【勝手気ままに映画日記+山ある記】2026年4月(完成版)
花の高尾山~小仏城山—モクレン・タチツボスミレ↑/地面には水仙、ムスカリの群生も↓
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| 桜は、もうちょっと? |
6号下りではマムシグサ(テンナンショー)も/シカシ、一丁平の桜はまだイマイチ?でした↓
映画については、ページ下方から上に向かって掲載していきます。
下りも正面に富士を見ながら、ただ急坂が続くので結構神経は使うのだけれど、足も特に痛くなるということもなく、ただ終わり近くに少し腰が痛い気がして一応ロキソニンを飲んだ。この時点でKR氏から、最後の登りとトラバースルートに再び前に来るように指示があり、ちょうど目の前のネコヤナギの写真を撮ろうとしていたし、あえて無視して後ろの歩きやすそうなところを選んで歩く。が、しばらくしたら列を止めたKR氏わざわざ下りてきて、私を前に出し客の2番目を歩くように指示。これは写真も取れないし、前後に気を使わなくてはならない―使わなくてもいいのかもしれないが、自分が問題なく歩けているとどうしても、前はもちろん、後ろにまで気が行ってしまう、これってツアー特性(個人差はあるのだろうが、ソロが多い自分の場合はどうしても…)大迷惑だと思いつつ、まあいうことを聞いて、次の休憩まではその順位で歩く。(「言わなければよかった」とはこの時思ったこと)
【4月の山ある記】日付の前の番号は今年になって何回目の山行かを示しています。
⑩4月3日 高尾山~小仏城山
稲荷路登山口(9:00)…➡稲荷路…➡稲荷山(9:40)…➡5号路…➡もみじ平(10:30)…➡一丁平(11:00ー11:30昼食)…➡小仏城山(670.4m 11:50~12:20コーヒー)…➡(往路下山)…➡6号路…➡清滝駅(14:20)
5h20m 11.8㎞ ↗810m↘796m コース定数21(ふつう)平均ペース130-150%(速い)【ヤマップデータ】 ソロ登山
今年3回目の高尾山方面は10回目の山行。足の痛みを抱えながらの山歩きも10回目ということになるが、痛いからと言って歩かないと本当に歩けなくなってしまうのではないかと不安もあり、テーピングと先週から始めた飲み薬で。ひどくはならないが、まだ効くかどうかは未知数。その確認も兼ねて出かける。
前回1月に続いて稲荷山経由で。ちょうど花の季節ということもあり、数日振りの好天ということもあり、人出は比較的多い。足を踏んで、痛みに見舞われるのが怖くゆっくり歩きなので、行きはけっこう大勢に追い越されるというより道を譲りゆっくりゆっくり。人が多いだけだろうと高尾山頂は避け、直下を捲いている5号研究路からもみじ平方面、富士山は霞んで雲の縞模様がかかっている。一丁平、ここは桜の名所のはずなのだが、まだちょっと早いようで5分咲き?という感じ。ここで早めに昼(持参のカップ麵など)を食べ、がんばって小仏城山まで歩くことにする。城山には裏のトイレ側へ続くまき道で、時間的にも普通の速さであがる。山頂で店が開いていれば飲むことにしているコーヒーを1杯、大満足。花はピンクの花をつけたモクレン、赤い椿、地上の水仙などは咲いていたが、やはりまだ季節が早いという感じで木の花や桜などはまだまだこれから?4月は後半もう一度…かな。
足は、おなかを引っ込めやや前傾で歩けば、特には痛まないことを発見。城山~高尾山の間でいろいろ研究しながら歩く(ストックはいつも通り1本だけ)。のどかな陽気にまあまあ大満足(気候にも、自身の歩きにも)の山歩きだった。歩いてみるとヤマップデータでは平均ペース130-150%。まだまだ大丈夫じゃん!
⑪4月9日 高座山~杓子山 ツアー参加は難しい!?
新宿(7:30)⇒(バス)⇒鳥居地峠登山口(9:45)…➡高座山(たかざすやま1304m 10:45)…➡大権首峠(おおざす峠1369m 11:43)…➡杓子山(1598m 12:36~13:08)…➡大権首峠(13:30)…➡駐車場(14:00)…➡鳥居地峠登山口(15:00)⇒新宿(17:30) 5h16m 8.5㎞ ↗841m ↘838m コース定数20(ふつう) 平均ペース110-130%(やや速い)【ヤマップデータ】
先月の⑨三条の湯~雲取山に引き続き、ガイドKR氏の率いるYツアー。添乗員は同じ3月➇の会津駒ケ岳でお世話になった若いNJさん。彼女はこの3月ツアーから今日までの間の3月後半に初めてのキリマンジャロ添乗を済ませてきたとのことで、その話もきかせていただく。このツアーはマラングルートで最高齢71歳の参加者10人中3人が登頂を果たせなかったという過酷なものであったとか。今更ながらキリマンジャロに到達できた自身の幸運を実感。
NJさんは今回はY社長の随行という形であったらしい(3月会津駒ケ岳はリハーサルかな?)が、9月には1人での添乗が決まっているそうで、うわぉ大変!しかし、海外での山登りを仕事にできるとは若い人がうらやましいな…とも思いつつ。
今回のツアーは参加者14人(m1人)、Yツアー初参加者が1人、あとKR氏ツアー初参加者も6~7人?。すべり症にかかっていることをKR氏に話し、前の方においてほしいと頼んでみたのだが(後から思えば言わなくてもよかった、言わなければよかった)、出だしはこの人々に前の方に来るように指示があって、後ろから3、4番目くらいで歩き出す。しかしペースは極めて遅く、足腰特に痛みはなく(右足違和感は若干。前回は左、今回は右とは?)快調と言っていい感じ。途中からは富士山も大きくよく見え、天気も暑くなく寒くなく。
富士山と飛行機雲/高座山への胸突き八丁の急坂/杓子山頂上には鐘がある
高座山へは胸突き八丁といっていい急坂(30度くらいありそう)。前の男性がずるッと、時々滑り落ちるので少し間をあけて、しかし、私は意外とこういうのは得意なのでいい感じに登った。大きな急登を超え、大権首峠の休憩で、KR氏(多分このあたりまでで、私が前回雲取山の参加者であることを思い出したのかな?)から名指しで前に来るように指示。もう一人指示された方の後ろに付いて歩き出すが、この方両ストックを時々つき損ねてずるりと後ろに下げるし、足元も平行すぎて踏ん張れないみたいなので結構怖かった。ペースもかなりゆっくりで体が全然温まらない…とはこういうことか…と思いつつ、あまりのゆっくりペースに後ろの方のぶつかられることもあって、少しコースを選んで急坂をわきによけたりしながら、足をかばいながらではあるが、まあ、なんなく山頂についてしまった。
昼は山頂で比較的ゆっくり、富士山も南アルプスもバッチリ見えて(でも、自分が写真を撮る方が忙しく、自撮りなし)幸せな昼食。この冬春シーズン多分最後?のポット・おでん。
ここでNJさんとキリマンジャロ談義。
下りも正面に富士を見ながら、ただ急坂が続くので結構神経は使うのだけれど、足も特に痛くなるということもなく、ただ終わり近くに少し腰が痛い気がして一応ロキソニンを飲んだ。この時点でKR氏から、最後の登りとトラバースルートに再び前に来るように指示があり、ちょうど目の前のネコヤナギの写真を撮ろうとしていたし、あえて無視して後ろの歩きやすそうなところを選んで歩く。が、しばらくしたら列を止めたKR氏わざわざ下りてきて、私を前に出し客の2番目を歩くように指示。これは写真も取れないし、前後に気を使わなくてはならない―使わなくてもいいのかもしれないが、自分が問題なく歩けているとどうしても、前はもちろん、後ろにまで気が行ってしまう、これってツアー特性(個人差はあるのだろうが、ソロが多い自分の場合はどうしても…)大迷惑だと思いつつ、まあいうことを聞いて、次の休憩まではその順位で歩く。(「言わなければよかった」とはこの時思ったこと)
15人くらいまでのツアーだと、山のレベルや歩き出してしばらくの様子で、自分の体力・能力の位置は自分でもわかる。今の状況だと難易度の高い山で参加者の年齢が低めだったり経験者が多そうな場合は、やはりトップとかにおいてもらってペースメーカーをさせてもらえると助かるのだが、そうでもない場合には逆に非常にくたびれる。今回については山の難度の見立て(ということはこちらの体力の見立てでもあろう)がガイドと私とで結構ずれていた気がする。
まあ、それでも天候その他の状況はよく、足の具合の悪さも(前回高尾山で歩き方の工夫をした成果もあった?)問題になることもなく、靴も履きなれた古い方のスカルパにして快調、山の面白さもまあ堪能できたし、歩きすぎるほどの長距離というのでもなく、次にはつながる登山になったかなと…満足の1日だった。
⑫4月15日 ツツジ山~狩場坂峠~旧正丸峠 意外にハードな訓練登山に成功!
