秋の映画祭  2021/10〜11

 

いよいよ今年も映画祭開幕ー東京国際映画祭の会場も六本木から有楽町界隈に移り、有楽町駅前に看板とチケットブースが建ちました。ほぼ同時開催の東京フィルメックスの会場と近くなり、行ったり来たりがとてもラク。とはいえ限られた時間の中、あっちに行くか、こっちにするかで、悩ましいのは相変わらずでした。日本橋での中国東京映画週間も合わせてご報告…もう終わって1週間以上もたってしまいましたが、仕事に追われ、間には山にも1日、ですっかり遅くなってしまいました。ちなみに隔年の山形国際ドキュメンタリー映画祭はオンライン開催。結局、オンラインだと「出かけない」分見られないという感じでした。

2020 中国・東京映画週間(C)

①1921②婚活ママ(尋漢計)③サヴァの向かう先 (薩瓦流淌的方向)④僕らが空を照らしたあの日 (燃野少年的天空)⑤こんにちは、私のおかあさん(你好 李焕英)➅トップ・オブ・ザ・シティ(大城大楼)⑦アウトブレイク〜武漢奇跡の物語〜(中国医生)


第34回 東京国際映画祭 TIFF(T)

➇アメリカン・ガール(美國女孩)⑨世界、北半球⑪リンボ⑱ムリナ⑲ヒメノアール⑳異郷の来客㉒箱㉓もろい絆  ㉔テロライザーズ


第22回 東京フィルメックス(F)

⑩瀑布⑫見上げた空に何が見える?⑬砂利道⑭ただ偶然の旅⑮永遠に続く嵐の年⑯永安鎮の物語集⑰アヘドの膝㉑時代革命

映画につけた番号は3つの映画祭の通し番号、一番最後の番号は今年劇場で見た映画の通し番号です、イチ押し映画?だけ★つけました。あくまでも個人的好みですが…。


C① 1921
監督:黄建新 鄭大聖 出演:陳坤 黄軒 王仁君 劉昊然 倪妮  2021中国 137分

中国共産党結成100周年、当然習近平称揚映画ということにもなるんだろうが、うまくできているよなあ。1921年にいたるまでと、結党後、多くが国民党に粛清される期間を経て国共内戦あたりのところはモノクロのドキュメンタリーっぽく撮った映像で挟み、間は陳独秀の陳坤、李達の黄軒、毛沢東の王仁君を中心に中国あちこちから建党のために上海に集まってくるイケメン(当時の平均年齢28歳とか)たちのあれこれ群像に、陳や李達の妻ら、理解と内助の功?(接待をしながら会議には加わらず、しかし内情はしっかりつかんで検挙の時などは働くって、男にとってすごい都合のいい女たち?)を果たす女性たち、そしてそれを阻む?パリ・コミンテルンのスパイ?とか日本の特高(奥田暎二がボスで池松壮亮がカンカン帽にスーツで決めて上海で偵探のはて暗殺される)とか見せ場をいっぱい作って、ウーン。共産主義が称揚され、国民党がとりあえずの敵対勢力になっているのは確かだが、労働者独裁を叫んだりする会議の様相や、『唐人街探偵』の劉昊然が現代風の童顔で叫ぶ教義?などはなんか危なっかしい感じもあって、もしかして黄建新、内緒で皮肉も込めたのかなとも思えるようなところもあり、構成も単なるプロバカンダ映画に終わらせないようにしてる?と思える―中国語がきわめて容易明快で、加藤浩志氏の字幕もなかなかにすっきり明快でわかりやすいのもいいのかも。(10月25日 日本橋TOHOシネマズ 中国・東京映画週間 226)


C ②婚活ママ(尋漢計)
監督:唐大年 出演:任素汐 李保田 王子川 2021中国 109分

なーんかなぁ。こういう人生観がコメディになるっていう中国の非人間的・保守伝統主義っていうか…、それと一人っ子政策が絡んでこういう映画ができるのかなあ。
2015年35歳のOL王招は職場の忘年会で外車の1年間の使用権を獲得、ってこれもすごいね、中国。しかし彼女には悩みあり。すでに離婚して遠方に暮らす元夫との離婚を同居の祖父に隠しているばかりか、たまに元夫が北京に出張してくると家に泊まらせ…そして妊娠。しかし妊娠を打ち明けたとたん夫は逃げ出す。このあたりまあなんというかイライラするようなかわいい女ぶりを示そうとする王招。でどうするどうする。SNSで知り合った男と会ってみると変な奴、家を出て再婚した母と異父弟にたかられ、もう何なのこれ?
祖父の怪我からSNS男が実は祖父の知り合いだったことがわかり、母と弟から離婚がバレ、祖父には妊娠もバレ、祖父は孫娘のために婚活を始める…。要は婚外子には戸籍も与えられず、教育もあらゆる権利も受けられないという当時の中国の制度下(二人目以後も黒孩子だし、王招の弟・来(姉弟で招来になってるわけね)は母の再婚が不調で戸籍で苦労したというセリフからも…)で何とかすり抜け父親になってくれる結婚相手を捕まえようという個人対処を描くわけだが、ウーン。怒りつつ?恋に落ちそれまでの無頼風から小ぎれいに変わっていく相手の男によって幸福を得るってなあ。ただのおバカ恋愛映画になっていくわけだ。最後にこの戸籍制度は2016年に改められたという字幕が入るが、これもなんかいいわけみたいだ。社会派ドラマとみればいいんだろうか。(10月25日 日本橋TOHOシネマズ 中国・東京映画週間  227)


