【勝手気ままに映画日記】2018年6月

①軍中楽園②女は二度決断する③いつだってやめられる-10人の怒れる教授たち④モリのいる場所⑤ザ・スクエア 思いやりの領域⑥馬を放つ➆羊と鋼の森➇ダンケルク⑨君の名前で僕を呼んで➉アイ・トーニャ 史上最大のスキャンダル⑪万引き家族⑫ウタモノガタリ⑬修道士は沈黙する⑭焼肉ドラゴン⑮ガザの美容室⑯海を駆ける⑰心と体と⑱ロンドン、人生始めます⑲シンガポールへ、愛をこめて⑳ニワトリ★スター


中国語圏映画①⑲ 日本映画④⑦⑪⑫⑭⑯⑳


①軍中楽園

監督:ニュウ・チェンザー 出演:イーサン・ルアン レジーナ・ワン チェン・ジェンビン チェン・イ―ハン 2014台湾 133分 

以下は2014年台湾で見たときの感想。今回見てみて、より鮮明に分かった?ところもあったけれど、基本的な感想はほぼ同じ。ただし歴史の記憶としてこのような事実があったということは映画に残す価値があると思うし、美しく書かれてはいるが、特に美化したり、正当化したりはしてはいないなとは思った。
10月4日 台湾 台北長春国賓劇院 ☆☆☆
要は軍隊の慰安所を肯定して?描いた映画、後味が悪い、金門島にいわば閉じ込められた兵士たちが高粱酒を飲み、女を買う姿を描いただけと悪評?もあり、日本では公開もないかなと恐る恐る、土曜夜の劇院へ。30分ぐらい前につくが最前列の6席のみが残っているという状況。ただし32席という極めて小さい会場だが。まあ画面の大きさもそこそこなので、首が痛くなったり目が痛くなったりというほどのことはないが。で、聞くと見るとの印象は大違いだった。
1969年、金門島に配属された若い兵士は水泳訓練で落ちこぼれ、「軍中楽園」または一般には八三么(basanyao=電話番号からとか)と呼ばれる慰安所(特約茶室とも)に配属されて、待応生と呼ばれる兵士相手の慰安婦の管理・世話役をすることになる。そこでのさまざまなエピソード、恋人と引き裂かれ連行された字の読めない上司の恋慕(台湾語、北京語、客家語等々入り混じる部隊内ではどうも言葉も今一通じないらしい)部隊内で虐待され慰安婦の一人と逃げる兵士、そしてイーサン・ルアン演じる主人公も刑務所から刑期の短縮を条件に送られている一人の慰安婦にほのかな恋情を抱く。この慰安所にいるのは一般的な娼婦のほかに、私娼として摘発された娼婦が送られたりもしたらしいが、特に囚人として来ている女性たちは美容院や病院などの外出にも係りの兵士と手錠でつながれながら出なくてはならない。若い主人公と手錠でつながれたままトイレに入ったり、美容院で両手をつながれた兵士のほうが困惑したり、ちょっと笑いも誘うように作られているのだが、冗談じゃないぞ・・・という感じ。この慰安所は社会的な批判、フェミニズム運動などの力によって1992年に廃止されるまで続いたそうな・・・・理性的にみればとてもじゃない題材だが、描かれる女性たちは美しくエネルギッシュで案外あっけらかんとした感じ(その裏にある哀しみ・・みたいな描かれ方でもなく)エピソードの主人公として男性兵士たちは逆にちょっとコンプレックスを抱えていたり、純朴だったりで、暴力性を感じさせるような描き方は(軍隊の側にはあっても慰安所の側には)あまりなく、青年兵士の成長譚のような側面もあり、つい引き込まれてしまいそうなエンターテイメント風なつくりになっていて、133分の長さを感じさせない。それって映像、映画技術としては優れているということなのだろうが、でも、やはりどうなの・・・とは思えてしまう。最後にそれぞれのエピソードのペアが夢を成就?したような写真が入っていたりして、それとなく観客を慰撫するようなのもどうなんだろう。案外橋下とか安倍とかのような人々が喜んで日本公開をすすめそうな気もする・・・・という怖さです。ちなみにこのような慰安所は金門島だけでなく、かつては台湾全土に設置されていたそうで、2008年国民党馬英九総統は元慰安婦の集まりや、個人的な面会でこの問題について「決して忘れてはならない、二度と繰り返してはならない歴史問題として、謝罪しなければならない、賠償しなくてはならない」と述べたとのこと。それで片がついた?というわけではないとも思うのだが・・・・釜山映画祭ではオープニング作品として上映されたそうだが(10月2日)韓国の観客はどんな反応を示したのだろうか。(6月2日 渋谷ユーロスペース)

