【勝手気ままに映画日記】2021年1月

 

やっと遭遇した!今年最初の「高尾富士」(1月8日)

2回目はちょっと春霞?いい雰囲気です(1月22日)
2回目の緊急事態宣言で、山も、いつもなら気もそぞろのはずのスキーもほとんどパーというか、予定がたちません。最近は「人込みにも行っていない、会食もしていない、なんで感染したのかわからない」という感染者の方が増えているようで、となれば自分だっていつなるか、または気づかず人にまき散らすかわからないし…と思うとついつい自粛ムードになってしまいます。仕方がないので我が家の庭?みたいな高尾山にせっせと通い、時どきに変わる富士山の表情を楽しむしかないかな?帰りは高尾山口の温泉で一杯!それが楽しみ…です!


①れいわ一揆②ルーブル美術館の夜 ダ・ヴィンチ 没後500年展③この世界に残されて④香港画⑤シカゴ7裁判⑥陶王子2万年の旅⑦声優夫婦の甘くない生活⑧大人の事情 スマホをのぞいたら⑨おとなの事情⑩八千里の雲と月⑪青春祭⑫未完成喜劇⑬雑居アパート大騒動⑭追魚⑮舞台の姉妹⑯マーティン・エディン⑰私の一生⑱新感染半島フィアナル・ステージ⑲八百屋の恋⑳嵐の夜㉑三毛流浪記㉒紅色娘子軍㉓小田香特集『短編集』㉔セノーテ(TSONOT)㉕キーパー ある兵士の奇跡㉖キング・シーヴズ㉗スタント・ウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち㉘どん底作家の人生に幸あれ!

⑩⑪⑫⑬⑭⑮⑰⑲⑳㉑㉒は国立映画アーカイブで行われた特集『中国映画の展開 サイレント期から第五世代まで』で見たものです。ちょこちょこ通って11本!
㉓小田香『短編集』は5本の短編ですが、1回鑑賞ということで。
(最後尾の番号は今年見た映画の通し番号です)

★1つは「ちょっと好き」★★は「なかなか」★★★は「ぜひぜひおすすめ」ですが最近は映画の見方が下手になったのか?なかなか★★★がつきません…


①れいわ一揆
監督:原一男 出演:やすとみ歩 山本太郎 2019日本 248分

劇場公開では、内容というよりあまりの長さに腰が引け、時間も取れず見ていなかったが、元旦1日やっていたCSの「このドキュメンタリーすごい」という特集(主に東海テレビ制作の作品)の最後に、1日夜から2日にかけてやったので、満を持してという感じで準備をしてみた。
内容は2019年夏の参議院選で話題をさらったれいわ新撰組の選挙活動のようすを候補者の一人女性装の東大教授安富歩を中心にとらえたもので、もちろん断片ではあるのだが20日近い?選挙遊説での演説の様子を日を追ってという感じで日本全国あちこちにカメラが飛び、さまざまな集会や記者会見、当時立候補した山本田太郎はもちろん、個性的な10人の候補者にももれなくインタヴューをしている。冒頭、中心的な被写体を安富と定め、原がインタヴューするシーンでは彼女の性的志向をも含め、あまり公約と関係ないところで突っ込んでいるのだが、これってどうなんだろう、必要かな?安富も相手が原一男だからしゃべっているという気も。
安富自身について言えば、「子供を守る」という選挙公約はだれにも異は唱えられないが、学校は悪だという視点で宿題なくせ、学校予算を子どもの食に回せというような発言は、話している本人が学校体制にしっかり乗って京大出の東大東洋研究所の教授になり異性装もそれゆえに糾弾されるより個性として認められている(その辺は本人も意識はしているようだが)ことを考えると、教育を望む中間層(つまり学校よりも食事の危機にさらされているというほどではないが、学校を出なくても食っていけると思えるほどには才能にもチャンスにも、お金にも恵まれていない)的な立場からは能天気な過激論として排斥されてしまいそう。70年代の過激教育論みたいな感じでウーン。しかも彼は京大出であることを選挙活動にも利用しているわけだしな…。
彼の風貌とか馬を連れての異彩を放つ選挙運動とか、他の候補者たちのインタヴューの多様さ、山本のカリスマ的な話術などで、なんとか4時間余りを乗り切ったのではあるが…どうなんだろう。(1月1日 CS日本映画専門チャンネル このドキュメンタリーがすごい 1)


②ルーブル美術館の夜 ダ・ヴィンチ 没後500年展
監督:ピエール=ユベール・マルタン 2020仏 95分

ルーブル美術館公式ドキュメンタリーとして、夜のダ・ヴィンチ展を追ったもの。二人の男性キュレーター(担当学芸員・研究者)の鑑賞説明的語りと女性のナレ―ションで、かなり説明的なことばの多い学究的?ともいえるようなドキュメンタリーだが、さすがの映画はなかなか実物を見ても見きれないようなショットで絵画そのものを見せてくれることか。
ナイトミュージアムということで暗いのだけれど、それだけに中世からルネサンスに至るダ・ヴィンチの時代を彷彿させるような光と影と、それに壁などでなかなか面白くカットした美術館内部から現れる絵画の姿などが面白い。没後500年の大規模回顧展(1日1万人だそう。ただしモナ・リザを見に来る人は1日3万人だそうで、回顧展の会場にはおかなかったのだとか)は普通にはなかなか海外からは見に行けず、2000円の映画特別料金も、ま、良しいうところか。ただ、実際に飾られている絵画は11点だけであとは多数の習作や素描や、またレオナルドが残したノート類らしく、それらは映画画面で詳細にみられるものは少ないから、その意味では美術館を見に行ったという充実した疲労感みたいなものとは無縁な映画だ。コロナ禍が起こらなければ、昨年(20年)には、エルミタージュ美術館とルーブル美術館は是非見に行くつもりだったよなあ、と映画を見ながら思い出す。次はいつ、行けるようになるのだろうか(1月2日 キノシネマ立川 2)