C③ サヴァの向かう先 (薩瓦流淌的方向)
監督:陳丹燕 2021中国 93分

中国人作家のユーゴスラヴィアへの旅、度重なる戦火の後(廃墟となった建物とか)を案内者とたどるところから、貧しさの中で文化維持のために奮闘する老出版社編集長兼社長、一日だけの展覧会を企画して、平和だった時代の物品を全国から集めて展示する人々やそこに集まる人々のインタヴューなどを綴って興味深いのだが、難点と言えば、字幕の日本語の下手さ加減。直訳調でぎこちない単語遣いもだし、そこにてにをはの混乱(提題の「は」が使えないのは中国語話者の特徴)態の混乱なども加わって、見るに堪えない「ですます調」(まあ、なまじ普通体でタメ口セリフにしていないのは、友達どうしの会話場面などではやはり不自然ではあるが、まあ好感をもった)。中国語と英語部分はなんとか意味は取れるのではあるがユーゴ語?部分は正しいかどうかも不安で、気になって気になって画面に集中できないのが残念だった。(10月26日 日本橋TOHOシネマズ 中国・東京映画週間  228)


C④ 僕らが空を照らしたあの日 (燃野少年的天空)
監督:張一白 出演:彭昱暢 許恩怡  張宥浩 尹正 2021中国 108分 ★

海南島海口を舞台に大学受験に失敗して予備校に入る少年と向かいの女子高の少女たち(AKB風?)のダンスと淡い恋の物語。
1000人の若者たちがダンス練習をして挑んだとかいう大群集劇でもあり、両高の間には大きな観覧車(壊れた)が橋のようにかかってそのうえで少年・少女が恋を語る。
海南名物干物?の店が少女の実家、父はサミー・チェンを少女の母だと偽り、という具合に盛りだくさんな設定で楽しめるが、なんか中国の話でないような?『ラ・ラ・ランド』をちゃちにしたようなダンシング映画?女の子たちはそれなりだけど、主役のアイドル彭昱暢(『象は静かに座っている』(胡波 2018)の少年だ!)をはじめとして男の子たちはなんかすごくダサくてイケメンぞろいの『1921』とは大違い?(聞くところによると、実は皆超美形で、ダサいのは役作りなんだとか。ナルほど!)まあふつうのダメンズたちの幸せを求める物語ということなんだろうが。
ところで映画の中で「くさい干物女子」とかって臭いで悪口を言うようなシーンはどうなんだろう。いかにも汚らしい風体ではないのにそういう形容するって、いじめの種をまいているようなものではないか?と、気になるところは多々ありつつも、全部終わってみるとなかなか印象に残る生きのいい映画ではあった。(10月26日 日本橋TOHOシネマズ 中国・東京映画週間  229)


C⑤こんにちは、私のおかあさん(你好 李焕英)
監督:賈玲 出演:賈玲 張小斐 沈騰 沈赫 劉佳 賈文田 2021中国 128分

なかなかやるなあ、賈玲大活躍という映画。コンセプトとしては『バック・ツー・ザ・フューチャー』(ロバート・ゼメキス1985)『新難兄難弟(月夜の願い)』(ピーター・チャン/リー・チーガイ1993)『乗風波浪』(2017韓寒)と同じようなコンセプトーつまり親の若い時代にタイムスリップした子が、若い親の幸せのために動き自らも新しい自分を知るというような…なのだが、これは今までのと違って母と娘の関係。母の幸せは(父ではない)よき男と結婚して自分のような娘ではない娘を生むというのはまあ、なんというか父と息子のときにはなかった流れ?
そしてその娘が監督自ら演じる太目で、まあ美人でもなく才能もイマイチで母には悲しい思いをさせているという自覚っていうのも、母は実はそんな娘でもかけがえのないものとしていたことに気づくという結末も、ウーン。冷静に考えるとどうなのよ…の人情コメディなんだが、構成とか、各場面の笑わせ方とかがうまいのでついつい見せられてしまいひょっとしたらじんわり感動してしまいそうになるのがオソロシイ、という映画だった。
どうもエンドロールでは、この話自体が監督の48歳で亡くなった実母と本人の話に基づいているらしく、監督の実の父が、現代場面の父を演じているらしくもあり(過去の父は役者でよく見る顔なんだけれど名前がわからない。親子と言っても違和感のない顔つきで笑ってしまう)それも含め賈玲ただものではない。(10月26日 日本橋TOHOシネマズ 中国・東京映画週間  230)


C➅トップ・オブ・ザ・シティ(大城大楼)
監督:謝鳴曉 出演:陳奕龍 李媛 佟瑞欣 2021中国 90分 

新手の中国企業宣伝映画?上海デルタで東方明珠や上海センタータワーの建設を見て育った姉弟、姉劉安は国連軍?に参加後上海センターにある不動産会社の副社長、弟劉石は保育園勤め、アーマードバトルで中国古代の甲冑をつけて戦うことを夢見ている青年。
弟の勤める保育園の園児鵬鵬の眼が見えなくなり、脳腫瘍と判断される。劉石は、父を亡くし貧しい鵬鵬母子の手術代を集めるために上海センタータワー上での格闘を動画アップしようとして大騒ぎに。
姉安は怒るが、弟の真意を知り協力…といってもこちらは社長と相談、かつてセンタービルの建設現場で働き、同じく現場作業員だった鵬鵬の父とも知り合いだった社長が、劉石の企画を合法的にやらせ、寄付を集め手術を、そして余った寄付で上海デルタの貧しい子どもたちのために基金を作り、劉安は会社を辞めてそこの代表になるという…というまあ、なんか美談仕立てである。
上海タワー上でのハラハラさせるようなアーマードバトルのアクション格闘シーンもまじえ、タワー上からのやたらに美しく撮った上海夜景や、沈む夕日のシーンなどもまじえというわけで、見ていてあほくさくなるような、国威というか企業というかの称揚映画になっているところが、なかなか…。今後の中国映画の一方向、という映画かもね。(10月27日 日本橋TOHOシネマズ 中国・東京映画週間  231)


