謹賀新年【勝手気ままに映画日記+山ある記】2026年1月(完成版)

今年のイチバン! 高尾山からの富士山(1月6日)
七面山中腹から富士山をバックに↓

 

あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします

【書きました! よろしかったら読んでください】
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見た映画と山ある記、今月も順次ご報告していきます。引き続きよろしくお願いします。

【1月の山ある記】

① 1月6日  高尾山
 高尾病院登山口(9:00)➡2号路➡3号路➡高尾山頂(599m 10:42~11:00)➡稲荷路  ➡稲荷山(11:36)➡稲荷山コース口(12:16) 3h17m 6.2㎞ ↗486m↘468m
コース定数5 平均ペース130~150%(速い)【ヤマップデータ】 単独行

12月末の上州稲含山・御堂山のあと、両足太腿裏側の大腿二頭筋に筋肉痛が出てなかなか消えない、ウーン。しかしこのまま歩かないとますます歩けなくなるという怖れにもかられ、年末に奮発したニューシューズ(前の靴の底がぺかぺかになったので、張り替えてもらうつもりで持って行ったら、上の方もへたってきているので2回目の張替えなどは勧めないと、つい買わされた!)の慣らしもしたいし、ということで快晴をねらって、のんびりゆっくりのつもりで高尾山へ。新年の混雑もようやくおさまったころで、それでも普段ほとんど人に会わない登山道には家族連れとかがいて、子供たちが元気に歩くのに励まされる。
夜の用事もあって、山頂では持参のお茶を一杯飲んだくらいで早々に稲荷路をくだる。ウーン、下り道大腿二頭筋はやはりやや不調。例によって極楽温泉・そしてしっかりブロテインの含まれていそうな昼食をとって、早々に帰宅。富士山のすがすがしい姿(ページTOP)はもちろん、稲荷山見晴台からの筑波山から、新宿市街(その後ろにあるはずのスカイツリーまでは私の眼では残念ながら見えなかったが)の景色にも大満足な冬の山歩きだった。

左端の筑波山から八王子市街(前景)を経て右端は新宿


②1月11日 谷川岳(天神尾根~トマノ耳)雪山登山
1/10 新宿発(14:00専用バス)⇒土合山の家(17:00泊)
1/11 土合山の家(7:30)➡ロープウェイ山麓駅(8:30)⇒山頂天神平駅(9:00)➡熊穴沢の頭(1441m)➡避難小屋(10:12)➡天狗の留まり場(11:00)➡トマノ耳(1963m 12:23-35)➡(往路下山)➡ロープウェイ山頂駅(14:50)
5h50m 14㎞ ↗1463m↘700m? コース定数26(きつい) 平均ペース130-150%(ただし行きのロープウェイを含む?)【ヤマップデータ】Yツアー(13人?m3人)現地ガイドYさん、添乗Tさん 

今シーズン1本目の雪山アイゼン登山は谷川岳天神尾根ルート。シーズン最初としては楽なルートではないが、前日ゆっくりバスで麓まで行き1泊(宿の夕食はカニとしっかりした牛肉と野菜の鍋で、なんとも食べ応えあり美味しい。寝酒としてついつい冷酒も1合)、朝もしっかり食べてから、7時半、ロープウェイの駅を目指して歩き始める。
始発8時半のロープウェイ(22人乗りのゴンドラ)に乗り込み、山頂駅から、ヘルメット、アイゼンを装着、ピッケルと私はストックも1本持って歩き出す。ガイドはストックを持って来るなと言ったが、もはやそういうことばは信じないことにしている。案の定で、ピッケルを必要とするような急登は少なく、むしろ平地・緩坂にはストック必須で、ちゃんと2本持ってくればよかったと心の内でブツブツ…の1日に。
暮れから大腿二頭筋あたりの筋肉痛が抜けず、いささか心配だったし、歩き始めても決してすっきりというわけではなかったが、それでもなんとか…出だしはツアー自体のペースがかなり速めで、私はまだ左足が目覚めていない感じもあり、途中で1回バランスを崩して転倒、1日中、皆さんに心配されてしまうことになる。
途中の休憩からガイドの後ろに付かせてもらうことにしてストックも出した(ガイドにはストックを使わずに歩くことに慣れろ、と言われるが、もはやそんなお年頃ではない)。その後しばらくはガイドの後ろで歩いたのだが、いつの間にやら前にまた入ってきた方がいて、しばらく3番手で風の強まった吹きさらしの尾根を歩くことになる。私の前が開いてしまうのでこれがきつかった。風を避けた山側で立ち休憩、ここから頼んでまた前に出してもらい、次の休憩まではゆっくりながら自分のペースで歩けるのでまあまあ。しかし雪もパラパラ、風強く次の休憩ではグローブを取り換えたり行動食がザックの下に入ってみつからんとかやっているうちに、ガイドさっさと歩き出し、ここから頂上までは真ん中より少し後ろで歩く、急坂はゆっくり行って止まり、また行っては止まるという感じで、これは私には大変ありがたく、頂上手前まではこの山行一番に楽しかったところ?かも。さらに登って少し前が開いた。これは、歩けないというより、前のピッケルの尖りを横持ちしたりする人がいるので、怖くて近づけないというところもある。なのに私の後ろはガンガン突き上げザックにぶつかってきたリする人もいて、これがツアーの一番悩ましいところ。
さて、そうこうしながらトマノ耳には12時半ごろ。ここから先のオキノ耳はさすがに風もひどく、時間のこともあり下山ということになるが、このガイドさん声をかけることもせず、客の一人の男性が人数を数えて声をかけてということで、ここでも何が何だかわからず、おまけに山上でスマホがダウン(低温による?キリマンジャロの時と同じだ。)バッテリーを出して充電したりしているうちに出遅れ(私としては珍しいことなのだが)おまけにサングラスが曇る、ザックの胸のバックルが閉まらないなどなどトラブル続きで、最初の下り急坂で、どんどん小さくなる皆さんに立ち止まってはあれこれしながら焦るという失態!一番後ろから来た男性が声をかけてくれ、眼鏡が曇るのと、左足の弱さで右にそれていきがちな私の進路指示をしてくれる。私が邪魔にしていたピッケルも持ってくれて大変お世話になった。私も最後は雪眼覚悟でサングラスを外し、ピッチを上げることにする。
なんでこんなことになったのかというと、実は添乗員のTさん気管支炎を発症したとかで、今日は山には登れないのでロープェイ駅に待機する、と聞かされたのがロープウェイに乗る直前。しかもガイドは無口な、けっこう高齢な現地ガイド一人で、添乗の代替要員もガイドの追加もないという、その時には全然知らされなかったのだが、後から考えるとオソロシイような状態。私を助けてくれた男性は、添乗員から人数の確認だけしてくれと頼まれていたのだという。自分は客にすぎないと何度も言われた。この方にとっては、自分の歩きたいようには歩けず、面倒を見なければならないオバサン(私)の存在は迷惑この上なかっただろうと思われる。私自身も一人では下りられないことはないとは思うが、時間は多分ずっとかかったろうし、下手したら道迷いもあったのかもしれないとぞっとした。
途中から、立ち止まっていた2人ほどとも合流し、ようやく天狗の留まり場の岩陰で休んでいる先行隊に追いつく。追いつくなり先行隊はさあ、出発というわけであわてて行動食を食べ水分だけ取って、そこからはあまり必要も感じなかったのだが勧められるままに再びガイドの後ろ。ここはペースを自分で作れるのはまあ楽(ガイドがさっさと行っても絶対に私はペースをあげない)だが、枝や大きな段差や危険な箇所があってもほとんどガイドは何も言わないので、後ろへの注意喚起は結局セカンドの私がしなくてはならず、ウーン、後ろのほうからは「間があいた、ペースを遅くして」の声がかかるなど、おいおい、ガイドさんしっかりしてよ…と、まあ突然に添乗員抜きで客を13人も預けられてしまったガイドも大変だとは思うが、もうちょっとどうにかならんの…。もっとも驚いたのは(私も余裕がなくて気づかなかったのだが)帰り避難小屋まで来て、一行のひとりが行きがけにあまりの寒さに耐えられないと、このあたりからリタイアして、ひとりで下山していたと聞いたこと。えー?ガイドとしては一人では連れてはいけない、自分が付き添って戻ることもできないということで苦しかったろうが、ツアー客としてはありえない状況だと思う。もしその人が本当に戻らなければならないとしたら、ひとりで戻したらどんな事故につながるかわからない。いかにつらくても客を説得して全員で下山を選択すべきだったのだと思う。ということで今回はなんとか無事に戻れたので事なきを得たわけだが、添乗員やガイドの状況によってはツアー客はどんな目に逢うのかわからないという、まさに希少ではあるが起こりうる事態に遭遇したという気がする。下りてきて、ガイドには「あんたは歩き方がヘタだから遅いのだ」と言われたが、ザケンなよ、客をもっとちゃんと見ろよ!あんたのリードなしでも予定時間にちゃんと到着していて「遅い」と言われる筋はない…と、書いているうちにまたムカムカしてきた。
下って来て先の男性客が添乗員に苦情、こちらも苦情。体調が悪くなるのは仕方がないが、それなりに代替要員をおくなりするのが、ツアーを催行する会社の責任だろうが…。
そういえば、一昨年塩見岳に登る途中、母危篤の報で三伏小屋から一人ツアー離脱をして帰ったことがあるが、30分おきに会社から電話で安否確認があったっけ…あれもYツアーだった。あの時は電波が入らない状況下で受ける側もちょっと苦労したが、それでも会社はきちんと安全確保の責任をとっているのだと感心したのだが…。
というわけで一風変わった山行報告になってしまったが、久しぶり(8か月ぶり)の雪山は楽しかったし、天気も心配されたが何とかもったし、サングラス他雪山装備の弱点もわかったし、スマホ写真は撮れなかったのだがトマノ耳からの展望絶景はすばらしかったし、その写真を送ってくださった同行の方もいたりして、うれしいこともいっぱいあった雪山歩きではあった。

