョ使いが1人という陣容でした。
シェルパの一人プルナさんは春にもお世話になった方で、カトマンズ在住のこの方たちが、ヒマラヤ全域にわたってガイドや案内をしているようです。
エベレスト・ビューポイントで |
歩いたのはこんなルート
(地図は西遊旅行のサイトより拝借しました。黄線が歩いたところです。ヤマップ全日行程は同行のMMさんに)
11月16日 カトマンズ→(専用バス8時間)→ラメチャップ→(飛行機)→ルクラ
ルクラ(2827m)➡バクディン(2652m) 7.9㎞ 5h6m ↗357m ↘566m
11月17日 バクディン➡ナムチェバザール(3450m) 10.2㎞ 8h27m ↗1324m
↘490m
11月18日 ナムチェバザール➡シャンボチェの丘(3800m)➡クムジュン(3790m)
⇔クンデピーク(4239m) 8.7㎞ 8h38m ↗1710m ↘1369m
11月19日 クムジュン➡プンキテンガ(3190m)➡タンボチェ(3867m)
7.2㎞ 5h52m ↗680m ↘582m
11月20日 タンボチェ⇔タンボチェ・リ(4198m) 2.3㎞ 3h02m ↗348m ↘341m
タンボチェ➡キャンジュマ(3450m) 6.2㎞ 4h29m ↗1402m ↗1654m
11月21日 キャンジュマ➡ナムチェバザール➡モンジョ(2835m) 9.5㎞ 7h47m
↗277m ↘1032m
11月22日 モンジョ➡ルクラ 13.0㎞ 7h23m ↗761m ↘708m
合計 62.7㎞ ↗6859m ↘6747m
(私は1日ごとにヤマップで歩行を記録。MMさんの記録とは少しズレがありますが、これって「ヤマップの常」だと思います)
見たのはこんな山々 (上はナムチェから、下はエベレスト・ビュー・ポイントから)
さて、いよいよ旅日記です!
【11月14日】自宅~成田
旅の開始は15日だが、今回は朝7時集合ということで、自宅からは始発の電車で行っても、何かあったらアウトという時間。そこで前日午後家を出て、成田東横イン本館HTに泊まることにした。午後3時過ぎの京王線・新宿線 馬喰横山経由浅草線東日本橋直通の京急線で成田へ。ホテルの無料送迎バスを使って投宿。ここまでですでに少し疲れてしまう。
【11月15日】成田~仁川~カトマンズ(~ラメチャップに向けて出発)
早朝6時10分発の無料バスに乗り込み成田第1ターミナルへ。7時集合。9時15分発のはずが遅れて55分発となった大韓航空KE706便でソウル・仁川へ。座席は前方に取り直しーすぐに下りられるように?ーとなる。成田は結構満員で、朝食はスタバでコーヒーと軽くサンド(機内食を頼りに)。仁川着後、待ち時間が5分しかないというので仁川空港内を駆け足に近い早歩きでカトマンズ行きの搭乗口へ。ここで関空からの参加者と合流し、ソウル発KE695便に乗る。2時半離陸、約8時間の旅が始まる。
成田発飛行機に搭乗。まずは仁川まで…
機内映画は『ボストン1947』(2023韓国 カン・ジェギ監督)『金手指』(2023香港・中国 フェリックス・チョン監督 1月『ゴールドフィンガー 巨大金融詐欺事件』の名で日本公開予定)『母とわたしの3日間』(2023韓国 ユク・サンヒョ監督 キム・へスク、シン・ミナ)
大韓航空機の機内映画は大変選びやすく、字幕もきちんとした日本語がついていてなかなか快適。もっともトニー・レオンが悪役、アンディ・ラウが取締官という配役の「経済」映画『金手指』についてはウーン、なんか全然理解できず半分寝ていたような気も。その点韓国映画はこういう場面でも吸引力を発揮する。『ボストン1947』と『母と私の三日間』はすでに日本でも公開されているが見損なっていた。キム・ヘスクがここではいかにものお母さんぶり。
座席は通路側でトイレも近くよかったが、それゆえか、隣席はどちらも赤ちゃん連れの親子。泣いたり、あやしたりでちょっと大変なお母さん・お父さん。客室乗務員が気を使ったか、2度にわたり耳栓を持ってきてくれる。自身も歩んだ道なのでそう気にもならないが、一応いただいた耳栓、最終日近くカトマンズの宿で大いに役立つこととなる。
現地時間17時45分(日本時間では概ね21時)カトマンズに到着。
ガイドのスレンドラ・ダンゴールさん(ネパール西遊)が出迎えてくださり、例によってカタ(白いスカーフ)をかけていただく。
空港で換金10000円→8400ネパール・ルピー
SIMカードも買おうとしたが、入れ替えはしてくれず、写真が必要など手続きも面倒くさそうなので、今回はいいことにする。20ギガで600ルビーだった。空港の外の店ならば入れ替えや動作確認もしてくれるらしいが、今回は時間なかったのであきらめた。
それにしてもWi-Fiにつなぐのはフリーでなければ500ルビー、充電も500ルビ―というところが多く、春に比べてもずいぶん割高。円が弱くなったのか、あるいはエヴェレスト方面の物価高なのか…。また、後述のとおり通信環境も必ずしもよくない。
20時前 エべレスト・ホテル到着
このホテルは近代的な大ホテル、部屋の仕様も一見豪華。普通ならここで「お休み」。長い1日が終わるはずなのだけれど、今回は22時出発の専用バスでラメチャップまで行く。
夕飯は日本からスーツケースに入れていった「カップハヤシライス」「スープ」。着替えだけして、荷物を配られたダッフルバックに詰め替えて山支度を済ませて、再出発。
カトマンズ到着・入国申請/ホテルに…。立派なホテルだが直ちに荷物を詰め替えて出発
【11月16日】カトマンズ~ラメチャップ~ルクラ
カトマンズ(22時)~ラメチャップ(5時すぎ)約7時間ガタガタの山道?を揺られ、半分寝ながらではあるけれど、小型バスの旅はなかなかの難行。
朝食はホテルの弁当で、ラメチャップ到着後、空港傍のロッジ?・カフェ?・待合所?でいただく。暗い山道は写真も撮れず、ほぼ明日に備えての眠れぬ仮眠であった。
6時半過ぎ、ようやく荷物の計量がはじまる。ダッフルバックは15kg以内、ザックは1kg以内でやたらと厳しいー小型機なのでーもっともどうも一行トータルの荷物の総重量から割り出してある数字ではあるらしいのだが…。セキュリティ・チェックもしっかり。さらに待ちに待って9時40分ようやく搭乗開始。
↓計量/計量後も待つ…/ようやく搭乗待合室に。ここでまた待つ…
↓ラムチャップの飛行場/ヘリコプターに乗り込むのはチベット僧のお二人
左側の窓から山がよく見えるというので、真っ先に乗って最前列左に陣取る。滞空20分あまりで10時6分にはルクラ空港に到着した。
↓久しぶりの小型機にちょっと緊張/飛んだ!