②女は二度決断する

監督:ファティ・アキン 出演:ダイアン・クルーガー 2017ドイツ 106分

106分の映画だが3部構成。1部はヒロイン・カティヤと息子、トルコ出身のクルド人の夫の幸せそうな様子から、夫の会社(事務所)に息子を預け、女友達と会っている間に事務所が爆破され夫と息子が死んでしまうところまで。嘆くダイアン・クルーガーの演技の迫力、大雨の降るハンブルグの暗い景色、彼女を気遣い集まるが、亡くなった二人の墓をどこに置くかをめぐって対立する舅姑夫婦とカティヤ。彼女は悲しみとストレスに耐えるため長くやめていた大麻を吸う。と、このあたりとか夫が大麻の売人として4年間の実刑を受けていたとか、彼女の全身の入れ墨とか、この夫婦もなかなかな人生を歩んできたのだなというのが、観客のみならず、次の裁判でも彼女には不利に働く…そして2部はほぼ裁判シーン。捕まったネオナチの夫婦と、その強面っぽい弁護士の攻撃で、結局無実とは言えないが無罪ということで判決が出てしまう。このあたりもダイアン・クルーガーからは目が離せない。各部の間は一家の残された幸せな家族団らんの動画シーンでつながれ、それが3部の伏線?にもなる巧みな構成。そして3部、前半は決意を秘めたカティアが証人として容疑者夫婦のアリバイを述べた男の経営するホテルを訪ねていくところから、ギリシャの浜辺で話しが展開する。この進み方は前半は一体どうなっていくのかとひきつけるが終わりの方になるとある程度展開が予想できてしまい、その展開通りなのと、展開が少しどうなんだろう…予想できるところが問題かもと思わせられるようなうーん、終わり方で、なんか今イチ納得できない感じではあった。
ヒロインが手首を切って自殺をはかろうとしているところに刑事から、彼女が主張した通りネオナチの犯人が捕まったと電話が来たり、ギリシャで容疑者夫婦を殺害しようとして思いとどまったヒロインに長らくなかった生理が訪れたり、血が再生とともになんか不穏な雰囲気を象徴するかのように使われているのも、わかるんだが少しエグイ感じも・・・(6月3日 川崎市アートセンター・アルテリオ映像館)


③いつだってやめられる-10人の怒れる教授たち

監督:シドニー・シビリア 出演:エドアルド・レオ ルイジ・ロ・カージョ ステファノ・フレージ 2017伊 119分

シリーズの2で、3はすでにイタリア映画祭で上映(見られなかったが)、1は6月23日からの公開(ヒューマントラスト有楽町)ということで、人気はあるのだろう、ま、いいかという感じで見に行く。はじまりは1の最後で収監されてしまった主人公のピエトロ(生物学者)がすでに1歳半?ぐらいになった子連れの妻と面会をし、怒られているところからで、話は1年前に飛び彼が女性の警部に取引を迫られ、合法ドラッグを30種(違法として取り締まり対象にするために?)摘発すれば自由を得られるということで9人の「天才だが不遇の」研究者を集めて、妻にも内緒で刑務所を出て取り締まりをするという話。最初の方は話しも今一わからなくてちょっと眠くなったりもしたが、30種の摘発を終え、最後にもう一つやれということになって、いやいやながらカー・チェイス、列車への飛び乗りなどのアクション場面も含みつつガンバルあたりからはだんだん乗ってきて見ごたえがある。しかし結局は報われずに3作目へ続く・・・能力は高くても経済・社会状況の中で不遇をかこち居直って頭脳を駆使して犯罪に走るのをコメディタッチで描くというところに眼目があるとすれば、2作目は今一つすっきりしなくても仕方がないのかなあ・・・・とは思いつつ。(6月7日 渋谷文化村ル・シネマ)