C⑦ アウトブレイク〜武漢奇跡の物語〜(中国医生)
監督:劉偉強(アンドリュー・ラウ) 出演:張涵予 袁泉 欧豪 朱亜文 李晨 2021中国129分

2019年年末の謎の新感染症発生からから2020年新型コロナ撲滅!までの武漢の医師たちの戦いぶりを描く、というわけで、もちろん医師たちは何日も家に帰れず、家族を置いて上海から出張させられるもの、自らが倒れる若い医師、妻がコロナに倒れる病院長(本人はALSで将来は寝たきりになると予測、妻に自分の面倒を看るのだろう、死ぬなとスマホで呼びかけるーう…、病の妻を励ますレトリックであろうとは思いつつ強面の張涵予の顔つきや、それまでの映画の中で疲弊した病院職員を鼓舞して「患者はすべて受け入れよ」と怒鳴る姿も合わせて、なーんかな。
背後に習近平体制への称揚賛美がちらつくのも今期この映画週間上映の映画の常で、おまけにこの映画ではWHOの賛美までも、というわけでまだまだコロナに苦しむ人々、国々が多い中でこんな脳天気な映画をぬけぬけとよく作るという感もなくはなく、それが『インファナル・アフェア』のアンドリュー・ラウ(『中国機長』(2019)よりさらにヒートアップだし)というのがカナシイ。たくさんの人が映画の中で死ぬが、最後まで結論を引っ張り引っ張り、主要人物(患者)は助かってしまい、終結した長江沿いをけっこう過密状態で歩くシーンで終わり。
これは実存の新設された病院の中で小学生くらいの少女がボランティアとして腕章をつけて飛びまわていたがありゃ何?防護服もつけていないので、患者の一人?武漢は15年ほど前に訪れ、これから地下鉄を作るという町(おもに武昌側の広々とした公園のような地域や、昔ながらの漢口)を現地の人に案内されつつ一人で大分歩いたが、まったく違う町、上海市街とも見まがうような高層ビル林立、あでやかな夜景の近代化都市化ぶり、その変化がたった10数年で起きているスピードに驚く。さすが、中国!『武漢日記』の世界やコロナを警告し、自らもり患して死んだ医師などは全く出てこない映画でもある。(10月28日 日本橋TOHOシネマズ 中国・東京映画週間 232)


T➇アメリカン・ガール(美國女孩)
監督:阮鳳儀 出演:林嘉玲(カリーナ・ラム) 凱(カイザー・チュアン) ケイトリン・ファン 2021台湾(中国語・英語)101分 ★

東京国際映画祭の1本目。久しぶりのカリーナ・ラムが二人の娘を連れてアメリカから台北に帰国した母で、ま、当然と言えば当然なんだがその成熟ぶりというか、母ぶりに驚く。描かれる時は2003年のサース禍の真っ最中、母は乳がんにかかり治療(というか本人は終末治療の気持ちもある?)で台北で一人暮らしていた夫の元へ帰国する。これ香港が舞台なら納得するが、台湾というのは?別に離婚していたわけでもないし、自分の人生のため、娘たちの教育のために行ったのかなあ。とすればこれこそ母にとってはどんなに無念の帰国かとも思われるが、映画は一貫して中学生ぐらいの自分のことしか考えない娘の視点から、中国語よりは英語が得意になりアメリカ生活を謳歌していた娘の、母国と言えどももはや異文化への悩みとそこから来る母への反抗の過程として描かれる。
台湾の学校は体罰もある強圧的な教師支配の場としても描かれるが、一方母との確執を察して弁論大会で気持ちを語るように諭してくれる教師もいたり、妻や娘のために深圳との間を往復しつつ仕事に駆け回るが、決して家族からそっぽを向いているのではない、理解者であろうとする父の存在、そして娘が何より愛していた馬とのかかわりの中で、自分と両親、特に母との関係を見直すなどが、妹のサース?罹患を機に描かれ、娘が自分の居場所を定めていくという成長譚として描かれるのだが…。ウーン、しかし、母の人生は多分これで解決とはいかず、人生の主人公が母から娘に映った瞬間なのだろうなと「母」の側の立場の一部には覚えもある身としてはほろ苦さも残る佳作であった。娘には監督自身の自伝的要素も取り入れられているとか。(10月31日 ヒューマントラストシネマ有楽町 東京国際映画祭アジアの未来 235) 


T⑨世界、北半球
監督:ホセイン・テヘラニ 出演:レザ・ショハ二 メーラン・アタシュサイ サイデー・アルバジ 2021イラン 81分

こちらはイランの少年を主人公にした映画。最初市場で大人の男が、鳩を売る少年に嫌がらせをして鳩の首をもぎ取って殺す―衝撃的、本当にやったのか…という場面から。、いとこの30男との結婚を一族の男たちに迫られるまだ10代の少年の姉、きっぱり断る母もなかなかだが、これも姉娘にとっては重荷かも…、そして地雷でバイクごと吹っ飛ぶと少年と、ところどころに衝撃的映像を挟みながら、しかし基本的には厳しい日常を淡々とロングショット中心で描く。父なき一家4人が畑を耕していると人骨が現れる。戦争に関連したものが掘り出されるとその畑は封鎖され入れなくなるという中で生活の糧を奪われることを拒もうとする厳しい顔つきの母とかとの関係が淡々と描かれ印象的ではあるのだが、うーん、やはり展開的にも文化的にもちょっとなじめない感じが残る、映画祭ならではの映画というところ。(10月31日 ヒューマントラストシネマ有楽町 東京国際映画祭アジアの未来 236) 