西武池袋線正丸駅(9:00)…➡小都津路山(11:30)…➡大都津路山(831m 11:45)…➡ツツジ山(879m 12:06)…➡狩場坂峠(12:15~40)…➡虚空蔵峠(13:00)…➡旧正丸峠(13:57)…➡正丸駅(14:56)→(15:07池袋行き急行にて帰京)
5h48m 11.2㎞ ↗1002m↘1006m コース定数24(ふつう)平均ペース130-150%(速い)【ヤマップデータ】
4月3回目の日帰り山行は、昨冬12月竜ヶ岳・稲含山でお世話になって以来のKMさんガイドの現地集合(参加費が5000円と安い)のYツアー。添乗員は昨年からという若いTNさんで初めての方だった。参加者は11人?(m1)。中に、昨年秋のマチュピチュ・レインボーマウンテンツアーでご一緒したTNさんがいて、久しぶりの偶然の邂逅を喜び合う。もうお一人、3月の雲取山でご一緒した方もいて、なんか、最初からリラックスできた。
このルートは、正丸駅からすぐに急坂登りが始まり、経路最高峰のツツジ山も900m未満なのだけれど、登ったり、下りたり、鎖場こそないが、ロープを張ってあるザレザレの30度以上?ありそうな斜面もけっこうありという感じで、距離や高さのわりには、トータルで1000mも登ることになる(同じだけ下りもある)冒険・訓練コースで、私としては意外に楽しめる。今年年明けから12回目とけっこう歩いているし、最近は筋トレも再開してけっこう励んでいるので、ザレた急斜面を登るのも案外苦にならなず、むしろ楽しんだ。
午後雨という天候はやや心配されたが、ちょっとパラッと降ったことはあったが、雨具を出すほどでもなく、曇り日にときに薄日もさして歩きやすい陽気。
↓正丸駅からはすぐに急坂になる
あいかわらずの急坂続き/ヤマブキ満開/マルバスミレ
↓キケマン/ナガバタチツボスミレ/こんなザレ場急登のロープ際に咲く


昼食を食べた狩場坂峠はモリアオガエルの繁殖地?オオシマザクラ/木々の間から見える武甲山
旧正丸峠の道標際でKM氏のレクチャー/道端にはオオアラセイトウ(花大根)の群生
展望もあまりないのだが、武甲山が木々の間から見えたり、周辺の斜面の桜、アカヤシオ、山吹などを楽しんだり、花や動物大好きというTNさんがいろいろなスミレ、黄華鬘、マムシグサなどを見つけては教えてくれるので、それも楽しむ。実は、話しているうちにTNさんも「すべり症」を抱えて歩いていることがわかり、互いにそのあたりの話でも盛り上がり、情報ももらったし、この8月にはキリマンジャロを目指すので、その訓練も兼ねて歩いているという彼女に大いに励まされたのであった。
ちなみに、今回はガイドや添乗員には足の不調は知らせず、列の中盤から後ろあたりを歩いた。百名山をやっているとか、訓練登山として参加した人が多かったようだが、それでも全然問題なし。ただし終盤やはり少し太腿の裏側が痛くロキソニンを飲んだ(いちおう効いているよう)。昼食は前回に引き続きポットおでん。靴はラッシュトレックだったが、もう一ランク上でもよかったかも…。
帰りは電車に乗ったとたん一人になり、秋津の駅まで来て空腹に、近くの日高屋に飛び込んで早めの一杯+夕飯(というかつまみ)でヒトリ飲み。なんと1210円(枝豆・餃子小・砂ぎも・半チャーハンそれにドラゴンハイ1杯)という安値に感激!
⑬4月22日 高尾山~小仏城山
高尾山口(9:00)…➡高尾病院道登山口(9:15)…➡琵琶滝上…➡3号路…➡浄心門(9:56)…➡4号路…➡高尾山頂(599m 10:40~59)…➡もみじ台(11:03)
…➡一丁平(11:31 )…➡小仏城山(670.4m11:56~12:20)…➡5号路…➡稲荷路…➡高尾山口(14:30)5h24m 12.2㎞ ↗885m↘885m コース定数23(ふつう) 平均ペース130-150%(速い)【ヤマップデータ】ソロ登山
4月はじめの高尾山では桜にはちょっと早いという感じだったので、2回目…。実は一昨年4月21日に同じ高尾山~城山コースを歩き、城山の桜、ヤマモモ、ミヤマツツジ、紅白梅などを楽しんだ記憶があるので、楽しみに行ったのだが、1日違いなのに、花はせいぜいシャガくらい、これはあちこちに群生、あとは地面のスミレ、イカリソウ、キジムシロ、ミツバツチグリ、クサイチゴ?などらしい可愛らしい花ぐらい。富士山は霞の中で輪郭不確か。
靴は、3月の雲取山でちょっとつらかった新しいスカルパの慣らし直しのつもりで行ったが、ソックスを厚めのウールに変えたせいかまあまあ。今回は往復ポールはなしで、最初はやはりゆっくりゆっくりのつもりで行き、大勢に追い越されたが、帰り稲荷路でペースを上げたせいか、結局いつも通り「速い」とうことに。足の痛みは下り(特に階段はイヤ)で太腿の裏側が痛くなったが、下山し温泉に入ったころにはケロリ…。
小仏城山の頂上までは、もみじ台の展望台スルー、一丁平も、城山もトイレのある裏側に出るまきみちルートで楽をしたが、城山では例によってコーヒーとそれに今回はおでん。売店方、前回を覚えていた?のか「また来てください」の声をかけられて、機嫌よく下山してきた。
城山茶屋のモクレンとモミジ/大手鞠の立派な木をみつけた/桜とツツジ
サクラはすでに終わりを迎え/クサイチゴ?/イカリソウ
⑭4月28~29日 西日本最高峰 石鎚山 + 第2峰 剣山
キジムシロ?同じ科のミツバツチグリ?黄色い花はむずかしい…
高尾山~城山への道にはシャガのみごとな群生が…
⑭4月28~29日 西日本最高峰 石鎚山 + 第2峰 剣山
28日 羽田空港(7:50 JAL475便)✈高松空港(9:10)⇒見の越駅(12:30リフト12分)⇒剣山登山リフト西島駅(12:30)…➡剣山(1954m 頂上ヒュッテ…雲海荘…大劒神社)…➡リフト駅(14:50)リフト下山⇒西条(18:00泊)
2h28m 3.2lm ↗524m ↘245m コース定数10 平均ペース130-150%(速い・上りリフト含む)【ヤマップデータ】
29日 西条(7:15)⇒ロープウェイ山麓下谷駅(8:00ロープウェイ10分)⇒山頂成就駅(8:20)…➡剣山(10:30)…➡二の鎖元小屋(11:08)…➡石鎚山(1974m 12:30)…(往路下山)➡山頂成就駅(14:37 ロープウェイ下山)⇒山麓下谷駅⇒道後温泉(15:50~16:30⇒松山空港(20:00 ANA598便)✈羽田空港(21:10)
6h26m 9.4㎞ ↗1191m ↘1020m コース定数24(ふつう) 平均ペース110-130%(やや速い) ⑭「山ある記」詳細・写真については5月号に掲載します。
【4月の映画日記】