スマホ不調で写真が全然撮れずーロープウェイからの谷川岳/歩き始める/急坂を恐る恐る下りてくる…トップにいたので私はもう降りた後

 トマノ耳上からの絶景(#ヤマカラ)

③1月20日 今年2回目の高尾山
稲荷山コース登山口(10:00)➡稲荷山(10:30)➡高尾山山頂(11:20~12:00)➡6号路➡6号路登山口(13:00)3h20m 7.3㎞ ↗553m ↘537m コース定数14(ふつう)平均ペース130~150%(速い)【ヤマップデータ】単独行

比較的暖かいのはこの日まで、という予報と、なかなか抜けない足腰の痛みに業をにやし?逆療法の高尾山散策。歩いたのは高尾山登山の王道?稲荷山コースだが、残念ながら本日の展望はイマイチ…というか遠景を雲が覆い、筑波山も、山頂見晴台からの富士山も全く見えず。山の上で、最近持って行っては結局持って帰ってきていた行動食の整理(つまり食べた)、ちょっとゆっくりしてから、久しぶりの6号路を下る。13時にはケーブル清滝駅まで戻ってきたが、前日から2月上旬まで極楽温泉はメンテナンス?休業中。駅近くの茶店で酒まんじゅうと蕎麦団子にコーヒーを奮発してゆっくりの休憩をしてから、立川に回り映画⑯を1本見て、ひとりちょい飲み?で夕飯を食べてからの夜帰宅となる。足は下りで腿裏側に若干の痛みというか違和感が残るが大きな問題はないようで、速さも一応普通というか早めで歩けていてほ…。ポールは下りだけ使い、靴は少々防水が心配(6号は水のついているところがあるし)だったがラッシュトレックにしたので、歩きやすかったこともある。

稲荷山からの八王子・東京方面/見晴台からは富士山の姿…ナシ⤵



④1月25日   無念!? 途中撤退の西吾妻山リトルモンスターツアー
1/24 新宿発(10:00専用バス)⇒白布温泉中屋別館不動閣(16:00 泊)
1/25 不動閣(7:30)⇒ロープウェイ湯元駅(8:00 ロープウェイ)→天元台高原駅(8:07)➡リフト乗り場(待機後9:45)→3台乗り継ぎリフト終点へ(10:20~32)➡中大巓下の尾根まで➡リフト乗り場(12:50)→天元台高原駅(13:30 ロープウェイ)→湯元駅(14:00)⇒不動閣(温泉・荷物まとめ)
3h10m 6.3㎞(リフト区間含む)平均ペース110~130% 
Yツアー 17人(m5人) 現地ガイドKさんともうお一人。添乗員 金髪のJさん&台湾から来たBさん(若々しく元気な女性2人)今回写真の半分はお二人によるもの。

                          #ヤマカラ
                          #ヤマカラ

この冬一番の大雪?となった週末、西吾妻も前日は朝の雪、当日も下界では風は比較的ないものの雪は舞い続けという状況。リフト下の圧雪?とかいうことでリフト待ちを小1時間、その後3本のリフトを乗り継ぎ、スキー場からの出発になるが、腰までの雪を交替でラッセルしながらということでーもちろん、私などはラッセルゴメンとうことで、後ろの方から踏み鳴らされた腰幅の通路を行くという感じでラクラクというより、むしろ体がなかなか温まらないゆっくり歩行にありがたくもあり、いささか参りもし…ならラッセルすればいいという話なのだが、ウーン。ちょっと足腰不安もある状態だったので遠慮したが、実際には足腰は少し歩き足りないというくらいでこともなし。1時間半くらいそんなふうに歩き頂上までの行程の1/4くらいのところで中大巓方向に向かって下りラッセルで戻るという案がガイドから出る。天候と時間の具合で頂上は断念、そのくだりはしばらく地吹雪上に下から吹き上げる風にサングラスが雪で凍り付き何も見えない!。前回とは別のスキー用のグラスを使ったのだが、前回使わなかったので嵩張るのを避けて持参しなかったゴーグルを持ってくればよかったと、サングラスでは毎回試行錯誤の四苦八苦という感じ。前の人が眼鏡を替えると立ち止まった時にはこちらの眼鏡はますます真っ白の凍り付き拭いてもとれない。体も凍り付き歩き出すと足元が見えずに転んだりして、心配されてしまったが、ウーン、足よりは目だね、問題は…。あとは今回は寒さ!下りもリフトだったが吹き上げる雪嵐に体中凍り付きそうな、この時がいちばんつらかった。空はもはや晴れてきて日も差し、下界の眺望は抜群だが、体が凍り付くとスマホも出せず、写真が撮れなかったのが残念!天気のいい春の雪の時か、あるいは夏シーズンでも是非ともリベンジしたい山ではある。思えば私のスノーシュー歩きは一人が多いから天気のいい時にしか歩いてないのだな…とあらためて思う。(地図写真中、歩いたのはS~Sまでの一部だけ。あとはリフトやロープウェイの乗り継ぎでオハズカシイ)



【1月の映画日記】

①マッドフェイト 狂運 ②世界一不運なお針子の人生最悪な一日③ファリダの二千の歌 ④苦い果実 ⑤熱いノン ⑥やさしさ   ⑦みんな、おしゃべり   ➇湯德章ー私は誰なのかー⑨ネタニヤフ調書 汚職と戦争 ➉新ドイツ零年 ⑪ドイツ零年     ⑫落下の王国 The Fall
⑬ただ、やるべきことを ⑭羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来(字幕版)  ⑮ブラック・ボックス・ダイアリーズ ⑯旅の終わりのたからもの ⑰小屋番 八ヶ岳に生きる ⑱僕の名前はラワン    ⑲ファンファーレ!ふたつの音 ⑳風のマジム   ㉑架空の犬と嘘をつく猫     ㉒長安のライチ ㉓CROSSING心の交差点 ㉔汚れた血 ㉕イマジナリーライン


中国語圏映画①➇⑭㉒
日本映画⑦⑮⑰⑳㉑㉒
中央アジア今昔映画祭③④⑤⑥
下線を引いたのはドキュメンタリー作品です。
★はナルホド! ★★はイイね! ★★★はおススメ! の個人的感想です。
本文中の赤字からは、その映画の前回鑑賞など関連のページにとぶことができます。