F⑩ 瀑布
監督:鐘孟宏 出演:アリッサ・チア  王淨 チェン・イーウェン 2021台湾 129分★

ジョン・モンホンは一昨年東京国際映画祭の『一つの太陽』を見た。その長さと二人の息子と父親に、母親や息子の友だちなどが複雑に絡み事件も大きなのがいくつも?起こり、見ごたえは感じつつもいささか途中でだれ、疲れたのを思い出す。それに比べるとコロナ禍の2020年3月から8月?までの一組の母子に焦点を絞った物語は、途中母の精神的不安定による幻想?、不思議な滝音の話とあたかもその滝が流れてくるような最後のダムの放水に娘やその友達一行のキャンプが巻き込まれるというような、象徴的な意味を持つような衝撃的なチョン・モンホン的シーンも含みつつ、筋立てとしてはすっきりまとまってわかりやすい。母が企業の一員としてバリバリ働く中で高3の娘の級友がコロナ発症、娘は濃厚接触者として自宅隔離になる。それに伴い母も出勤を止められ自宅待機になるが、そこですさまじい娘の反抗的態度と外壁修理のためのブルーシートを張り巡らされたマンションの息詰まるような閉鎖性の中で母の方が精神的なバランスを崩していくというのが前半、後半は娘が打って変わって大人びて母の世話を焼く中で、失業した母はそれにもかかわらず出勤したりと少し異常な行為を繰り返し、別れて再婚した(そして結婚中の背信を示すような大きな息子もいる)夫を頼ろうとする中で、娘があれこれ苦労しつつ成長して母との仲も改善されていく様子に後半ほっとさせられ、スーパーの店員として再出発した母には頼りになりそうな男性も現れる。しかしここでは話が終わらないのが鐘孟宏世界で、まあ結構話を引っ張るが、終わりはまあ納得??というところか。そんなにびっくりするような出来事は少なく、むしろ地味と言ってもよいが、吸引力のある作品に仕上がっている。国仲涼子似の王淨が印象的。母役も精神の動揺に合わせて表情のみならず顔の肌理まで変わっていく繊細な演技だ。(11月1日 有楽町朝日ホール 東京フィルメックス237)

T⑪リンボ(智齒)
監督:鄭保瑞(ソイ・チェン) 出演:林家棟(ラム・ガートン)、劉雅瑟(リウ・ヤースー)、李淳(メイソン・リー)、池內博之、沈震軒(サミー・サム)、廖子妤(フィッシュ・リウ)  2021年香港 118分 ★

モノクロで映し出される香港の市街やゴミの山というか、どこまで行ってもゴミゴミゴミのガード下の集積場の泥水の地面のすさまじさ。そこに転がる女性の死体とか、もうエグイエグイという情景をあくまでも無機質な、未来都市みたいな雰囲気もこめて映し出す。
発見された左手から猟奇殺人事件の捜査にかかわるベテランと新人だが上司という組み合わせの二人。ベテラン刑事ザムはなぜか執拗に一人の女性を追い回し追い詰める。これが中盤から実は彼女が交通事故で刑事の妻を意識不明の重態に陥らせ、自らは服役を追えて出てきたばかりとわかる。刑事の執拗な追跡はいわば妻の仇を取る私憤でもあり、刑期を終えた王桃という娘は行く当てもなく結局麻薬の売人たちとかかわりを持つ。逃げたのは刑事に情報を取られ売人たちの報復を受け殺されることを恐れてのことだがそんな事情にお構いなしという感じで見つけた娘を殴る蹴るの刑事?これってどうなの?と思わせつつ、後半ゴミ集積場で左手殺人の関係者?が追いつめられ、刑事に情報を流した王桃も絡んで二組別々の追跡と暴力が炸裂…と見ていて全然心地よくない映画で、登場人物も前半とにかく可愛げ微塵もなく共感できる人も出てこない。が、最後ウーンなるほどね、となるのがすごい。
追い詰められた王桃の捨て身の反撃、左手フェチの不法滞在の日本人ゴミ収集人(池内博之が凄みを見せるが、ちょっとガタイが良すぎる感じかな)拳銃を王桃に奪われる若い刑事、彼をかばうベテラン刑事(こんな必要あるかなと思うような小細工的操作をPCに)、くんずほぐれつという感じで大雨のごみ集積場での行ったり来たり(この大雨は中国系大好き?『迫りくる嵐』を思わせる)そして…ゴミ置き場に縛られ捕らえられるも逃げ出す王桃、犯人を追う刑事、王桃に刺されるも不死身?の犯人。最後は…あるところからは先が読めてしまうが予想通りの展開で、ベテラン刑事は亡くなった妻とともにあの世へ…というのがネタバレ終幕。前半ちょっと心優しい風を見せる池内の犯人はここでは顔を見せず、終わりになって顔があらわれると、それまであまり共感の持てなかった二人の刑事がちょっと人好きするような雰囲気に、王桃も最初のとんがった雰囲気から最後涼やかなはかなげな表情になるのがカメラの魔法かな、なかなかに興味深い。「リンボ」はラテン語で「辺獄(天国と地獄の間にある未受洗のものが行くらしい。仏教的には賽の河原かな)、「智齒」は「親知らず」でこれは若い刑事ウィルがずっとその痛みに悩むというところから。どちらもなるほどの命名という気がした。(11月2日 有楽町よみうりホール 東京国際映画祭ガラ・セレクション 238)


F⑫ 見上げた空に何が見える?
監督:アレクサンドレ・コぺリゼ 出演:2021ジョージア・トリビシ 150分(2部仕立て 観客に眼を閉じよと求める大胆演出) 最優秀作品賞★

ウーン、分からん。すごくきれいな映画で、不思議な話なのだが、筋に関係のないような人々が大勢出てくるし、そこはとりとめもない感じ。最初は足元で表すおしゃれな感じの男女の出会い、二人は1日のうちに何回か遭遇し明日のデートを約束するが、呪い(といっている)によって一夜のうちにそれぞれ別人に。ーサッカー選手だった男はサッカー能力を失い橋のたもとのカフェの主人の勧めで、道端で懸垂をさせて稼ぐ、一方女は薬学の知識を失い薬剤師の職を失って同じカフェでアルバイトをする、二人は同じ人物と気づかず知り合う。そこに映画づくりをする監督とコーディネーターが絡み、二人は声をかけられ断り切れぬままに映画出演することになりその中で付き合いが深まっていくそして最後の映画ラッシュの上映で画面に映ったのは…という大筋建て言うと一種のおとぎ話というかファンタジーなわけだが、その物語以外のサッカー、子どもたち、アイスクリーム、赤い橋と白い橋のたもとのサッカー観戦のカフェ、そしてそこに映画を見に行く犬とか、ちょっと眠くなるようなゆったりした音楽群の中で延々とロングショット長回し、その部分はちょっと町を映したドキュメンタリーみたいなところもあり(こどもたちが延々とサッカーに興ずるシーンとか、サッカー観戦する人々の表情とか、腕とか足だけを結構長く撮るとか)、物語のおとぎ話がそこから浮かび上がるというより埋没して延々とある感じで不思議な映画ではあり、最後に子どもたちが裸で駆け上がる階段の上の空が「見上げた空」でまさに何が見える?という感じ。印象的だがウーン、しばらくたったら忘れるかも。鮮やかにではなくちょっとくすんだ感じで撮られた画面も印象的だが。映画祭だからこその実験映画かも。ーと思ったら、なんと22回フィルメックスコンペで、最優秀作品賞に輝いた!なるほど!(11月2日 有楽町朝日ホール 東京フィルメックス 239)


