【勝手気ままに映画日記】2020年11月


やっと見ました!久しぶりの富士山全貌。富士山麓西寄りの長者ケ岳のから。ここから見る富士山は雪もなく真ん中には深い亀裂も走って、ちょっと普段見ないような容貌です。11月21日。紅葉もなく
…真下の青いのは田貫湖です。

田貫湖から。こちらは紅葉アリ

 

①テネット②Malu 夢路③シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい④私たちの青春、台湾⑤罪の声⑥青銅の基督⑦アイヌモシリ⑧ストリー・オブ・ライフ 私の若草物語⑨ストックホルム・ケース⑩旅愁⑪わたしは金正男を殺してない⑫粛清裁判(Assassins)⑬繻子の靴⑭ホモサピエンスの涙⑮アーニャはきっと来るーユダヤ人を救った少年の物語⑯パピチャ  

映画祭が終わった11月12日以後のラインナップです。★1個は「うん!なかなか」★★「印象的!」★★★「すばらしい!」ということで。あくまで個人的な偏った意見=好み?ですが。

①テネット
監督:クリストファー・ノーラン 出演:ジョン・デヴィド・ワシントン ロバート・パティソン エリザベス・デヴィッキ ケネス・ブラナー 2020米 150分

「時間の逆行」がテーマというが、今までのノーラン映画に比べると異世界性?が少ない感じ。時間に逆行した世界では車も逆走したり、人も後ろ向きに進んだりはするが、車はともかく人は遠景が多いし割とギクシャクしてわざとやっている?ふうに見えなくもない。

キモは、未来から来た自分とっ過去の自分が対決するとか、自分が今なぜやっているかわからないことが実は未来の自分の指令だったとか。秘密の多そうな同僚?・友人が実は未来からきていて異次元同士の共同作業的行動だったりというような、人間関係の感覚差みたいなものだろうか。

最後のにプルトリウムのアルゴリズムンをなんとか奪回して世界を破滅から救う主人公と、実は未来から来た同僚が、さらに未来のために身を犠牲にし、去っていく―将来また会おうと言い残しというシーン辺りでなんかちょっと感動してしまうというか、そういう要素はうまく盛り込んでいる。ヒロインもまた未来から幼い息子を救い夫(これが黒幕)を殺すために過去に戻り、遠くから息子と自分の姿を見るシーンがあったり、なんかそういう人間的な感情部分がこういう映画にしてはメロドラマっぽくうまく盛り上げられている気がした。それにしても結構長い150分     (11月12日 府中TOHOシネマズ 211)


②Malu 夢路
監督・脚本:エドモンド・ヨウ(楊毅恆) 出演:セオリン・セオ メイジュン・タン リン・リム シー・フール― 水原希子 永瀬正敏 音楽:細野晴臣 2020マレーシア・日本 (北京語・日本語・マレーシア語・英語)

ダメだ!詩情溢れすぎてしまって、特に前半はいつが今なのかいつが昔なのか行ったり来たりだし、死んだはず?の人間が生きている者たちの会話に現れた?(みたい)り…。松嶋菜々子をもう少し硬質にした感じの頬のふっくらした母が幼い姉妹二人の腕を縛り上げ入水しようとする場面がやたらと強烈。このことをきっかけか(時間的に行ったり来たりするからわかりにくいのだが)姉は祖母(といっても、これがまたショートカットですきっとしつつ貫禄という若々しさ)に引き取られ、妹は母と過ごしやがて大人になると母に憎まれつつ(母の目が怖い!)介護生活の挙句母の顔に枕を押し付ける(幻想かもしれない)。その前に大人になった姉と妹が再開するシーンもあるが、そこもなんか険悪で、やがて妹は姿を消す。

姉は男(夫?)と暮しているが、突然日本へ。このあたり寝ていたのか、そもそも語り方が省略的なのかわからないが、どうも日本から連絡があった?-で日本で会うのが水原希子扮する妹のルームメイト。そこからは姉が妹の足跡を追って東京の街を彷徨するという感じに…。妹は名前も出身国もいろいろに偽り使い分け、売春生活?をしていたらしく、その中で、電話を借りて知り合った喫茶店のマスターとのやり取りが延々と描かれ、最後は姉がそのマスターと出会うという、いや、なんかとりとめなく縁?を描いたという感じかな。出てくる女性のほとんどの髪形はいわゆる「おかっぱ=ワンレグス?」だしなんか姉妹も並べば違うが、雰囲気は近いし、うーん幻惑されつつ、物語の世界には今一つ踏み込んでいけなかったというのが正直なところか…。