㉕イマジナリーライン
監督:坂本憲翔 出演:中島侑香 LEIYA 丹野武蔵 早織 松山テサ 諏訪敦彦 2024日本 120分 ★


東京芸術大学大学院の修了制作として、若い監督、若いスタッフ・キャストが集結して作り上げた力作。内容はナイジェリアからの難民の子として日本で生まれた親友夢が、無断で居住県外に出たとして入管に収監されてしまった映画作りを志す若い女性文子を主人公に、収監された親友、2人の友だちで偶然にもこの入管収容所の職員であり夢の世話をすることになる青年も絡めて、日本で生まれ育ち日本語しかしゃべれず、帰る国も持たない難民の子に対する23年入管法の改定のもたらした厳しい状況を映画として告発すると同時に、そこにかかわって無力なのだけれど、映画表現によって訴えていこうとする意志が、素朴・真面目でよく勉強している(きらびやかな才?はあんまり感じないが)映像に満ちている力作。キャスティングはなかなかで、有名な役者が出ているわけではないが、監督の即興演出という手法も生かしたとのことで、なかなか繊細かつリアリティも感じられる演技。映画監督諏訪敦彦(芸大の教授みたい)がその縁でか出演している。映画作りをする主人公という設定も、映画の展開によく生かされていて、なるほど、という感じがした。終了後監督と主演女優のトークあり。(1月30日 渋谷ユーロスペース 025)


㉔汚れた血
監督:レオス・カラックス 出演:ドニ・ラヴァン ジュリエット・ビノシュ ピシェル・ピコリ ジュリー・デルビー 1986フランス 120分

今、劇場上映中の『ポーラX』は確か見たけれど、それ以外の作品はあまり見た記憶がないので、予告編で近未来を描いたというこの作品、やっぱり見ていないなと、見に行く。-最近はこういう形の旧作上映が多いし、結局は見る機会も多い。で、手先が器用と見込まれて、亡くなった父の仲間のギャングー愛なきセックスで感染するSTBOという病のウイルスを盗み出すというミッション?を抱えるーに巻き込まれたアレックスという青年が、ギャングのボスの愛人アンナにひかれていくようすを、細やかなというか一場面一場面が丁寧に描かれたという感じの描写と場面展開で描き、最後はカー・チェイスというか、まあそうだな…まである、とにかくとにかく色合いの美しさが目を奪うような…4K版になってそれがさらに生かされていると感じる。話としてはウーンというところもあるし、神経質そうなギャングのボスと愛人アンナのやり取りはかったるいが、ドニ・ラヴァンの不思議な魅力、彼の恋人役のジュリー・デルビーのアレックスを愛する若い恋人の決然!の雰囲気とか魅力もすごく感じて、やはりこれは名作というべきだろう、くっきりした印象の作品だ。(1月30日 渋谷ユーロスペース 024)


㉓CROSSING心の交差点
監督:レバン・アキン 出演:ムジア・アラブリ ルーカス・カンカパ デニズ・ドゥマンリ 2024 スウェーデン・デンマーク・フランス・トルコ・ジョージア 106分 ★★

ジョージアの元教師(昔は美人だったというセリフがあるが、なんとも厳めしい顔つきで貫禄もあり、しかも疲れている)リアは、トルコ国境に近い町にトランス女性となった姪を探しに来て、彼女を知っているという青年アチ(両親なく、うるさい兄の家で居候というより厄介者扱い?)と知り合い、案内するというアチとともにイスタンブールに旅立つ。イスタンブールは見覚えのある街とともに、もっとディープな下町のトランス・コミュニティなども映し出しつつ、そこで教師というが、トルコ語も英語も全然わからないリアと、トルコ語・英語を何とか操り案内するアチ、町の浮浪児で、友人の妹を引取り、民族楽器?の弾き語りで稼ぐ少年や、周辺あちこちからやってきて性産業で稼ぐトランス女性たちとかかわりあいながらーここでは英語・トルコ語のほかにアラビア語ならしゃべれるという人物なども現れて多文化のトルコ・イスタンブールの様相が描き出される。ジョージア語しかしゃべれない教養人リアはいわばもともとトランスジェンダーなどは認めなかったジョージアの頑固な伝統主義の体現であるのかもしれない。その彼女が不良少年とは言わないまでも少々いい加減さもあり功利的でもある現代青年を認め、トランスジェンダーの弁護士エブリン(この女性も、未だ免許を手にしていないということとともに、「セックスワーカーではないと言い切るセリフもあるが、タクシー運転手との行きずりのセックスとか、スレスレノ性的奔放さとともに描かれている)の助けも借りて姪の「不在」を確認する。イスタンブールに残るというアチと別れ帰りかけるリアに声をかけたトランス女性がなんと姪のテクラで、いかにも映画的なハッピーエンドで終わるのか…と思っているともうひとひねりといことでなかなか渋いというか、ちょっとつらい?が納得のジ・エンドまで。わりと平凡な姪探しの中でのヒロイン成長譚に終わりそうなところだが、このエンディングと、弁護士エブリンの造型がこの映画を引き締め興味深いものにしているように思われる。(1月30日 文化村ル。シネマ渋谷宮下 023)


㉒長安のライチ
監督:大鵬 出演:大鵬 白客 劉俊謙(テレンス・ラウ) 庄達菲 楊冪 劉徳華(アンディ・ラウ) 林雪 賈章柯 張若昀  常遠 2025中国 122分 ★★★

前回は25年8月『長安の茘枝』➉として、
中国語(普通話)、中英字幕版を鑑賞。今回は日本語字幕版が上映されているというので、いちおう、見に行く。上映前に前回にはなかったテレンス・ラウの挨拶ビデオ付きのサービス。映画そのものは前回の感想・印象と大きく変わるところはなかったが、前回にはすごく出番が多く感じられたテレンス・ラウやアンディ・ラウの出番は分量ではそんなに多くないけれどすごく印象的に撮られている?こと、李善徳の算用能力がそこここで発揮されていること、ライチが運ばれる途上にある村々とか、刈り取られて丸裸という感じのライチ林の姿に自然環境破壊が進む現代の様相を重ね合わせられる感じが強い、長安での李善徳のアタフタぶりをとおして官僚主義があぶり出されるところなどに、前回ももちろん感じたのだが批判の意識がより強く感じられ、クライマックス、ライチが長安に到達したあと、「一つも失うものがなかった」と喜ぶ楊国忠に李善徳が猛反発するシーンなどは、やはり私の中国語力では意味は分かるのだけれど、迫力は日本語でのほうが感じられるなあなどと思う。この映画、2025年私の見た中国語映画としてはやはりピカイチだった気がする。(1月28日 シネマート新宿 022)

㉑架空の犬と嘘をつく猫 
監督:森ガキ侑大 出演:高杉真宙 伊藤万理華 深川麻衣 安藤裕子 向里裕香 安田顕
余貴美子 柄本明 2025日本 125分

弟の死後、現実世界を離れて末息子が生きていると思い込んで暮らす母、その母に生きている弟のふりをして手紙を書き続ける兄・山吹を主人公に、彼の心の守りとなる犬のマスコット(をくれたその犬の飼い主で幼馴染の頼)、山吹が通うことになる塾の先生の姪加奈子を配し、母の現実逃避振りに嫌気がさして愛人を作って家に帰らない父、持山に「なくても死なない」遊園地を作る夢を持ち果たせぬ祖父、骨董を売り買いする祖母と、それぞれが抱える「嘘」と、それをフォローし支える山吹、母に代わって山吹の面倒をよく見るが、思春期には家族の「嘘」を大嫌いとして家を出て行ってしまう姉・紅という家族の1988年からの約30年近くにわたるエピソードを積み重ね、その中で「やさしい」思いやりのある男・山吹が自らのうちに抱える「嘘」から脱却していくまで?を描く。というわけで、山吹を演じる高杉真宙が意外に頑張り、女の子(ガールフレンド~妻、姉など)たちがわりと等身大というか、超美女だったりはせず、ベテランはまあ予想通りの安心感?ということで、考えてみれば暗ーい題材だけれど、そこそこに安心して見られる映画に仕上がっている感じ。どちらかと言えば地味な映画だと思うが、我が家傍の映画館で結構ロングラン。いよいよ明日までという上映になったので朝の8時20分、ポイント鑑賞で見たのだけれど…(観客は7~8人)(1月28日 TOHOシネマズ府中 021)