④モリのいる場所

監督:沖田修一 出演:山崎努 樹木希林 加瀬亮 三上博史 池谷のぶえ 2017日本

頭は展覧会で熊谷守一の絵をみた昭和天皇が「これは何歳の子どもの描いた絵か」とお付きにきくところから。なんかこれっていらないシーンのような気もしたけれど。94歳の守一と76歳の妻秀子の一日を、この森の中のような家に訪れる人々、経営する宿の看板を書いてほしいと信州から来る旅館の主人、画商、カメラマンとその助手、おすそ分けに現れる近所の人、隣に立つマンションの施主と現場監督。よく足がつるお手伝いの女性は水泳のレッスンに出た後、空腹だと大量の肉を買って帰り夜はそのマンションの工事現場の人々を呼んでのすき焼きパーティ。そしてなぜか宇宙人まで。これらの人々が上がり込み食事をしたりなにやかや、しかしモリは超絶の趣で一人庭を散歩し、虫や魚を眺める。こちらに方がどちらかというと中心的な描き方でゆったりゆったりと描かれる蟻、カマキリ、様々な鳥など、また緑の濃い庭の様子に心が和む。最後は少し時間が飛んでとうとう建ってしまった隣のマンションの屋上からの俯瞰(下で撮られた庭とは緑の茂り具合などが少し違うような気もしたが、どうなんだろう)。結構時間の流れはゆっくりだが熊谷夫妻の姿にも囲む景色にも気分が癒されるような映画だったのは確か。(6月7日 渋谷ユーロスペース)


⑤ザ・スクエア 思いやりの領域

監督:リュ―ベン・オストルンド 出演:クレス・バング エリザベス・モス テリー・ノタリー  2017スウェーデン・独・仏・デンマーク 英語スウェーデン語 151分

『フレンチアルプスで起きたこと』(2014)のオストルンド監督。2017年70回カンヌのパルムドゥール受賞作品。なのだけれど、うーん。X-ロイヤル美術館のチーフ・キュレーター、クリスティアンは、ある日雑踏の中で「助けて」という女性と追いかけてきた男に絡まれて財布・スマホなどを掏られる。スマホのGPS機能で追跡してスマホがある建物を突き止めた彼は、そのマンション全戸に脅迫状まがいの手紙を投函。財布・スマホは手付かずで近くのコンビニ(7―11!)気付けで届くが、一人の少年が泥棒扱いされたと怒り彼に付きまとい彼のマンションまでやってくる。これは話の一本の筋、もう一筋は、美術館の新企画として前庭にある作家の「思いやりの心をを思い出してもらうための聖域」として地面の描いた正方形が出展されることになり、その宣伝としてユーチューブが企画されることになる。(この宣伝担当の2人青年は見るからにエキセントリックな感じに造形されていて、彼らが企画を話し出すだけでなんか気味が悪い感じ)テーマはスェーデンに多い(多いのかなあ・・本当に?スェーデンの印象とは違うのだが)物乞いも平等に、みたいなテーマなのだが幼い金髪の物乞い少女を主人公に据えたこのユーチューブ映像がとんでもないシロモノで、盗難問題や二人の娘の世話(彼はバツイチで妻と交互に娘を見ているらしい)にかまけて、きちんと宣伝の仕事を見ていなかったこともあり、彼は責任をとってクビになることに・・・とまあ、「思いやりの聖域」を強調する美術館の責任者でありながら、悪気ではないけれど自己的な行動に走ってしまいツケが回ってくるというような流れは、まあ雪崩から自分だけ逃げてしまったオトウサンと家族を描いた『フレンチアルプス」とも共通するような皮肉に満ちた描き方。この映画151分もあってそれだけでも十分な気がするのだが、クリスティンが一夜付き合うことになった女性と使用済みのコンドームをめぐる攻防があったり、その女性の部屋になぜかゴリラが飼われていたり、かと思えばパーティの席上にゴリラ男(これは人間)が乱入するシーンが延々とづづいたり、まあ、それが一つに人間の卑小さの象徴みたいに使われているんだろうが、そのあたりがごちゃごちゃして、「力作」すぎてとても疲れた。(6月10日 川崎市アートセンター・アルテリオ映像館)


