【悔恨と反省、それでも懲りない?】2~3月の骨折・入院日記①

2019年2月22日11時49分戸隠中社グランドゲレンデから見た戸隠山。美しさに感動した、この1分後、未圧雪の重雪に足を取られて転倒、急斜面を滑落、左股関節骨頭を骨折しました。痛みに呻きつつ、パトロール隊に救助され、救急車で飯綱の病院に。人工骨頭置換手術を受けて入院。悔恨と反省の4週間を送る、その幕開けとなったあまりに美しい山景です!


2月22日
【滑落】
今年の戸隠はすでに春の雪、水っぽく重く、前日まではあまり楽しめなかった最終日、でも今日はピーカン、雪は今いちだけど、楽しく滑れそう…、ということでその1本前に快適に滑り降りたチャンピオン・コース。つい魔がさして隣の隣のグランドに。入った途端、あ、ヤバ!とは思ったが、上半分はそれでもまあなんとかOK。中盤で一休み、上の写真を撮って、気を取り直し、さ、行くぞ!と思ったとたん足を取られ転倒、そのままドドド―と落っこった!なんとか足を下にして止まり、両ひざをついて斜面を見上げると10メートルも上にストックが1本置き去りに。えー、あれを取りに行かなくてはならないのか、と思いそれでも、と思って…、え?あれ立ち上がれない。スキーは両方とも足についたまま。ヤレヤレと板を外したがえ?痛いよ、動かないよ、どうしよう~~このとき、このゲレンデは無人状態で、私だけ…。
     

戸隠には30年近くほぼ毎年2回は通っている。ゲレンデは一応隅から隅まで知っていると思っていたので、ふだんはコースマップなどは持って出ないことも多かった。でも、今日はリフト乗り場で誰かが落としたマップを、しかたがないな、ゴミにして、と思って拾ってポケットに入れていたーいや、ほんとにラッキー! それを思い出し、書かれているパトロール隊の番号に電話する。


黄色矢印のあたりで滑落した…

【パトロール隊ってすごい!】
まもなく雪ぐさぐさのゲレンデの上方から力強く下りてくる人の姿、さすがすごい技術だなあと待つうちに到着した彼、ほかにも女性、男性それぞれ1人ずつ?どこからともなく到着してくれて救出してくれた。のだが、これが大変、最初はどちらが悪いかわからぬほど左だけでなく、右足に力を入れても全身に痛みが走り、身動きができない。かろうじて身元と泊まっている宿の名だけを告げて、あとはウーン。スノーボートに何とか乗せられ中社から戸隠シルバーゲレンデの中腹まで。かぶせられたオレンジのシートの隙間から見える青空がまぶしい。そのあたりでスノーモービルに乗り移らされ(と言ったって、またがること自体が大問題)なんとかパトロール隊本部まで。そこにはすでにこの日も泊まっていた長年の常宿M山莊のご主人が車で迎えにきてくれていた。

【ありがとう、救急隊】
車のシートに座ることもできず、もたれるようにして何とか戻ったM山荘だが、両肩を支えられても歩けず、宿前においてくれた椅子に両膝をついてもたれるような姿勢でやっとスキーブーツを脱がしてもらう。どうする?と聞かれとにかく救急車を呼んでください!

救急車の中では、158-90、120-80 150…となぜか急変動する血圧計の表示を見ながら、激しい痛みに耐えつつ、揺れるとまさに痛みで足の付け根から体が引き裂かれるような衝撃!その中で家族に電話するように言われ、えー?ま、でもしかたがない、とは思いつつ、ウーン家族に合わせる顔がないぞという思いぐるぐる。さいわい連れ合いと息子に連絡がつき、とりあえず状況だけ報告。救急車は最初どこかの病院に断られ、山道?を40分ほどかけて飯綱病院に。この間、救急隊の方が、戸隠でのスキー経験などを聞いたりしながら、絶えず励ましてくれる。実は後悔と慚愧はこの車中がいちばんだったかもしれない。いい年して、バカな無謀な過誤で大負傷、みんなに迷惑をかけてしまった…。
だから、病院に着いたとき、この方が「これに懲りずに、怪我を直して、来年も戸隠にスキーに来てくださいね」と言ってくれたことばが涙が出るほどうれしかった。

