【勝手気ままに映画日記】2018年12月

あけましておめでとうございます。 

あたらしい年、平和に暮らせますように。今年もたくさん映画を見て、みなさんにお知らせしていきたいと思っています。どうぞよろしく!


そうは言いつつ、まだ「師走」?から逃れられない…。12月に見た映画は11本だけ、中国語圏映画は1本だけでした。見損なって念願だったジョージア「祈り」三部作は見ることができました。

山は足利の妙義山(大小山)大坊山へ。300m余の低山ですが、上り下りありの縦走コース、岩場もあって、とても楽しめる山でした!

           12月12日







①斬②ボヘミアン・ラプソディ③パットマン④銃⑤東南アジアとポピュラーカルチャー(ドキュメンタリー上映会)⑥宵闇真珠(白色女孩)  ⑦鈴木家の嘘➇希望の樹 ⑨祈り➉顔たちところどころ ⑪懺悔


①斬

監督:塚本晋也 出演:池松壮亮 蒼井優 塚本晋也 前田隆成 中村達也 2018日本80分

真っ暗な画面の中にめらめらと燃え上がる炎からはじまって、最後は主人公都築杢之進が消えていく暗い森まで、描かれた自然が暗い迫力をもって迫ってくる。音楽はちょっと仰々しくてこれも迫力はあるが品がない感じも…これは今までも塚本作品を手掛けてきた石川忠が亡くなったあと、それを受け継いで塚本自身が編集・完成させたのだとか。で、物語は幕末、腕はめっぽう立つが、実際に人を切ったことはなく、人を切れないと葛藤する浪人都築。彼は江戸近郊の村の農家に寄宿し、農作業を手伝いながら、その家の息子に請われ剣術の稽古に明け暮れる。そこへ江戸を目指し時代の移り目に自分の生きる場所を得ようとする沢村という男があらわれ、都築を誘うが…そこにやってきて村人を脅かすならず者集団とのいざこざ、彼らと切り合うのではなく関係を結ぼうとする都築と、躊躇なく切り殺しその結果村がさらに襲われる結果を作る沢村。ならず者に襲われながら二人の行く末激しいまなざしで見つめる農家の娘ゆう。そして…全体に緊張感はあり時代考証?もされてはいるらしいが、この緊張感や登場人物の精神のありようはどう考えても近代人のもので、ことばも皆きれいな標準語のですます体、というわけ時代劇に形を借りた、その、なんというか、様式美追求ドラマみたい? ならず者と村を守ろうとする浪人のくだりはちょっと『七人の侍』ぽくもあり…。リアリティのあるドラマを見るというよりは塚本の心的世界のビジュアル化を見たような気がする。(12月7日 川崎市アートセンター・アルテリオ映像館)


②ボヘミアン・ラプソディ

監督:ブライアン・シンガー 出演:ラミ・マレック 2018米 135分

言わずと知れた?クイーンのフレディ・マーキュリーの伝記映画。演じたのはラミ・マレックでTV映画の『ミスター・ロボット』(2015~)ではエミー賞・ゴールデン・グローブ賞も受賞している人なのだそうだが、私はなんか『ナイト・ミュージアム』の半裸で金の兜?のエジプト王姿ばかりが印象に残っていたんだけど…これがなかなかの熱演・好演で、聞けば、フレディ・マーキュリーに扮するために前歯に「出っ歯」の義歯(これがすごい、口が閉じない感じで本物のフレディよりかもっと出っ歯)、鼻筋も高くして容貌も似せたのだとか。歌の方は本物のフレディ・マーキュリーと、彼の再来とも言われているらしいカナダ出身の歌手マーク・マーテルと、それにラミ・マレック自身の声も少し合成してあるんだとか…。いや、映画つくりってすごいもんだなと思わせられる。32曲も入っているクイーンの曲は、それはもう懐かしくも胸に染み入るし、実際に4曲も続けて演奏される最後の『ライフ・エイド』のコンサートシーンは本当にコンサートを見ているみたいだし、お話は、まあフレディ・マーキュリーの人生が迫力あるものだったから、ということだろうけれど空港で荷物の積み込みをする若きチンピラ?パキスタンボーイから、時代の寵児としてもてはやされる全盛期、ゲイの自覚と失恋とか、そしてエイズと過不足なく描きで息もつかずに走り切った感じの135分だった。エンドロールはサービス?でクイーンのホンモノ映像なので比べるのも一興。(12月9日 TOHOシネマズ府中)