①ペンギン・レッスン ②ペリリュー 楽園のゲルニカ ③日記 愛する人たちへ ④エルジ ⑤ザ・ブライド ⑥ジャスト・ライク・アット・ホーム ⑦済州島四・三事件ハラン ⑧XiXi私を踊る ⑨日記 子供たちへ ➉ハムネット ⑪日記 父と母へ ⑫佐藤さんと佐藤さん ⑬落下の王国 ⑭パリから来た殺し屋 ⑮今日からぼくが村の映画館 ⑯ツィッギー ⑰オールド・オーク ⑱ めぐる面影、今、祖父に会う ⑲ヒット・エンド・ファン! 臨時決闘
日本映画②⑫
中国語圏映画⑧⑱⑲
その他のアジア映画⑦
メーサローシュ・マールタ監督特集③⑥⑨⑪
下線はドキュメンタリー作品➇⑯
★はナルホド! ★★はいいね! ★★★は是非ともおススメ!(月1~2本にしています)という、あくまでも個人的感想です。
なお、本文中の赤字部分はその映画の関連作品などを掲載したページへのリンクとなっています。
⑲ヒット・エンド・ファン!臨時決闘
監督:アルバート・マック 出演:ルイス・クー ジジ・リョン ルイーズ・ウォン クリッシー・チャウ トニー・ウー ジャーマン・チョン フィリップ・ン 2024香港 108分
『トワイライト・ウォーリア』⑨の出演メンバーが再結集し、それに絡むーというかむしろ女性中心の物語になっているーのがなかなかのメンバーという、香港映画、頑張ってるね!という映画。マカオでさびれたムエタイ・ジムを開いている元拳王ロイ、妻は落ち目の女優でいいオファーがないことに悩む「アラヒフ」のガーレイ。更年期対策薬?のコマーシャルに起用されるが怒って投げ出す、そのディレクターが敏腕・高飛車の林雪(シュー)。そして彼女の恋敵がロイの弟子でムエタイの女王のガーワン。シューはガーワンゆえに恋人に別れを切り出されアタマに来て、ガーワンにムエタイ決闘を申し込み、ロイに弟子入りして修業を始める。ということで、人間関係の輪環がつながり、信念の相違から今や袂をわかち別の事務を経営し、ガーヤンの面倒を見ているワイバンとロイの対決も平行し二組の決闘が行われるというアクション映画、なのだが、落ち目を夫婦愛でどう乗り越えていくかとか、ムエタイ女王に対決を申し込んだ後の修業の中で、師匠は弟子に弟子からも師匠へと案外含蓄のある「生き方」の問題が語られるなど、ハチャメチャ、ご都合主義的な設定にもかかわらず、わー、意外にまじめさいかにも香港映画の健在だ!(4月27日 シネマート新宿 102)
⑱めぐる面影、今、祖父に会う(車頂上的玄天上帝)
監督:黄文英 出演:アリエル・リン ビック・チョウ イーサン・ルアン 張孝全 2023台湾 129分 カラー・モノクロ
プロデュース侯孝賢による黄文英の初監督作品。作者を思わせる?映画のアート・ディレクター芙月は父の介護のために嘉儀の実家に戻る。そこに現れるというか、彼女と付き合いのある上海の実業家、嘉義の古い家屋を改築している建築デザイナーとの付き合いがけっこう淡々と描かれて、物語の世界を理解するまでにけっこう時間がかかる。父との暮らしは、父というより幼い頃彼女をかわいがってくれた祖父の、さらに日本統治時代嘉義駅前で旅館を営んでいた時代の苦難とそれを乗り越える暮らしぶり(ここはモノクロで描かれる。現代の台湾俳優が頑張って日本語をしゃべり、「荒城の月」「おじいさんの時計」「夕焼け小屋焼け」「証城寺の狸バヤシ」など、日本語の歌が次から次へとうたわれ郷愁も誘う仕組みになっていてウーン)幼い芙月の見た祖父の姿に、同じビック・チョウが演じる建築デザイナーを重ねて、未だ妻子と別れていないが非常にまじめというか誠実でありたいとする彼と、ただ、彼と一緒にいればいい、結婚とかは望まないし、妻や子の話などききたくないという芙月の行違う恋模様(ありゃ、これ恋愛映画?)を芯に、映画の世界でイマイチ自身の望むような仕事ができず苦しんでいるような芙月と、バリバリ実業家の不動産が介在するみたいなわりとドライな関係ーなぜか芙月は古い屋敷を持っている!のだがこれを、ほしがる彼には売らないという選択をする)、そして最後芙月は祖父が残した廃屋になっていた旧旅館を買い取りリニューアルする、そこに訪ねてくるのは父の旧友の息子で芙月にとっても幼馴染らしい男で、う?つまりこれって芙月の恋愛遍歴と自立への過程を描いているのかな…。嘉義の駅(私の知っている状況からすっかりリニューアル?)、KANOの投手像のあるロータリー、市場、街並み、祭りそして植物園の圧巻!と懐かしい景色がいっぱい出てきて、それはとても美しく、すごーく楽しめるのだが、結局何を言いたいのかな?郷愁?伝統への回帰?原題の「玄天上帝」は日本統治時代に祭るのを禁止され、こっそりかくして戦後家に戻った道教の最強神、で車の天井に貼ってあるお札のこと?ー祖父と重ね合わせているのかなーどうもなんともイマイチ理解が難しい、男友だちも含めていろいろな物語的要素が重なり合っているうえに時代も場所もあちこちに飛び、なのにスピードものろくて、まとまりのない感じもして、焦点の見えにくい映画ではあった。(4月25日 新宿K'Sシネマ 台湾Filmake-映画に恋した3つの人生 101)
⑰オールド・オーク
監督:ケン・ローチ 出演:デイブ・ターナー エブラ・マリ クレア・ロッジャーソン
トレバー・フォックス 2023イギリス・フランス・ベルギー 113分 ★★
こちらは90歳を超えた?ケン・ローチ最後とされた作品とかで、アイルランド北東部の元炭鉱町だった寂れた町の「オールド・オーク」は最後に残ったパブ。店主のT.Jは、元炭鉱夫としての組合運動からあとも「人のため」に夢中になるあまり妻や息子に去られて一人暮らしの中老の人物。この街が国の施策としてシリアの難民家族を受け容れ、彼らが引っ越してくるところから…。よそ者を迷惑として、引っ越してくる人に口汚くののしる住民たちの素朴な激しさにちょっとたじろぐ。そんな難民家族の仲に英語の上手な、若い女性ヤラ(元カメラマン志望)がいて人々にカメラを向けたことに起こった住民の若者が、彼女のバッグからカメラを取り出し、もみ合いになってカメラが壊れる。T.Jは、叔父がカメラマンで炭鉱の写真を沢山取っていたことから、その叔父の遺品のカメラを売り彼女のカメラを直すことを申し出る。そこから彼女たちの一家とT.Jの交流ができる…。
受け容れた難民をさびれた貧しい辺境に送り込むという政府方針もすごい(が、難民を受け容れず、不法移民として強制送還中の日本に比べればまだまし?)。彼らがやってくる街も貧しく周辺に追いやられた人々で、そこに不平や差別が生まれてくる構造はつらいが理解もできるもので、それをさすがのケン・ローチ、一場面一場面を丁寧に描いて説得力がある。