F⑬ 砂利道
監督:パナー・パナヒ 出演:ハッサン・マジュヌニ パンテア・バナヒハ ラヤン・サルラク アミン・シミアル 2021イラン 93分 ★

一家4人テヘランから国境の村に旅して、そこでずっと運転をしてきた長男がどこかへ行きー国から逃がすということのよう(監督によれば政治的な理由より若者が将来を開くためというふうに受け取ってほしいということ)。送って別れた帰り道では弱った犬が死ぬという筋立てとしてはそれだけで、そこに関わる人も特には多くはない。ほとんどは車内場面で、足にギプスをして動けない父と幼い息子の後部座席と、屈託を隠しつつ口うるさい、美しい母とこれも屈託ありつつ運転に没頭する長男との濃密というかいささか賑やかすぎる空間と外に広がる砂漠っぽい世界の対比で全編作られていて、息子と別れるまでのサスペンス的雰囲気も感じさせる。
父は母にちょっとバカにされているふうに突っかかられるが、別れる前長男とも、長男が去った後幼い息子とも夜の空間の幻想的なシーンで対話をしており、これがある意味パナヒの息子からパナヒの父を描いた映画という気もする(監督はジャファール・パナヒの息子でこれが長編デヴュー作)。
それにしても幼い息子の達者な演技力はいささか鼻に突くぐらいで脱帽!6歳半で字もまだ読めないそうだが非常に頭のいい子だとのこと。監督によれば車の中は一種の自由空間で、女性はスカーフもしなくていいとか、大声で歌ってもいいとかで、家の中よりの自由な演出ができるのだそうだ。ロードムービー+現代のイラン社会の問題(11月2日 有楽町朝日ホール 東京フィルメックス 240)


F⑭ ただ偶然の旅 
監督:李孟橋(クィーナ・リー)出演:リア・ドゥ ギバー・ホウ 2021中国 110分 ★

竜のマークが出た2021年国家電影局003番の映画なんだが、すごーいシュールというか実験的というか、哲学的なのか心身癒し系宗教的映画なのかよくわからない。ほぼモノクロで、ときどき(特に終わりあたり)きわめて美しいカラー画面が入る。プールでヒロインと悩める雰囲気の男子のツーショットから入り、チベットに旅したヒロインが食堂で神秘の海老?に遭遇、これを連れ出してエビがとれたという明道灯台に返す旅に出るわけだが、最初の車が壊れチベット族の車(満艦飾)を乗り継ぎ、その過程で幻想とも現実ともつかぬような様々な人々に遭遇する。中で一番普通のオジサンとして王志文がすっかりジイサンという雰囲気で食堂の主人を演じ、演歌?っポイ歌まで歌っているのにびっくり。タンクトップでヒロインに家に帰れと諭したり、自分は5日の予定で雲南に来て30年たったとかいう。さすがの存在感。リア・ドゥもいい感じだし、印象的には結構面白かった。(11月2日 ヒューマントラスト有楽町 東京フィルメックス 241)


F⑮ 永遠に続く嵐の年
監督:ジャファール・パナヒ他 2021アメリカ・中国・タイ・UK・シンガポール 115分

パンデミックの1年を世界的な監督7人が描くアンソロジー。それぞれの全く違った語り口で個性を楽しめる?しかし、私は最初の2本〜3本目くらいは面白く見たのだが、ウーン、サイバー・テロを扱いリモート会議の画面での意見主張が続く感じのアメリカ編あたりからちょっとつらくなり、最後ベッドの誘蛾灯に集まる虫やヤモリを延々と描くタイ編にいたってはごめんなさい、という感じ。それとやはり日本が参加していないのは残念かな。斎藤工プロデュース作品、例えば家庭内リモートでの兄妹の喧嘩を描いた『カレーライスができるまで』の伴映短編『HomeFight』(清水康彦2021)なんかをちょっと膨らませてここに並べたら日本のパンデミック状況の特徴・特異性?も見えて面白かったのに、なんてないものねだりをしてしまった。
以下7本の簡単紹介。映画それぞれには題名がちゃんとついていたが、プログラム等には名前なし。それが残念。
①ジャファール・パナヒ(イラン) コロナで閉じこもるパナヒ家(登場しない息子パナーへの言及もちゃんとあった)に監督の母が防護服姿で訪れるひととき。監督の娘との携帯電話での「死をめぐる」会話があったり、一家のペットであるイグアナが延々と映し出され、なんか聴衆も可愛く感じられるようになる。最初怖がっていた母が最後にイグアナと手をつなぎ?同じく飼われている鳩のヒナがかえった様子を見つめる、パンデミックの中にも人につながりやそこへの希望が感じられる一作。
②アンソニー・チェン(中国)周冬雨と張宇が幼い子供がいる夫婦の封鎖下の45日間の暮らしぶりを描く。最初の場面春節のの父とのテレビ電話の通話から始まり、家でリモートで仕事をする妻のいらだち、夫の方は仕事が止まり?家庭待機で息子の面倒はもっぱら夫の仕事だが、妻は騒ぐ二人にあったったり。夫が友人の出産に貸した8000元に妻が切れ、ますますギクシャクしていく関係がとーってもリアル。でもこれも最後ちょっとだけ希望の証というほどでもないがあるのがうれしい。
③マリク・ヴィダール(米)3人の子どもたちと別居中にコロナ禍に見舞われ、会うこともますますままならなくなった黒人の父親と子どもたちを繋ぐ携帯テレビ電話とアニメーション。ポップなイメージの中に悲しみや愛情がじんわりにじむ。
④ローラ・ボイトラス(米)これがサイバー・テロ問題を扱った討論映画。ドキュメンタリーである。見ていて怖くなるけれど、この1年の問題というよりは現代の世界情勢としてみるべきなんだろう。
⑤ドミンガ・ソトマヨール 中年女性とテントを担いで出ていき、連れ戻される娘の日常だったかな…。
➅デヴィッド・ローリー ??忘れた!出てこない…。この監督は『ア・ゴースト・ストーリー』(17)ってとても印象的な映画を見たのは覚えているのだが…。観客レヴューなどではこれがいちばんいいと言っているものもあって、残念。④⑤で集中が切れた…。
⑦アビチャッポン・ウィーラセタクン(タイ)これがシーツ・ベッドと窓枠だけを舞台に昆虫類が飛び、うごめき、食い合うという映画で、ずーっと。コワいし、動かないところは蔡明亮映画を思わせるところも。なんか言いたい気持ちはわかるが、疲れる。
(11月2日 有楽町朝日ホール 東京フィルメックス242)