③パットマン

監督:R・パールキ 出演:アクシャイ・クマール ソーナム・カプール ラーディカー・アープラー 2018インド 137分

インドで非常に高価で、ほとんどの女性が使うことができなかった生理用ナプキンを安価に作ることができる機械を発明し、全国に普及して、女性たちを生理時の苦痛から解放するとともに、雇用の機会も作った実在の男性をモデルに作られたマサラ・ムービー。歌あり、美しい衣装での女性たちの舞踊もあり、心のうちまでセリフで語られる大変賑やかな映画。前半は主人公で、腕はいいが教育を受けたわけではない鉄工所?勤めのラクシュミと妻の楽し気な新婚生活から、月経時には穢れとして家の中で寝ることも許されず、汚い古布を使ってこそこそ手当をする妻の様子に心を痛め、ナプキンを買い行くとあまりに高いので(55ルピー)妻には使ってもらえず、自分で綿や布を使って手作りをし、女性たちに試そうとして受け入れられず、自分でヤギの血を使って実験をしたりしたあげくに変態者?として村を放逐されてしまうまで。ここまでは妻をはじめ周囲の女性たちの因習にとらわれた保守性ばかりが強調される感じ。妻は家を出て実家に帰り、実家の父は離婚させようとする。(ここでインターミッションの字幕が出るが、実際には日本上映ではインターミッションはない)後半は、工科大学の教授の家の住み込みの使用人としてナプキン開発の方法を学ぼうとし、小学生の息子の援助をうけてセルロースを手にいれ、ネットでナプキン開発の手順を学んで独立して、機械を開発するシーンに。しかし製品はできてもなかなか試してくれる人も、まして買ってくれる人もいないという状況の中、突然生理になってしまった女性パリ―(歌手?ステージ上で生理になってしまったみたいなのだけれど、それ以後の展開では教授の父の元教育を受けた高い教養を持つ美しい女性としてしか出てこない)を助けてナプキンを与えたことから、彼女やその父の助言やプロモーションを受けて洪か発明賞を受け、特許を取って儲けるよりは安価なナプキンを普及したいと、機械をもって町々をまわり女性たちに普及する活動(大企業の合格を蹴ったパリ―が相棒になって営業を担当し、地域の女性たちも巻き込んでいく)最後はアメリカに呼ばれて国連大会でラクシュミはブロークン・イングリッシュで心情の吐露した大演説を。彼の後ろは市街のパノラマ的風景、前には世界中からの聴衆、演説はユーモアにあふれ、役者大熱演だし聞きごたえがある。そこにも同行するパリ―とラクシュミの心の動きの進展、実家に戻った妻の感情も描かれてハラハラするが、まあ、パリ―の一人勝ちというおいしいけれども人をほっとさせるような結末の描き方で娯楽作品としても、ピッタリ決めた!という、声高にジェンダー問題を叫びはしないが、ラクシュミの邁進の中にその意識があることじわじわと感じさせるような趣味の良い作りの作品だった。(12月13日TOHOシネマズ新宿)