⑳風のマジム
監督:芳賀薫 出演:伊藤沙莉 富田靖子 高畑淳子 染谷将太 シシドカフカ 尚玄 滝藤賢一 小野寺ずる 下地萌音 なかち 2025日本 105分

これも昨年9月公開。自宅近くでも長くやっていたのだがウーン。原田マハの原作は読んでいたので、ま、いいかという感じだったが、ちょうど下高井戸の⑲と並んで上映なので。これもそれぞれに有名な芸達者だったり個性派だったりの出演者がならんで、沖縄ー南大東島のサトウキビ畑の風景も美しいし、物語にはモデルもいるという実話ベースなので、まあリアリティもあり安心感もありで楽しめる。沖縄のサトウキビでラム酒をつくるというベンチャープロジェクトに携わり企画が認められ事業化していくまでの若い女性契約社員の奮闘。
高齢の住民が新しい事業などいらないというところに、届いたラム酒の味に若者が興味を示す展開とかはビジュアル重視っぽい作りだし、高畑淳子演じる祖母のしっかりぶりから老いまでの落差がちょおと大きすぎて、酒もあまりにも簡単に製品にこぎつけてしまう感じで時間の流れがかなり省略されているのか、そのあたりがちょっとやや安直なアンチリアルであるような気もしないではないけれど…(1月27日 下高井戸シネマ 020)


⑲ファンファーレ!ふたつの音
監督:エマニュエル・クールコル 出演:パンジャマン・ラベルネ ピエール・ロダン サラ・スコ ジャック・ボナフェ 2024フランス 103分

公開は昨年9月だが、見るチャンスも余裕もなく、ちょうど時間の合った下高井戸シネマへ。朝の回だが、けっこう人が入っていて、これは音楽映画のゆえもあるのかな?と…。白血病に冒された高名な指揮者ティボは、骨髄移植のドナーを探して、実は自分が養子であり、引き取ってくれた両親が引取れなかった弟の存在を知る。訪ねてかつて炭鉱で栄えた、しかし今は不況・労働争議(フランス映画では見慣れた光景だ)に揺れる街に弟ジミーを訪ねる。弟は別の夫婦に引き取られていて、食堂で働きながら地元の吹奏楽団でトロンボーンを吹いている。弟の養母の説得でドナーになった弟のおかげで手術は成功。元気になったティボが弟を訪ね、弟の音楽的才能を知り、また属する吹奏楽団のアマチュア指揮者が仕事の関係でいなくなることを知って話はある意味予定調和的な展開となる。なんといっても、癖はあっても善人ばかりの登場人物たちの物語に安心して気楽に見ていられるのだが、とはいえ、そこはフランス映画の一ひねり、後半弟が指揮をすることになった吹奏楽団のコンテスト出演では思わぬハプニング、弟は思い切って地元有名オーケストラのオーデションを受けるがプロの世界はさすがに甘くはなく、そして終幕兄にもえーっと驚く危機が…。というわけで、兄の自作品の公開コンサートに弟の楽団の団員たちが歌うボレロがかぶり、兄の指揮する楽団が伴奏として合わせていきという感動的な終幕はさすが…と盛り上がる。吹奏楽、オーケストラのさまざまクラシック曲が楽しい。(1月27日 下高井戸シネマ 019)


⑱ぼくの名前はラワン
監督:エドワード・ラブレース 出演:ラワン・ハマダミン 2022イギリス(英語・クルド語・イギリス手話)90分 ★

5歳でイラクからイギリスに逃れたクルド人のろう者ラワン少年は、ダービーの王立聾学校でイギリス手話を学ぶ。それまで家族唯一のろう者として家族ともコミュニケーションが取れず、また手話を忌むイラクの状況に両親自身が、息子が手話を使うことを良しとしなかったということもあって閉ざされた世界で孤立していた少年が次第に開かれ、友達もでき、元気になっていくが…このパートでは自ら手話を学んで弟と世界のつなぎ手になろうとする?兄の存在も大きい。ところが難民申請を続けて7年、滞在が不許可になりそうな事態がおこり…少年が手話を学び成果を上げていることが難民の査定の要件になるというのは、なかなかにシビアな欧米の制度かと思われる。それまでにどんなに教育の成果を上げてても、日本語が母語で日本でしか育ってこなかった子供でも容赦なく本国に帰還してしまう恐るべき日本の制度と比べて違ったシビアさだが、努力の余地があるというのは、まだ日本よりマシというべきだろう。そして…。手話によって外につながるも、まだ自身の表現は難しいと最初はしり込みしているようだった少年に与えられる級友たち(これも多国籍)の励ましもあり、少年が法廷で自身の経験や立場を表明する様子とか、またそれらを通してイギリス手話が公用語として認められていくことなど、勉強になることが多い映画ではあった。もっともこの少年の賢さというのは特筆に値する気もするが…。静かで穏やかだが、そこに強さ・明るさが流れているような画面も印象的(ちょっと心地よ過ぎてたまに寝たかもしれない)。(1月21日 新宿武蔵野館 018)
 
 

⑰小屋番 八ヶ岳に生きる
監督:深澤慎也  出演:菊地哲男 2026日本 85分 ★★

常々、八ヶ岳の山小屋はどこに泊まってもなかなかユニークな工夫がされていたり、毎年小屋共催のスタンプラリー?があったりして楽しいなとは思っていたが、そんな山小屋群の主やスタッフたちの活動や、インタヴューで綴る。八ヶ岳を取り続けている写真家菊地哲男がいわば狂言回しというか、そういう感じで各山小屋をまわっている映像とともに。しかしまあ、夏も冬も懐かしい愛した(というのもおこがましいか)景色を再び見られて、しかもその自然を支える人々の苦労も喜びも伝わってくる感じで、なんか山好きとしてはワクワク至福の時間を過ごすことができた。ただ、まあ若い人から見ればこれから先何度でも出かけてできる限りの尽力もするなどと言いたいところだが、そうはならない?のがちょっと悲しくもあり、それゆえになお、この映画をいとおしいとも思い、出てくる人々(山小屋の主って意外と偏屈というか、怖ーい感じもあるんだけれど、まあ、それも理由があるのではあろう)にエールを送りたいという気持ちにもさせられる。ご来光がすばらしく、山上でお風呂も沸かしてくれている根石岳山荘のスタッフの青年が初っ端(私にとっては)懐かしく登場。今年は2月に根石岳の雪山登山に行くつもりで勉強にもなった。TBSのテレビドキュメンタリーとして撮られたものを改編したとのこと。(1月21日 テアトル新宿 017)



⑯旅の終わりのたからもの(Treasure)
監督:ユリア・フォン・ハインツ 出演:レナ・ダナム スティーブン・フライ ズビニエク・ザマホフスキ ペナンティ・ノスル クララ・ビエラルフカ トマシュ・ブウォソク2024ドイツ・フランス(英語・ポーランド語) 112分 ★★

1991年、ニューヨークに住む36歳のジャーナリスト・ルーシーは、家族をすべて失ったアウシュビッツの生き残りの父エデクとともに父の故郷ポーランドを訪ねる旅に出る。電車のチケットを取った娘に自分は電車には乗らないとして勝手にタクシーをチャーターしてしまう父。娘は父の生まれた町に行きたいのだが、父は勝手にショパンの旧跡などに行くことを運転手に命じる。そこには後から考えれば理由もあるのだが、娘のイライラがこの娘を演じているレナ・ダナムの暑苦しいような肥満振りー父役も負けずの巨漢ーとともに画面からせり出してくる感じでみていて何だかつらくなるほど。おまけに?画面全体が暗く、フォーカスもゆるい曇り日という全体を覆うのは作者のポーランド観の反映だろうか?娘は朝はジョギング、食べ物も持参したシードというベジタリアンで、ストイックなんだけれど、それによって満たされない感じだし、一方の父は娘の一人歩きを心配しながら、自分は娘にはわからないポーランド語で地元の人々との親交を深め、ガールフレンドとは一夜をともにしてしまう。というわけでなんだか映画全体が楽しくない前半のあと、父の家族がアウシュビッツに送られるまで住んでいた家を見つけ出したルーシーは父の反対を押し切りこの家を訪ねていく。反対した父も娘が心配だからもちろついてきて、父の一家がいなくなった直後からこの家に住んでいるという貧しいポーランド人(ユダヤ人ではない)一家に会う。その家で彼らは父の家族の持ち物だったソファーや、父の母のものだったティー・セット、銀器などに出会う。ポーランド人一家は明け渡しを恐れてとげとげしい態度ーというようなことは史実的にもあったらしく、この物語がそういう史実にインスピレーションを受けたとされるールーシーは500ドルという大金を払い古いコートを含むこれらの遺品を買い取り…というわけで話はこのあと商業施設的に博物館化したアウシュビッツを父娘が訪ねたりしながら、父の真意というか気持ちを娘が理解していき、父も娘の気持ちに応えて?旅の終わりにビックリするような「おくりもの」を…そしてベジタリアンのルーシーは今や父の友人となった運転手ステファンの妻が作ったという油たっぷりの郷土料理?を食べて、父と腕を組みNYへ向かうというハッピーエンド的展開に。アウシュビッツからの帰還後アメリカに逃れた「父」世代の故国に対する複雑な感情と、90年代まだ貧しいポーランドの「金」で動くような心情にあわせて、この運転手や、父娘に協力する英語が上手なホテルのボーイ・タデウス(今風の男の子でちょっと面白い造型)のような開放的な人物とが混在する様子が興味深く描かれている。(1月20日 キノシネマ立川 016)