パブにたむろし移民が移り住む街を困ったものと愚痴るというか移民の悪口を言う、T. Jの旧友のでもある常連客などの描き方がうまい。かつてT. Jの破滅的状況を救った愛犬のエピソードも効いている。パブの奥には20年使われていない部屋があって、そこに叔父の写真なんかが飾ってあるわけだが、常連客に移民対策(排撃)の集会をする場所に貸してほしいと言われ断ったT.Jだが、一方難民や支援する側の町民(これもちゃんといるところが、この街のよさ?)との無料食堂の場所として貸し出すことはOKし、みんなでの幸せな食事風景もあるのだが、これがまた紛糾の元になり…ということで…。T.Jが少しいい人すぎる?気もするが、だからこそその苦しみも共感できるかな…ヤナが「世界が私たちを見捨てている」ということばに、自身が打たれた気がした近くに感じられるアイルランド。(4月18日新宿武蔵野館 100)
⑯ツィッギー
監督:サディ・フロスト 出演:ツィッギー
ツイッギーが世に出たのは1966年、彼女が履いて一世を風靡したミニスカート、小枝の名の通り細くて長い手足の「少女」はほぼ同世代というか少女のころにはちょっと年上は大きいから、多分あこがれ?の存在、というか、タイプが違うからあこがれにはならなかったけれど、ファッションとか雰囲気とかもちろん大いに気にしたのだろうと、映画を見に行く(しかも公開初日)に思う。モデル後の人生は全然知らなかったが、女優になり歌手にもなり舞台俳優としても成功し、モデル当時のマネージャーでいわばパートナーだったジャスティンと別れた後、2度の結婚、娘ももち、きわめて穏健・着実に生きた人生というように描かれ70代になったいまも風格さえ漂わせつつ、少女っぽい面影も漂わせた素敵な「女優」として描かれていて、作り手の善意というか好意を感じさせるようなー当時としては斬新ゆえに批判もあっただろうアイコンのはずだけど、そういう面はほとんど描かれず、一生懸命な若い女性の側面からのみ描かれて順風満帆な人生のように見える。ダスティン・ホフマンやブルック・シールズらが「語る」が誰一人「悪口」をいわないし…。甘ったるい気もするが、これはこれでこの人の人徳なんだろうと思われる。二番目のパートナーはアル中で亡くなり、現在の夫とは幸せな熟年人生を歩んでいるようだが、最初の彼女を世に出したパートナー・ジャスティンはどんな人生を歩んでいるのかしらん…描かれないところが気になる。(4月24日 新宿武蔵野館 099)
⑮今日からぼくが村の映画館
監督:セサル・ガリンド 出演:ビクトル・アクリオ エルメリンダ・ハルン メリーサ・アルバレス アルデル・ヤウリカサ 2022ペルー・ボリビア(ケチュア語) 88分 ★
ペルー版ニューシネマパラダイス、なんだそうだが…。トラックの荷台にしつらえた映写機を使った巡回野外映画(巡回とはいってもシーズンごとにという感じである一定期間、その街に定着して週末?ごとに番組入れ替えで何本かを上映したあと、他の街に移動していく仕組みのよう)が上映される小さな町、へ「けっこう長距離」歩いて行かなくてはならないアンデス山中に近い村の少年と村人たちの物語。少年シストゥは、町にきた巡回映画の地方新聞記事をひょんなことから見て、映画というものの存在を教師から聞いて是非とも映画を観たいと熱望。村から街に農産物を売ったり買い出しに行く父に無理やりついて、町へ。父が行方不明の姉(出稼ぎに行ったまま消息不明になっているらしい)の情報を町の知人に聞いている隙にこっそり映画会場に潜り込む。そこで見たのがブルース・リーのカンフー映画で、もう、夢中になり…村に戻ると学校仲間に身振り手振りもいれて映画について語る。次は子どもたちだけのこっそり映画見物がもくろまれるが、ここにで登場するのが、ママ・シモネと呼ばれる村の重要人物(昨秋9月、ペルー映画祭で見た『ママ・イレーネ』を思い出す。ペルーでは巫女というか医療知識なども持ち、地域住民を支える女性が尊敬を受けている)で、この人は非常に開明的で、子供たちとともに映画を見に行き金貨で子供たちも含めて映画代を払ってくれる。この時見たのはドラキュラ映画で、子供たちはドラキュラを怖がり、村中その話題で持ちきりになってしまう。面白いのはこの段階で村の林とか、しかるべき屋外に村人たちが集まって協議が行われること。これもペルー映画の中では時々見た記憶があって、なんていうか直接民主制みたいなものが村の中で根付いているのである。そして次はふたたびシストゥとママ・シモネを先頭に村びとたちがそろって映画見物に行くことに。この時の代金は、トウモロコシやハーブ、ジャガイモ、それに生きたクイ(ペルー人が常食する例のモルモット)やニワトリなど現物というのがおもしろい。ところが、この映画会で問題になるのが、映画(は多分英語?)字幕がスペイン語で、ケチュア語話者である村人には理解ができなかったこと。子供たちは学校でスペイン語を習っているので、通訳・字幕翻訳をするとは申し出るのだが、大人たちはそれきり映画見物をやめてしまう。村の話し合いでは「ケチュア語映画でなければ」「ケチュア語映画なんかできるわけがない」というわけで、ケチュア語使用の映画としてペルーで最高収益をあげたという、この映画そのものを描くという構成も感じさせるナルホド。大人たちは口では映画を否定しつつ、実は興味深々なのだろう、ひとりで映画を見に行ったシストゥへの罰として、彼に毎週映画を見に行き、その映画の内容を村人たちに語ることが課せられる(これはシストゥの映画好き、物語能力を見込んだママ・シモネの策略としての罰)。シストゥは大喜びで、ママ・シモナに衣装を借りたりして、毎週の映画を村人たちの前で演じることになる。アラビアン・ナイト風とか、チャプリンの真似とか、このあたりシストゥを演じる少年の芸達者振りも短いシーンの積み重ねだが見ることができるが、映画を語る少年を喜んで楽しむ村人たちというのは、いくらなんでも??村にはテレビも(ラジオも)電話もないわけで、この村人たちの牧歌的な文化受容の状況はいったいいつの時代のこと?とも思える(ブルース・リー以後だから少なくとも1980年代くらいから後ではないかとは思うのだが…)。少年の家では息子を学校に行かせ「医者になってほしい」と叱咤激励する母、一方父は「学校に行く必要はない」と両親の意見は割れ、父は村人たちが少年を通じて映画文化を受容しようとすることにも懐疑的なのだがーこのああたり旧来的な文化・生活と現代的なものを受容する姿勢のせめぎ合いが描かれている?とはいえ、尊敬するママ・シモナも、後に映画製作者になって両親のかなわぬ夢を映画に描くことになるシストゥからも、結局のところ、巡回映画が去った後、ママ・シモナの助言もあり自らの「映画」を語り始める彼を支持し、新しい映画という文化の受容を肯定しているのだとは思われるのだが。ママ・シモナの存在やその死にまつわる行事とか、クィをはじめとする食べ物や生活様式、そして言語の問題などアンデスの先住民文化をある程度の理解してないと分かりにくい映画であったかもしれない。一種の寓話として描かれているのだろうとも思われた。
アンデスの山の風景の美しさ懐かしく、その点だけでも十分楽しめるのではあるが…。
(4月21日 新宿武蔵野館 098)
⑭パリから来た殺し屋