④銃 💮

監督:武正晴 出演:村上虹郎 広瀬ありす リリー・フランキー 村上淳 日南響子 岡山天音 サヘル・ローズ   2018日本 97分

全編(ではないが)モノクロのモノローグ映画という感じ。偶然に銃を拾った大学生が「撃ちたい」という思いのとりこになる。そこに隣家に越してきた母子の虐待、主人公自身も父からの虐待と母の遺棄で施設で育ち、その後養父母に育てられたという境遇であることがからみ、彼が公園で猫を撃ち、リリー・フランキー扮する刑事があたかも心配するように脅すように介入してくるが、それでも子供を虐待する隣家の母親を撃とうとして果たせず、心配してくる女友達とも冷たく別れ(この喫茶店場面で1シーン出演しているのがサヘル・ローズ。キャスティングの意味は分からないが、パッと見てわかる存在感)そして最後電車の中でのある出来事から場面は鮮烈なカラーに展開(これは主人公の幻想なのか、現実なのか)。女の子をひっかけて体の関係だけをもつ主人公やその友人の大学での授業の受けっぷりとか、生活ぶりとか、なんかだらしなくて無気力で共感できない若者たちなんだが、それに出てくる人物人物誰一人として感情移入できないような人たちなのだが、それだけに銃にのめり込んでいく心情は自然かな。中村文則の原作小説(これは読んでいなかった)ちょっと読んでみたくなる出来栄えではある。村上淳が息子のために?えぐいチンピラオヤジ役をつとめている。



⑤東南アジアとポピュラーカルチャー(ドキュメンタリー上映会)

(1)カンボジア・シアター 監督:ソペアク・ムァン 2016カンボジア 7分

(2)リトリト 監督:グェン・ゴック・タオ・リ 2015ベトナム 15分

(3)ザ・ファイター 監督:M・イスカンダル・グナワン アリ・ミナント 2018インドネシア 27分

(4)コスプレイヤー 監督:インシワット・ヤモンヨン 2014タイ 27分

(5)ラップタイ 監督:チラカーン・サクニ― ウィチャユット・ポンブラサート サルン・コ―シットスックチャルーン 2018タイ 25分

京都大学東南アジア地域研究所と国際交流基金共催の「ビジュアル・ドキュメンタリ―・プロジェクト2018」で選考された東南アジア若手監督の((2)(5)はいわば卒業制作的な学生映画)短編映画5本を見る。(1)とても若い女性監督が、カンボジアに伝わるバサック劇という伝統芝居を描く。7分の小品なので「試作」?という感じ。もう少し掘り下げた映画が見られたら面白かった。(2)も若い女性監督。本人が言うには自分のために作ったプライベート映画のようなものだとか。登校拒否になったオタクの少女のコスプレ。現代の若者文化を映し出しているという意味ではもっとも興味深い題材だが、なぜか寝てしまった…記憶がとんでところどころ…(3)インドネシアのイスラム寄宿学校の生活とそこで行われるプンチャクトルという格闘技を練習する少年たちと指導者を描く、一種の教育映画?(4)アメリカ軍の軍服コスプレで、アフガン人のアルバイターを相手に「戦争ごっこ」して映画を撮る若者たち。映画を描く映画のような形態で、ふしぎな世界を展開してビジュアル的にもなかなか面白くプロを感じさせる作品。監督はアピチャッポン・ウィーラセタクンの映画で助監督を務めてきた人とかで、なるほど。(5)大学生が卒業制作で作ったタイのラップについてのインタヴューをつないだ映画。出演者は皆饒舌だが、どうせならラップでやってほしいと思うし、話の内容もそれほど新しいことを言っているわけでもなくいささか、疲れた。もっともタイのラップ界では大物とされる人物のインタヴューも撮っているらしく、そういうことに知識や興味がある人にとっては多分すごい映画なんだろう。監督たちはプロもアマも含め、みんな饒舌なイケメン、美女たちだけれど、東南アジア人って小柄なんだなと思わせられるほど若いのに小さい人が多いのも意外。トークも含め1時半から6時までの長丁場で、ホールの椅子が硬くて平場なので前が見えにくいのも含めいささか閉口した。(12月14日 国際交流基金本部 さくらホール)



⑥宵闇真珠(白色女孩)