⑥馬を放つ

監督:アクタン・アリム・クバト 出演:スラリー・トゥルサンコジョブ ザレマ・アサナリヴァ  2017キルギス・仏・独・オランダ・日本 89分 

こちらはとてもシンプルに見えて、でも宗教がらみでもあって奥深い感じも・・・。キルギスの村で暮らすケンタロウスと呼ばれる男は耳の聞こえない妻と、幼い息子と建築の仕事をしながら暮らしているが、村でいい馬を買った人がいると夜中にしのびこみ馬を盗んで乗り回す、その後馬を放すので馬は戻ることは多いみたいなのだが…妻子と幸せそうに暮らしながら、村の未亡人とも(これは本人は単に友達付き合い?しているだけなのだろうが)誤解を生むような付き合いがあったりして、要はなんというか優し気な、無口で控えめな風の男の暮らしぶりが美しいキルギスの風光の中で描かれる。馬泥棒と間違われたホンモノの泥棒?(と自ら名乗っている)の張り込みなどもあり、祖父どうしが兄弟だったとかいう村の成功者になっている男の馬を盗んだ彼は捕まえられ長老の裁判にかけられるが、被害者の男のとりなしもあり、メッカへの巡礼などを条件に許される。元映画技師の彼は村の元映画館で行われる礼拝にも参加させられるが、抜け出して映写室に入り込み古いフィルムを映写してまたまた問題に。とうとう村からの追放を言い渡される。彼が馬を盗んだわけを「従兄弟?」に切々と語る場面があって、(これがことばで説明されるということで今一わかりにくい、というか多分馬と一体になって天空をかけるがごとく生きる彼の心性が、あまりに現代的になってしまった私などにはわからないということかも。これはある意味では村人たちも同じで、素朴な暮らしぶりでありながら、盗人稼業(物への執着)、競走馬としての馬の購入、そのような人々も彼に同情的ではあっても決して理解できないような心性を彼が持っているという気がする。宗教についてもその意味では新しくこの村に入ってきたものとして描かれる。村にはムスリムの布教に励む人のほかにも、ロシア正教の一派もいて、このあたりについて映画は深く踏み込むことはしないが、ケンタロウスの一種宙ぶらりん性はそのような複雑な村の近代化・現代化の中にあって居場所を薄なっているもののように思われる。映写技師、馬泥棒、息子と遊び教育しつつ、ことばの遅い息子を心配する妻に従ってシャーマンの女性にお告げを聞きに行くとか、その妻や息子の近代的な服装とか、そういった素朴な伝統社会的なものと現代的なものが彼自身の中にもせめぎあっているようなのである。(6月10日 川崎市アートセンター・アルテリオ映像館)


⑦羊と鋼の森

監督:橋本光二郎 出演:鈴木亮平 山崎賢人 上白石萌音 上白石萌歌 三浦友和 2018日本 134分

北海道の森と町が舞台で、とーても美しい。少女漫画っぽいけれど音も画面も心和む雰囲気に出来上がっていて原作の雰囲気もよく残しているのかなと思う。まあ、その世界がわからないと本当のところピアノ調律やピアノ演奏がどの程度リアルなのかはわからないのだけれど、雰囲気としては上々?エンディングテーマは久石譲作曲辻井伸行演奏のピアノで、旋律は完全に久石節という感じ・・・とても美しいけれど、好き嫌いは別れるかもね…。(6月17日 府中TOHOシネマズ)


⑧ダンケルク

監督:アンリ・ベルヌィユ 出演:ジャン=ポール・ベルモント カトリーヌ・スパーク 1964仏・伊 124分

下高井戸シネマの「華麗なるフランス映画」特集の1本。1941年のダンケルクの闘いでいわば遮断された形でフランスから取り残されドイツ軍の攻撃を受けるダンケルクで、部隊とはぐれ砂浜で過ごしながら最初はイギリス軍といっしょに海を渡ってイギリス側に逃れることをもくろみつつ、海岸の民家で、家を守って一人残る美女と知り合い、フランス兵に襲われた彼女を助けて味方の兵士を撃ち殺し、彼女に頼まれほだされて除隊してフランス側に残る決意をする兵士の2日間を、ともにはぐれて海岸にいる4人の仲間を中心に描く。というわけで、主人公が家の中で味方の兵を撃つ場面以外は、とにかく撃たれるだけやられるだけという感じで、そのなかでけっこう漂々としていながら要領もよい主人公というのがジャン=ポール・ベルモントらしく?てなるほど・・・・でも悲劇です!戦争は!というのがやっぱりテーマとしては押し寄せてくるさすがのフランス映画。(60年代くらいの映画はあまり見ていないので、しかも戦争映画は…)(6月21日 下高井戸シネマ)