F⑯ 永安鎮の物語集
監督:魏書鈞 出演:楊子姗  黄米衣 劉洋 梁穎 2021中国 123分 ★

湖南省永安鎮という今やさびれつつある町とその向こうにそびえる経済区の新しいビル群というような街に映画撮影隊がやってくる。一部(ただ待っている)二部(見た目はいいけれど)ではそれを迎える町の人々の心模様を、撮影隊が世話になる食堂の娘ー若いけれど子持ちー、町出身でいわば故郷に凱旋する主演女優の視点から、そして三部では撮影隊の上手くいかない監督と脚本家の丁々発止?でもないけれどケンカや議論を含むやりとりで映画論?が展開されるという作品。実は撮影隊を迎え浮き立ち、自分にも声がかかることを期待するような人々を描いた一部では意外性もなく普通?と思ってみていたのだが、女優の視点からすり寄ってきたり、あえて目を背けたり、また昔の好きだった男友達一家が期待はずれの意外な一面を見せるのに疲れ傷つく(曇った車窓に目を描き、そこから雫が涙のように垂れるという印象的なシーンは17回のテイクだったとか)女優を描く二部は面白くなり、さらに芸術意識の強い脚本家(この映画の脚本担当康春雷自身が演じている)と認めない監督のやり取りにいたって処処笑い沸き起こり、やるせなさにも満ち、映画は最高潮に達する。この展開は実際に映画作りが頓挫しかかった中で生まれた偶然の産物的なところもあるらしいのだが、侮れないぞ、若い監督。楊子姗の女優役、日本だったら誰だろうとは、同時に見た友人連の感想だが、私は見ている間中、最近の吉高由里子を想起していた。(11月3日 有楽町朝日ホール 東京フィルメックス243)


オンラインによる監督Q&A

F⑰ アヘドの膝
監督:ナダヴ・ラピド 出演:アブシャロム・ポラック ヌア・フィバク ヨラム・ホニッグ 2021仏・独・イスラエル109分

これも映画作りの映画。全編の「濃さ」に、う…。イスラエル人映画監督はパレスチナ人活動家「アヘド・タミミ」に関する映画を製作(これが「アヘドの膝」)、彼は過去の映画作品が上映されることになったイスラエルのアラバ地方に招かれ、担当の若い女性図書局副局長のヤハロムに会う。そこで彼女から上映会の質疑応答は国から承認されたトピックしか話せないと、トピックのリストを提示される。そこからがいわば検閲に抵抗する監督と、本人は体制の最前線に立ちながらそのことに必ずしも納得はしていない女性のやり取りが延々と続き、間に監督の青年時代兵役での「強制」のエピソードが挟み込まれ、最後には追い詰められた副局長が崖から飛び降りようとする…ところまで砂漠の中で濃ゆい(というしかない)容貌・行動の男女がまさに丁々発止に怒鳴り、涙を流し、叫びという感じでウーン、すごい世界なんだなーしかし監督の母が脚本家でさかんに字幕では「母さん」と呼びかけ語りかけるのは、なんかマザコンぽくもあり、その伝で副局長に甘えているような感じもするーという映画だった。(11月3日 有楽町朝日ホール 東京フィルメックス244)


T⑱ ムリナ
監督:アントネータ・アラマート・クシヤノヴィッチ 出演:グラシヤ・フィリヴォヴィッチ ダニカ・カーチック クリフ・カーティス 2021クロアチア・ブラジル・アメリカ・スロベニア 96分

若い?女性監督のカンヌ・カメラドール受賞作品だとか。話としては割と単純というか、クロアチアの美しい島で両親と住む17歳の少女ユリア。潜水が得意で父と一緒に潜っては魚を獲るというわけで、全編ほとんど白と青2種類の水着姿でかけまわる姿は一見屈託無げなのだが、父の友人ハビエルの一行が島に滞在することになり人間模様が少し変わる。彼と母の間には何か心が通い合うような雰囲気があり、父はハビエルの前で娘の行動を戒めるというわけで娘の両親への不満がこれを機に沸騰していく感じ?彼女は父に反抗し、ハビエルとともに島を出ることを切望し、母の幸せを願うと称して母への同行も求める。
と書くとなんかワガママ娘の鬱屈した夏という感じもあるが、美しい母の屈託ありそうな表情や、これも屈託を持ちつつ強気を振り回す父、そしてハンサムだが中年もいいところ、子どもをスイスの寄宿舎に入れ、妻ともイマイチの関係らしいハビエルのユリアへの妙な親近感の寄せ方など繊細な表情が描かれるので、まあ見せられてしまう。
パーティーに出かける時に反抗した彼女を物置のような部屋に閉じ込め鍵をかけブレーカーも切って出ていってしまう父。娘は部屋の床から地下の水窟につながる穴に飛び込みというか落ち、そこから得意の素潜りで海岸まで泳ぎだし、パーティ会場の父のところに行きテーブルに石を叩きつけるという、ウーン強いぞかっこいいぞという抵抗だが、ハビエルは去り、母はもちろん娘の誘いに乗らず(十分ハビエルにも心惹かれている、夫に耐えられない様子もそれとなく描かれているのだが)、そして最後真っ青な海を泳ぐ少女。これがカメラが動いているから、懸命に手足を動かす彼女の位置がいつまでたっても画面の中ほどから動かず、彼女の置かれた位置や心情の閉鎖的な鬱屈を示しているようでここが一番なるほどという画面だったかも。平日遅め午後の映画祭会場はしっかり満席に近く、しかも老若男性が妙に多かったのはなぜだろうか…。(11月4日 日比谷TOHOシャンテ 東京国際映画祭ワールドフォーカス245)