監督:ジェニー・シュン クリストファー・ドイル 出演:オダギリ・ジョー アンジェラ・ユン 2017香港・マレーシア・日本 97分 

クリストファー・ドイルが監督、というので多分ビジュアル本位のアート系映画かな?と思った通りで、うわー、全体がくすんだ暗い色合いなのだけれども何とも不思議な色と光がまじりあい、なんか見ていてすっきりというのではなく、むしろ夕やみに揺蕩うような妙な気分が全編漂っている。物語は光に当たるとやせ細り死んでしまうと父から教えられ、それゆえにいつも大きな麦わら帽子、合羽、サングラス長靴というような格好で外に出ていて、近隣の人々からは「幽霊」と気味悪がられ差別されている少女(まあ、いわば村の異人種)と丘の上の廃虚に住み着く異国の男との交流に、廃虚の建物の開発取り壊しとか、少女の行方不明の母の所在の謎とかがミステリアスに絡むのだが謎解きがメインストリームというわけではなくて、やはりそれらの謎の前にたたずむ男女をヴィジュアルとして描くという感じ。眠くはならないが現実世界と映画の中の世界のはざまに置かれてこちらも揺蕩うような不思議な97分を過ごした。(12月20日 渋谷イメージフォーラム)


⑦鈴木家の嘘

監督:野尻克己 出演:岸辺一徳 原日出子 木竜麻生 加瀬亮 岸本加代子 大森南朋 日本133分

引きこもりの長男が自殺、見つけた母はショックのあまり意識不明になり、49日の日のようやく意識を取り戻すが、逆行性健忘?で意識を失う前数日間の記憶をなくしていた。という設定で、夫(死んだ長男の父)と娘が何を考えどうするかという話。絡んでくるのがメモリアルセンターの営業(宣伝?)職の、父の妹(岸本)と仕事が定まらず?今回は南米で赤エビの養殖・買い付けに乗り出すとかいう母の弟(大森)で、あまりリアルな人物とも思えない、この二人のがさつな能天気さがこの映画の深刻なシュテュエーションをおおいに盛り上げ、しかも深刻に閉じ込めず、困った親戚のリアルさみたいなものも表していて、キャスティングも演技もなかなかだなあと思う。で、話自体はまじめに丁寧に、特に母が記憶を回復し、長男の死に家族こもごもに責任を感じる意というような展開後はいささか冗長とも思われるほどに、これでもかこれでもかと進んでいき見ごたえはあるのだが133分はやはり長すぎる気も。それでいて最初から登場する「イブちゃん」の謎は最後まで残り(最後にどうも解明されそうな運びにはなるが観客には明かされない)、それがうまいのか、気を持たせすぎなのか…。それと頼まれて長男の身代わりにアルゼンチンから手紙を送る男の造形もなんか無神経すぎるというか、酔っぱらっているとはいえ、ちょっとデリカシーを欠く人物像で、こういう人に頼って出来事が展開していくというのは、今いちじゃない?とも思えてしまった。監督は、樋口亮輔、石井裕也、大森立嗣らの助監督をしていたという若い監督。といわれるとあ、なるほど!という雰囲気は確かにある。リニューアルオープンしたばかりの本厚木の映画館まではるばる見に行く。なかなかいい劇場だが、お客が少なくて快適だが気の毒?(12月21日 本厚木映画館KiKi)


⑧希望の樹

監督:テンギス・アブラゼ 出演:リカ・カヴジャラゼ ソソ・ジャチヴリニ 1976ジョージア 107分

見たいと思いつつ、岩波ホールに行きそこない、他の特集上映も行けず、ようやく…の「祈り」三部作2作目。出だしは真っ赤なケシ?のような花が咲き乱れる野原。そこで死にかけている白い馬、命を救いたいと願いながら果たせない青年牧童。見つめる少年の眼という映画全体を象徴するようなきわめて印象的な場面から。物語は牧童と、故郷に帰る父に伴われて村にやってきた美しい少女の悲恋で、単純な話なのだが、周辺に「希望の樹」を探して命を落とす男とか、アナーキストとか、想像の恋物語をよすがに村をさ迷い歩く女性とかが新しい世界の象徴として描かれる一方、因習を重んじる長老や村人たちから受け入れられない様子が描かれ、その最も象徴的なのが2人の恋ということになる。2人はあたかも殉教者のごとく悲劇的な死を遂げ、理解を示した人々も結局は敗北し、最後に廃虚に咲く美しい花と、村の子どもたちが希望の象徴として残されるという、一種のおとぎ話として語られながらきわめてきっちりした構成と主張を持った作品だ。
(12月22日 下高井戸シネマ)