絶景のエベレスト方面そして、あっという間に飛行機はルクラ空港に下りた!
空港前のロッジ Aktivferien Nepalで、支度とお茶。
↓ロッジには切り立った山が迫り、さすが!と印象的/Aktiveferien Nepal(「アクティブな休日」ネパール(さすが、ルクラ、しゃれたロッジ名)/このロッジには帰りにまたお世話になった。
↓荷造りをするスタッフ/ロッジ内でティータイム11時バクディンに向かってトレッキング開始
街中のタルクやストゥーバを見ながら町の入り口(出口?)へ。すでにコンデリ、ノンブルの山影も顔をみせる。
門前で、さあ、出発の記念撮影
©KOMURA |
11時25分 入山申請
↓入山申請窓口/交付された入山カード(名刺大)/ここからはコンデリ(Gongglla5806m?)が立派な姿をみせる。
この後、山の名前は基本的にガイド(シェルパ)の方たちに聞いた現地名、それをKAさんが日本名(というか一般的な名称)に直してくれたものなどをそのまま載せている。帰ってから現地の地図(英名?というかローマ字表記)で確認してみたが見つからないものも多くて???ピークファインダーを使ったものもあるが、いずれにしても正確なところはわからないものもあるというのが本当のところ。
お茶・洗面器・一休み後の夕食
行きにお世話になったエべレスト・トレッカーズロッジ前で小休止/黄色い花は?アキノキリンソウ?なわけないか…?セイタカアワダチソウ?
エベレスト周遊最後の夜ーロッジ・ライフ
↓ゾッキョも荷運び/こちらはノンブル(6957mシェルパに聞いた=ホントはヌーンブル)
並ぶノンブル、コンデ・リ(小ピーク ヌプラ)/そしていよいよ山道に…
私たち客の食事の世話をしたあとスタッフが食事、その後の出発ということで13時半くらいから歩きだす。穏やかな陽気の中ゆったりと快適な初日トレッキング。あちこちに宗教的なモニュメント?が目立つ。きれいな紫色の皇帝ダリアもよく見た。
↓道端を通る太い水道管
つり橋も何回か渡る。最初は怖かったがだんだん慣れた(橋によって揺れに差がある)。
間もなくついた街の入り口には水力で回るマニ車の迫力。宿泊はさらに石段を上がり上がり一番上?街に入るまでに疲れてしまった
並ぶノンブル、コンデ・リ(小ピーク ヌプラ)/そしていよいよ山道に…
庭に花の咲き乱れるきれいなロッジ。昼はコックさんのスープと、プレート。野菜もたくさんのサンドイッチが美味しい。
↓店内/飲み物などもそろっている/入り口わきを上がって登って行ったところに原始的!なバイオトイレ!?(下に草藁を入れて堆肥化。きれいとは言えないが匂いはほとんどない)私たち客の食事の世話をしたあとスタッフが食事、その後の出発ということで13時半くらいから歩きだす。穏やかな陽気の中ゆったりと快適な初日トレッキング。あちこちに宗教的なモニュメント?が目立つ。きれいな紫色の皇帝ダリアもよく見た。
↓道端を通る太い水道管
つり橋も何回か渡る。最初は怖かったがだんだん慣れた(橋によって揺れに差がある)。
16時すぎ パクディン・カラパタールロッジに到着
穏やかな陽気の中、のどかに歩いて16時すぎ、最初の宿泊地バクディンへ。軽い足慣らしという感じの初日を終え、今夜の宿カラパタールロッジに到着。
到着後はまずスタッフからお茶が供され、KAさんくじ引きにより部屋割。部屋に入ると洗面器のお湯をスタッフが配ってくれる。これはこの旅の毎日のパターンで、春のアンナプルナでも同じだった。トレッキングは「貴族」の遊びなのかなと思わされる一瞬。楽なのだがなかなか慣れない。
このロッジはWi-Fi接続は無料(当然つながりは悪い)だか、充電代は200ルビー。
18時〜の夕食は珍しくネパール食「ダルバート」歓迎夕食?美味しくいただく。
バクディンは2680mで、高山病予防にダイアモックスと吐気止めを飲んではいるが、特に不調はなくてうれしい。