③この世界に残されて
監督:トート・バルナバーシュ 出演:ハイデュク・カーロイ セーケ・アルビゲール ナジ・マリ シムコ―・カタリン ハンガリー 88分 ★★

予告編のドラマティクなおどろおどろしい社会派映画風の描き方にちょっとだまされた。つまりナチスの収容所生き残りの40代の男と16歳の少女が恋愛に落ち、しかしハンガリーの共産党政権移行のもとで糾弾され悲劇的な結末をたどる?もしくはその悲劇を乗り越えてちょっとは希望の見られる未来に向かう?というような映画化と思うと大違いである。
娘はむしろ失った父の代償的に男を慕い、男も微妙な感情を持ちつつむしろ娘扱いで決して一線を越えることはない。娘からは最初、わからずやと評される大叔母も、男と娘の付き合いをむしろ好意的に受け入れ(というか、私の手には負えないと男に頼み込むような場面もある)る。学校教師が二人の関係に疑惑を持ったり、男の旧友が党員としての身を守るために友人3人いついて密告せよと言われた、その一人はお前だみたいなことを言ってきて、知り合いがひそかに連れ去られたとか、隣人が夜中に連行されたりというような共産党支配の恐怖が紙一枚という感じで忍び寄り、それにおびえる二人が描かれたりはするし、男はなぜか(だから?)別の女性と付き合い始め、それに娘が嫉妬したかのように怒る場面もあるのだが、娘の方もボーイフレンドを持ち、その彼がウィーンに脱出するが君が残れというなら行かないと娘に言う。そして3年後、大叔母の家で一家や友人が集まっているところにスターリンの死がラジオで知らされる。解放されたように喜ぶ若い二人とうらはらに男の眼に浮かぶ不安ーこういうところもことばでではなく表情などで繊細に示されるのがこの映画の特徴。最後はひとりバスに乗る娘でーウーン事件の展開は描かれないのだがー決して幸せな結末にはなっていなさそうーという、物語よりも、そこにかかわる特に男の心理の動き、そして女(娘)もそうだが、彼女の場合はその中での女性としての成長というか、変化が描かれてすごい(ちなみに出会いは初潮が遅れた娘が心配する大叔母に連れてこられた産婦人科医が男という設定)!と見るべきなのだろう。いや、そういう意味では本当にすごい映画である。ちなみにチラシや日本のサイトでは出演者の名前は姓と名がひっくり返っているが、ハンガリーは日本と同じく姓+名の順で、映画画面の出演者名やタイトルロールなどもそうなっているので、この日記もそう書いた。(1月2日 キノシネマ立川 3)


④香港画
監督:堀井威久麿 2020日本 日本語・広東語・英語 28分 ★★

2019年秋から20年まで、香港でのその時々の市民行動とそれに対する香港警察の暴虐。そして日本に留学中、里帰りして活動に参加した学生の日本語インタヴューはじめ何人かの若い香港人たちがこもごもに自由への希求を語るという、単純な構成だが映像で見せる28分。一国二制度を守れという声をあげている人もいたが、それにしても50年後にはなくなるこの制度に頼らざるを得ない状況って…。そもそも一国二制度そのものが「無理」の産物で、市民はもちろん香港政府も丸ごと中国にだまされたんじゃないだろうか…。台湾での香港人の殺人事件がもとで制定されてしまった逃亡犯条例についても…。でも、面倒見ない英国の植民地化の中で香港人自身が制度を整え、自由を勝ち取った過去を考えると、もう一度香港ガンバレとしか思えないのではあるが。その意味でこういう映画が世界に発信されていくのはいいことだと思う。香港人よりも多分外国人の方が作りやすいのだ。(1月4日 アップリンク渋谷 4)


⑤シカゴ7裁判
監督:アーロン・ソーキン 出演:エディ・レッドメイン サシャ・バロン・コーエン ヤーヤ・アブドゥル ジョセフ・ゴードン・レビット アレックス・シャープ ジェレミー・ストロング 2020米130分 ★★

こちらはネットフリックスの、1968年、シカゴ暴動の先導者とされた7人の裁判を描いた実話をもとにした映画。7人はそれぞれ3つ(4つ?)の違った団体の活動家で、もともと面識もなく、そもそも意識も考え方も(もちろんベトナム戦争反対ということで大きくは共通しているが)全然違う人々。さらに黒人で殺人(結局冤罪)の罪を着せられ、代理人が入院中で一人闘おうとするも判事に阻止される男も絡み、決して一枚岩にもならず一筋縄ではいかない裁判のゴタゴタが描かれる。さらに告発する仕事を誠意をもってしながらも、法の下で彼らの逃げ道というか生き方を認めるような方向を考える検事。そんな中で、自分がけん引役と考える学生運動団体が実は軽はずみの扇動をしたことで窮地に追い込まれるが、彼が一種バカにしていたイッピーの代表が法廷で彼をかばうというか理解する発言をするのが感動的だし、最後に学生代表の彼が被告人としての発言を許されてする行動もいかにも映画的?とはいえ、なかなか見せる。こういう映画が今できるアメリカというのはどういう世界なのか、興味を惹かれる。(1月4日 アップリンク渋谷 5)


⑥陶王子2万年の旅
監督:柴田昌平 語り:のん 人形制作:耿雪 2021日本・中国 110分  

日本や中国で土器つくりのための土や石を選ぶシーンから土器、釉をかけた陶器、なかで白色の陶器、マイセン、セーブルのようなより緻密華やかな陶磁器、そして宇宙船に使われるセラミック素材まで、それぞれの様相を示す土人形「陶王子」を道案内におっていくというドキュメンタリー。ユニークなのは作品としての焼き物を見せるわけでなく素材の変遷をみせていくというところ?わりとNHK的優等生作りなのと,のんの語りがとてもかわいらしくて陶王子に重なって魅力的な部分と、いささか説明過剰でうるさいのとが気になったかな…。上映後トーク付きで監督と、発酵研究者の小倉ヒラク氏が話したがこれは結構面白かった。発酵とそれを促す「酉」の関係とか…。酉が土器の一種というか杯みたいな容器ということは知っていたが発酵のためのものとは、なるほどだった。
(1月5日 ヒューマントラストシネマ有楽町6)


⑦声優夫婦の甘くない生活
監督:エフゲニー・ルーマン 出演:ウラジミール・フリードマン マリア・ベルキン 2019イスラエル ロシア語・ヘブライ語 88分

90年代、ソ連の終結とともにイスラエルに移住したロシア系ユダヤ人夫婦。ソ連ではロシア語の映画吹替者として地位を得て生活も安定していたが、イスラエルに来てみると自分たちの経歴も声もなんら役に立たない。妻は夫に内緒でテレフォンセックスの仕事につき、結構売れっ子に。夫はチラシ貼りの肉体労働でへとへとに、しかしその過程でロシアからの移民向けの違法ロシア語吹替ビデオの仕事-映画館に行って上映映画をこっそり撮影し吹き替えるというもう完全に犯罪ーにつき、妻にもその仕事をさせようとするが、妻はそれをしたがらず、また夫の相棒が映画館撮影中捕まりビデオ店も摘発されてしまうというような中で、夫と妻もギクシャク別居、妻はテレフォンセックスの常連客とデートもしたりと、軽妙ではあるが思えばなかなかの苦境の日々が描かれる。威力を振り回そうとする夫にはあまり共感できないが、最後空爆の中で互いに相手を想っていた行動により通じ合い再会するというのは、なかなかにうまく作られた中高年(妻62歳)夫婦の恋物語である。(1月5日 ヒューマントラストシネマ有楽町7)