⑨祈り

監督:テンギス・アブラゼ 出演:スパルタク・バガシュバリ ルスダン・キクナゼ 1967ジョージア 78分

「祈り」三部作1作目。モノクロ画面でジョージア北部、キリスト教徒とイスラム教徒が共棲する地域を舞台に、互いの寛容を許さない宗教を二つのエピソード(それぞれ原作小説があるという)によって描く。画面のメタフォリックな雰囲気と映像は「イワン雷帝」(46 エイゼンシュテイン)+「第七の封印」(57ベルイマン)とかいう感じの寓話的な、ある種非現実的な世界なのだけれど、ぐんぐんと心に迫ってくるような力がある。(12月22日 下高井戸シネマ)


⑩顔たちところどころ

監督・出演:アニエス・ヴァルダ JR 2017フランス 89分

90歳のアニエス・ヴァルダと54歳下(つまり36歳)のJRが、カメラ型のスタジオ車に乗り込みフランスのあちこちをめぐりながら、その土地の人々の顔写真を撮り、大きく伸ばしたものを家の壁とか、コンテナとかさまざまな場所に貼りだすというプロジェクトをする。出てくるのは立ち退きを迫られた住宅地に一人残る女性とか、港湾労働者の妻たちとか、廃虚になった村に集まる人々とか、ヤギ飼いとかで、それぞれがなかなか興味深い暮らしを持つ人々で写真にそれらの暮らしがあぶりだされるという面白さなのだろうが、結局一期一会という感じでそれらの人々に深く立ち入ることはない、アーティスティックな作品。トレーラーは何度も見たがそれを越えるという感じはなかった。それにしても30代の男にエスコートはされつつ、互いに協業し、言い合いもするというような対等な関係を築いている高齢女性というのはなんかうらやましい境遇だなあと思う。(12月23日 下高井戸シネマ)



⑪懺悔

監督:テンギス・アブラゼ 出演:アフタンディル・マハラゼ イア・ニニゼ メラブ・ニニゼ ゼイナブ・ボツヴァゼ  ケティヴァン・アブラゼ 1987ジョージア 153分

「祈り」三部作最後は150分を越える長尺。どことは指定されない架空の国(だがスターリン時代を象徴している)で市長が亡くなる。ニュースを聞きながら凝ったデコレーションケーキを作る女性から映画は始まる。市長の葬儀はしめやかに?(息子がそっぽを向いているのが何と言うか…だが)行われるが、その夜埋葬された彼の遺体は掘り出され自邸の庭の立ち木に寄り掛からされということがおこり大騒ぎに。最初はこっそり墓に戻し、しかし翌晩も同じことが起こり、さらに三度と、このあたり考えてみれば陰惨な話だけれど、ユーモラスな感じに描かれてほとんど陰惨さはなく。大掛かりな張り込みが行われ、堂々と墓を掘ろうとする女性が捕まる。彼女の裁判(腕を撃たれながらも、真っ白なスーツに身を固め実に颯爽と現れる被告女性)。彼女が語る幼いころからの市長とのいきさつが物語を作っていく。誰からの愛されているように見えて市長は実は独裁者、意に沿わない人間を捕らえ殺しており、女性の両親も殺されていたのだった。堂々と主張する女性。市長の孫は祖父の実像に悩み自殺する。この映画のもう一人の主役は女性の幼なじみでもある市長の息子で、彼の最後の行動が、いわば映画のテーマ?市長と息子はアフタンディル・マハラゼが1人2役で演じていて演じ分けも含め、時代の差も含めなかなかの見ごたえ。長さを感じさせない語り口と、ハラハラ感の物語性と格好よさ!そして批評性。最後に女性はまたまたケーキ作り。窓から老女が声をかけ「教会への道」を聞く。この道は教会には通じていないと言われ、「教会に通じない道に意味があるだろうか」と漏らし去っていく老女。印象深い幕切れだ。(12月23日 下高井戸シネマ)

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