珍しくシングル部屋があたり、部屋いっぱいのベッドに掛け布団は1枚。寝袋を使って休む。
隣りがトイレなのもありがたかった。
ベッドルーム窓からの山景 |
【11月17日】バクディン~ナムチェザール
↓崖に下がるハチの巣。ワイルド・ハネーは名物(後ろにお土産の写真あり)
↓KAさん、途上知り合いに遭遇。さすが、エベレストもわが町というところ。
タムセルク(6623m) |
10時半 ブッダカフェでお茶
花の咲き乱れる美しい庭。昨日ダメだったWi-Fi、近くで「フリーWi-Fi」の札を見たので、ここで一応聞いて見たら、無料で接続してくれた。ありがとう!早速メールチェック。
カナダ人、イギリス人、ドイツ人などの混成若者ツアーの面々が入ってきて、少しお喋り。
つり橋を渡り、再び歩き始めた目の前にはクンビラ(5761m)の姿どっしり。地元の人も登ることはできない聖なる山なのだそうだ。あとで調べたら「クンビラ」は「金毘羅」だとか。
11時過ぎシェルパカフェで昼食。ホットレモンから始まり、パスタなどを盛り合わせたプレートで食べやすい。
昼食(フルコース!)食後は川に沿って、ときにつり橋を渡りながらだんだんと高度を上げていく。
クンビラ(5761m) |
向こうの岩山にヤクの群れ |
14時前、川から離れナムチェザールへと一気に600m登る急登(ナムチェ坂)に。
その直前の小休止。これから右の階段を上り急登へ。 |
全体のペースはゆっくりめではあるのだが、ガイドの直後(ツアーのトップ)を歩く2本ストックを持った男性陣数名の元気なこと、ストックを振り上げ振り回し、時には横持ちにし、後ろは怖くて歩けない感じ(あまりツアー慣れしていない方たちなのかも)ペースもそのために少し早め早めになっていくのがつらく、この分岐から思い切ってトップ(ガイドの直後)に行かせてもらうことにした。
ところが…おとなしく後ろについてきてくれたのはほんのちょっとの間で、後ろからぶつかってザックを押し上げられたり、ある方はトップの私の横にストックをついて並んであおる…おいおい!それをさけるため?かどうか、ガイドも少し先に行っては立ち止まってトップを待つという歩き方になってきた。ウーン、この旅程中最も歩き方が難しかったところ。やむなくそれとなく後ろに下がり、結局前と同じく後ろの方から、なるべく両ストックの方の後ろをさけてついていくことに。これは結局最後までの私のほぼ定位置となった。
15時エヴェレスト・ビューの表示のある2935mのLarchaDovan(峠?)トイレ休憩
ビューポイントはこの木の向こうらしいが、残念ながら雲と木で隠れている |
16時ようやくナムチェバザールが見えてくる。
間もなくついた街の入り口には水力で回るマニ車の迫力。宿泊はさらに石段を上がり上がり一番上?街に入るまでに疲れてしまった
16時半 ロッジ(名前失念・記録も撮っていなかった⤵)に到着
↓2つ並んだストゥーバの傍にあるのがこのロッジ(名前の由来も…ストゥーバ=卒塔婆ね)
2時前 タンボチェ トレッカーズロッジに到着
建物の色の鮮やかさに目を奪われる。/負けない黄色いウエアはKAさん
18時半 夕食
この日の夕飯はカレーだったのだが、なんとお味が日本風家庭の味(ハウスカレーとかね)で、コックさんの「勉強ぶり」に驚く。一緒に出たインゲン?風豆は現地のものだと思われるが野趣ありなかなかおいしかった。オクラも…。ついでにお気づきであろうか??コックさん、テーブルクロスも自前で背負ってきていて毎回それがテーブルにかけられる。
ロッジの部屋も落ち着いてきれいで居心地がいい。部屋での充電も可能。Wi-Fiはフリーで、今までできなかった通信をまとめてした。
鶏の遊ぶ山道
ゾッキョとともに歩き…
つり橋もわたり…
12時すぎ、プンテキンガ(19日にも寄った)で昼食(今日はパスタ!)