監督:ジャック・ドレ― 出演:ジャン=ルイ・トランティニャン アン・マーグレット ロイ・シャイダー 1972フランス・イタリア・アメリカ 112分
久しぶり?(5日ぶり)の映画は、金曜日公開作品入れ替えで、最初の週末は満席に近い作品も多く「座席を選ぶ」武蔵野館の中で見たい新作多々?あれど、人のアタマの陰でみるのもいやなので、まもなく終了となっている(でも、チャンスがあれば見たいと思ってはいた)この作品にした。72年、フランス・アメリカ合作で、ヌーベルバーグ風?+旧ハリウッド風?の趣もある感じの、カー・チェイスや拳銃戦(以外に感歎にドンパチぶっぱなし、あっという間に何人も死ぬ)もありながら意外に地味な感じ、ホテルの続き部屋を使ったちょっとだまくらかしコメディっぽい立ち回り(このあたりは昔のハリウッド映画っぽい)もあるのだが、ドンパチがあればちゃんとパトカーも駆けつけるし、律儀な感じがあるスパイ映画?というかクライムサスペンスで、「古典」を見た味わいあり。
フランスからやって来て謎の依頼者の求めに応じて、組織の大ボスで何かと犯罪の陰の付きまとう大富豪の自宅を訪ね相手を撃ち殺し、無事にその場を逃げ出すも…、なぜかホテルはチェックアウトされ、パスポートも帰りの航空券も持ち去られてしまった殺し屋ルシアンは、逆に謎の殺し屋(スーツに拳銃という造型的にはルシアンに瓜二つ)に付きまとわれねらわれながら、なんとか逃げ回り逆襲しという話。ただ黒幕は殺された富豪コヴァックスの若い妻と、彼女と関係のあるらしい息子っていうのは、殺人の起こる前からわかるような描き方なんで、それもミソというべきか、あるいは底が割れちゃってるというべきか…
主演のジャン=ルイ・トランティニャンもフランス訛りの英語はナルホドだけど無表情で、あまり感情を出さずあまり魅力的とも言えない(実は殺し屋としてもそんなに経験があるというふうには設定されていない)のはどうなんだろうね…結末まで解放感は全くない(フランス風?)。(4月18日 新宿武蔵野館 097)
⑬落下の王国……またしても見てしまった、今期の4Kレストア版上映の4回目!
監督:監督:ターセム 出演:リー・ペイス カティンカ・アンタルー ジャスティン・ワデル ダニエル・カルタジローン レオ・ビル 2006アメリカ 120分 モノクロ・カラー ★★★
やっぱり好きな、『落下の王国』、昨秋からの4Kレストア版上映、それぞれ違った劇場での4回目 1回目25年12月⑨、2回目26年1月⑫、3回目26年3月㉔。下高井戸まで来たのでこれで多分最後…かなと思いつつ時間がうまく合ったので。南アフリカ、バリ・フィジー、パリ、スペイン、イタリア、プラハ、トルコ、中国、南米(チリ・アルゼンチン・メキシコ?)など確か13のユニットもエンドマークでしっかり見たつもりだが、あれ?13はないなあ。前回確認したエッフェル塔や長城?の場面も今回目を皿にしてみていたのだけれど???。5人の勇者やその他の物語中人物が「現実世界」の誰とつながっているのかは4回目(3回目もいちおうだったが)にしてしっかり確認。「ミスティ」の化けっぷり(物語世界も、「現実」の病院でも)には何回見ても驚かされる。この幻惑性?が何回見ても飽きない要因かも…。というわけでツマラナイ感想になってしまったが…(4月13日 下高井戸シネマ096)
⑫佐藤さんと佐藤さん
監督:天野千尋 出演:岸井ゆきの 宮沢氷魚 2025日本 114分 ★★
出だしは、部屋の隅の虫の死骸が何時までも(毎日)そのままになっている、すなわち四角い部屋を丸くしか掃かない妻を糾弾してののしる男の場面からで、見ているだけでこの男の方にうんざりするような、そして実際にうんざりしながらも彼の弁護士として離婚調停をしようとするヒロイン沙千から…で、みかけイケメンでありながら何だか崩れた卑しい雰囲気を醸し出す中島歩の演技に失礼ながら「成長ぶり?」というか演出の妙なのかしらん…を感じる。岸井が上手いのはまあ意外性はないが…。同性の佐藤さんと佐藤さん、知り合い気が合い同棲、男は司法試験を目指し受検を続けるがうまくいかず、一緒に勉強して支えになる、つもりで受験を始めた妻のほうが先に合格してしまう。しかも弁護士になった妻は間もなく妊娠、ふたりは結婚することになりー夫婦がもともと同姓というのが物語的面白さではあるが、うまい。もし別姓であれば、ここにさらにドロドロな問題が絡んで逆にテーマが見えにくくなるだろう。また、2人がともに司法試験を受けるというのも…。夫婦の間で妻のほうが仕事その他で実績を上げ、夫が支えに回らなくてはならないという状況は、過去の夫婦関係では珍しかっただろう(夫唱婦随が普通)が、今やいくらでもある事例だと思うし、それを同じ試験の合格の順序でシンプルかつより鮮烈に二人に響くという設定にしたのもなるほど!だ。というわけで、その結婚生活は私にとってはものすごくあり得るリアルで(夫の立場も妻の立場もわかって)身につまされ、最後15年後の「別れ」のありかたも、なんか自分の身にかつて起きたことのようにも感じられ、共感してしまった。画面はあまり明るくもなくきれいでもなく、淡々とした日常が多いから目を見張るような要素はあまりないのだが、それでも目が離せない。妻の顧客として登場するもう一人の、「妻に離婚を要求される男』(ベンガル)も典型的な昔ながらの夫ながら存在感があるし、夫婦を囲む双方の両親や家族の理解しているつもりの保守性とか、夫の田舎の友だちとの関係の「リアル」もこの映画を引き立てているように思った。(4月13日 下高井戸シネマ 094)
⑪日記 父と母へ
監督:メーサーロシュ・マールタ 出演:ツィンコーツイ・ジュジャ ヤン・ノビツキ1990 ハンガリー カラー・モノクロ117分
「日記」3部作の最終章。1956年10月モスクワ留学中のユリに、ブタペストの民衆蜂起の知らせが届き、ユリは帰国を願うがなかなか許されない。ブタペストの養母マクダは脱出を図ってトラックの荷台につかまって乗り込もうとするが、手を殴られて転落、その後人目を避けて友人宅にこもる。ヤーノシュは勤めている工場の民衆運動指導者のひとりとなってむしろ蜂起の側に…。12月になってようやくブタペストに帰ることを許されたユリを迎えたのは知人であってもそのように立場を異にする人々と、落ち着かない動乱の社会状況であった…その中でユリは友人たちとともに人々の写真をとり、動画のロケハンやカメラを回したりしていく。という感じで、映画の「目」はあくまでもユリなのではあろうが、わりと客観的というか俯瞰的な群像劇みたいな撮られ方(最初のあたりハンガリー動乱のシーンはモノクロ、モスクワや、帰国後の彼女自身の生活部分はカラーで撮られているのかなと思ったが、かならずしもそういう分け方でもないみたいだった。客観描写がモノクロ?ユリの心理が絡む部分がカラー?)で、少し散漫なかんじというか、ユリ自身が自らの位置や、他の人物との関係を見極められずただ見っているだけ?という感じが画面に現れているのかもしれない。1956年の大晦日、ヤノーシュやマグダはじめ様々に違った立場の人々がユリの家に集まりダンスをするという、いわば至福?の一時(その間にも秘密警察が乗り込んできたりもするが、この時は全員無事)もあるが、その直後反動分子の摘発が進み、身重の妻を残してヤーノシュは検挙され…というわけで大変に悲劇的に、ユリとこの擬似父の関係も終わるのだが、そのあたりはもはや、もっぱらヤーノシュの視点で描かれている。描きたかった自分史部分とハンガリー史の部分が混在している印象もあるが、こうしか描けない歴史なんだろうという感じもした。とりあえず今期のメーサローシュ・マールタ監督特集最後の1本。