⑨君の名前で僕を呼んで

監督:ルカ・グァダニーノ 出演:ティモシー・シャラメ アーミー・ハマー 2017伊・仏・ブラジル・米 英語・イタリア語 132分

1983年イタリア北部のユダヤ人大学教授一家。17歳の美少年エリオが主人公(実年齢は22歳とか)。父の研究助手としてアメリカから24歳の大学院生オリヴァーがやってきて滞在する。ユダヤ人の上流(というのでもないだろうか?教養層でお金もあって大きな屋敷で使用人もいて余裕のある生活をしていて外国から?のお客もある彼らの日常用語は英語。最初はよくある英語で撮られた英語圏以外の国を舞台にした映画?と思ったらそうではなく、彼らの使用人とか街での会話はイタリア語。そこへやってきたアメリカ人青年は当然英語だから少年が使用人との間で通訳なんかをするわけだ。物語は青年滞在中のひと夏、エリオがオリヴァーにひかれつつ踏み出せず、ガールフレンドとともに過ごし、一方のオリヴァーもエリオにひかれつつ自制をしながら、着かず離れず付き合ってとうとう結ばれ、最後はミラノから帰国するオリヴァーを送ってきたイタリアの街で数日をともに過ごす。駅で別れ落ち込み母に迎えを頼むエリオ、実は両親は二人の関係を知っており、父が彼のそれを若い日に経験すべき?心の動きなのだと諭す。冬になり、オリヴァーから婚約を知らせる電話が入り少年期を去って大人になる苦しみの表情で暖炉の火に見入るエリオ…(この3分半のエリオの表情蚤の長回しは迫力がある。ほんとすごい役者!)脚色は『日の名残り」』のジェームズ・アイボリーで、ゆったりと一つ一つは小さなエピソードを繰り返し積み重ねていく前半から、ドラマティックにではなく別れて心をのぞき込むような場面が続く後半と、『日の名残り』を彷彿とさせるようなテンポ・リズムだなあと感じる。若者の恋なのだし、彼らはけっこう若者らしい?(一昔前のかも)行動もしているのだが、なんか古めかしさというか老成した恋?というかを感じさせるのでもあるが。
6月22日 川崎市アートセンター・アルテリオ映像館)


⑩アイ・トーニャ 史上最大のスキャンダル

監督:グレイグ・ギレスビー 出演:マーゴット・ロビー セバスチャン・スタン アリソン・ジャネイ ジュリアンヌ・ニコルソン 2017米 120分

1994年リレハンメルオリンピック直前に公開練習直後のライバルを襲って怪我をさせたということで告発され、オリンピックには出場したもののその後、傷害事件に夫ともに関与していたとされて生涯スケートをすることを禁止されたトーニャ・ハーディングの少女時代から挫折までを関係者へのインタヴューで綴るという構成をとった実録ドラマ。もっとも初っ端に「何が真実かはわからない、関係者はこう言っているが…」とは出てくるのだけれど。物語は「ダメだと否定することが娘を育てる」という信念で、貧しい生活の中で彼女をスケートへの道へ進ませる「鬼母」とか、DV夫とかとの軋轢まみれの彼女の人生と、その中で本人もめげず時に激しく立ち向かいという感じでスケート界でのし上がっていこうとした人生は、トーニャを演じ、プロデューサーも兼任したというマーゴット・ロビーの迫力もあり、母を演じたアリソン・ジャネイのさらなる迫力もあって、いや、なんか共感してしまうというかかわいそうと思えてもしまうというか、スケートシーンも迫力で(4か月の特訓をして演じたとか。もちろん映画的特撮技術の力も大きいんだろうが)見ごたえ十分。エンドロールににチラリと実物インタヴューのカットが出てくるが、実物のトーニャのほうが演じられたトーニャよりかは「かわいらしい」とい雰囲気で、であればこその凄みもある。演じたマーゴットは、その意味ではちょっと格好良すぎたかも。(6月22日  川崎市アートセンター・アルテリオ映像館)