⑮ブラック・ボックス・ダイアリーズ
監督・製作・出演:伊藤詩織 2024イギリス・アメリカ・日本 102分 102分 ★★

2024年初頭から海外のいろいろな映画祭で上映され、アメリカ・イギリスのアカデミー賞(ドキュメンタリー部門)にまでノミネートされたが、それでも日本公開がなかなか決まらないというより、ほぼ公開できないという状況だった本作。裁判使用に限るとされたホテルの防犯カメラ映像を無断使用したり、担当弁護士の許諾なしにその発言などを映像化したりということで、法律上の問題などが喧伝され、伊藤をあたかも無知で無礼な製作者として批判をしたメディアもあり、結局、この作品は伊藤自身が謝罪して一部を手直しした日本公開版としてようやく劇場公開にこぎつけたもの…、というのだが。見てみると、要はこの映画「セルフドキュメンタリー」として撮られている。事件は客観的に描かれ論理的に説明されるのではなく、あくまでも被害者であり同時にジャーナリストでもあった(つまり被害を訴える武器としてのジャヤーナリズムを手にしていた)伊藤の経験とかそこに伴われる感情とかを中心に描いていく。一時というか今でも?山形などで流行った中国の若手監督のインディペンデントセルフドキュメンタリーであれば、作者にかかわる人々は家族であったり知人であったりでしかも無名の人々でもあり、法律に詳しいわけでもなく、相当にえげつない描き方をするものがあっても、そこに出演者の許諾があるかどうかなどはあまり問題にされてこなかったと思う(というか、簡単に許可を得られた? 全編防犯カメラのビックリ映像で綴られた映画もあったし、現に今もYouTubeなどでは出演者の許諾なしに上映されているものもあり、それはそれでもちろん問題ではあろうが)。この映画の場合はそのあたり、法律にも詳しく、発言力のある相手やその関係者のような人々であったということもある?
そもそもこの映画は日本を市場ターゲットとしてはあまり意識していないようにもみえる。最初のスマホ画面での伊藤自身のモノローグなど全編にある彼女自身の語りの場面はなにしろすべて英語。もちろん彼女自身は日本に住んでいて日本の友人・知人らとの会話は日本語ではあるが、そこには当然英語字幕がつくのであろう。製作者・スタッフにも「日本人ではない」人名が並ぶ。逆に日本国内で彼女の仕事のやりかたを叩いた側は、そのように越境して行ってしまう彼女の在り方自体が気に入らなかったのかもしれない。 ちなみにネットでは、『主戦場』(2019)で同じような目に逢った(完成後内容的に不本意を感じた出演者がクレーム、上映差し止めを求めた)ミキ・デサキ氏が、アメリカでは公益の考え方が違うとか言っていた。そういえばトランプをを批判的に描いた映画とか、『ネタニヤフ調書』⑨とか、はさすがに劇場公開がスムーズではないもののまったく公開できないということでもないようだし…。要は『ブラック・ボックス』の場合、製作者である、若い才媛(という感じ、いかにも)と関係者の力関係というか、バランスが微妙に難しかった…ということではないのかなとも思えた。映画では「捜査官A」(最初は証拠がないといい、被害届を受け付けようともしなったが、あとには伊藤への同情を持ちつつ。職務上顔を出しての証言はしないという)をはじめとしてどの人物も(家族友人も?)も含め名前を出さない工夫をしているように見受けられた。それは時に人間関係をわかりにくくもするが、しかし、こうすることでしか描けなかったということなのだろうとも思われる。25歳から33歳の若い時代をこんな形で昇華できたというのは一種幸せだろうが、誰にでもできることとは思えない。そして、その意味ではこの映画の存在意義はやはり大きいのだと思える。(1月18日 キノシネマ立川 015)


羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来
監督:MTJJ(木頭) 2019中国 101分 アニメーション

これもすでに11月ごろから大々的に公開ーといっても吹き替え版のほうーされていたが、久しぶりに映画館のHPを逍遥していたら、字幕版の「爆音上映」をやっているというので、見に行くことに。土曜の午後の回だからというのもあってか、わりと広い劇場に結構ぎっしりの若者たち。カップルも多く、さすがのアニメ映画の根強い人気?
で、物語は森林破壊が進む中国の地方都市?で人間と対立して自らの世界を築こうとする妖精たち(「妖精」は中国語でも「妖精」だが、日本語のイメージする「妖精」よりは大分荒々しくバケモノじみている感じ?)、人間でありながら妖精以上の超能力を持っていて、暴力的な妖精に立ち向かう無限という男ー映画内でもっともインパクトのある主役なんだが、この男の意図とか存在意義はイマイチわからんー。その妖精界と人間界の狭間にあって、最初は妖精の風息(フーシー)に助けられ、つぎに無限に仕込まれて、自らの未来を見出していこうとする黒猫の妖精が小黒というまあそういう構図だが、要は逃れようとする小黒を無限が筏に縛り付け?仕込んでいこうとするまでとか、無限と風息たちのバトルとか、そういうもの次から次へと立ち現れる映像をただただ楽しんでいればいいという感じ?画面は背景の結構リアルな森や、町の景色の前にいかにもアニメ的(小黒にいたってはマンガ的?図案?的キャラクター)なキャラクターが跋扈するという点では、宮崎アニメなんかと共通する要素もあるし、町の名前とか人名とかを別にすれば(しなくても)特に中国の街であるという協調はされないし、ウーン。東京・中国映画週間などで見るアニメはいかにも中国的古典的世界を描いたものが多いが、なるほど中国アニメもグローバル化してるんだと感じさせられた1本。このあと、夜の上映で『羅小黒戦記2』の上映もあったが、まあそちらはいいか…というところ。ただ、2月にJテレビで吹き替え版のほうの放映があるようなので、そちらはもし出来たら見たいななどとも思っている。(1月17日 立川シネマ・ツー 014) 


⑬ただ、やるべきことを
監督・脚本:パク・ホンジュン チャン・ソンボム ソ・ソッキュ キム・ドヨン チャン・リウ イ・ノア  2023韓国 101分

韓国のタルデンヌ(兄弟?)という惹句に見に行くことにした、韓国映画の新作。2016年、世界的な造船不況の中で、韓国も例外でなく、漢陽重工業という会社で人事部に配置された若い社員(「代理」という職名は何なんだろう?なんかの「代理」という感じでもなくちゃんとした役職?みたいだが。部長代理?しかし課内にはもう一人女性の「代理」もいて、この人は映画内で結局リストラされてしまう)カン・ジュニ。真面目で有能、結婚が決まった恋人との間に子どももできて家も買い、先行き希望に満ちた、とみられるが、この男がリストラの人員整理名簿作りから、退職勧奨者との面談までを任され苦しんでいく姿を全編!?描いていく。恩人でもあり娘と結婚させたいとまで言われた上司と、いつも自分を機にかけてくれる親しい先輩のどちらかのクビを切らなくてはならないという選択(これは予告編ほどには激しく、厳しくは描かれていなかったが)から、長年働いてきたベテラン職員の抵抗、同じ課内で働く女性の代理が、女性ゆえに退職を受け容れざるを得ない矛盾。そんな中でジュニは心を乱し、しかし会社ではそれを出せず、心配する身重の妻を思いもやれずーこの妻、ギクシャクするが彼を見捨てることはなくーその意味ではやはりジュニの悩みは自身に波がかぶってこないことも含めあるよう。そして最後はご都合主義にも思える会社の方針決定まで、ものも言えず振り回されて行くジュニの「こころ」が描かれている。たしかにその意味でタルデンヌっぽいけれど…、しかし構図とかが真面目すぎて、意外性というか目を引くところが少なく=ドキュメンタリーっぽい?、劇映画としてはウーンというところも無きにしもあらずかな。ともかくバリバリの社会派作品ではある。主演のチャン・ソンボムは秀でたおでこを隠した坊ちゃん刈りで、いかにも真面目不器用だがPC的というか図面上というかの能力は高いという青年を演じて、釜山映画祭で「今年の俳優賞」を受賞したそう。あと、10年くらい前の話とはいえ、韓国の会社社会の縦構造とか飲み会文化?みたいなもの、健在だったのかしらん?今の日本もまだそうかな?とも???(1月17日 キノシネマ立川 013)