(4月10日 メーサローシュ・マールタ監督特集第2章 下高井戸シネマ093)
➉ハムネット
監督:クロエ・ジャオ 出演:ジェシー・パックリー ポール・メスカル エミリー・ワトソン ジョー・アルウィン 2025イギリス 126分 ★
物語は森から生まれた「森の魔女」?ー「マクベス」の動く森を思い出させるが、そういうわりと神秘的な力を持った「変わり者」「継娘」のアグネスが、やはり変わり者ー田舎に珍しいラテン語知識などももつ教養人ウイリアムとの間に子どもができ結婚、ついで双子の娘と息子を授かるが、ウイリアムは一人出稼ぎ?ロンドンに出て演劇の作家・役者として成功していく。その間に双子の娘がペストにかかり、生死をさまよう間に寄り添った息子のほうもり患して死んでしまう…ということであの世とこの世の狭間に彷徨う息子のイメージとか、息子を失ったアグネスの大きな喪失感とそれが夫に理解されないと思う苦しみー実はアーティストとしてのウィリアムの苦しみ方は芝居の世界で行われ、有名な「生か死か」のことばが生み出されたり、剣で敵と戦う強い役者になりたいという息子の夢が、ハムレット王子に結実したりと…それを見たアグネスがハムレット王子(役者)に手を延べ、夫との心も通じるという、まあ、互いにわかり合い慰め合うばかりが夫婦関係ではないということかな…落ち着いた画面の重厚さや、自然と一体化しようとするようなアグネス役の演技(⑤『ザ・ブライド』では全く違った姿を見せるジェシー・パックリーの大活躍。この映画でカンヌの主演女優賞を獲った)当時のシェークスピア劇場を彷彿とさせるセット?、イギリス片田舎の農家屋敷とか、見どころ・見ごたえは十分という一本。東京国際映画祭では確かチケット完売だったかで見られず、公開を待っていたものだが、初日の劇場は平日昼の回にもかかわらず(というかだから?)満席だった。(4月10日 調布イオンシネマ 092)
⑨日記 子供たちへ
監督:メーサーロシュ・マールタ 出演:ツィンコーツイ・ジュジャ ヤン・ノビツキ
1983 ハンガリー 108分モノクロ35m ★★
③「日記 愛する人たちへ」の前日譚。ようやく思春期という感じのユリが祖父母(血はつながっていない?)とともにソ連からハンガリーへ逃れ、祖父の妹でバリバリの共産党員マクダの家に厄介になるところから。その家に出入りするマクダの友人ヤノーシュ(ユリの逮捕後行方不明の父と同じヤン・ノビツキが演じていて、要は父とそっくりの男)と知り合い、父と重ねて心を寄せていくユリ。ユリはいっぽうマクダの党規約にも基づいているような厳格で寛容性のないグレタへの反抗も強く、その意味ではマクダの友だが、党政治や、人生そのもの?にもより懐疑的かつ、それゆえに他者への寛容性もあるヤーノシュにひかれていくという「愛するものたち」へとつながっていく過程が納得できる。ヤーノシュがその性格・考え方ゆえに秘密警察に拘束され、ユリはマクダの家を出て、工場で働き、好きな映画三昧をし、学校にも通うという青春時代のいわば開始までが描かれる。演じるのは⑥「ジャスト・ライク・アット・ホーム」から少し大人っぽくなったツィンコーツイ・ジュジャだが、幼時の回想シーン―とても幸せだった時期から一転して父は拘束され母が病で倒れなくなるーの特に幼い幸せなユリを演じているのは別人。84年カンヌ映画祭監督グランプリを女性監督として初めて受賞した作品だそうだ。(4月8日 メーサローシュ・マールタ監督特集第2章 下高井戸シネマ091)
➇XiXi私を踊る
監督:呉璠 出演:XiXi 呉璠 ニナ(娘) メデリック(元夫) 2024台湾・フィリピン・韓国 100分
ヨーロッパの映画学校を卒業し、その後の進路に悩んでいた監督が、ベルリンで知り合ったコンテンポラリーダンサーのXiXiの暮らしぶりや、北京で知り合った元夫と娘をフランスの自宅に置いていわば出奔、しかし今でも娘との関係を大切にしている様子や、彼女と母(この人もXiXiが4歳の時に家を出て、娘と会うことはあまりなかったと描かれる。その母と、台湾に帰省した現在のXiXiとの対話、またXiXiと親しい関係を結ぶウーファン監督自身の祖母との関係なども描かれ、いささかとりとめもない感じもあるが、要は代々伝わる女同士の共感はしつつもなかなか同意・理解はし合えない関係と、その中で監督がXiXiに寄せていく思いが画面から伝わってくるという感じの映画。xixiと娘のニナが掛け合いのように歌うシーンとか、2人の会話などが意外に面白く、XiXiの良き母ぶりーニナが幼いからこそかもしれないがーが印象に残る。コンテンポラリーダンサーということで、異形のスタイルで踊るXiXiの場面もあるが、その量は少なく、心惹かれるというほどには私には感じられず…。ダンサーとしてアートを追及しているというのだが、普通の生活者としての側面を描いた部分の方が、興味深く感じられた。(4月8日 渋谷ユーロスペース 090)
⑦済州島四・三事件ハラン
監督:ハ・ミョンミ 出演:キム・ヒャンギ キム・ミンチェ ソ・ヨンジュ 2025韓国119分