⑧大人の事情 スマホをのぞいたら
監督:光野道夫 脚本:岡田惠和 出演:東山紀之 鈴木保奈美 常盤貴子 益岡徹 田口浩正 木南晴夏 渕上泰史  2021日本 101分

パオロ・ジェノベーゼ作イタリア版のリメイクというか日本版ということで興味深く鑑賞した。話はさすが日本が舞台でわかりやすい。3組の夫婦は美容外科医と精神科医①で、法律事務所のパラリーガルとパート主婦②、レストランの雇われ店長と獣医③、それに独身の塾講師(実は求職中だった)で、①夫婦は夫と娘の密着・夫が妻のライバル精神科医に相談している、妻の方はあとから③の夫と同伴中の写真が暴露される。②夫婦はそれぞれ出会い系サイトのようなSNSでつきあう相手をもっている(=この夫婦の設定はありそうでウソっぽい気がする。特に妻がその相手のメールに触発され下着をつけずに友人間のパーティに行くというのは、設定だけ無理やりイタリア版から借りてきた感じであり得ないでしょうという、映画のために作ったという感じでいただけない)③の夫は①の妻と浮気中のほか、妻がいるにもかかわらず他の女性ら「できたよ!」という喜びメールを受け取る設定。②の夫と独身の塾講師がスマホを交換し、それによって②の夫がゲイと間違われるという設定はイタリア版と同じだが…。設定のいくつかをイタリア版からそのまま移し、日本の社会事情でそぐわなさそうなところを8年前の台風の時に一緒に避難して生死も危ぶまれるような3日間を過ごしたという共通経験によって毎年会っているという、これも何というか…この設定を朝日新聞の暉峻創三氏の批評などは高く評価しているのだが、取ってつけたようなわざとらしいセンチメンタル感と、それにそもそもの夫婦でも親しい友人でもスマホの中には秘密の世界を持っているそこから起こるギクシャクや大騒ぎみたいな本来この映画が主張していたはずのテーマがぼやけてスマホが単なる小道具として便利に使われているという感じがするのだ。特にこの共通経験の結果の和解で気になるのは③の妻が夫が他の女性を妊娠させたという問題が、イタリア版ほどにも揉めることなくスルーされてしまい、たとえ共通の体験がバックにあろうとも、この先この夫婦やっていけないでしょうと思わせるところ。このあたりどうなっていたっけと、イタリア版を再チェックすることに。
(1月8日 府中TOHOシネマズ 8)


⑨おとなの事情
監督:パオロ・ジェノヴェーゼ 出演:ジュゼッペ・パッティストン アンナ・フォリエッタ マルコ・ジャリーニ エドアルド・レオ ヴァレリオ・マスタンドレア カシア・スムトゥニアク アルバ・ロルヴァケル 2016伊 96分 ★★ 

2017年3月29日今回と同じ新宿シネマカリテで見たのだが、凱旋上映特別料金1000円均一ということで、再度鑑賞。

登場人物はほぼ日本版が踏襲しているが、こちらは幼馴染の同年代の2組の夫婦・独身男性、それに夫が同じ幼馴染で比較的若い女性と結婚したという8人。それにこの宴を催しているロッコ夫妻の娘も登場(娘と両親の関係は日本版もイタリア版も同じだが、日本版では突然父が娘の電話でボーイフレンドとの間の妊娠はなかった!と知らされるのに対し、イタリア原版はボーイフレンドに誘われたらどうしようと父に相談する、というものでここだけ日本版の妙な過激さ!。

このイタリア版ではスマホ公開に至るまでやその合間合間も含め様々な会話が入り乱れ、日本版のようにスマホ公開に特化した会話ばかりが行われるわけではない。それがある意味映画をわかりにくくしている反面リアルさにもつながり、例えばロッコの妻のピアス(劇中では外され、「相手に』突き返される。しかし最後のシーンではちゃんと彼女はそのピアスを外すというシーンがある。こういうのはうまい!)最後のドンデン返しというか肩透かしが生きる仕組みにもなっているよう。日本版はそういう部分をカットしてシンプルなしかしリアリティのあまりない話を成り立たせるために、これもありそうでなさそうな異世代の会食、それを成り立たせるための台風という災害と、無理無理にはめ込んだ感じがする。やはりその意味では皮肉っぽくはあるのだがイタリア版の作劇の上手さを感じる。ちなみにネタバレだが、最後夫の不貞の発覚に怒った妻が外に飛び出す→場面転換→外に出るとどの夫婦も友人も何もなかったように手を振りにこやかに別れ(つまり内面の嘘を隠して穏やかな関係を維持する)に戻る。それがいわば月を地球が隠し真の姿を見せないという意味での皆既月食と重ね合わせているわけで、なるほどね。

そうなると思わせぶりに出てくる日本版の月食シーンで必要だったの?という疑問もわいてきた。もう一つイタリア版ではスマホと言っても写真や動画のやり取りは出てこない。そこを割と露骨に出していた日本版の描き方も逆にリアリティを疑わせる―ゲイの恋人の描き方、自分のしどけない姿を写真でセックスフレンド?に送る女性とかありえる?-そのあたりの処理はさりげなく露骨でなくにおわせるイタリアのやり方のほうが断然うまい!(1月9日 新宿シネマカリテ 9)


⑩八千里の雲と月(八千里路雲和月)
監督:史東山 出演:白楊 陶金 高正 石羽 1947中国 126分

前半は、寄寓している上海の叔父一家の反対を押し切って抗日救国演劇団に身を投じるヒロイン江玲玉。演劇団の巡業は厳しいものの、やりがいはあって楽し気に描かれ、その中で玲玉は団員の一人と結婚する。やがて戦後、玲玉と夫は実家に戻るが、彼女の実家は売り払われ父はなくなっていた。やむなく上海の叔父の家に戻ると、叔父一家、特に後継ぎの従兄はあくどいやり方で稼いで戦後成金(もともと裕福ではあったが)になっていた。貧しいながら理想に生きようとする夫婦の在り方を批判されるような出来事もあり、夫婦は小さな屋根裏部屋で独立し、夫は学校教師、妻は新聞記者として働くが、暮らしは貧しく、仕事は厳しく二人は追い詰められ、妊娠するが…生活に明るい兆しは見えないという運び。戦争終結後も貧困や不平等・腐敗が存在し、痛めつけられていくヒロインで、共産党万歳!となっていないのは慧眼なのかもしれないが、ウーン。でもこんな夫婦が貧しく恵まれない夫婦なら、本当に貧しい人々はどんな暮らしなんだ…と思わないでもない。叔父一家がいわば腐敗の象徴なわけだが、彼らも夫婦には善意で、移動演劇団から身一つで戻ってくると衣食住を与え、仕事も世話しようとするが、それがヒロイン夫婦の希望というか理想に合わないというだけ?じゃないか、という気も。そして面白いのはこの映画ヒロインの行く末に結論を出さないだけでなく、最後に、黒い画面に大きなクエッションマークが白抜きで出て、観客に「さあ主人公がどうなるか?」みたいな問いかけがされる。つまりドラマとしての面白さとか映像とかよりも完全に映画が「啓蒙」であった時代の映画なんだなあと。
久しぶりの国立映画アーカイブの特集上映は緊急宣言のために14日夜夜7時の回がなくなった。入りは1/3くらいだろうか。(1月14日 国立映画アーカイブ『中国映画の展開ーサイレント期から第五世代までー』10)