落下の王国 4Kデジタル・リマスター版
監督:ターセム 出演:リー・ペイス カティンカ・アンタルー ジャスティン・ワデル ダニエル・カルタジローン レオ・ビル  2006アメリカ 120分 モノクロ・カラー 


12月に見たが、まだ続いている『落下の王国(the fall)、もう少し大画面で4Kで見たかったのと、なんといっても『新ドイツ零年』(➉ゴダール)で聞いたベートーベンの七番2楽章をこちらではどのように聞こえるのかもう一度聞きなおしてみたいとも思い、家近くの映画館で1日1回(でも午後のわりといい時間)を観に行った。物語はともかくとしてやはり画面の美、1915年あたりのアメリカ映画の萌芽時代の映像と(そこにかぶるべートーベン)にうっとりの2時間だが、2回見て2回、以前の初公開時に見たセマーダンス(トルコ・コンヤ発祥の白いスカートでくるくる回る男性の宗教舞踊?)が出てこないなあと気づき、再度トレーラーYouTubeを探してみたら、やはりあった!あれ、2回とも私は寝ていたのか?それとも新カット版?なのか?世界遺産はたくさんたくさん出て来るが夢の物語として場所などは特定されないような作りにもなっているようなので、そのせいもしれないが。ともあれ、何回見ても「場所」を楽しめる映画ではある。(1月16日 TOHOシネマズ府中 012)



⑪ドイツ零年
監督:ロベルト・ロッセリーニ 出演:エドムント・ムシュケ エルンスト・ビットシャウ インゲトラウト・ヒンツェ フランツ・クリューガー 1948イタリア(ドイツ語)74分モノクロ ★

こちらは1945年ナチス・ドイツ崩壊後のベルリンを舞台としたネオリアリスモのイタリア映画。町も人物もあきらかにドイツ人なのだけれど、不思議となんかイタリア映画っぽい味わいがあると思うのは私の先入観?ナチス・ドイツ崩壊後のあるドイツ人一家。父は反ナチだったが、戦後もいい暮らしができるわけでなく病床にあって家族に依存している。兄は元ナチの兵士で、摘発収容所送りを恐れて家に潜み、住民登録もしないので配給カードももらえず困窮。姉が連合軍兵士相手にダンスホールで稼いでいるという状況。12歳のエドムンドも学校には行かず街をさまよって小銭を稼ぐというような状態にあるーその割には革靴、小粋な雰囲気の衣装なのだが、これは戦争中の栄華の名残り?かしらん…?ー街で、いまだナチを信奉している元学校教師に再会し、彼の手引きで危ない稼ぎをし、不良少年たちとも近づきになるが、彼らは決して少年のためになるような人々でなく、勝手なことを言っているという印象。そんな中、父は病が悪化し数日入院するが、入院の暮しがよかったこともあってか、以前にもまして現状への不満が大きくなる。兄は踏み込んだ警察に捕らえられ連れ去られる。追い詰められた状況で、エドムンドは元教師のことばを思い出し、ある行動に踏み出す…。ことが終わり、兄も意外に無事に放免され、というような中では、少年の決意と行為はある意味勇み足というか、無用になってしまうーひどく孤独になった少年は町をさまよい、そして…というわけで、70年あまり前の作品ではあるが、親子関係とか、子供の立場とかがあまりに違ってしまっているのだなあという感を強くする。親も元教師も平気で子供をひっぱたくしね…。チラシによればチャプリンは、この映画を「今までにみた一番美しい映画だ」と言ったそうだが、確かにモノクロの映像自体はすごく洗練されているのではあるが…チャプリン映画の持っていたある種の「夢」はここにはない。
(1月14日 ロッセリーニ×ゴダール【2つのゼロ年】 渋谷イメージ・フォーラム 011)

➉新ドイツ零年
監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール 出演:エディ・コンスタンティーヌ ハンス・ツィシュラー クラウディア・ミヒェルゼン アンドレ・ラバルト 1991フランス(フランス語・ドイツ語など) 62分 ★★

新ドイツ零年はベルリンの壁が崩壊した1990年、旧東ドイツに長年潜伏していた元スパイが西側に戻りながら、出会うさまざまなドイツの象徴的な人物と出会う姿を描く―というのだけれど、さまざまな映画、音楽、絵画、文学などがコラージュのように張り巡らされていく映像はまさにゴダールの世界で、なかなかにドイツ的、あるいはドイツ文学的教養がないと読み解けないーつまりは私にはわからないところもけっこうあって、ウーン。ドン・キホーテとサンチョ・パンサらしき人物が現れたりはえ?ドイツ?コラージュの白薔薇でショル兄妹を描く場面のように衝撃的にわかりやすい場面もあるにはあるのだが。音楽もクラシックから現代音楽まで多岐にわたり自在に使われている感じだが、中でもベートーベンの七番2楽章の繰り返しが印象に残る。これって『落下の王国』と一緒だ!老いたスパイが東ドイツ内の彷徨しつつドイツ史ををたどる?にしてもエラク孤独だし、暗い…。そしてこれがフランスの作家が作ったフランス映画だというのもなんか妙な気にさせられる。(1月14日 ロッセリーニ×ゴダール【2つのゼロ年】 渋谷イメージ・フォーラム 010)

⑨ネタニヤフ調書 汚職と戦争
製作総指揮:アレックス・ギブニー 監督:アレクシス・ブルーム  2024アメリカ・イスラエル 115分 ★

イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフ(BB)の汚職疑惑に対する警察尋問、妻サラや関係者への尋問・証言なども含み、そこに
イスラエルの元首相エフード・オルメルト、国内諜報機関シンベト(イスラエル保安庁)の元長官、ネタニヤフの元広報担当、著名な調査報道ジャーナリストらのインタヴュー映像や、もちろんその時々のアーカイブというか事件映像なども重ねてネタニヤフの過去の軌跡をたどりつつ、彼が汚職に走り、極右と手を結んで、戦争(というかもはや侵略というか虐殺というか…)推敲する独裁政権を維持し続けるところまで。「知らなかったこと」ではないし、よく知らない部分も多々あったところを整理して彼の恐るべき?姿を暴いていくという点では、目新しさはないが、ナルホドーただし視点は超一方的にネタニヤフ批判(あ、でも幼友達みたいな人のネタニヤフ側からの理解ーなぜ彼はああなったかーはある)で、まあ、ガザの様相を見ている世界の人々はこの映画に共感してしまうが、ネタニヤフ側からは「言い分」は当然あるだろう。それゆえ?この映画はイスラエルでは公開禁止、親イスラエルのアメリカでも通常の劇場公開はされなかったというのだが、それでもアカデミー賞ショートリストに選出されたという(チラシにあった)。11月のはじめにはすでに公開されていて、気になりつつインパクトが強すぎそうな雰囲気で、なかなか見に行けなかったのだが、ようやく、間もなく昼の回はおわるという時期に見に行けた。(1月14日 渋谷イメージフォーラム009)