1948年済州島に四・三事件というのがあったことについては、政府軍の南鮮統一支配に反対する、人々(この映画では暴徒・アカと字幕がついている)の内戦状態がおこり、反政府と目された人々は漢拏山にこもり、政府・警察側は海岸線から5㎞以内を適性居住区域として女・老人・子供たちを含めそこに住む住民を銃殺・虐殺、村を焼き払うという暴挙に出る。難を逃れた住民たちも漢拏山に逃げ込む。政府・警察は山にこもった人々をゲリラ・一般住民問わず追いかけて殺害、また山にこもった反政府ゲリラは、山を下りようとする住民がいると密告者として殺しすというわけで、この映画では、祖母とともに村に残り銃殺されそうになるが祖母の身体の陰で助かった6歳の少女が、先に山に入った母を求めて山に入り、母の方も村に残した娘を探しに山を下り、その過程で反政府(男意識丸出しで体力もある女を利用して戦おうとする。ただし3人だけでいつもつるんでゲリラ的に出没)の男たちにつかまったり、政府・警察側から逃げたりというようなハラハラな逃避行を描く。四・三事件では3万人くらいなくなったが死者の7割が男だったそうだし、それこそ政府・警察側でなく、住民ゲリラ側によって殺された人も1割ーこの殺人者は基本男性ーで女性については周辺に追いやられて話題にも上ってこなかったようなのだが、この映画はどちらにしても殺される側にしかならなかった女・子供の視点で描いているのがさすがの女性監督の視点かな…。政府軍がわでは若いキリスト教徒の青年兵士が悩み迷いつつ作戦に参加したあげくの海辺での破滅的行為が、この政府軍の男権主義的な脆弱性を示して、この作戦の結末を暗示している?そして、若い海女の能力を発揮し、幼い子供(セリフは少ないが、それだけにものすごいインパクトのある名演技で説得力があった)に助けられ、過酷な状況下で命拾いをしたのにもかかわらず…幼い子供に「暴徒」の文字通り烙印を押すシーンがショック。
ものすごく深刻なテーマの映画だが、商業映画出身という監督は、ひきつける要素を盛り込んで「娯楽」性もあるような映画作りをしていると感じる。ハランは漢拏山にさく蘭の一種と。
済州島には昨年秋(実はこの事件の行われた山域への興味もあった)出かけているが、漢拏山の中腹の、いまのように観光道化はしていないが、植生の明るさ・暗さや山道の雰囲気など意外に見たとおりだった…。ただ映画内であのきれいな緩やかな円錐型の山景が出てくるのは2回ほどで、やはり「今」撮っておかなければという事件なのだろうという感も強くした。現在、犠牲者の墓とか記念碑もきれいに整備されているようなのだが、これについてはツアー旅行でもあり見落とし、反省…。
平日昼12時の回からの上映は、なんと満席。いろいろなメディアで話題になっているからか?(4月7日 ポレポレ東中野 089)
⑥ジャスト・ライク・アット・ホーム
監督:メーサーロシュ・マールタ 出演:ヤン・ノヴィツキ ツィンコーツィ・ジュジャ アンナ・カリーナ 1978 ハンガリー 109分
冒頭は山腹?の放牧場にいる牛の群れをかき分け、ぶつかりそうになってよけながらーというよりむしろ牛のほうが逃げているー自転車で下る男(主人公アンドラーシュ)で、この男の無頼性というかワガママ性を表している?アメリカ帰りというこの男が両親の住む村に戻り、畑仕事を手伝いなどしながら、放し飼いされている犬、ついでその飼い主の少女ジュジャに目をつけ、犬を介して二人の間に生まれる関係、あたかも父のようにアンドラーシュに親しみつつ、間に入るアンドラーシュがおとなの女性としてつきあいたいアンナに嫉妬するようなようす、また一方のアンドラーシュがこの少女を手元においておきたがり、2人ともパンツ1つという感じで泳ぎを教えたり、後半では彼女を引取ってブタペストに移り住んでの二人暮らし、丸裸にした彼女を浴槽に立たせて髪を洗ってやったりとか…10歳前後?とはいえ胸もちょっと膨らんできているような少女に、おいおいアブナイゾ…と感じさせるような執着ぶっりで、なんかなあ。この男はそれこそ「家にいるような」安楽を彼女に求めているというのが題名の由来みたいだが、そんなふうに行くか?行かないぞ?と思うのだが。両親をソ連で拉致収容され、父とは結局再開できずに終わったというローサーメシュ監督は、この映画に「父へ」という献辞をつけているので、監督の知らない望んだ「父」がこんな男?ー③『日記』のユリとヤーノシュもまさに同じ役者が演じて10年後(ただし設定された年代は『日記』の方が古い(40年代から)という感じで、こちらは男がやや老いた?感じに描かれていることもあって、ヘンな関係と言いつつそれほどでもない「師弟感」もあったー、こちらはとにかくナマナマしい感じもあって、なんかキモチ悪さのほうが先に立つ。今だったら男の方はあっという間に検挙の小児性愛的世界のようにも思うが、この時代70年代ってそのあたりの感覚はいまと随分違ったのか…ともあれ未見の『日記ー子供たちへ』はみておかなくては…(4月5日 下高井戸シネマ 088)
⑤ザ・ブライド
監督:マギー・ギレンホール 出演:ジェシー・パックリー クリスチャン・ベール アネット・ベニング ペネロペ・クルス ピーター・サースガード ジェイク・ギレンホール
2026アメリカ 127分 ★
時は1930年頃のシカゴ。犯罪組織のボス・ルビーノの周囲にたむろすような感じで酒場に集う人々の中、ルビーノをものともしないような態度・行儀でその場にいるアイダという女性、男たちに歯向かい、怒りを買って階段から突き落とされて死ぬ。
いっぽう130年孤独に生きてきたフランケンシュタインのモンスターは父の名を名乗り、時の女性研究者ユーフォロ二ウス博士を訪ね、伴侶を作ってくれるように頼むー要は『フランケンシュタインの花嫁』をベースにしているわけで、アイダ/ブライドを演じたジェシー・パークリングが二役で、彼女が呼びかける原作者メアリー・シェリーを演じている―が、…そして博士が墓から掘り出したのが殺されたアイダというわけだが、記憶を失って自身の名も覚えていない彼女が、生きていた時のまま、他人の伴侶として従ったり頼ったりするような女性ではなく、自身の意志をはっきり持って、従わせたようとする男たちに立ち向かうような「モンスター」としてよみがえるところがこの映画のミソか…。もちろん伴侶がほしかったフランク(フランケンシュタイン)だが、彼も孤独を抱えるむしろ優しい男として描かれ、ブライドの傍若無人ぶり?に振り回される気配もある。暴力的な男たちに組み敷かれそうになり抵抗する彼女を助けてフランケンは相手を殴り殺し、「バケモノ」として二人が滅茶苦茶な逃避行に出るのが後半。追いかけるのはやはり女性として正当に評価されることはなく鬱屈しつつ、しかし力を発揮する女性刑事で、再生をつかさどる博士も含め、この映画は男社会での虐げられ疎外された立場の女たちが異をとなえ立ち上がるというか滅茶苦茶に抵抗する映画として作られいる。終わりの方で女たちがブライドと同じ刺青メイクを顔につけ、腕を組んで歩く姿や、ブライドが「Me too!」と連呼する姿なんかもあって、まさになるほどという、主張が込められているのである。フランケンシュタインが映画ファンでロニー・リードという役者にあこがれ、拠り所としているという設定なども、象徴的にこの映画の立場を表しているように思われ、マギー・ギレンホールの「MeToo」運動の一つの表現として作られているようだ。でもとにかくアクティブでポップで滅茶苦茶感もあってなかなかに楽しめた。ジェシー・パックリーは間もなく公開(東京国際映画祭の話題作だったがチケット取れず)の『ハムネット』も楽しみにしているところ。(4月4日 TOHOシネマズ府中 087)
④エルジ
監督:メーサーロシュ・マールタ 出演:コバーチュ・カティ 1968ハンガリー 84分 35mモノクロ