⑪青春祭
監督:張暖忻 出演:李鳳緒 馮遠征 郭建国 玉姐 1985中国 96分

文革期、雲南省のタイ族の村に下方された高校生の少女。『天浴』とも『小さなお針子』とも違って、美しい風景(本当に風景映画と言ってもよいくらい。ちょっとうるんで水分の多い煙ったような景色なのだがしみじみ美しく撮れている)の中、受け入れてくれた家族はそろって暖かく、一緒に働く村の娘たちも最初は少し排斥的なのだけれど、寄寓家族の助言で彼女が村の娘たちと同じタイ族の衣服を身に着けると温かく迎え入れ、ヒロインは自発的に医学知識を学んで毒キノコに当たった子どもを助け感謝され、近隣に下放された青年との間にほのかな恋も芽生えと、なんか今まで見たこともないような牧歌的な下放生活映画。愛も恋も抑制的な描き方で、おしゃれなタイ族の娘たちも、その後の張芸謀映画とか『山の郵便配達』的な外から見た華やかな少数民族の風俗的な描き方でなく普通の女の子たちとして好感が抱ける描き方。同じ下放仲間の恋人は盛んに大学に入ることや街に帰ることを言うのだが、彼女はずっとこのままの暮らしでもいいという。やがて家族中の「兄」と下放青年の彼との間に彼女をめぐるちょっとしたつばぜり合いもあり、彼女は村を離れて山の上の小学校で教えるように…そこもなかなか楽しそうに描かれるのだけれど。この映画の英題は『Sacrificed Yourth』でどこが犠牲?とも思われるのだが、最後にこのヒロイン、のちに街に戻り大学に入って、その後この村を訪れると…。嵐に夜山津波で村は跡形もなくかつての恋人たちもなくなっていたという話で、ウーン。彼女たちの文革の理想の下放生活も実は若い日の祭りであり青春の幻であり、そのために村は犠牲になった?というメタファーかしらん。文革の評価も定まったと思われる今の眼で見るとだがなんとも複雑奇妙な後味をを感じさせられる。原作は張曼菱の『有一個美麗的地方』こちらの題は素直な感じで映画全体に通じる雰囲気とも合っている。(1月15日 国立映画アーカイブ『中国映画の展開ーサイレント期から第五世代までー』11)


⑫未完成喜劇(没有完成的喜劇)
監督:呂班 出演:韓蘭根 殷秀岑 閻傑 陳衷 方化 1957中国 83分 白黒 ★★

韓蘭根(小猿)と殷秀根(胖子)という中国のローレル・ハーディと称されたという人気の喜劇コンビが長春駅で久しぶりの再会をし、長春電影廠(長春の街も撮影所もモノクロだが極めて美しい花園に囲まれ、緑のそよ風が吹いているような環境として描かれている)で新しいコメディ映画三部作を撮るというバックステージもの?というのか、なかなか凝った設定。撮影の様子などは出てこないが、たちまちに三部作の試写上映で、短編3本がきちんと上映され、その一本一本に著名な批評家が、わりと教条的というか理屈っぽくケチをつける、その批判自体が共産党の映画指導方針であり、映画そのものも、またその批評家の批評をしらけた顔で聞く試写に参加している関係者の面々の表情も含め共産党の映画指導方針をしゃべらせながら批判的に見るという構造になっているわけだ。映画中の監督もコンビも「百花斉放百家争鳴運動」のおかげで映画界に復帰できたという設定で、これはまさにこの映画そのもののあり方だったのだろうとも思われる。実際にこの映画完成後監督の呂班は反右派闘争で批判され映画界を追放されたというから、まさに本当に短い期間に夢のように咲いた花のような映画なんだろう。
これって現代の中国でも見ることができる映画なのだろうか?ちなみに劇中にでてくる3本の映画は①殷扮する金持ちの会社支配人が死んだと間違われ、自分の葬式の準備に文句をつける話②ダンスホールで見栄を張ってダンスの名手を装うことによって困ったことになるコンビ(ここでのお困り役は韓のほう)③老いた老母を引き取るかどうかで熾烈に?争う兄弟ということで、内容的には別に共産党批判ではないけれど因習も含めて見栄を張ったり欲に走ったりする人々を皮肉った内容である。(1月16日 国立映画アーカイブ『中国映画の展開ーサイレント期から第五世代までー』12)


⑬雑居アパート大騒動(七十二家房客)
監督:王為一 出演:文覚非 譚玉真 謝国華 1963中国・香港 84分 白黒

1963年の中国・香港合作で73年には香港でリメイクされている。もともとは上海の舞台劇らしいが、この映画では1940年代の広州のアパート(72軒の借家人がいる)を舞台として全編広東語で撮られている。となると強欲な大家や汚職を当然としているような警察署長・警官たちは国民党ということになるのだろう。映画の雰囲気は共産党支配後上海映画人が香港に流れて作った映画と近いが、63年にこういう映画が中国作品として撮られたということは中国政府もこれは国民党時代の庶民対権力の芝居と見て認めたということか。中国映画史を少しきちんと学びたいと思わされる。
映画内容は要は強欲な大家夫妻が間借り人を追い出して、カジノや遊技場を作ろうと画策、そのための便宜を図ってもらうために自分の養女を警察署長の第二夫人として差し出そうとするのに、住民たちが一体になって抵抗して養女を助け自分たちの居住を守り、大家や悪徳警官はお縄になるという、さまざまなエピソードを重ねた喜劇である。大家夫人のなんとも憎々しく、居丈高に住民をいじめる姿が笑いを誘うほどに図式的かう生き生きしている。血の気がなさそうでその実ずる賢かったり自己中心的な夫の大家の造形もおもしろい。養女が住民に助けられながら逃げ回るのもなんとモタモタとは思うが、これは元の芝居のテンポとか想定が生かされているということだろう。(1月16日 国立映画アーカイブ『中国映画の展開ーサイレント期から第五世代までー』12)