⑪万引き家族

監督:是枝裕和 出演:リリー・フランキー 安藤さくら 松岡茉優 樹木希林 城桧吏 佐々木みゆ  2018日本 120分

是枝監督がとうとうパルムドールを取った、と期待して見たのだがその期待のわりには鮮烈な印象はなくてうーん?もちろん家族を演じる役者子役も含めてリアルだし、『誰も知らない』(2004)の子どもたちの世界、『そして父になる』(2013)の電気屋一家を彷彿させるようながさつではあるが暖かさのただよう家族の雰囲気も、この映画が「集大成」として作られたというとおりの内容の濃さを持っているとは思うのではあるが・・・是枝が「血のつながらない家族の絆」をテーマに描いてきた諸作品、『歩いても歩いても』(2008)では長男亡きあとの一家の次男と子連れで結婚した女性、『奇跡』(2011)『海よりもまだ深く』(2016)では離婚した夫婦(とその子供)、『海街diary』(2015)では父の死後一家にあらわれる異母妹、『そして父になる』では産院で取り違えられた子どもたちとその親と、初期のそこらにありそうな設定から徐々に特異な例にシフトして言っているのは確かなのだが、私がひかれた是枝は当たり前に見える暮らしや人間関係の中でふと見えるエゴイズムやそれを乗り越えようとする絆のようなもので、それは血縁だけでは描けないんだろうかとも思う。だから私の時枝ベスト1はいつまでたっても『歩いても歩いても』なのだろう。というところから見ると『万引き家族』は血縁ではない(血縁ももちろん含まれるが、むしろ血縁以外が中心でつながっていることが、事件後の秘密として映画の終わりで明らかになり、観客はなるほどというよりはえーっという感じのほうが強く、リアルさの欠如というか主張性の強さにちょっと鼻白むという感じになってしまう。モラルとしてはともかく優しい人々が集まって利害抜きに暮したならばああいう関係は可能なんじゃない?とそっちに気持ちがシフトして行ってしまい、役者の「うまさ」とか「はまり加減」にばかり目が行ってしまったという感じ。でも万引きを教え込まれそれによって育ての親との絆を築いてきた少年が他からの価値観にも触れ自分の在り方、親の在り方に疑問を持ち始める過程の描き方はさすがにうまく、彼の自立への歩みが感じられた。一方で実親の元に戻り一人遊ぶ少女の未来は、あるのだろうか・・・・。ちなみにカンヌは「追い詰められた貧乏」が好き‥ケン・ローチとかタルデンヌ兄弟とか・・というのは某映画批評家の言。そこにはぴったりはまってしまった是枝氏という感じも・・・・もし、これを是枝映画の1本目としてみたのなら打たれただろうとは思う。(6月24日 府中TOHOシネマズ)