東京国際映画祭招待作品で、エドモンド・ヨウも日本に来ていた(今回の映画祭では珍しく)なので、劇場公開だが初日に敬意を表して見に行ったんだが… (11月13日 キノシネマ立川 212)


③シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい
監督:アレクシス・ミュシャリンク 出演:トマ・ソリヴェレス オリヴィエ・グルメ マティルド・セレニ トム・レーブ 2018仏 112分

エドモン・ロスタンが『シラノ・ド・ベルジュラック』を完成させ初演成功するまでの苦難というか、ゼロからひょんなことから名優だが今イチうまくいっていない状態?(に見えた)コクランとの知己を得て、バタバタ、どたどたしながらを描くわけで、そのあたりに意外性とかはあまりないが、1895年、19世紀末のパリやそこでの演劇界の雰囲気ってこんなだったのか…という意味ではヴィジュアルも含め(というか、おもにヴィジュアルが)とても興味深く楽しめた。

サラ・ベルナールとか、チェーホフとかも出てきて、話がどのくらい史実かはわからにというよりほとんどフィクションではないかとは思われるが、エンドロールにはコンスタンス・コクランからはじまり、この芝居の出演役者や、サラ・ベルナール以下エドモン・ロスタンまでの実在の写真が流れてきてそれもなかなかに興味深かった。エドモン・ロスタンは1868年生まれ。『シラノ』を書いたのは30歳前?トマ・ソリヴェレスの童顔ぽい若々しさはぴったりだけれど(ロスタンはそれで2人の子持ち)。実在のロスタンはちょっと風貌違っていたんだね…。鼻は大きくはないけれど…。(11月13日 キノシネマ立川 213)


④私たちの青春、台湾
監督:傅楡 出演:陳為廷 蔡博芸 2017台湾 116分

ひまわり運動の中で学生の中核にあった学生二人の意気盛んな活躍ぶりと、その運動の第二段階に入ったところでの彼らの失速と挫折を、自身も同世代で彼らと同じ意識を持ちつつ撮影する立場で運動にかかわろうとした監督自身のモノローグ的な語りによって描く。

学生の一人はリーダーとして立法院に突入占拠~退去をやりとげ、カリスマ的人気を得ていわばスターになり議員選挙に立候補することになるが、高校時代からくりかえしていた痴漢行為が明るみに出て立候補前にいわば失脚、もう一人は大陸からの留学生で大陸の家族や思想と自分の理想の間で特異な位置を築きブロガーとして活躍、本も出し、淡江大学の学生会長に立候補することになるが、そこで大学や体制側の学生から、台湾籍がないことを理由に立候補を阻まれる。

監督は二人の活躍を希望として台湾・香港・中国にまたがる未来を描きたかったようだが、モノローグによれば結構彼らと距離をとったり、また題材としてピックアップしようとしたりという、外から見ていると「映画のための題材」として彼らを扱っているという感じもあり、香港はちょっと出てくるもののとても大陸や香港の連帯的未来などにたどり着くはずもなく、主人公二人の挫折によってこの映画も挫折?と思われるが、さらにそこから…

言ってみれば彼らの挫折は19歳から学生運動の中心にいたような人物が当然通過しなくてはならない挫折なのだろうし、そこからどう生きるか、運動は次に引き継がれるのか、あるいは彼らの中で形を変えて生き続けるのかというあたりで映画は先を問おうとしている。そこが、この映画のいわばがんばりどころなんだろうなあ。苦さと希望を感じざるをえない半セルフ・ドキュメンタリーだ。 (11月14日 ポレポレ東中野 214)