➇湯德章ー私は誰なのかー(尋找湯德章
監督:黄銘正 連楨惠  出演:鄭有傑 2024台湾 93分 ★

日本統治下の台湾・台南で1907年、日本人警察官の父と漢族の母の間に生まれた湯德章は、台湾の師範学校を退学になったあと、警察官になり、後に日本で司法試験に合格して台南に戻って弁護士になるが、1947年二二八事件の中で軍政府に逮捕され、拷問を受け、街中を引き回された後公開銃殺刑になる。この人のことは台北のニニ八紀念館(和平公園の中にあるほう。もう一つニニ八国家記念館というのもあるが、こちらには行っていない)に行ったときにも見た記憶がない(見たかもしれないが、例えば同じ事件での犠牲者陳澄波(画家)のようには意識されなかった)。この人は今は台南市内に名を冠した記念公園もあり、胸像なども設置されているらしいが、長い間、台湾市民にもあまり知られてはいなかったらしい(と映画の中でも言っていた)。彼の遺児(養子)とか姪が90代で健在な間に、彼の足跡をたどりその功績を検証・顕彰しようという、要は映画なのだと思う。作者黄銘正は『湾生回家』(2015)でもそうだったが、日本統治下の台湾で暮らした日本人の足跡にスポットをあてていて、この映画の湯德章も生まれた時は台湾人と日本人の結婚が認められていなかった時で母の「湯」姓を名乗り、その後の制度の変化や、本人の日本での暮らしなどに伴って、新居、坂井、そして漢姓の林など生涯に何回も苗字を変え、日本・台湾両方にまたがるアイデンティティに悩み(あるいは誇り?かも。映画題名にもそれは現れている?)、そして最後はいわば、多分日本との関係の深さにより軍に目をつけられ生贄というか見せしめにされたという人生で、それゆえにニニ八事件史の中でもあまりクローズアップされては来なかったのだろうと思われる。民進党政権当時の「独立」の機運の中でニニ八事件の検証が行われえたという側面もあるのかもしれないが、今後ということを考えると、昨年暮れにみた「台湾記録片」特集⑬⑭⑮もそうだけれども、今がギリギリ作れる映画ー関係者の年齢からも政治的にもと思われ興味深く見る。映画監督・鄭有傑(『シーディンの夏』(2001)、『一年之初』(2006)『陽陽』(2009)『太陽の子』(2015)、『親愛なる君へ』⑯(2020))がドラマ部分の湯德章を演じている。
太秦の試写会に誘われて、一般公開に先駆けてみることができた(2月28日~公開予定)。(1月13日 太秦試写会 映画美学校試写室 008)


⑦みんな、おしゃべり
監督:河合健 出演:長澤樹 毛塚和義 福田凰希 ユードゥルム・フラット ムラト・チチェク 板橋駿谷 小野花梨 那須英彰 今井彰人 2025日本 143分 ★

昨年11月ごろから公開されていて気になっていたが、なかなか見る機会のなかった作品。母の死から3年、小さな電器店を営むろう者の父と、小学生の息子、一家で一人だけ耳の聞こえる浪人中の娘夏海の一家と、近くに越してきて料理店を開くことになったクルド人親子とその仲間たちとの、コミュニケーションが取れないゆえの軋轢・トラブル、そこへ「善意」の眼を持ちながら無理解・無神経に介入してくる地域起こしプロジェクト(マイノリティが暮らしやすい街を喧伝するが、実際になかなかそうは動かない)のディレクターや、「下手な手話」で善意にガンバルろう学校の先生などを絡めて話は動く。CODAである娘と、クルド人の子だが日本生まれ日本育ちのヒワ(クルド語で希望の意)が日本語で通訳をするが、そのしかたも互いを忖度したりしなかったりで必ずしもスムーズにいくわけでなく、若い二人が切れて?家を飛び出しやって来たバスに乗って遊びに行ってしまった留守中、必ずしも言葉によるのでなく両家というかろう者たちとクルド人の間にコミュニケーションが成立してしまうという描き方が面白い。また、聾学校で寡黙な問題児である夏海の弟がクルド文字を見おぼえて、自身の「言語」を開発?し、子供たちどうしでのコミュニケーションを取るというあたり、あまりに楽天的とも思われる「映画的描写」(最後の「宇宙人来襲」シーンも含め)が、これがひょっとするとシリアスすぎてしまいそうな映画の喜び?を喚起させるものともなっていると思った。公用語がトルコ語であるトルコでトルコ語を母語の一つとしながらトルコからは排斥され、日本にやって来た人々の中でもトルコ語をしゃべるか、クルド語をしゃべるのか、あるいはアラビア語かというような「対立」もある、そのような言語状況(政治状況)の複雑さをともに近くに暮らしながらあまりにも知らなすぎる日本や日本社会やワタシというものを強く感じさせられてしまう。そんな意識を飛び越してクルド語も口話もなく自らの言語を紡ぎ出してしまう少年は非現実に理想をおっているようでもある。青年ヒワが夏海を表す手話を間違って「ハツミ」と呼び続けるという設定もとすれば、そういうことなのか?「言語」の意味を作者はあまり信じていないということかもしれない。(1月12日 渋谷ユーロスペース 007)

⑥やさしさ
監督:エリヨル・イシムハメドフ 出演:マリヤ・ステルニコワ ロディオン・ナハぺトフ ログシャン・アグザモフ マイヤ・マフドワ 1966ソ連(ロシア語)70分白黒


60年代のウズベキスタンの若者群像。少年サルジャンは横顔はちょっと駿河太郎という感じでアジア的風貌だが、ヒロインはレニングラードから戦争中に移住(疎開?)してきたという設定で容貌もロシア・ヨーロッパ人?取り囲む青年たちの風貌もけっこうさまざまな感じで、ウズベキスタンがシルクロード上の人種・民族混淆の地であることを改めて思い起こさせられる。が、物語はあくまでもヨーロッパ風というか、『苦い果実』④なんかに比べると、男の子たちの着ている洋服なんかは革命直後のソ連(ジーンズなどはいている子はいない。上着は昔の田舎の子が来ていたような菜っ葉服ふうだったり)ぽく、『苦い果実』の10年前というのが、なんか実感としてわかるような映像。少年サルジャンの出会いと初恋のあこがれ、相手のレーナと彼女を取り巻く少し年上の若者たちの、野放図なようでいて逡巡もあるような恋模様など、ちょっと古風なソ連風ヌーベルバークとも言えそうな物語=映画なんだけれど…ウーン。やはり、なんか昔の映画、を見ているような気分しかしないのはンンン??品よく、悪くはないんだけれど…
こういう映画はやはり解説トーク付きで見た方がいいと思うが、今回の特集ではそんなチャンスがなく(映画ごとに一回はあったはずだが、自分が行けず)なんかちょっとぼやけた感じに見えたところもあるが、ともかく上映作品6本すべてを年をまたいでだが見ることができた、その最終回。(1月8日 中央アジア今昔映画祭 vol.3  渋谷ユーロスペース 006)


⑤熱いノン
監督:ウミド・ハムダモフ 出演:ザリナ・エルガシェワ ムナバル・アブドゥラエワ フェルザ・サイドワ 2018ウズベキスタン(ウズベク語) 87分 ★


寄宿学校から祖母に引き取られ、母とともに暮らせることを楽しみに自宅に帰る少女ズリフィヤ。ところが祖母が彼女を連れ帰ったのは祖母の住む田舎の家で、母は不在。描かれるズリフィヤは
『苦い果実』④の少女たちとは違って、祖母にたてつき、不満も大声で喚き散らすという感じいかにも現代の子。学校へは行かないなどとごねるが、なんとかなだめすかされ地元の学校に通い始め友だちもできるが、その子たちには自分はアメリカ生まれで父はアメリカ人、両親は今もアメリカにいて、自分も長期休みにはアメリカに行くのだ(そういえば少女はちょっとバタ臭い風貌ではある)などと、悲しい?ウソをつき、ひとりの少年をのぞいては、友達も遠巻きに彼女を見ているという感じの日常を過ごすー行動的にはすごく元気で活発な子で、現代の日本にはあんな走り方動き方をする子はいないなあ、とま、50年くらい前の日本の子の感じ??ー家には叔母が同居して、毎日ノン(ナン?ウズベク風のパン、これが題名にもなっている。)を焼いて生計を立てている。祖母は子どもにはすべてを隠し何も言わないが、叔母はズリフィヤに優しく何かと味方になってくれるのだが…。祖母が不在の家族と話す電話を盗みきくなどして、やがて母の秘密(再婚して別の家族をもっている)や叔母も、母の弟である夫が出て行ってしまったあと、実家に帰ることもできず、婚家にいることなどが分ってくる。母とは、再会を果たすが、洋服などを買ってくれようとする母をズリフィヤは許せず、叔母の諦念的な様子にも苛立つ…という感じで、これは児童映画ではなくウズベキスタン発のジェンダー問題提起の映画であった。開発・都市化、人々の都市への移住などが起き続けているアジアの田舎・農村の問題が集約されているようなそういう気もする。(1月8日 中央アジア今昔映画祭 vol.3  渋谷ユーロスペース 005)