T⑲ ヒメノアール
監督:吉田恵輔 出演:森田剛 濱田岳 佐津川愛美 ムロツヨシ 駒木根隆介 山田真歩 大竹まこと 2016日本 99分

マンガ原作だが、マンガが生まれながらのサイコパス殺人鬼を描いているのに対し、映画は高校時代にすさまじいいじめにあい、卒業時に加害者を殺害したことによって殺人への道を歩き始める男・森田と、その高校時代の同級生・岡田ーいじめはしないもののいじめる側に加担したという負い目はもっているーとそのちょっとかわった同僚アンドー、その同僚が好きになったが結局岡田と付き合うアイちゃん(これがまた一見純情そうで実は10人以上の男と経験を持ったというちょっと淫乱?な雰囲気で…)。
森田もアイちゃんにストーカー的に付きまとっている中で、岡田は周りに翻弄されつつ、それなりに自分を貫きアイちゃんを守ろうとする。最後に森田は縛った岡田をのせて暴走する車で犬を連れた人をよけようとして電柱に衝突するという、まあ岡田の「優しさ」の勝利?みたいな雰囲気を感じさせつつ、全員ちょっとヘンな人たちで岡田以外は周りが見えず、岡田自身は周りに振り回されというところが結構ユーモラスにも描かれて殺人鬼の陰惨な話とのコントラストの中で描かれる。エグイと言えばエグイ、人間愛の描き方もひねくれたという感じもするが、吉田恵輔という作者の底の方にある人間への愛というか向日性というかそんな感じはにじんでいるような気がする。公開時から気になりつつ未見だったこの映画、今回は特集上映で見ることができた。
(11月4日 日比谷TOHOシャンテ 東京国際映画祭ワールドフォーカス246)


閑話休題・途中1日休んで紅葉の富士山麓本社ヶ丸・八丁山縦走に


T⑳ 異郷の来客
監督:大飛 出演:ルオサンチュンペイ ジャン・ズームー リウ・ルー 2021中国 96分 ★

学校内で息子をクラスメートに殺された男ジアは美術教師を辞め、加害者の両親が引っ越した町に自分も移り住み画棺匠として暮らす。彼の仕事場には絵の描かれていない棺があって、これは友人や教師の嘆願もあって7年の刑に終わった加害者が出所してきたら復讐をするときの用意?らしい。ジア自身は温厚で知的な雰囲気もある男で、老人ホームにいる友人を見舞ったり、四合院の住居の隣家に越してきた訳ありな母娘、特に不在がちで苛立つ母とギクシャクする14歳の娘小七(シャオチ―)との間に、何となく交流ができ、少女の保護者会に行ったり、学校で彼女がいじめられていることを知り、加害者の少女を告発して教師や、父親と談判したり…といつの間にか関係が深まっていく。
借金を抱えて無理な仕事をしている母の状況を知ると、節季の餃子を作って届けたり春節をともに祝ったり、金を与えようとしたりするが少女の母は、少女が知らないという父親の住所をジアに託して自殺してしまうーこれって結局同情をした結果母の自殺を招いた感じ…。老人ホームにいた友人には棺桶の費用を託されていたが、その友人も死んでジアが知らないうちに望まなかった火葬をされてしまい…ジアは息子を殺した加害者の父に会いにいって、その父からも加害者の苦しみや謝罪を訴えられ、そうこうするうちに加害者の青年も出所…とジアの善意というか思いはぶつかるところもなく、甲斐なくはぐらかされて行き場を失っていく感じ??そのなんというかむなしさ空っぽさがよく出ている。
少女は目はパッチリ(こちらも国仲涼子っぽいタイプの顔つきで、しかも素朴な感じもあり先が楽しみ)ー最後は彼女を父のもとに送り出し、土葬が禁止され棺の需要もなくなった街で一つ残った絵のない棺を焼く…。「異郷」はジアにとっても少女にとっても、また加害者一家にとっても「異郷」でそれゆえ排除されている暮らしの感じを表している。見ごたえのある一作。24節季の晩秋から冬〜春の節季を区切って描いていく仕組みは、わりと流行りっぽい?  (11月6日 ヒューマントラストシネマ有楽町 東京国際映画祭アジアの未来 247)

F㉑ 時代革命
監督:キウイ・チョウ 2021香港 152分 ★

前日に発表されたフィルメックス特別上映プログラム。発表されてから買った人も多かったのだろうと思うのだが、直前夜中2時半、チケットサイトを確認したらまだ後ろの方が10数枚?と言う感じで残っていたので、予定していた1本をあきらめることにし(というか購入段階では2本あきらめかもと思った)チケットを買い、見に行く。
2019年「逃亡犯条例」前夜から2021年国家保安法成立後、理工大学での封鎖が立てこもりではなく、封じ込めとして失敗させられてしまった時点の痛恨とそれでも未来に希望をつなぐとする香港人の姿を延々とデモ行動と、各界の人々のインタビューと、それに幾人かの活動家(といっても有名人ではない?)の行動の様子とで綴る。状況の流れを最初の段階から撮り続けていたわけで、撮影者自身の香港人としての姿勢というか決意を感じさせられる。ちょっと気になったのは終わりの方で希望を語る場面、ある人が「香港という場所にこだわらず香港人であり続ける、イスラエルのユダヤ人だってそうだった」と言ったこと。ウーン、世界にまた紛争の火種が飛んでいくのかと…。しかし返還当時のからの移動と言い、世界各地の中国人社会の存在と言い、あまり場所にこだわらない中国人社会というのは香港もまた例外ではなく、追い出されたデラシネがこれからどうなっていくのか…。「移動と中国人」に少しこだわってみたい気もした。
(11月7日 有楽町朝日ホール 東京フィルメックス特別上映A 248)