さらに下って、下って…、やがてキャンジュマが見えてくる。
ロッジ共有ルームはいかにもネパール風というかチベット風?つくり。ダライ・ラマの大きな肖像も。この部屋ではそれぞれ500ルビーで充電もWi-FiもOK。さすがにお金を払っているゆえに?Wi-Fiも良くつながる。夕飯はモモ(ネパール風餃子)それにコロッケも。
寝室↓ 今回はわりと「端の部屋」が当たることが多く、ここも。大抵の端の部屋は窓が二つあって明るいが寒い…という感じだったがここは窓一つ。でも珍しく部屋内に鏡はある。コンセントはなくて充電やWi-Fiはここではできない。2つずつの部屋が向かい合っていてトイレはこの二部屋のみで共用。なんかいいような悪いような…。洗面台はないが庭に大きなタンクがおいてあって水が出るようになっている(ただし朝はガチガチに凍っていた!)/ホテル部屋前の庭から(左端に水のタンク=凍っている)山は中央とんがった三角がタルチェ(仏教の旗の名と一緒)。
このあたりから見下ろすナムチェ・バザールの街
12時すぎ モンジョへの下山開始
お茶、洗面器のあと一休みして夕食はいつも通り。夕刻のタムセルク(6623m)とナムチェバザールが美しい。部屋も2ベッド、コンセント付きで落ち着いていい部屋。
この日は夕飯はヤクのステーキ。しかし…、疲れのせいかこの日の夕方吐き気、ヤクのステーキは2かけほど何とか飲み込むというありさま。今まで半錠だけ飲んでいたダイアモックスを1錠にし、別棟の宿泊室に早々に引き上げて休む。
↓残念ながら二口くらいしか食べられなかったヤク・ステーキ/スープは美味しく飲んだ
10時頃トイレに出た時には吐き気はおさまりだいぶ楽になっていた。若いOさん一人夜の散歩。さらに5時ごろ起きだして外に出てみると添乗員KAさん歯磨き。目の前にはタムセルクの暗い山影が何とも美しく空に浮かび上がる。写真を撮ってみたがとてもとても…。
KAさんのIフォン写真はなかなか美しく、是非共有してくださいね、と頼んだのが次の写真。
ちょっとひどい吐気はこの一晩だけで、あとは軽い吐気がときになくはなかったが食事もまあ普通に食べられ、元気に歩きとおすことができた。
【11月18日】ナムチェバザール〜シャンポチェの丘〜クムジュン クンデピーク登頂
いよいよ山の姿を求めてヒマラヤビュートレッキング。7時半ロッジ出発。街中から、まずはけっこうな急坂を上って四方の山ーコンデリ?ーの良く見える丘の上若干の上り下りをしたものの、この日はほぼずっと好天恵まれて「エベレスト・ビュー・ポイント」とされる場所をつなで歩いていく。シャンボチェの丘を経て9時半にはローツェ・エベレストが並ぶビュー・ポイントへ。
とうとうエベレトと、隣り合うローツェを見る
エベレスト(8848m)と手前のローツェ(8516m) |
10時、ホテルエベレストビューでお茶(マサラティー、チップも込みで一人350ルビー)
ホテル・エべレストビューから |
ちょっとふざけてポーズ! |
その後も周りの山の美しい景色を歩き、11時過ぎクムジュンの村に入る。
↓クムジュン村全景/石垣で囲まれた牧草畑
12時ストゥーバロッジに到着。昼食。
↓この日の昼食はなんとうどん!にかき揚げ
13時半 ロッジ前からクンデ・ピーク(4239?m)に向けて出発
助手さんご機嫌)
後は夕飯を食べて寝るだけ。寒いし―本当に急に寒くなったー充実して疲れた1日でした。
と思ったら、この夜上流のターメの発電所がダウンしたとかで停電。Wi-Fiは使えるはず、だったのが停電でこれもダメ。スマホなどの充電もダメで、持って行ったモバイルバッテリーでなんとか充電。その後夜もう寝ていた9時半、突然電気がついて、それからモバイルバッテリーに充電(ここは部屋でもできるコンセントがある)したり、なんか慌ただしく…。
1Fの部屋の窓の下には大きな犬が一晩中寝ていた。寒くないかなあ…とちょっと心配。
【11月19日】クムジュンからプンキテンガを経てタンボチェに
凍てつく寒い朝8時、ロッジを出発。村内から今日はまず一路プンテキンガに600mほどの下り道。
気持ちのいい下り道/文字の描かれた岩山/ヤクの群れも…
下って下って、このあたりから道はほこほこの茶色い砂塵という感じになっていく…10時過ぎ プンテキンガ到着
↓ロッジに入り、休憩/厨房ではコックさんたちが昼食用意
そして昼食はなんと!ラーメン(もちろんプレートもいつもながら美しく)
3時~ タンボチェ・ゴンパ(仏教僧院)見学
入場券300ルビー |
本来はこの僧院前、エベレスト・ローツェ・ヌプツェなどが望める絶景ポイントなのであるが、この日のどんより曇り空はなかなか晴れてくれず、山の景色はこんな感じ(ローツェだけかすかに)…明朝に期待というところだ。↓ストゥーバの立ち並ぶ村の全景?も…
16時半 加藤保男記念碑を見に行く
16時半 加藤保男記念碑を見に行く
宿をゴンパとは反対の方向に5分、少し小高い丘になったところに登山家加藤保男の「エベレスト春秋厳冬期登頂記念」碑(1991年建立。加藤自身は1982年3度目の冬期登頂後にエベレストで遭難死している)があるというので見にいった。加藤の他にも日本人を含む諸国の遭難者の碑がこの一角に並んで建っている。工事中らしく加藤の碑の前には資材?がつまれて立っていて、全貌を正面から見ることができず。工事人の二人が土運びをしている。ご苦労様…。
↓碑のある丘に続く石畳の道/加藤保男氏の碑/そのほかの碑
前方に見える建物が、泊ったロッジ
↓碑のある丘に続く石畳の道/加藤保男氏の碑/そのほかの碑
前方に見える建物が、泊ったロッジ
18時半 夕食
この日の夕飯はカレーだったのだが、なんとお味が日本風家庭の味(ハウスカレーとかね)で、コックさんの「勉強ぶり」に驚く。一緒に出たインゲン?風豆は現地のものだと思われるが野趣ありなかなかおいしかった。オクラも…。ついでにお気づきであろうか??コックさん、テーブルクロスも自前で背負ってきていて毎回それがテーブルにかけられる。
【11月20日】タンボチェ・リ(4198m)登頂
7時ロッジ出発 昨日あまりよく見られなかったゴンパ前広場からのエベレスト・ローツェの前で
ロッジの前からもよく見える山々 コンデ・リ(リはピークの意)も |
いよいよ村から山道へ
けっこうな急坂登りで、クンデピークより標高は低いが山の難しさとしてはなかなか!