⑤罪の声
監督:土井裕泰 出演:小栗旬 星野源 松重豊 古舘寛治 市川実日子 日野正平 宇崎竜童 梶芽衣子   2020日本 142分 ★★

塩田武士の原作は読んでいたが、最近細部を、というか大部も忘れがち。見てみてああ、ああそうだったというほどには原作に忠実、という気がした。イギリスの景色なんかはさすがに映画的美が追及されている。で、物語はギンガ(グリコ。大阪のグリコ大看板もちゃんとロケットのマークのギンガ看板になっている)事件と、その事件にかかわった子どもたち3人の人生にまつわりーでも原作より印象に残ったのは事件にかかわった、今や老いた人々の青春の日の蹉跌としてとらえていることか。前回の『台湾』が現代の若者たちの蹉跌の向こうに未来を見ようとしているのに比べて、この映画では過去の蹉跌は取り返しがつかず、そこを修正して未来につなげようとする部分は小栗や、星野らの世代以下に託されたという構造だろうか。しかし老いた蹉跌世代を演じる宇崎竜童、梶芽衣子、そしてその周辺にいた人々を演じる火野正平ら、70歳前後のベテラン陣の存在感が印象に残る。あと、中年の風格?が出てきた小栗旬も。また、妻子持ちのテーラーを演じる星野源の、今まで頑張りはしても世に擦れずに来て戸惑う純な中年という風情もなかなか…。(11月15日 府中TOHOシネマズ 215)


⑥青銅の基督
監督:渋谷実  出演:岡田英次  香川京子  滝沢修 石浜朗 1955 日本 108分

タイトルロールの最初には岡田、香川、石浜の3人の名が並び、最初はキリシタンの娘モニカと鋳物師の悲恋になるはずの物語。原作にはちゃんと「長与善郎」と出てくるから、単なる恋愛ものでもないはずだが、転んだ宣教師フェレイラ(映画ではフェレラ)と演じる滝沢修のさすがの迫力で、あたかもフェレラが主人公の舞台劇という様相を示して、二人の恋はどこへやら、あと絡む山田五十鈴の遊女のキリっとした迫力も香川京子の比ではない。

岡田扮する鋳物師は青銅で鋳た踏絵のキリスト像のあまりの出来栄えに命を奪われてしまうし、それを踏めなかったキリシタンたちはみな磔・火あぶりに、ただ見守る裏切り者フェレラの舞台的演技での苦悩の表出という、まあ、なんかすごいと言えばすごいが、失敗作と言えば失敗作の感もある映画。ちなみに石浜朗はモニカの弟役で若々しい姿、菅田将暉の雰囲気(顔はもっとずっと濃いはずなんだけど…そうか、そういう位置づけだったのかと思わせるようなりりしさ)で、へ――。平日午後(仕事帰り)の「岡田英次・芥川比呂志生誕100年インテレクチュアル」と銘打った特集番組は高年男性ぞろぞろに中高年女性がチラホラだけれど、結構な入りでびっくりした。  (11月16日 渋谷 シネマヴェーラ216)

 

⑦アイヌモシリ
監督:福永壮志 出演:下倉幹人 秋辺デポ 下倉絵美 リリー・フランキー 2020日本・米・中国 84分

阿寒湖ほとりのコタン(といっても完全に観光地だが)に住む、中学生の少年の1年近く…父を失い、進路はアイヌの暮らしを離れて…と考える子どもが、周りの大人、というよりその習俗?に育まれ、飼育を任されかわいがっていた子熊がイヨマンテの夜に送られる(つまり殺される)と知って抵抗しつつ、神との国の懸け橋というか死者の国に通じるという穴にたたずみつつ、そのような人生観というか文化を受け容れて成長していく映画?という感じは浅薄な観方かな…。

アイヌの店を物珍しそうにみて店主である少年の母に「日本語上手ですね」と話しかける和人の観光客。それに対して「頑張って勉強しましたから」としらっと答える母。ウーンなんかどっちも感じが悪いよなあ…そういうスタンスが何となく感じられて、でも抵抗したら悪いかなという感じもあってちょっと…だ。とにかく阿寒の風景の美しさ。それだけはとても印象的だったけど。 (11月16日 渋谷ユーロスペース 217)

監督サイン入りポスター
@ユーロスペース


⑧ストリー・オブ・ライフ 私の若草物語
監督:グレタ。ガーヴィック 出演:シアーシャ・ローナン エマ・ワトソン フローレンス・ビュウ エリザ・スカンレン ローラ・ダーン メリル・ストリーブ ティモシー・シャラメ ルイ・ガレル ジェイムス・ノートン
クリス・クーパー 2019米 135分 ★★★