⑭追魚
監督:応雲衛 出演:王文娟 徐玉蘭 鄭忠梅  1959中国 93分 ★★

越劇の戯曲の映画化作品。舞台をそのまま映像化してはいるがCGというか特撮で水の中から鯉の精が現れ、ヒロイン牡丹に変身したり、後の方の嵐・洪水のシーンや、観音出現シーンとかがまずはとっても楽しめる。素朴な特撮ではあるが、逆に映画化の利点を大いに活用したという感じ。全員女性で演じられている華やかさはさしずめ中国の宝塚。お話はー間の裁判シーンなどを中心にシェークスピア張りの取り換えの「喜」劇?判官役のやり取りが面白い。というわけで、まだ科挙にも受からない貧乏書生と鯉の精の恋愛成就劇だがきれいな色彩で華やかなで歌もわかりやすくて楽しめた。
(1月17日 国立映画アーカイブ『中国映画の展開ーサイレント期から第五世代までー』14)


⑮舞台の姉妹(舞台姐妹)
監督:謝晋 出演:謝芳 曹銀娣 上官雲珠 1964中国 113分 

1935年ごろ、婚家で虐待されていた春花は折からその地に来ていた旅回りの芝居一座にかくまわれ、その一員として雑用係から修業、やがて座長の娘月紅の男役の相手としてコンビで舞台に立つ。前半江南の巡業風景は、日本映画にはないようなスケールの大きさで心も広々伸び伸び。とはいえ貧しい虐げられた芸人の身の上でトラブルに巻き込まれ3日間のさらし者の刑なんかも受けたり。そこで貧しい「嫁」その名も同名の春花との出会い、コンビはまずまず名前を上げていくが月紅の父、座長が亡くなり葬儀代に借りた300元のかたに二人は日本占領下の上海の劇場に出演することになり人気を博する。ところが月紅はやがて国民党派?の劇場主の女になり華美に走り芝居を忘れ?一方の春花はまじめで革命的な思想の持主ということで2人は袂を分かち、後半は上海の劇場を主な舞台に春花演じる『祝福』(魯迅)の劇シーンなどもまじえながら各名劇に邁進して、やがて共産党政権樹立国民党派が去ったあと『白毛女』の演目をもって再び地方巡業に出る劇団一行と蘇州での小春花との再会や、男が台湾に去り今や不遇なひとり身の月紅との再会和解などが明るく描かれるという仕儀。反右派闘争後文革前の時期に少し昔を振り返り「国民党悪」を描いているからまあいいのだろうとも思ったが、この映画文革中には「毒草」と批判されたとのことー何が悪いかというと春花が月紅を許し和解するのが革命的ではないのだとか。ふーん、難しいものだなあ、一般的な評価でも実際にみても前半は情緒もあり生き生きとし楽しめるが、後半はなんか硬直して革命邁進の教条劇っぽいなんて思うのだが…そうはいかないのがこの時代の中国?
確認してみると2001年頃に見ていて今回は再鑑賞ということになるが、十分思い出しつつ楽しんだ。この映画から後の『芙蓉鎮』までの間の謝晋映画を確認してみたい気にもさせられる。(1月17日 国立映画アーカイブ『中国映画の展開ーサイレント期から第五世代までー』15)


⑯マーティン・エディン
監督:ピエトロ・マルッチェロ 出演:ルカ・マリネッリ ジェシカ・クレッシー デニーズ・サルディスコ 2019伊・仏・露 129分

ジャック・ロンドンの自伝小説を、舞台をイタリア・ナポリに移して翻案されたという。主役マーティンの若い船乗り上がりのどちらかというと無教養な肉体派から作家への道を歩む苦難時代、やがて功成り名を遂げるが心底からは満足が得られず疲れた中年までを演じてヴェネチア映画祭最優秀男優賞をとったルカ・マリネッリはなかなかの迫力で見せるが―うん私はどうもこういうタイプ(というか風貌?)は苦手で最後まで今一つ気持ちが添わない。ジャック・ロンドンは1800年代終わりから1900年代初頭を生きた人で、映画の時代も多分そのあたりに設定されている?―汽車は普通に走っているが船は帆船!-のかとも思われるが、少し古そうなものや現代に近い?時代も含め街や人々の様子を切り取ったドキュメンタリーっぽい映像が挿入されながら主人公の生き方や立場の変遷を描いているのが面白く、説明にもなり、見ごたえもあるが、もしこの映像を抜いたらばどうなんだろうと考えるとちょっと首をかしげるような「陳腐さ」が湧きあがってくるような気がしなくもない。もう一つ、なんだかんだと言ってもこの主人公、ブルジョアからモダンガール、中高年、姉まで含めすごく女性を引き付ける人だった。それが幸福の種にも不幸の種にもなっていて社会主義運動なども出てくるけれど、結局この映画そこらと主人公の距離の描き方があいまいで、結局ちょっと立場不明確なメロドラマになってしまっている気も…。ウーン。今年1本目の下高井戸シネマ。(1月19日 下高井戸シネマ 16)


⑰私の一生(我這輩子)
監督:石揮 原作:老舎 出演:石揮 魏鶴齢 王敏 田太宣 沈陽 李緯 1950中国 109分

1950年ちょうど中国が共産党政権が樹立されたところで、それ以前の清朝末期から国民党支配時代に至る「暗黒」の時代を生きた老百姓の22歳から62歳(雪の道で行き倒れになる…)までを描く老舎の原作の映画化。貧しい中で生きるために警官になり、その時々の支配者・権力者に翻弄されつつ何とか言うことを聞きつつ暮らしを成り立たせてきた男。周囲では貧しさや圧政の中で近所子どもが死んだり、男の妻も死に、男の息子は八路軍に入り、彼を手引きした活動家は死刑にという中で、思うところは多々あれどなるべく温厚に逆らわずという生き方が、もちろん最後までむくわれず、共産党は登場するものの、この映画では最後まで格好いいところは一つも出てこず、主人公の救いにもならずということで、この時点で過去に対する批判をしつつ決して今を称揚するわけではないから、今の眼で見ればさすが…で、この作者石揮が反右派闘争で批判され7年後には自死を遂げたというのもむべなるかなというところ。それにしても22歳から62歳までを一人の役者が演じている(監督主演とあるから石揮?)のもなかなかすごい。ちゃんと年を取っていっている。
(1月21日 国立映画アーカイブ『中国映画の展開ーサイレント期から第五世代までー』17)


⑱新感染半島フィアナル・ステージ
監督:ヨン・サンホ 出演:カン・ドンウォン イ・ジョンヒョン クォン・ヘヒョ キム・ミンジェ ク・ギョファン  2020韓国 116分 ★★