【ゲレンデスキーはやっぱり1人がいい】
助けてくださった皆さんには申し訳ないけれど、今回よかったと思ったのは、怪我をして同行者に迷惑をかけず、気を遣わずに済んだこと。一緒に行った仲間が怪我をして迷惑とは誰も思わないかもしれないけれど、そこでスキーを切り上げたり、場合によっては救急車に同乗したり、病院に付き添ったりは、貴重な時間を使って遊びに来ている人にとっては予定が狂ったり心情的に負担を感じたりするのは確かだから…。
このところ、スキー仲間がだんだん減ってきて、ゲレンデには1人で出て、好きな時間に休み、1人でおいしいものを食べ(ごくごく軽く飲んで)ゆっくり休み、きれいな景色をゆっくり楽しみ、優雅に?滑るスキーを楽しんで、ちょっとはまっていたが、やっぱりこれはやめられそうもない…今回の怪我コースは本当に魔がさしたとしか言いようがない。まったく、注意1秒、怪我一生だ‼ ま、そうは言っても同行者がいれば、あんな難コースには踏み込まなかったかもという気もするが。

【飯綱病院】 
痛みに呻きつつ運ばれてレントゲン、CT、血液検査など。担当の女性医師(あとからわかるM先生)によれば骨頭が破損する骨折で、金属の骨頭に入れ替える手術をするしかないとのこと。ああ、ああやっちまった!
東京に帰って手術をするか?と聞かれるがまさかまさか、ここでお願いします!
入院は1ヶ月。手術をするので家族を呼べとのこと。頭を抱えるが、連れ合いと息子に電話、大阪にいる息子が来てくれることになる。
あとは左足を冷やし牽引、両足に血栓ができることを防ぐために空気圧をかける装置をつけられ、身動きもできず、うーうー言いながら導尿管と紙おむつでみっともとないことこの上ない。ただ、ちょっと客観的に自分の体を外から見ている感じもあって、苦しいが、生まれて初めてのことに、これから何が起こるのかという好奇心も。これは完全にやせ我慢ではあるが。

大変だったのは、寝たままでスマホ1つで明日からのさまざまな予定をキャンセルしたこと。当日には、26日に予定されていた歯科の手術をキャンセル。参加している中国語講習会の仲間にline、明日と当分の授業欠席を連絡。3月5日に予定していた山行のキャンセルなどなど。次の日も寝たままであちこちにスマホでメールや電話。でもヤフー・メールの転送解除(3月末に予定している会合の出席確認メールを会のアドレスから私に転送して受けるようにしてあった)などスマホではできないこともいくつかあり、PCが使えないと原稿も送れないしと、病院にWi-Fiのセキュリティ・パスワードを使えないか交渉、さすがにその許可はおりず、モバイルWi-Fiのレンタルをスマホから申し込む。

WiMAX1ヶ月コース(30泊31日)6968円也。これは、まあ31日以上は病院にいないぞ、という決意?でもある。器材は手術前日25日に病院に到着。その前に師長からは、個室はいいが、4人部屋での使用は控えてほしい、夜はPCそのものを使わないことなど縷々注意される。しかし手術前日から入ったクリーン・ルームという個室では電波がなくて繋がらない。病院に来た息子がWi-FiルータとPCをもって院内の談話室、食堂などPCが使えそうなところを回って試してくれるが、結局どこも電波が弱く、繋がるのは4人部屋の窓際だけだった。手術後27日からようやくネット環境が整い、まだ歩いては動けないからお目こぼしという感じで、手術後に戻った4人部屋、幸いにも窓際に割り当てられたベッドで、退院にいたるまで仕事ができたのはありがたかった。

しかし、このあたりの段取りは、痛みと身動きのできない中で、我ながらよくやった…。

ちなみに、事故当日、宿泊したM莊は、子どもたちのスキー大会の宿になったとかで、いつもはスキーから帰ってくるまで荷物を部屋に置かせてもらえるが、この日に限って朝のうちに帰り支度をまとめ別室に。支払いも済ませてあった。それで、PCや帰りに手持ちするものはひとまとめにして救急車にも積み込めたというわけ。これも不幸中の幸いと言えばいえるだろう。スキーやそのほかの荷物は、手術の翌日に、息子をM莊に挨拶に行かせて家まで送り返してもらう(実は息子も小学生まではしばしばM莊には一緒に行っていたので、ある意味では旧交を温めるチャンスになったかも)。                   

②に続く   

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