天気もよくあたりの山々きわめてよく見える…/頂上直下から見上げる/ついた!↓コンデ・リ(6187m) /ピーク頂上で/KAさん空飛ぶポーズ!
パノラマで1枚
道々冬枯れた花や、葉も落ちぢまったシャクナゲの群落とか何とも寒々しい。
10時すぎ、ようやく下ってきたが道はまだ凍てついている/ お疲れ様!
休憩後、11時~ ゾッキョに荷物を積み込み、いよいよキャンジュマに向かう。トレッキングも後半下り道へと…19日に登った道を下りていくことになる。
パノラマで1枚
頂上で記念撮影 ©KOMURA |
10時すぎ、ようやく下ってきたが道はまだ凍てついている/ お疲れ様!
休憩後、11時~ ゾッキョに荷物を積み込み、いよいよキャンジュマに向かう。トレッキングも後半下り道へと…19日に登った道を下りていくことになる。
ゾッキョとともに歩き…
つり橋もわたり…
12時すぎ、プンテキンガ(19日にも寄った)で昼食(今日はパスタ!)
さらに下って、下って…、やがてキャンジュマが見えてくる。
キャンジュマはお土産物屋さんなどもあるちょっとした街
15時 到着! ドリーム・ガーデンロッジ
タルチェ(真ん中とんがっている) |
【11月21日】キンジュマ~ナムチェ・バザールを経てモンジョまで
今日歩くのは『世界一美しいトラバース・ルート』だそうだが、ただちょっと残念なのはエベレスト・ビューが背後であることか。
9時前 エベレスト・ミュージアムへ
ナムチェの高台にあるこの博物館は、エベレスト登山史博物館とシェルパ文化ミュージアムの2つの建物に分かれている。前者はエベレスト登山に貢献したシェルパたち(ほとんどが「○○シェルパ」という名前の人々。この部族が部族の名を名乗りつついかに登山に貢献しているかがわかる)や登山家たちの写真が並び業績が讃えられている。昔の登山道具、1mも長さがあるスノー・シューとか、あるシェルパのはいていた靴(でかい!40㎝くらいはありそう)とか、なかなか興味深かった。後者には、家具や什器がおかれて、昔の民家を復元したようなものだった。中は残念ながらどちらも撮影禁止。
博物館の外廊にはここを住みかとしているらしいネコの親子。そしてミュージアムショップをしきり、買ったポスター(1800ルビー)を厳重に包装してくれたオバサン。
11時、少し歩いて、街のてっぺん?近いマウンテン・ビューロッジへ。昼食に。
食事後は、自由行動ーといってもそれぞれに街を下りながら、お土産をみたり、両替をしたりしながら30分後くらいに集合ということなのだが…。今回は買うつもりもなかったのだが、ついつい雰囲気にのまれたか…エヴェレスト街道をプリントしたバンダナ(1枚200ルビー、6枚買って1000に負けてもらう)、毛糸帽(600が350にディスカウントしていたのでついつい…)それに最後に飛び込んだ店でTシャツ1枚(800ルビー。見かけはよかったがあとから見たらコットン100%だったので山には着ていけなそう)と結構散財してしまった。
↓わりとすっきりした都会的雰囲気もある街だ/行きに見た水マニ車の広場に集合する。
12時すぎ モンジョへの下山開始
土埃の道をひたすら下る。LarchaDovanで小休止も同じ(KAさんの立ち姿も同じ)
15時すぎ モンジョ シェルパロッジに到着
お茶・洗面器・一休み後の夕食
本日夕食はスペインオムレツ風ピザ。野菜の付け合わせが美味しくてうれしい。
部屋はまたまた端の角部屋、枕頭台ふうの棚がついていてすこぶる使いやすい。端の窓2つ部屋は寒く、布団でなく毛布だけだったので久しぶりにシュラフを使って快適安眠。この部屋屑入れつき!感激!
【11月22日】いよいよトレッキング最終日 モンジョからルクラへ
【11月22日】いよいよトレッキング最終日 モンジョからルクラへ
7時半 ロッジ出発。モンジョ(2835m)からルクラ(2827m)はほとんど平行移動のようではあるが、実際にはそこそこに上り下りもある山道といってよい。
出発前、ロッジの犬ともすっかり仲良くなったMMさん…
早速つり橋から…
このあたり、ほとんどは覚えのある往路ルートである。
行きにWi-Fiを繋いだブッダカフェ(帰りはトイレを借りた人がいただけ)/「Tok Tok」は地図でみた地名だ!
10時過ぎカラタパール・ロッジでティー・タイム
12時前、タドコシ・シェルパズ・ビューポイントロッジ・レストランで昼食
行きにも通った水道管を通り過ぎ、タルチェの村、皇帝ダリア…
出発前、ロッジの犬ともすっかり仲良くなったMMさん…
早速つり橋から…
このあたり、ほとんどは覚えのある往路ルートである。
行きにWi-Fiを繋いだブッダカフェ(帰りはトイレを借りた人がいただけ)/「Tok Tok」は地図でみた地名だ!