4年前にカンヌで絶賛だったという前作『新感染ファイナル・エクスプレス』の後日完結編ということだったが、感染パンデミックの予感もなかった4年前に見なかったのは私のオチド?-感染者がゾンビになって横行することによって封鎖・廃墟状態になった韓国舞台で、まあ商業映画とはいえ中国や北朝鮮なんかだったらこういう設定自体が絶対に許可され菜だろうなと思われるようなすさまじい都市や病むゾンビの姿はあまり見たくもないのだったが…。カン・ドンウォン演じる主人公ジョンソクは4年前、逃げる途中助けを求める母子を見殺しにし、一緒に逃げた姉と甥っ子は病のはびこる船中で感染(って、この感染のしかたは全然わからん。かまれてゾンビになるというのはいいとして、一つの船室の中でかまれもしないのに次から次へと人々がもがき倒れ、そしてこの人々は死んだのか?ゾンビになったのか?)自分は姉の夫ともに香港で生き延びるが韓国から来たということで差別され底辺にいる。そこへ韓国ではもはや不要になった金を取りに行き香港に持ち帰るようにということで韓国からの渡来者グループが韓国にゾンビはびこる韓国に戻ることになる。ここではゾンビ群だけでなく、それを制圧する民兵の631舞台というのが暴虐を尽くしながら韓国に残されたものを接収、ゾンビを遊び半分に獣扱いして殺しながらいる。一方かつてジョンソクたちに見捨てられた母子も地下で生き延び、無線を発信しながらサバイバルな暮らしをしていて、仲間とはぐれた主人公、この母子の娘に助けられ、香港に運ぶことになっていた金のつまったトラックを奪い、半島を脱出することになるが…。話としてはバカみたいに荒唐無稽な近未来廃墟の話だが、なんといってもこの映画の見どころはトップにクレジットされているカン・ドンウォンの影もかすむような女性たちの活躍というか力の発揮ぶり。彼を救う母子の娘は高校生くらいの少女と、小学校低学年くらいの妹だがどっちも知恵と勇気のみならず、車を駆って素晴らしいカーチェイス。その母イ・ジョンヒンは車に加えて銃器も駆使し、ジョンソクを指図し、駆け回り、また、最初に韓国に入るときの仲間も車の運転は元抱くシードライバ―だったという女性で、この車の外に出ることは襲われて死みたいな世界では車を動かすこと自体がとても意味のあるところだから、そこに女性をこれだけ配したというのは、この殺伐たる画面もほぼほぼ真っ暗なアクション暴力映画に女性たちを引き込む戦略かもね…『マッド・マックス 怒りのデスマッチ』(2016ジョージ・ミラー)を思い出させられる。カン・ドンウォンはマックスというよりさしずめニコラス・ホルト演じたニュークスという役回りか…。
ずーっと薄暗さに終始する画面の最後母子とジョンソクが救援のヘリコプターにたどり着く(これも伏線があるとはいえ少しご都合主義的に現れるが)場面の朝日の光の美しさが心にしみる。 (1月22日 府中TOHOシネマズ 18)


⑲八百屋の恋(労工之愛情)
監督:張石川 出演:鄭正秋 余瑛 1922中国 31分 無声・モノクロ ★★

現存する最古の中国映画だそう。向かいの貧しい医者の娘に恋した大工が、父親の医者に医院を繁盛させてくれれば娘との結婚を許すと言われ、八百屋になって向かいで店を開き大工道具を駆使して八百屋の商売をするところから、近くのクラブの二階から下に降りる階段に細工をしてクラブに集まる人々をあたかも滑り台のように階段から滑り落とし、彼らが医者にやってくる…というように30分余りの中に様々なギャグを盛り込んで、八百屋が娘と結ばれるまで。という、なかなかよくできった楽しめる、ちゃんとしたコメディで驚く。(1月23日 国立映画アーカイブ『中国映画の展開ーサイレント期から第五世代までー』19)


⑳嵐の夜
監督・脚本:朱痩菊 出演:王英之 韓雲珍 周文珠 呉邦藩 楊静我 1925中国 102分 無声・モノクロ ★

こちらはルヴィッチばり?の恋愛喜劇? 作家の余家駒が頭を使いすぎて静養が必要ということで妻と娘を連れて田舎(江南)に。そこで知り合う道士?一家の姉妹、妹娘に恋する身分違いの銭氏。一方作家と妹娘も何となくそれらしい雰囲気に。嫉妬した?姉娘は妹娘の身分違いの恋を阻止すべく、嵐の夜、父親が愛人の家に行き遅くなった日に、作家と妹娘の間に何等かあたことをにおわせ、妹娘はその疑いを晴らすため、作家への思いをあきらめ銭に嫁ぐ。一方作家の妻は作家の兄?とそれらしき雰囲気に。兄嫁は鬼妻で夫を家に閉じ込めるが、夫は夫で作家の妻のために別荘を用意して…と実は1集は欠如しているのだそうだが2集から10集までに細分化された100分にこれだけがつまっていてシェイクスピアの悲喜劇(「真夏の夜の夢」とか「ハムレット」とか?)を見ているような気分にさせられる。一つには男は皆なよなよっぽい長衫姿、女性の方も雰囲気が近くて最初見分けがつかない感じで誰が誰だかという感じであったことも。でも1920年代の無声時代にこれだけの映画(現代劇?)を作っていたってやはりすごい!
なお、⑲⑳は長谷川慶岳氏のピアノ演奏付き=流麗にして変化もあり眠気を誘ったかと思うと覚醒を促し、というものであった。(1月23日 国立映画アーカイブ『中国映画の展開ーサイレント期から第五世代までー』20)


㉑三毛流浪記
監督:趙明 厳恭 出演:王龍基 関宏達 林榛 楊少喬 王公序 1949中国 73分 モノクロ

DVDは持っているのだが、見ないままずーっと。で大画面で見られるならばと見に行った。漫画原作の実演もので、主人公の少年三毛はつるつるの頭に人造の毛髪三筋、見るからに作り物のみごとな団子っ鼻というわけでそこそこの眉目秀麗がだいなしという風貌での名演技?なぜそうなのかはわからないが浮浪児となっている三毛が、掏摸の一味に引っ張り込まれたり、ひょんなことから大金持ちの養子になるが、腹をすかせた仲間の浮浪児たちを引っ張り込んで誕生パーティのごちそうをふるまおうとしたことから大騒ぎになって再び街に放り出されみたいな話で、ストーリーは漫画そのものだが、そこにインフレに苦しみそのしわ寄せがもっとも弱い子供たちに来る世相とか、唇に優しいことばが吐かれる一方で喜んで調子に乗る浮浪児が冷たく排除される国民党の宣伝とかが生々しく、最後に共産政権が樹立して少年たちも大喜びでその祝賀パレードに参加しているという場面で終わるのだが…
果たしてこの子たちこの後どうなるの??と今の眼から見ればもちろん思わざるを得ない。主人公三毛、なかなかの名演技の少年王龍基、今80歳くらい?どんな人生を送ったのだろうとも思わされる。子役がうまい!中国映画の伝統?がすでにここにある?(1月23日 国立映画アーカイブ『中国映画の展開ーサイレント期から第五世代までー』21)