すごい勢いでネット視聴の宣伝もしてるし、齋藤美奈子の「今までとは違った視点で描かれた若草物語」という評も気になり、遅ればせながら下高井戸へ。確かに確かに、子どものころ愛読した(したんですよね、これとか『赤毛のアン』とか。『大草原の小さな家』とか)オルコットのよき家庭小説の典型みたいな、その中で活発ではあり、文章を書くのが好きで、普通っぽくないジョーにあこがれはするものの、皆まあ理屈よりもやはりよき妻であり家庭人であり、キリスト者として博愛を求めるような価値観はウーンだった記憶があるが、この「私の」(というのは監督の?かな。現代の?かな)若草物語では、ジョーだけでなくエイミーもとうとうと結婚における女性の立場を論じ、求婚者を退ける。4姉妹はそれぞれ演劇、文学、音楽、絵画と自分の進む道を追求しーで南北戦争時代のコスチュームをまとった現代女性の感。かこむ男性陣も当時を思わせるようなマッチョはいなくて、皆女性に理解があり、獣じみないし、いい感じ。ただなんというか、姉妹で言えばべスを演じたエリザベス・スカンレンはわりと雰囲気がたくましい感じでこの役にはどうなの?というのとローラ・ダーンも敬虔なクリスチャンで牧師の妻でしっかり者だが優しいし博愛の持ち主でもある女性という感じがあまりしないのだが、これって偏見? 金持ちの後継ぎなのだがイタリア人母の息子としてバカにされている?ローリー=ティモシー・シャラメというのはいい配役。シアーシャ・ローナン、エマ・ワトソンは少女っぽい時代から成熟までを演じて、こちらもなかなかはまっていた。最後、ジョーの恋愛・結婚成就のシーンが彼女の書いた「Little Wemen」のハッピーエンドとして編集者の指示に従って作られたという皮肉が、なかなかうまいところだ。この映画の価値を上げることになるのか下げることになるのかはちょっと悩んだところだが。でも当時のアメリカ風俗や景色・屋敷の描写も含めて見ごたえは抜群だった。2020年アカデミー賞作品賞などノミネート、衣装賞受賞とかもさすが、さもありなん。(11月18日 下高井戸シネマ 218) 


⑨ストックホルム・ケース
監督・脚本:ロバート・バドロー 出演:イーサン・ホーク ノオミ・ラパス マーク・ストロング 2018カナダ・スェーデン 92分 

1973年ストック・ホルムで起こった実在の(「信じられないような」と最初に出た)銀行強盗事件をモデルに、人質となった被害者が強盗犯に共感というか、むしろそれを越えた「愛」を持ってしまう「ストックホルム・シンドローム」を描くというわけなんだけれど…。イーサン・ホークとノオミ・ラパスの組み合わせに興味をひかれて見に行ったという感じで、それはそれなりになるほどという感じーイーサン・ホークが悪ぶっているけれどむしろちょっとおっちょこちょいで人の好さも感じられそれゆえに犯罪の未知にのめりこんできたという強盗総像を体現して説得力がある。ノオミの方は今までの役柄とちょっと違ってまじめな(でも奥にちょっとだけ強盗にも惹かれてしまう心性を秘めた)銀行員でこれもなかなかーなのだが、それ以外に関してはなんか特筆すべきことのあまり感じられない、犯罪映画にしてはインパクトも弱い(というか結構品よくつくられている?)感じだった。ボブ・ディランの曲がたくさん使われていて70年代を感じさせられるが、それに郷愁を誘われるというような感じもないし…(11月19日シネマート新宿 219)


⑩旅愁
監督:呉沁遥 出演:朱賀 王一博 呉味子 2019日本・中国 90分 ★

若い(92年生まれ?)女性監督が立教大学大学院の修了製作として作ったという、出演者もほぼ監督の知り合いなどを中心の素人だという。離婚によって母に残されたという家で民泊を営んで暮す李風という青年、近くの画廊での個展に立ち寄ったことから知り合って一緒に暮らすようになる画家・王洋(彼は最後にまた個展という言葉が出てくるが、そのわりに絵を描いたりという場面がないのがちょっとリアリティに欠ける?)。王洋の元カノ、ロリータ(え?)集会のために中国からやってきて民泊に泊まるジェニー通訳として頼まれついて行った李風の前で他の男とホテル?に入り、出てきて泥酔し,送られた民泊で手首を切って自殺をはかるというお騒がせ…3人の三つ巴?の関係。