うーん、これはダメだ!ついていけない。施設で育ち工場で働く女性。前半は幼時に別れた実母が結婚して新たに作った家庭を訪ねて行くが、娘の存在を隠している母は家族には姪と偽り、家族はブタペストからきた姪を歓待する。そのままの状況で、家を抜け出し帰っていく彼女は、行きにも列車の中で出会った男の家についていきベッドをともにするが、さっさとひきあげる。というわけで後半はそのように投げやりというか無気力というか、怒っているような表情でのいわば男性遍歴?といってもかりそめのつきあいが描かれ、途中金もなく彼女にたかりながら、彼女の両親が死んだと知らせる男が現れたりして、彼女の孤児ぶりというか、そういう意識のありように分け入っているのだろうが…。そして根無し草的?な彼女の孤独感みたいなものは伝わっては来るのだけれど…ずーっとこういう一生だったらたまんないなぁ(とはいえ、それが一生続くものとも思えないが)。(4月2日メーサローシュ・マールタ監督特集第2章 下高井戸シネマ 086)
③日記 愛する人たちへ
監督:メーサーロシュ・マールタ 出演:ツィンコーツイ・ジュジャ ヤン・ノビツキ
1987 ハンガリー 132分カラー・モノクロ ★
先月に続くメーサーロシュ・マールタ特集(第2章)だが、この映画は日記3部作の2部にあたる。映画上映日の都合で、1部~3部順番には見られそうもないことがわかり、とりあえず見られる2部からということで…ちょっと心配だが。ハンガリーから幼時父母に連れらソ連に移ったユリが、母を亡くし父は捕らえられて行方知れずのままハンガリーにもどり、養母で共産党幹部のマクダから離れるがごとくソ連の、勧められた経済学部でなく、映画学部に入学し、映画監督への道を歩み始める章。彼女が慕うヤノーシュは収監中で、彼女はヤノーシュの車椅子の息子と関係を持つーなんか、意外と奔放?だなあ。中途スターリンが亡くなり政治犯は解放されヤノーシュも帰ってくるが…。ソ連の貧しい暮らしの実態を描いた彼女の卒業制作のドキュメンタリーが映画大学の教授人にけちょんけちょんに批判される先行き不安なラストまで。1~3部の流れの中で見た方がいいのだろうが、この1本でベルリン銀熊賞も取っているという完成されたドラマとして見ても大丈夫?87年作品でベルリンの壁崩壊の直前ということになり、スターリンの支配するソ連社会での若者の生活を描いているとはいうものの、それを称揚しているわけではないーマグダの描き方(党本位の冷徹?な女?)なんかにもそれは現れているのだろうが、でも雰囲気としてはやはりソ連の映画かな?普通のドラマ部分はカラーだが、ソ連の行事とか歴史的事象の映像は、実在をそのまま使った白黒、そこにドラマの登場人物が白黒ではめ込まれているという描き方もちょっと面白い。
(4月1日 メーサーロシュ・マールタ監督特集第2章 下高井戸シネマ 085)
②ペリリュー 楽園のゲルニカ
監督:久慈吾郎 出演:板垣李光人 中村倫也 2025日本 106分 アニメーション ★★
太平洋戦争末期の激戦地パラオ・ペリリュー島で米軍の猛攻に追い詰められ、島内の洞窟に作られた要塞にこもって、2年近く、大勢の兵が死に最後に34人が投降したという史実を、若い「功績係」(戦死を勇猛な美談にしたてて留守家族への報告とした)の眼を通して描く。
出だしはそれこそ風光明媚な楽園のアニメーション映像で、あ、なるほどアニメで戦争を描いたのはこういう効果も狙ったのかと納得しつつ…。兵士たちはいかにもマンガ的風貌の4頭身ぐらいのキャラクターで描かれこれもとても兵隊には見えないのだけれど、それだけにアニメに出てくるようなちょっととぼけたフツウの若者というより「男の子」たちが自身の思いとは別に戦争に巻き込まれていく様子が、意外に感情的に描かれることになり、また爆弾爆発や、銃撃戦などのすさまじさも図案化されているとはいえ実写の生々しさとは別のリアリティを感じさせるので、あ、なるほど…こういう描き方により戦争反対平和への希求を表す方法もあるのだなとは思わされる。やはり戦後80年たって戦争に行った人はもちろん、戦争を知っている人さえ数少なくなった現代ゆえに出てきた表現だろうし、それゆえの発言の力というものも信じたい気がする。自宅近くでも長らくやっていたが、戦争の悲惨さや生々しい戦闘シーンをあえてアニメで見たくないなどとずっと行かなかった。しかし、3月あった大学時代のクラス会で、普段あまり映画を見ないような人の間でも話題になっていることを知り、ラストチャンス?に出かけてみたが、見てよかった。(4月1日 下高井戸シネマ 084)
①ペンギン・レッスン
監督:ピーター・カッタネオ 出演:スティーブ・クーガン ジョナサン・ブライス ビビアン・エル・ジャパ― アルフォンシーナ・カロッチオ 2024スペイン・イギリス 112分★★
予告編やチラシからは案外ほんわかした「動物愛護映画?」みたいに思われたが、実は1976年からのアルゼンチンのかの悪政・軍政-批判者が数多く拉致され、未だ行方不明の人も万単位でいるというー時代の暗く閉塞し、かつ不安・不安定に混乱した社会状況下での個人の生き方をペンギンが励ました?という実話ベースの物語だった。アルゼンチンの寄宿男子校に赴任した中年の教師が、政治的混乱の中で着任早々1週間休校になり、ウルグアイの海岸に遊びに行く。そこで知り合った女性(すぐにフラれるのだが)とともに重油まみれのペンギンを救うと、そのペンギンがついてきてしまうというわけだが、アルゼンチンに戻る入国手続きでも、戻ってからの学校の対応などについても表向き非常に官僚的に厳しいことを言いながら、役人も校長も上の顔色をうかがいながら面倒は避けたいという態度で、主人公がなんとか手放そうとするペンギンが結局ついてきてしまい、そのペンギンが不安な社会や学校状況で悩む人々の他人には言えないグチの聞き役になることにより結果としてその人々が、暗い政権下でも互いの助けになるような思いを持つにいたるという結末が、説得力ある脚本とペンギンの演技(2羽ぐらい?使っているとか聞いたが、いや名演技に驚く)でなるほどね、と腑に落ちてくる。映画の中では多少は政治批判をするが、大した活動家とも見えない学校の掃除婦の孫が、突然に警察に拉致され姿を消す。その場にいた主人公は「トム!助けて!」と呼びかけられながら動くことができず、その後悔も含めて行動が変わっていくのだが、このあたり、本当に恐怖政治が身近にあったこととを感じさせられ、自分が教師としてでも、そうでなくてもその場にいたらどうしただろうと思わされてしまうのである。(4月1日 下高井戸シネマ 083)





































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