㉒紅色娘子軍
監督:謝晋 出演:祝希娟 王心剛 向梅 金乃華 王黎 1961中国 116分 

バレエ映画版『紅色娘子軍』(1971)は見た記憶があるが、こちらは多分初めてだと雨上がりの曇天の日曜日にはるばる出かける。思いがけず結構席が埋まっていて、さすが謝晋というか、どうなんだろう。映画が始まり共産党称揚のことばとか、勇ましい軍歌が始まるとため息をついたり笑ったりというご仁も…ま、今の感覚で見てはいけないのだろう。
なぜか男性隊員は普通の軍服長袴ゲートルなのに、あたたかい海南島とはいえ娘子軍はすね丸出しの半ズボンにゲートルという珍妙な感じなのも笑うというより苦笑感はあるけれど、ま、歴史映画として今や見るべきものなのだろうとは思う。
とにかく眉毛濃くきりりと怖いまでの強いまなざし活発な歩調の女の子ぞろいで、化粧などの違いではあろうがこれも現代中国にはもはやいないタイプの女性たちが幹部(これはもちろん男で華僑にも扮せるくらいの金持ち風イケメン的風貌)の指導の元、地元に民団を結成し老百姓を圧迫している地主南覇天に対抗し、共産党の援軍が来るまで戦い持ちこたえというような話。
最後に軍で生まれた赤ん坊を抱えて、自分たちの力が何代もあとにも影響を及ぼし自由や平和が得られるみたいなことばもあったりするが、うーん、何代かあとの覇権・圧政的な中国はこの世界の延長なのか、それとも共産党の路線変更の結果なのか少々悩ましさも…。音楽、音の使い方はいかにも謝晋映画っぽくドラマティク・リリカルという感じ。(1月24日 国立映画アーカイブ『中国映画の展開ーサイレント期から第五世代までー』22 )


㉓小田香特集『短編集』
監督:小田香 

『ひらいてつぼんで』2012 13分 

唯一脚本を書き撮影した作品とかで少女があやとりをするバス車中から終点の松明の祭りの印象的な光の映像まで。彼岸と此岸を結ぶ…のだそうだが、言われて見ればね…という感じ。とにかく少女のあやとりのクローズアップのアングルとか夜闇の中で松明をぐるぐる回して投げ上げるカットとか、映像へのこだわりを感じる。

『呼応』2014 19分 

ボスニア・ヘルツェゴビナ、サラエボのある牧場やその周辺の墓地?を俯瞰的に撮り、そこに動く牛などの群れ、人々。見えない木陰で行われていた葬式?から人々が三々五々現れ村へと帰っていくのを上空から取っている感じの映像が印象的で、無言の中での淡々とした生死や生活の営みを感じさせられる。

『FLASH』2015 25分 

これは私には全然受け入れられなかった。サラエボからザグレブまで行く列車の汚れた車窓とその向こうに垣間見える景色、それとカメラを構えて写っている鏡像の作者?の姿だけが同じ窓のアングルで延々と25分間、列車の音に重なってぼつぼつと日本語の子どもの会話?のようなセリフが入ったりするが、脈略ない感じで、作者の幼少期の記憶へのさかのぼり?らしいのだが、うーん、共感できる人とできない人の差は大きいだろうと感じさせられる。

『色彩論』2017 6分 16㎜

白黒で、さまざまな角度で反射する光の映像を繋げたもの。ウーン。

『風の教会』2018 12分 

古い教会の修復工事の断片映像を繋げつなげて、最後にリニューアルされた教会の映像へと。画面の物語効果をもっともシンプルに表して、好感の持てる一作。5本の中では一番「奇をてらった」感じがなくてよい。

『Night Cruise』 2019 7分 

夜の河のクルーズ船からみた夜景(といっても光きらめくというより紫ががって暗い建物というより街の影とか、水に揺らめく光とかをつなげて、この作者の映像(アングル・光)へのこだわりをさらに感じさせられる。  

(1月25日 渋谷ユーロスペース 23)


㉔セノーテ(TSONOT)
監督:小田香 2019日本・メキシコ マヤ語スペイン語 75分

75分の作品とは感じさせないほどの迫力ある大力作であるのは確か。作者自らダイビングを習い潜って撮ったというマヤの洞窟内の泉の水中映像の色彩と光の乱反射、そこにあたかも静止画のようにくっきりと浮かぶ魚の映像などが、これでもかこれでもかと続く。水中での酸素ボンベの音と、硬質のものをたたいたり鋭い鈴の音のような音響が水中の感じを表すというよりむしろうるさくて非現実な感じ…。そこに約50人ぐらい?の現地の人々の顔の大写し、彼らがしゃべっているのではなくナレーションとしてのことば、またマヤに伝わるという詩の朗読などが重なり、要はこの泉にかつて生贄としてささげられた人々がいたこと重ねてー現生と黄泉の交感をはかる?ということだろうか。死者の骨やしゃれこうべをきれいに磨いて葬るというか彼岸に送る?らしき現地の習俗なども織り込まれる。
タル・べーラに認められ、大島渚賞も撮ったというこの作品、蓮見重彦が大絶賛、坂本龍一もということで、この映画が好きでないわからないものは映画をわからない人間だという雰囲気がプンプンしているのだが、ウーン。75分を長いと感じさせるのは大作感なのか繰り返される単調さ(一つ一つは迫力がある場面だが)なのか。「凱旋上映」を見に行くが、「凱旋」前の劇場予告編で十分だったかもとは思えてしまう。もっとも見なくてはそれも言えないわけではあるが。(1月25日 渋谷ユーロスペース 29)


㉕キーパー ある兵士の奇跡
監督:マルクス・H・ローゼンミュラー 出演:デヴィッド・クロス フレイア・メーバー ジョン・ヘンショウ デイヴ・ジョーンズ 2018英・独 119分 ★ 

イギリスで捕虜になったドイツ軍の志願兵が、収容所の中でしていたサッカー(フットボール)のキーパーとしての力を、出入りの食料品業者にしてリーグ落ちの危機に立たされた地元チームの監督に見込まれ、収容所の義務的労働として試合に駆り出され、食料品店で働き、監督の娘マーガレットにひかれ、ドイツ敗北後収容所の撤退・捕虜の帰還の時期に名門マンチェスター・シティ」にスカウトされる。マーガレットとの間には恋敵もいたのだが、相手が申し出た雨夜のPK戦の賭けで彼女を勝ち取り結婚にもこぎつけ、イギリスに定住することになる。
とこれは実話ベースの話で順風満帆な感じがするが、本人が何かをしたわけではなくても元ナチス兵士ということで、街に大勢いて、マンチェスター・シティの応援もしているユダヤ人社会からは排撃されるし、本人も何もしないとはいえ、知らなかったわけでもなく実は見殺しにした、という過去はあるわけで、非常に抑制的な描き方ではあるがそのあたりきちんと伏線も敷いたうえで、順風満帆な中での本人の怪我、生まれた息子の悲劇的な死なども盛り込んで、物語としてきれいに完結させたという作品。いかにサッカー優先とはいえ、ナチスの捕虜をスカウトした地元監督は娘とその兵士の恋仲に困惑するわけだが、そのあたりの彼の対処というか映画の省略法での描き方も極めて品よくそれでいながら登場人物の心情がはっきり伝わってる描き方でセンスがいいと思われた。(1月26日 下高井戸シネマ 30)