10時過ぎカラタパール・ロッジでティー・タイム
12時前、タドコシ・シェルパズ・ビューポイントロッジ・レストランで昼食
行きにも通った水道管を通り過ぎ、タルチェの村、皇帝ダリア…
2時半近く、ルクラの街に戻ってくる。街は消防演習の真っ最中。道にホースが走り、男女の消防団員?が入り乱れる。
赤いセーターの制服がオシャレな小学生たちも下校中。/さすが街、商店街を覆うタルチョ/日本人経営の店もあり日本語の看板が出ている。
ルクラの飛行場。坂を下る何だか怖ーい滑走路/15時[「アクティヴな休日」ロッジに到着
エベレスト周遊最後の夜ーロッジ・ライフ
スープ・焼肉、付け合わせの野菜も美しいプレートに、なんと本格的サバラン風ケーキがすごく美味しかった!
ケーキカットは「いいふうふ」の日ということで、ご一緒に参加されたTさんご夫妻が。
そしてあとは賑わう宴席?お酒もちょっとで、私はロキシーとビールも一口。なんとかひどい山酔いになることもなく元気に歩きづづけることができたのに感謝して!
ケーキカットは「いいふうふ」の日ということで、ご一緒に参加されたTさんご夫妻が。
そしてあとは賑わう宴席?お酒もちょっとで、私はロキシーとビールも一口。なんとかひどい山酔いになることもなく元気に歩きづづけることができたのに感謝して!
【11月23日】ルクラ~ラメチャップ~カトマンズ
本来ならこの朝7時ルクラ発の飛行機に乗り、8時にはラメチャップに着いて、専用バスに乗り換え午後にはカトマンズに戻るはずだった。ところが朝から雨!飛行機は飛ぶ見込みがつかないということで、ロッジで待機を余儀なくされることになる。併設のカフェにお茶を飲みに行ったり、皆でシンギング・ボールを鳴らして遊んだり、いつ飛ぶかわからない飛行機を待ちつつもけっこう楽しんだ時間…。
本来ならこの朝7時ルクラ発の飛行機に乗り、8時にはラメチャップに着いて、専用バスに乗り換え午後にはカトマンズに戻るはずだった。ところが朝から雨!飛行機は飛ぶ見込みがつかないということで、ロッジで待機を余儀なくされることになる。併設のカフェにお茶を飲みに行ったり、皆でシンギング・ボールを鳴らして遊んだり、いつ飛ぶかわからない飛行機を待ちつつもけっこう楽しんだ時間…。
一時は、飛ぶ見込みのない飛行機を断念して、ヘリコプターをチャーターしてカトマンズに直行するかという案も出て、一応予約までした。ヘリは1台3600ドル?を3台チャーターとかで、一人当たり705ドルの追加料金とのこと、ウーンとはいえ、これもま、話のタネじゃンということで納得したのだけれど、10時近くなって、飛行機が飛ぶ!ということになり、11時なんとか離陸、ラメチャップに戻ることができた。それにしても待っている時間のなんとも寒かったこと!
帰りの飛行機は揺れて?なんかちょっと飛行機酔いのような感じになってしまった。このツアーにはオプションでエベレスト遊覧飛行というのがついていたが、今回申し込まなかった。でもこの飛行で十分堪能したよ、というのが私のマケオシミ(笑)
なんとか無事にラメチャップに到着:ここはすでに常夏?的暑さだった!
なんとか無事にラメチャップに到着:ここはすでに常夏?的暑さだった!
13時半 途中のレストランー門前にブーゲンビリアーで昼食
一般的なネパールのチキン・ダルバートだがとっても美味しい!ごはんもチキンも野菜もおかわりしてしまったほど! ↓注文をするKAさんとサーダ―・ミンさん
この後、暗くなる夕刻までのカトマンズへの旅は、行きの夜と違い昼間の旅で、外の景色がよく見えた。その道はこの夏の大雨災害であちこち崩れ、そこを通る工事中の臨時道路。周囲の山肌は土石流の痕があちこちに幾筋も、そして土台だけ流れに持っていかれた家とか、根こそぎ倒れた木とか、畑が流されて川原になってしまっているとか、本当にもう、自然災害のすさまじさを感じさせるものだった。そこに住む人々の苦労もまざまざと感じさせられ、ことばもなくカトマンズまで戻ってきたという感じ。
一般的なネパールのチキン・ダルバートだがとっても美味しい!ごはんもチキンも野菜もおかわりしてしまったほど! ↓注文をするKAさんとサーダ―・ミンさん
この後、暗くなる夕刻までのカトマンズへの旅は、行きの夜と違い昼間の旅で、外の景色がよく見えた。その道はこの夏の大雨災害であちこち崩れ、そこを通る工事中の臨時道路。周囲の山肌は土石流の痕があちこちに幾筋も、そして土台だけ流れに持っていかれた家とか、根こそぎ倒れた木とか、畑が流されて川原になってしまっているとか、本当にもう、自然災害のすさまじさを感じさせるものだった。そこに住む人々の苦労もまざまざと感じさせられ、ことばもなくカトマンズまで戻ってきたという感じ。
こんな中でも外国人のエベレスト周遊という観光に頼って、頼もしく立ち上がろうとしているネパールの人々に、私たちは応えて少しは力になっていると言ってもいいのかなあ…。それともノンキに観光している場合じゃない?考えさせられながらの旅の終わり…だった。
以下はいずれもバスの車窓からの惨状…
私たちのバスが走る道には「FROOD WAY」の表示が…(トイレ休憩中)
19時前 カトマンズ・エベレストホテルに到着
20時 ホテル・レストランにて夕食・・・・ギャコック鍋! ネパール産の生ビールも堪能した!