李風は再婚して山梨に住む母一家との間に確執あり?、王洋をひそかに恋する気持ちあり、しかし王洋はいまだジェニーにこだわりを持つが、ジェニーは父親への愛憎に悩むというなんか、書くとドロドロの関係を持ち、ときにセリフではごちゃごちゃしながら、3人はジェニーの帰国前に温泉旅行にでかけ…というちょっとロードムービー要素も盛り込んで、90分の割には盛りだくさんなのだけれど、一場面一場面の静けさや素人を使っているからかクローズアップをしないというカメラワークのせいもあり、一種の距離感も画面にあって、ウーン。意外に長く感じたり…。最後に一人取り残された李風が部屋で荷物をまとめる場面、彼がこれからどこへ行くのだろうと思わされなかなか秀逸だった。

そういう長回しもそこここで印象的。また缶ビールを出した王洋が缶のふたをティッシュでふいて、ふたを開けて李風に出すというのも中国人の映画だなあ、民泊に泊まった客が風俗店を世話しろ、日本では普通のことだろうと李風に迫り、「普通じゃないよ」と言いつつ彼が従ったり、異国で孤独、かつ流されていく若者の寂しさが、東京の町にはあふれていると感じさせられる。(11月25日 渋谷イメージフォーラム 220)


⑪わたしは金正男を殺してない(Assassins)
監督:ライアン・ホワイト 2020米 104分  出演:シティ・アイシャ ドアン・ティ・フォン ★

「教えてドクター・ルース」(2019米・201911月本欄に掲載)の監督が作ったドキュメンタリー。かつて金正男が殺されたときのクアラルンプールの空港の映像が繰り返し移され、捕まった実行犯二人の女性の背景や、裁判進行を中心に、逃げてしまった北朝鮮のかかわりのあるもの、さらにその背景にいて兄殺しをはかった金正恩まで(北朝鮮関係はもちろん直接インタヴューはないが)過不足なく丁寧に描かれ、ベトナム人のドアン・ティ・フォンが先に起訴を取り下げられ即時釈放のなった後、インドネシア人のシティ・アイシャが取り残され、死刑は免れたものの傷害罪としては裁かれたというあたりにベトナム、インドネシアの対マレーシア(ひいては北朝鮮。マレーシアは北朝鮮とは数少ない友好国家)の関係もあったというあたりまで描かれ、この事件について(一つの見方ではあろうが)よくわかった!という感あり。単に貧しく出稼ぎに出たり、女優になりたいという夢をいだいでYouTubeの「いたずら動画」への出演を決めた(それも浅はかと言えばもちろん言えないわけではないが)若い女性が、わけもわからず国家のはざまで翻弄され2年間の拘束、死刑の恐怖の中で暮らしたという事実の重さにおののいてしまう。(11月25日 渋谷イメージフォーラム 221)


⑫粛清裁判
監督:セルゲイ・ロズニッツア 2018オランダ・ロシア 123分モノクロ

こちらは1930年代、ソ連の実在しなかった「産業党」事件の、実在の被告たちの裁判記録映像。8人の被告たちー多くが学者や機関の指導的立場にあったようなインテリ中年なのだが、実態がない事件なのにもかかわらず、そろって自分たちの間違いを懺悔し自己批判し、検察の銃殺刑求刑後には自らの在り方を正すとして寛大な処置を願う。その合間には裏切り者に死をと叫ぶ民衆=群衆の映像がさしはさまれるという、なかなかにエグイ映像。実はロシア語で語られ結構観念的な言葉でつけられている字幕は内容をつぶさに理解しつつ追うには疲れる代物で、多分「理解」が行き届かないところもあるのだとは思うが、見終わってその見ごたえにウーン。最後に「実在」の8人の被告一人一人の立場と量刑とその後がエンドロールで出てくるのだが、銃殺判決を受けた6人も結局10年後に恩赦とかいう感じでこの事件では銃殺にはならなかったらしい(とはいえ、2人ほどはその後に「銃殺」になっているー違う事件なのかなあ)。茶番なのか真面目なのかわからない、そこに立派な経歴のインテリが巻き込まれる(そういう人だがら巻き込まれたのかもしれないが)のが怖い。       (11月25日 渋谷イメージ・フォーラム セルゲイ・ロズニツァ〈群衆〉ドキュメンタリー3選 222) 


⑬繻子の靴
監督:マヌエル・ド・オリヴィエラ 出演:ルイス・ミゲル・シントラ パトリシア・バルジク アンヌ・コンシー二、ジャン・ピエール・ベルナール イザベル・ヴェルガルテン 1985年ポルトガル 410分 ★★