㉖キング・シーヴズ
監督:ジェームズ・マーシュ 出演:マイケル・ケイン ジム・ブロードベント トム・コートネイ チャーリー・コックス ポール・ホワイトハウス レイ・ウインストン マイケル・ガンボン 2018英 108分

これも実話ベース。2015年ロンドンの宝飾店ハットンガーデンの貸金庫から1400万€(約25億円)相当の宝石・貴金属、現金を盗んだ平均年齢60歳以上の6人(+1人)の強盗団の物語。ということでトレーラーを見る限りでは糖尿とか、関節痛とか頻尿なんどの高齢者病?を抱えてよたよたしながらも協力し合い、特技を生かして盗みに成功?快哉!という感じなのだが実際はそれは前半で、どちらかというと彼らがみんな高齢者らしい我執丸出しで盗んだ品の管理や配分をめぐってケンカしたり、仲間割れし、もともとこの計画を立案し、リーダー格のブライアン(マイケル・ケイン)に話を持ち掛けた最も若いバジル(チャーリー・コックス)はわずか8万€を持たされて逐電、ブライアンも途中で抜けた形で分け前も手に入れぬまま警察に捕まるという感じで、その老齢ゆえの妄執とか我執とかドジとかそちらの方に主眼が置かれていて、あまりすっきりしない。老人たちはそこらのカフェなどで犯罪計画をべらべら喋り捲るがだれも気にしないーそういう哀しさが描かれつつ、作り手も老いをバカにはしなくてもはせいぜい悲しいものとしてとらえている感が強くてちょっと楽しめなかった。彼らの若いころの姿がちらりと出てきたりするが、そういう意味での比較を楽しませようとしているのかも。でもこれもやはりあまり楽しめない。(1月27日 キノシネマ立川 31)


㉗スタント・ウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち
監督:エイプリル・ライト 2020米 84分

かつて映画が作られ始めたころ、たくさんのスタントウーマン(というか、だれかの代役というわけでなく実際のアクション俳優として馬から列車に飛び移ったりというような役を演じていたらしい)がいたが、ハリウッドでの映画産業の隆盛につれ逆に女性はそのような場が奪われ、危ないスタントは男性が女装して演じるようになり、約80年女性の出番はなかったとか。その後スタントウーマンは増え、アクション監督を志すものも増えているが、まだこの世界は男性中心で、その中で頑張る女性たちを描くというのがこの映画の主旨だろうか。
80歳くらい?の3人の元スタントウーマンのそのような時代回顧や差別された記憶、その中で男にもできないようなスタントをしたという話を若い女性が聞くというパート(ここには彼女たちの実際に出演した映画のシーンが紹介される)と、今の若いもしくは中年のスタントの女性たちの訓練やインタヴュー、またアクション監督としての撮影場面などがテンポよくというかむしろ目まぐるしく語られてあっという間の84分。それにしても厳しい道(体力能力的にも、ジェンダーとしても)なんだなあと楽しむよりはまじめに頭が下がってしまうような作品だった。(1月27日 キノシネマ立川 32)


㉘どん底作家の人生に幸あれ!
監督:アーマンド・イヌアッチ 出演:デヴ・パテル ピーター・キャパルディ ヒュー・ローリー ティルダ・スウィントン ベン・ウィショー 2019英・米 120分 ★★

ディケンズの『デヴィッド・カッパーフィールド』(映画の原題は『デヴィッド・コパーフィールドの履歴書』)は多分最初に読んだのは小学生の時の少年少女向けリライト版だと思うがその挿絵の継父にムチ打たれるデヴィッドの悲惨な泣き顔?が印象に残っている。というわけだがこの映画版はその原作の悲惨さ残酷さをちゃんと盛り込みながら極めて明るくタフに戯画化して現代に合わせたという感じかな…。
主人公の英国人がインド系のデヴ・パテルで、でも母や叔母はしっかりアングロサクソン、中国系の会計士の娘がアフリカ系だったり人種入り乱れの配役が意表をつくが、それもまた生きていれば何とか乗り越えていけるのさ的な盛りだくさんな悲劇の連続を明るくしているように思われるし、明るいけれどきちんと皮肉というかそういうのは効いているわけで、悪い奴、困ったやつ(これは皆白人だな)はほぼみんな淘汰されて、デヴィッドの成功物語のハッピーエンドになっていて、その点での原作の読後感もちゃんと残している。ただ一人かわいそうなのは「自分は場に合わない」と言って消えていくデヴィッドが勤める法律事務所所長の娘にして彼の初恋?の人ドーラかな。犬を代弁者として話すなかなか面白い令嬢キャラなのだが。コメディタッチだが、他の極貧人物がけっこう能天気に描かれている中で小ずるく立ち回り人生の悲哀を嘆くマザコン男がベン・ウィショーでこれもなんか、なかなかうまい配役?(1月28日 府中TOHOシネマズ)

【お知らせ】
TH85号(トーキングヘッズ叢書)「目と眼差しのオプセション」1月31日発行(季刊)
 アトリエサード  1528円
 https://www.fujisan.co.jp/product/1281683343/new/

よりぬき〔中国語圏〕映画日記
秋の映画祭に描かれた香港
 『デニス・ホー』『The Crossing』『七人楽隊』

          書いています! よかったら読んでください


【藤井省三先生がご紹介くださいました!】『月間みすず』1・2月合併号(みすず書房) 読書アンケート特集 以下の御本と並べてご紹介、コメントをいただきました。光栄です!

①張欣『越境・離散・女性: 境にさまよう中国語圏文学』法政大学出版局(2019年8月)
②大東和重『台湾の歴史と文化』中央公論新社・中公新書
③張婉雯『微塵記』香港・匯智出版、2017年3月初版、2018年10月第2版 
④西村正男・星野幸代共編、邵迎建ほか共著『移動するメディアとプロパガンダ(アジア遊学247)』勉誠出版
⑤小林美恵子著、多摩中電影倶楽部編『華影天地 電影倶楽部の選んだ中国語圏映画100本』

⑤この年にはコロナ禍に負けことなく、オリヴァー・チャン監督『淪落の人』、王兵監督の大長篇ドキュメンタリー『死霊魂』、刁亦男監督の“黒色電影〔フィルム・ノワール〕”『鵞鳥湖の夜』など中国語圏映画が次々と上映された。本書は立川市の中国語圏映画上映会のニュース一〇〇回分を収録している。一作一頁に凝縮された映評を読むと、走馬燈のように名場面が巡りだした。

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