さて、このあと、見掛け倒しのエベレスト・ホテルに大いに悩まされることとなる。
さて、このあと、見掛け倒しのエベレスト・ホテルに大いに悩まされることとなる。
私に割り当てられた部屋はまたも1Fの端、いわば次の間付きでベッドも4人分(上段の間にシングル2つ、入り口側の下段いわば今の部分にキングサイズのベッド)という広々としたスペシャルルーム?と最初は思ったが、キャビネットはあるが中に冷蔵庫はない(ま、これはいいけど)。バスタオルはあるが、フェイスタオルもバスマットもない(これは他の部屋も全部そうだったみたい)ので、頼んですぐに持ってきてもらう。
シャワーとバスは快調でゆったりと久しぶりの入浴・シャンプーもしてうれしかったのだけれど、出てくるとなんだか部屋の中にゴーゴーとうなり声、空調とかあちこちのスイッチやボタンを押しても音は消えず、どうもボイラールームかなんかに隣接しているらしい。
あっちのベッド、こっちのベッドと寝場所を変えてみても静かな場所もなく、とうとうフロントに電話して対処を頼む。様子を見に来てくれるのかと思ったがその気配もなく、しばらくするとやや音が弱まった。多分ボイラーの出力を少し抑えたのではないかと思う。そのあとは行きの飛行機の中でもらった耳栓をしてなんとか寝たのだが、騒音がまったく静まるということは一晩中なく、翌朝は5時からまたゴーゴー。
このホテルは連泊なので、これではたまらん、と翌朝いちばんで部屋の交換を頼みにフロントに行く。多分そういう苦情は結構あるのではないだろうか。話はすぐに通じて、今日は11時に出かけるというと、10時までに部屋を交換するので荷物をまとめておいてくれとのこと。
OKして部屋に戻り荷物をまとめ10時まで待つが連絡なし、再びフロントに行き確認すると
フロントは担当者に確認すると席を外した後戻ってきて、今は担当が忙しくて部屋は変えられない、お帰りになった段階で新しい部屋に案内すると言われる。ま、しかたがないかということで結局11時に外出し、夜にもどってきて、まとめてあった荷物をボーイが運んでくれてようやく新しい部屋に。こちらはダブルベッド一つでこじんまりして静かだが、バスマット・フェイスタオルがないのはあいかわらず。おまけにバスタブはあるのにお湯はシャワーのノズルからしか出ないようになっている(カランの方が壊れているということ)しかも生ぬるい水に近いようなお湯しか出ない。まあボイラー室から遠いからかね…と思いながらヤレヤレのカトマンズ最後の一夜を過ごしたのであった。
↓一見豪華な4ベッドルーム/ロビーもなかなかピカピカなんだけど…
15時 ダルバール広場 今回の入場券はブルーに黄色い紐(春は緑に赤い紐だった)
19時 「最後の晩餐」はエベレスト・ステーキハウスで(シャトーブリアンステーキ、ゴルカ・ビールも)
【11月25日】いよいよ帰国
ホテルの朝食はビュッフェだが、なかなか品数も多く、カフェラテにはハートが!
【11月24日】カトマンズ観光
11時ホテル出発でカトマンズ市内観光。案内は初日に出迎えてくれたスレンドラ・タンゴールさん。「タンゴール」という苗字は農民の出であることを示すのだそうで、少し誇りを持っていらっしゃるような感じ。ネパールの宗教や風習にも詳しくて話は分かりやすく、おしゃれ?で、日本語もなかなか上手な中年イケメンという感じのガイドさん。指輪は右薬指で、独身?かとも思われたが「結婚に関してはポリシーがある」とか言って私生活に関してはペラペラしゃべらない(笑)
案内されたルートは春とほぼ同じで「ヒマラヤ蕎麦処」で昼食後、ネパール最古の仏教寺院スワンヤプナート、専用バスでダルバール広場(旧王宮前広場)その後歩いてタメール・チョークを歩き、両替・買物など。
私にとっては思いがけない1年のうちに2回目のカトマンズ観光だったが、退屈したり飽きるということはなくて、前回見損なったと思ったことを確認出来たり、新たな発見?もあったりで楽しい時間だった。
12時 ヒマラヤ蕎麦処 お庭もなかなかステキです。アンナプルナ方面に行った?らしい日本人ツアーと相席に。ネパールビールもしっかり飲んだ!
14時 スワンヤプナート 犬ものんびり、屋根には鳩の群れ、そしてサルたち…
2015年地震後の修復は今も進行中。「中国の支援」を表示した建物も
春とちょっと違ったのは、ダルバール広場で「生き神さま」を拝むチャンスを得たことだ。
「クマリ」と呼ばれるこの神様、釈迦族という部族の幼い少女が選ばれ初潮を迎えるまでの間「神さま」となるのだという。クマリには未来を予見する力があり、病気を治したり願い事をかなえ、災厄から守り人々に繫栄をもたらす力をもつとされる。
選考基準はなかなか厳しいようで色白であること、暗い場所や恐怖を与えるような場所に入れても泣いたり騒いだりせず、はしゃいだり笑ったりもだめらしい。神さまになると、3階の居室に暮らして外出は年に13回とかの宗教行事だけ、地面に足をついて歩いてもいけないのだという。「在任中」には一応月々の手当てが出、また退任後も年金などで保護はされるらしい。初潮を迎えて神の座をおりたあとは一般の生活に戻るのだが、昔はその後の生活がうまくいかないということも多かったらしい。今は普通に学校に戻れるように「神さま」である間も個人教師がついて勉学は続けるのだそうだ。
この日はクマリの謁見があるとのことで、私たちもその拝殿に参った。写真はもちろん禁止だけれど、10歳くらいだろうか、赤い衣装のちょっと小太り?の生き神様は時間になると、無言でお出ましになり、なかなかに上から目線という感じで中庭に集まった人々を睥睨し、無言で部屋内に戻られた。貫禄があるが、なんか痛々しい感じもするのは、この少女の置かれた環境を説明されていたからか…。
↓こちらがクマリのお住まい。最上階の窓から顔を出された。広場にはクマリの写真が飾られていた。
両替(3000円→2520ルビー)後、ガイドさん案内のネパール茶の店へ。ワイルドハネー600ルビーを500に値切って(まさか成功するとは思わなかったのだけど、1番に買ったから?)購入。
お茶を売る店(店内)皆わらわらと買い物!