間に20分ずつ2回の休憩をはさみ13時から20時25分まで。正味6時間50分の3部作は、85年ベネチアの金獅子賞受賞作品。原作はポール・クローデルの戯曲、形式も戯曲上演そのままで、出だしは劇場入り口で案内係が口上を述べて客が入場していくところから。一部は特にそうだが、ほとんど舞台の書き割りの前で、二人(時には4~5人場面もないではないが)が延々と詩的なせりふを述べるという形式。中世スペインを中心とするヨーロッパ、新世界のアメリカ、大西洋中心の洋上、アフリカ・モンデール島などを舞台に一目ぼれで恋に落ちた男ロドリゴと人妻プルエール、その夫、第二の夫などが入り組む要はすれ違い映画なのだが、中世風衣装に身を包んだ男女はなんかみんな同じような顔に見えて一部はとにかく話もイマイチ分からず、眠気との闘い。肝心の「繻子の靴」のシーンも多分見落とす。

二部はモンドールの要塞でのプルデールと二人目の夫となったラミロの相克とその中で会わないままにロドリゴを恋する!プルデール。そして最後で出会って、娘をロドリゴに託し死に赴くプルデールと見せ場が続く。なんかある種のモラルというか因習に縛られながら、その中で強さを発揮して凛とする女性と、武芸を誇りながらなんか精神的には頼りなさそうないい加減さもある男のやり取りという感じで思わず笑いが出てくる…。

三部はプルデール亡き後ロドリゴのもとに残された娘と、英国総督になることを迫られるロドリゴの顛末だがこれも娘の「現代性?」がやたらに強調される感じで、舞台は古いながらなかなかに凝った人物造形かなと楽しめる。1部はすごく書き割りっぽいが、2部以後は光の入り具合がリアルな感じの要塞宮殿の内部とか、水の上の浮かぶ船とか、水中を泳ぐシーンとか、書割世界から脱却している感じもあって、そこも次はどうかなと案外楽しめた。一部は長く感じたが二,三部はわりとあっという間。(11月26日 アテネフランセ文化センター 東京フィルメックス協賛企画 223) 


さすがにあまり人がいない
有楽町ヒューマントラストシネマ

⑭ホモサピエンスの涙
監督:ロイ・アンダーソン 出演:マッティン・サーネル タティアナ・デローナイ アンデェッシュ・ヘルストルム 2019スェーデン・ドイツ・ノルウェー 76分

信仰を失ったと悩みながら酒を飲みつつ信徒の前に立つ牧師、十字架を背負って現代の街を歩く基督?、店の前の枯れ果てた鉢植えの木と、同じような姿勢でたたずむ青年、 注ぐワインがテーブルにこぼれても注ぎ続ける男、 戦死した息子の墓参りをする夫婦、田舎の駅に一人降り立ち迎えが来ない女と時を経て迎えに来る中年男、薄暗い立て込んだ街の上空にあたかもソファーに横になっているかのような姿勢で微動だにせず抱き合い浮かぶ男女、男たちのたたずむ道端で突然踊る3人の若い女性、ベンチで語る高齢の夫婦?となんか脈略なく続く33のワンシーンワンカットが繋ぎ合わされているロイ・アンダーソンの世界。基督とか空を飛ぶ男女とか以外には実はあまり意表を突くというシーンがあるわけでもなく、何か言いたいんだろうなあーとは思いつつ(ロイ・アンダーソン信仰というのもあるようで少々抗いがたい)、人間ドックで体をいじくりまわされた帰りの鑑賞78分はいささか長く感じられた。(11月27日 ヒューマントラストシネマ有楽町 224)


⑮アーニャはきっと来るーユダヤ人を救った少年の物語
監督:ベン・クックソン 出演:ノア・シュナップ フレデリック・シュミット トーマス・クレッチマン トーマス・レマルキス ジャン・レノ アンジェリカ・ヒューストン 2019イギリス・ベルギー 109分 ★

舞台はスペインとの国境に近い南仏の山村、羊飼いの少年が熊に出会い、村人総出で熊退治。そのあと少年は飼い犬(熊を見つけた牧羊犬)を探して山に分け入り、ひとりの男に出会うというところから。男は少し離れた村里に住む女性の娘婿で、その前の出だし部分ナチスの収容列車に乗り込む寸前に幼い娘を別の客車の乗客に託し、この「祖母」の家で会うことにして国境の村にやってきたのだった。この老女性(アンジェリカ・ヒューストンが何とも貫禄!)と男のもとに次々とナチスの手を逃れた子どもたちが都合7人到着する(このあたり、だれか逃亡を助ける人がいたのかどうかなんともわからないが、この映画の大幅省略話法のひとつでもある)。