④苦い果実
監督:カマラ・カマロワ 出演:シャヒダ・ガフロワ シャフナズ・ブルハノワ ベクゾッド・ハムラエフ  ババ・アンナノフ 1975ソ連(ロシア語)61分


ウズベクの田舎町(ここも開発が進んでダムなどができつつあるようすが描かれる)に住む祖母のもとでひと夏を過ごす少女二人と、町の少年の物語で、少女たちは軽やかなサンドレス、男の子たちはTシャツにベルボトムのパンツという、いかにも当時の都会風俗という感じで、置かれた自然の情景を別にすればむしろフランス映画風面持ちもあるソ連時代のヌーベルバーグ?という感じ。ことばもロシア語で、地元で長く暮しているという設定の祖母も「パブ―シュカ」と呼ばれる。少女たちの感情が繊細に描かれ、見ていて心地よいが、物語自体は少年・少女の心のふれあいとそこから生まれる行き違いと、別れで必ずしも甘い話ではないのだが…。私がウズベク共和国に行ったのは確か1982年で、この映画はそのわずか7年前の作品だが、私の見た当時のウズベク世界とは全く別物という感じで、ソビエト化とはこういうことなのか…と思わされた1本。
(1月7日 中央アジア今昔映画祭 vol.3  渋谷ユーロスペース 004)

③ファリダの二千の歌
監督:ヨルキン・トゥイチエフ 出演:サノバル・ハクナザロワ バフロム・マチャノフ イルミラ・ラヒムジャノワ イルミラ・ラヒムジャノワ マルジョナ・ウリャエワ 2020 ウズベキスタン(ウズベク語 ロシア語) 110分 ★


年末に中断したウズベキスタン映画特集の続き鑑賞の開始。
1920年代、ソヴィエト化が進むウズベキスタン西部で伝統的な一夫多妻で暮らす一家ーーまあ、なんというか、中老の夫カミルは一棟に、妻3人は別棟で家事をしながら共同生活。そこに若いファリダが4人めとしてやってくるところから話は始まる。この一家の暮しがどういう家業によりなりたっているのかはわからないが、素封家という感じではある。一家に子どもはいなくて、4人目のファリダはそれを期待されてきたのだが、他の妻たちは妹のように彼女に接しながら、それぞれに複雑なというか感情を抱いているような描き方。最も情熱的な2番目の妻ロビの酌で夫が酒を飲み、大皿から一口手づかみで飯を口に運ぶと、4人の妻が同じ大皿からそれぞれ手で飯を食べる、という食事の様子を真上から撮った映像がすごく印象的。あと、横並びで髪を洗うとか…象徴的な場面が多い。前半妻たちの生活は穏やかに淡々と描かれるのだが、この村も外界と無縁ではなく村はずれに現れる革命派?の男、ファリダの知り合いのようなのだが、かかわりを持ったと疑われた3番目の妻マフラトは夫の制裁を受けて指を切られ、スプーンで食事をするようになる(これも象徴的・様式的に描かれる)。カミルも何か秘密を抱え、年かさの一番目の妻(途中で、彼女が「実は私は1番目ではない」という場面も)はそれを知り、食事を用意して若い妻に運ばせている…というようなところから、ファリダの妊娠、カミルに拒まれたロビの出奔、村はずれの男の来訪等々が後半家族の生活を脅かし、とうとう最後は衝撃的にこの一家が解散して、革命軍の指揮官となったロビがきりりとした眉でこの村から去っていく…というウーン、古い時代を現代の視点から描いた作品?なかなかに見ごたえはあるのだが、途中かなりイライラカッカとしてしまうような男女の描きかたに耐えなくてはならなかった。
(1月7日 中央アジア今昔映画祭 vol.3  渋谷ユーロスペース 003)

②世界一不運なお針子の人生最悪な一日(Sew Torn)
監督:フレディ・マクドナルド 出演:イブ・コノリー カルム・ワーシー K・カラン ジョン・リンチ 2024 アメリカ・スイス 100分

監督はなんと2000年生まれの25歳。19歳で同名の短編映画を作り、それが見出されてこの長編を作ることになったとのことで、まあ、天才でもあり超ラッキーボーイでもあるということか?内容的には「もし~でなかったら」という選択映画で、お針子というか母の残した、、傾きかけた洋裁店(刺繍の写真が語りかけてくるカード・壁掛けが売り物で、このビジュアルがまたなんかキモチ悪い)を営むバーバラがある日出くわした事故ー道に倒れるバイク・男たち・散乱する白い粉・大金の入っている(らしい)トランクという場面に遭遇し、「トランクの横取り」「通報」「見て見ぬふり」という三つの選択のそれぞれのその後の物語が語られていく。倒れている運び屋の父親というのが狂暴なギャング?でトランクを取り戻しに来るのに立ち向かうのが、3つの話に共通する概ねの筋だが、それぞれの場面で窮地に陥ったバーバラが得意の針と糸を使ってピタゴラスイッチみたいな仕掛けを作り窮地を脱出するが、それにもかかわらず最後は追い詰められて悲惨な最後を遂げる(この最後場面は映画の初っ端に続けて出てきて、何が始まるのとも思わせるが、ウーン映画をつまらなくしている気もする)。そして最後は??という救いもあるのだけれど、ウーン。そして一つ一つの話もバーバラの活動ぶりなど丁寧に描いてはいるのだが、バーバラのあり得なさそうなピタゴラスイッチ以外はそんなに意外性も面白みもなく、んん?ちょっと面白かったのは、事件の発端となる結婚式を控えてバーバラに衣装合わせを頼む女性も、2番目の話に登場する保安官+判事+??という女性もみな中年というよりは高年老婆というに近い風貌で、これってなんだろ?若い監督の世界観の反映かしらん???舞台となったスイスの景色はとーても美しく、旅心を誘われる。(1月5日 新宿シネマカリテ 002)


①マッドフェイト 狂運
監督:ソイ・チェン(鄭 保瑞) 出演:ラム・カートン(林家棟)ロックマン・ヨン(楊樂文)吳廷燁  伍詠詩 2023香港 108分 ★

昨年大評判だった『トワイライト・ウォーリアズ決戦九龍城砦(2024)⑨⑬』、そして本作と同じ林家棟を主役に据えて香港を舞台に作った 『リンボ
(2021)⑪』のソイ・チェンが『トワイライト・ウォーリア』より前に企画したという作品を、間もなく閉館が決まっている映画館(シネマ・カリテ)で見るというのが新年第1弾の映画鑑賞。で、これはまた、やってくれるじゃないのというけっこうナルホド映画で面白かった。『リンボ』では妻に災厄をもたらした犯人に狂気と言ってもいい復讐をする刑事だった林家棟は本作では自身の両親が狂気に陥ったことから、自分も狂うのではないかとおびえる(すでにやや狂気の気配もある?)占い師で、彼は厄を払うとして雨の夜擬似死を与えようとした女性の厄払いに失敗(大雨のゆえ)、その夜女性は殺されてしまう。助けようと駆けつけた現場で彼が見つけたのは、デリバリーの配達に来たが雨に濡れた文字ゆえに配る部屋を待ちがえて殺人現場を目撃してしまい「喜び?」に震える青年。青年小東は幼い時から殺人衝動を抑えられず、猫殺しや、姉を襲うなどしてケガをさせた刑務所帰り、家族からも持て余されている。この事件で刑事に追われることになった青年を、占い師は殺人衝動から抜け出させ、彼の運命を変えようとかくまい、面倒を見始める。というわけでだんだん殺人願望から逃れ出ていく青年と、反対に狂気に駆られていく占い師のぶつかり合いというか、と書くとすごく暗くて気持ち悪そうな話で実際そうなのだけれど、ソイ・チェン映画の画面の美しさはここでもまた格別だし、案外コメディカルで、ふっと笑わせられるような場面も多いし、まじめな人情味もあり、香港の中だけで終始する人間関係の潔さー竜マークもなしーとかで飽きさせない。ただし殺されるのは香港の娼婦たちで、殺される場面のエグさとそれ以外の女性場面はほんの少し?という感じだし、これも『リンボ』や『トワイライト…』と同じで、描かれているのは男(の子?)の世界だなあとも思わざるを得ないけれど、ま、そういう人(登場人物・作者)がいてもいいかなと思うくらい、それなりにひきつけられる世界。ラム・カートンの狂気もさることながら、MIRRORの美青年、ロックマン・ヨン、薄気味悪くて貧相で悩める青年役、いいゾ!(1月5日 新宿シネマカリテ 001)








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