街の肉屋・果物屋
夕方の街
【11月25日】いよいよ帰国
ホテルの朝食はビュッフェだが、なかなか品数も多く、カフェラテにはハートが!
12時 ゆっくり目の出発
夕飯(機内食)に、映画は『チネチッタで会いましょう』(2023イタリア ナンニ・モレッテイ監督)この新作映画は帰国後の公開で見るつもりだったが、機内で日本語字幕もついて見られたので、見てしまう。いよいよ帰国モードに。
【11月26日】ソウル~成田
4時半(ソウル=日本時間)仁川空港に到着 乗り継ぎは9時55分発のKE723便。明け方から朝の仁川空港の広々した乗り継ぎラウンジで休むが、この待ち時間は長かった…ベンチに横になって仮眠も…ベンチごとに充電設備がしっかりあって、これは便利!
9時55分 KE723便に搭乗、朝とも昼ともつかない機内食をいただき、12時半無事に成田に帰着した。
というわけで、またも長々とお付き合いありがとうございました。
まずは昼食(今日はネパール風?中華料理)、お土産を買いに日本語の通じる土産物屋(三浦雄一郎氏御用達?のルート・ネパール)と、スーパーマーケットに連れて行かれる。
昼食
買物 ルート・ネパール
日本語の上手な店主のいる土産物屋ルート・ネパールへ。たくさんあったのは山用のカシミヤのセーターなど。三浦雄一郎氏が着たものと同じとか言っていたが、お値段ももちろんなかなか…。来年(2025年)のカレンダー(エベレストなどの写真入り・200ルビー/1冊)とかわいい小袋に入ったチョコレート(7個入り 250ルビー/1袋)が私のお土産。どちらもバラマキ用?で4個買う。
写真に写っている小瓶は昨日買ったワイルド・ハネー↓/「三浦セーター」の店内での店主
車窓から見たナラヤンヒティ宮殿
2008年、王制が廃止されるまで王宮だった宮殿。ここでは2001年6月に当時のディペンドラ王太子が父王ヒレンドラら多数の王族を銃撃したネパール王族殺害事件の現場でもある。ネパールも政治的には紆余曲折、大変さを感じさせられる国だ…王の死後、王位を継承した王の弟が結局最後のネパール国王ということになって、王制は終わったのである。
スーパーマーケット
品数豊富な立派なスーパー・野菜や魚介などもけっこう豊富に並んでいた。
ここで買ったのはネパールアイス(ビール)1本だけ!236ルビー/店の隣にはケンタッキー・フライドチキンの店も…
19時20分 大韓航空KE696便にてソウル・仁川にむけて出発
夕飯(機内食)に、映画は『チネチッタで会いましょう』(2023イタリア ナンニ・モレッテイ監督)この新作映画は帰国後の公開で見るつもりだったが、機内で日本語字幕もついて見られたので、見てしまう。いよいよ帰国モードに。
【11月26日】ソウル~成田
4時半(ソウル=日本時間)仁川空港に到着 乗り継ぎは9時55分発のKE723便。明け方から朝の仁川空港の広々した乗り継ぎラウンジで休むが、この待ち時間は長かった…ベンチに横になって仮眠も…ベンチごとに充電設備がしっかりあって、これは便利!
9時55分 KE723便に搭乗、朝とも昼ともつかない機内食をいただき、12時半無事に成田に帰着した。
というわけで、またも長々とお付き合いありがとうございました。
最後に12月13日添乗員KAさんが作られた旅日記「エベレスト街道パノラマビュートレッキング 名峰ひsめく好展望地を訪ねて」(冊子)と、エベレスト・ミュージアムで買って我が家の壁に貼った、今回の周遊地を含むラクパ・サナム・シェルパ撮影のポスター(100×35㎝)をご紹介。自分の記録を書きながら何度も繰り返してみて確認して、思い出を楽しんでいます。
お世話になった同行の皆さま、旅を支えて下さったスタッフの皆さま、添乗員のKAさん、
そして、糸の切れた凧のごとき私の旅を苦笑し、心配しつつも(多分)許してくれている家族に感謝!です。
この記録、例によって1000枚余り撮ったスマホ写真と、ピークファインダー・ヤマップの記録、それに今回はKAさんに共有していただいた集合写真他で構成しました。あくまでも個人的な記録、感想ですが、歩きながらの記憶やメモ、写真のデータを見ながら書いていますので勘違い、思い違いなどのミスもあると思います。特に同行の皆様方、ミスにお気づきでしたら教えてください。今後も直していきたいと思いますので…
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