その後少年が成り行きで老女性の買い物係となり、実はレジスタンスの少年の祖父もひそかに援助し、やがて戦地から帰ってきた父も、話がばれたところで(心配性でもっとも反対しそうなふうに描かれているのだが)母も思い切った提案をし、ナチスの占領状況がひどくなる中、村人もみな協力して、夏になると500頭の羊を山に放牧に行く。その群れに牧童に紛らわして子どもたちを山越えさせスペインに逃れさせようということになる。ハラハラさせつつ、この小さな閉鎖的な保守的な村でだれ一人寝返ったり密告したりするよう人もいず、ナチスの側にも山村出身で少年たちと心を通わせようとし、計画に気づきながらも見過ごす将校(韓国の『タクシー運転手』(2017チャン・ファン 2019年4月本欄に掲載)にドイツ人記者役で出ていたトーマス・クレッチマン)がいたりして、山村や国境のピレネー山脈の山々の自然描写も含めとても明るく、前向きに描かれているのは原作が児童文学作家としてのマイケル・モーバーゴによるものだからか…。

その辺が見ていて後味がいいけれど、ちょっと物足りなくもあるというところ? もちろん、娘アーニャを待ちつつ他の子を助けようとしてそれは果たすが、自らは逃亡できない男ベンジャミンとか、ナチスが撤退することになり沸き立っている村の中で、レジスタンス由来の出来事を引きずって射殺される知的障がいのある少年ユベールとか、苦い要素もあるのだが、それらは少年の目から見れば結局外部の事件の一部、ということでこの映画、ナチスへの抵抗とかいうより、事件を通した少年の成長譚なのだろう。少年は『エイブのキッチンストーリー』でも活躍中の美少年ノア・シュナップ(先が楽しみな新星?)南仏の物語でドイツ人も出てくるが、言語は基本的に英語ーまあイギリス映画だしー(11月27日 ヒューマントラストシネマ有楽町 225)


⑯パピチャ
監督:ムニア・メドウール 出演:リナ・クードリ シリン・プティラ アミラ・イルダ ザーラ・ドゥモンティ  2019フランス・アルジェリア・カタール・ベルギー 109分★★

イスラム原理主義が支配していた1990年代のアルジェリア。大学の寮で暮らすネジュマはファッションデザインに夢中…ということだが、前半は友人たちとけっこう肌もあらわに現代風の格好をして夜の街に繰り出しタクシーでの大騒ぎや海辺で遊んだりその合間にはジャーナリストをしている姉が自宅前で撃ち殺されるなどという事件もあり、本人それなりのショックは受けるが、結構ものともせずという感じで遊びまわるところがたくましいというか、暴力支配の国の現実なのかなあと思わされる。街にはヒジャブ着用を訴えるポスターが張りめぐらされ、大学内では自由を語る教師がヒジャブ女性集団によって授業を妨害されて連れ去られたり、寮の中にもヒジャブの女性たちがのりこんで目を光らせるというような状況。その中でネジュマはアルジェリアの伝統衣装である真っ白なハイクという衣装のバリエーションを考えてファッションショーをやろうと決意する。しかし外からのさまざまな妨害、内部(協力してくれるはずだった親友が男友達との関係で彼に従うと言い、ネジュマと彼女は決裂するというような…)またボーイフレンドからの海外移住への誘いなどがネジュマを取り囲み…最後近く実は紆余曲折後ファッションショーは内密に寮内で行われ成功するのだが、そこにイスラム過激派が突入して…。

「私はこの国が好きだから移住はせず、ここで自分がしたいことを主張する」というネジュマの決意は素晴らしいとは思うのだが、現実には移住した監督自身の、実はという心の叫びだったのだという話のほうが現実的だなあとも思う。それほどにオトコ支配、イスラム過激派の暴力性が女をいかに抑圧し打ちのめしているかが深刻なのだ。ネジュマを演じるリナ・クードリの眼差しが印象に残る。『パピチャ』は自由で元気な女の子=お転婆娘?の意だそう。この映画カンヌ映画祭などで世界的評価を得ているが、アルジェリア国内では未だ上映できないのだそうだ。(11月30にち 渋谷文化村ル・シネマ 226)


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