『時代革命』上映直前の朝日ホール


T㉒ 箱
監督:ロレンソ・ビカス 出演:エルナン・メンドーサ ハトシン・ナバレッテ クリスティーナ・ズルエタ  2021米・メキシコ 92分 ★

米国国境に近いメキシコの田舎?が舞台。どういう状況なのか今一つ分からないが(どうも後からの展開をみると犯罪がらみということもある?)祖母のかわりに共同墓地から掘り出された父の遺骨を受け取りに来た14歳の少年。箱に入った遺骨(遺体?)と父の消えかけた顔写真の身分証を受け取った少年は帰りのバスに乗るが、その車中から写真の父にそっくりな男を見る。あわててバスから下り男を追うが、男は名前も違うし人違いだという。しかしあきらめらず、遺骨を返して少年は男を追う。
その地域で工場労働者のいわゆる口入屋をしている男は、ついてきて離れない少年に最初は困惑、追い払おうとするが結局身近に少年を置いて一緒に働かせる。すると少年は数量的、記録的な能力を発揮し学校を出ていないという男は結局かなり少年を気に入って…というわけだが、この男かなりあくどい悪徳と言ってもいいような商売のやり方をしており、それに気づいた少年はだんだん悩むようになりという展開、さてどうするか??
男に搾取される人々ー特に不満を突き付け追及してくる一人の少女とその母の扱いを中心にかなりショッキングな展開もあり、結局雪の中(何とも唐突に砂漠地帯に雪が降るのだが)少年は逃げ出し…ということになるが、幼い時に別れたきりの父に似た男をあくまでも追おうとする少年の一途な幼い頑固さから、やがて男が父と知りしかしその悪徳に気づき同化したり悩んだりの中に、一人の大人としての選択をしていこうとするまでが無表情にも近いきりりと意志的な顔つきの変化や行動の演技に繊細に表現されていて、ハラハラしつつ共感が沸き立つような作りでよかった。
(11月7日 シネスイッチ銀座 東京国際映画祭ワールド・フォーカス249)


T㉓ もろい絆
監督:リテーシュ・シャルマ― 出演:メーガー・マートゥル ムザッファルカーン シヴァンス・スペクター  2021インド 97分

インドの町ヴァラナシ、耳の聞こえない娘を持つ踊り子ーこれがまあ裸でというわけではないが結構卑猥な歌詞の歌で男たちの目の中で踊るという女性である。彼女はヒンズー教の指導的立場にいる男の愛人なのだが、その彼女を愛し不遇な境遇から救いたいと願い母娘に寄り添おうとするもう一人の男がいる。もう一組、一人暮らし病身の伯母の世話をするムスリムのサリー織物職人の男、孤独な彼が知り合う旅行中のユダヤ人女性とのひと時の愛(と男は思っているが)と別れ、そして職場の長老というか上役が自分の娘の婿にならぬかと彼に誘いをかける。受け入れて、婿になる男…となんか、いったいこの映画何を言いたいんだろうと、思っていると後半ショッキングな事件が起き、ヒンズー教とムスリムの対決状況にいやおうなしに巻き込まれてい行くサリー職人、というわけで男性の身勝手?に翻弄される女たち以上に宗教に翻弄される男たちという構図が見えてくる。わりとロングショットが多くてフォーカスもちょっと緩め?(こちらの目のせいかも)でインパクトの弱いというか間接話法的な感じでオブラートにくるまれているような感じもあるがだが、描かれている内容は相当に深刻な問題なのだった。(11月7日 ヒューマントラスト有楽町東京国際映画祭 アジアの未来250)

T㉔テロライザーズ
監督:何蔚庭 出演:リン・ボーホン ムーン・リー アニー・チェン 2021台湾127分

映画祭最終日、昼から出かけて有楽町の台北餃子次次で、数量限定盛り合わせプレートでわりと豪華に昼食、ついつい誘惑に負け桂花酒+ジンジャーをブレンドした九份カクテルというのをいただいてしまったのが失敗…?、始まりから眠くなり前半は必死に目をあけているのがやっとという状態,1/3くらいのところで、けっこう込み入った大勢の人間関係に私はこの映画、分かるのかなと心配になったのだが、これは杞憂。なぜなら最初の場面をはじめとして同じ場面が繰り返されるという倒叙式?手法で、前の場面の意味が後で謎解きではないけれどわかっていくという撮影は節約(でもないか、視点が違うとカメラの目線も違うし)編集の妙で説得力を持つような作品だった。
台北駅で日本刀を手に黒ずくめの男が女性に襲いかかり女性と一緒にいて助けに入った男性が負傷するという事件を一つの骨に,犯人の青年の視点から彼を取り囲む元カノ玉芳(議員の娘)、その彼女と親しくなるAV女優モニカ(ミッシー)、玉芳と付き合う船員上がりのコック小張(この3人はそれぞれのパートがあって、見出しに名前が出てくる)、さらにコスプレ少女とか、その彼氏とか、青年に優しい年上のマッサージ嬢とかが絡む中で青年の孤独、そして玉芳やモニカの寂しさも含めつながりつつ関係が切れているような人間模様が、各場面を違った視点で見るような手法で描かれ、そして青年は通り魔に、恋人たちはなんか心を繋ぎ、モニカも旅立つ、と、そんな様々な生き方が示唆されるような…、一応分かったつもりとはいえ、半分は寝ていたのかもしれないような感想だけど…。(11月8日 シネスイッチ銀座 東京国際映画祭ワールド・フォーカス251)


今回たびたび通った有楽町駅ガード下の「台北餃子次次」店内と昼食プレート



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