⑫ウタモノガタリ

『ファンキー』監督:石井裕也 出演:岩田剛典 池松壮亮 前田航基 伊佐山ひろ子 麻生久美子

『アエイオウ』監督:安藤桃子 出演:白濱亜嵐 木下あかり 林寿美 奥田瑛二

『幻光の果て』監督:岸本司 出演:山下健二郎 中村枝里子 加藤雅也

『KUU』監督:平林勇 出演:石井杏奈 山口乃々華 坂東希 筒井真理子 麿赤児

『Our Birthday』監督:Yuki Saito  出演:青柳翔 佐津川愛美 芦名星 余貴美子

『カナリア』監督:松永大司 出演:TAKAHIRO 夏帆 塚本晋也

2018日本 98分 

SSFF代表の別所哲也、作詞家小竹正人、EXILE HIROが立ち上げたCINEMA FIGHTER PROJECY制作の短編6本を並べたオムニバス映画。話題の意欲的若手監督と役者、それにどの映画にもベテランを配してなかなかにまとまりもよく、それぞれの個性も面白い作品群だった。『ファンキー』は3.11をテーマに2041年の近未来映画、とはいえ岩田剛典はじめ5人が扮するファンキー集団はむしろ古典的?みんな大きなサングラスで全然顔がわからない。『アエイオウ』はいささか難解?海辺で世界大戦の開戦を阻止するべく特殊任務に就く自衛隊員の恋?と怪しげな老婆、『幻光の果て』は漁師の恋の喪失?とサメの幻影。ここまでは水の迫力圧力とその中で喪われていったものが共通テーマ?と思ったら、真ん中に挟まった『KUU』、これも川が人々を阻むものとしてはあるのだけれど、すごく明るい絆の予感に満ちた映画で、ま、ちょっと時代錯誤的なファンク感はあるんだけれどいいおとぎ話に仕上がっているし、ビジュアル的にもステキ。そしてちょっとTVドラマ風な『Our Birthday』と『カナリア』でまたまた恋人喪失の物語。『カナリア』は、これも3.11後の原発に近い農村で牛を飼う農家を舞台にした物語で、最初と最後3.11でくくり、この2本は朝日の映画評でははじめて「アートとして」3.11が描かれたとされていた。いずれも小竹提供の6つの詩から生まれた6つの楽曲をテーマ曲としてインスパイアされたというのも売り物なんだが、私は残念ながらあまり楽曲に詳しくないからここはうんちく語れず。でも、まあ、印象的なのは確か。(6月25日府中TOHOシネマズ)

⑬修道士は沈黙する

監督:ロベルト・アンドゥ 出演:トニ・セルヴィッロ ダニエル・オートゥイユ コニー・ニールセン モーリッツ・フライブトロイ 2016仏・伊(仏語・イタリア語・英語)108分

ドイツ・バルト海に面した高級リゾートホテルが舞台。そこに集まるG8の財務相の面々、さらに国際通貨基金のダニエル・ロシュ専務理事が招いたロックスター、絵本作家、それに修道士の3人のゲスト。ほぼこれだけのメンバーとホテルの人々、捜査官だけが登場人物で、ダニエル・ロシュの死から、その捜査上での修道士の沈黙、そして葬儀の席までを描くという、舞台劇みたいな構成の映画で、話はエコノミストたちの画策?と対抗するキリスト教精神主義なんで、緊張感はあるのだが、知識のない人間にはついていきにくく、一つ一つのセリフの意味や、ロシュが元数学者の修道士に見せる数式とか、限られた地にしか生息しない珍しい鳥とかそういうもののメタファー?も読み解けないから、うーん、雰囲気はよくわかったが、ちょっと理解がつらい映画で、お客さんは結構入っているが、ああいうのが理解できるみんなは偉いなあ、というのが率直なところ。エコノミズムに対抗する修道士の精神的な清貧主義というか、それが貫かれるというのはわかった。そして彼にだけなついた犬が「ベルナルド」と改名されて彼についていくというのが、なんか唯一おかしみも感じさせる。出演者はとにかく有名役者ぞろいでイタリア語、フランス語 英語が飛び交い、ホテルからの景色もなかなかで、豪華な映画だ。(6月26日 下高井戸シネマ)

⑭焼肉ドラゴン

監督:鄭義信 出演:真木よう子 井上奈央 桜庭ななみ 大泉洋 イ・ジョンウォン キム・サンホ 大谷亮平 大江晋平 根岸季衣 2018日本

昭和44年という設定にしては冒頭、中学生の制服が紺ブレザー・胸にワッペン付きとグレーズボンとはまあ現実離れしていると思ったら、これが一流私学の進学校というわけで、焼肉ドラゴンの息子はそこの生徒。苛め抜かれ言葉も出なくなり、登校拒否するも父親にはここで生きていくしかないと言われとうとう・・・国有地?に違法に立て込んだバラックまがいの家並みの中での在日夫婦の焼き肉屋一家の物語。父の連れ子の2人の娘、母の連れ後の三女、そして夫婦の間に生まれた長男という一家の3人娘がそれぞれ北朝鮮、韓国、国内にと別れて巣立ち、国有地から追いたてを食った夫婦もここから出ていくまでの約1年ほど。ちょうど大阪万博の時期でそれもうまく取り入れられ、元が演劇なので、場面転換も演劇的でそれが様々なエピソードに一種の統一性というか求心性を与えていて作り込まれている。重厚な演劇を見た感じもある。しかしそれにしても男の軽っぽさに比べて女たちのたくましいこと。父母に扮するふたり(作りより若そうな役者たちだけど)いい感じをだしている。(6月27日 府中TOHOシネマズ)


⑮ガザの美容室

監督:タルザン&アラブ・ナサール 出演:ヒアム・アッバス マイサ・アブドゥ・エルハディ マナル・アワド ダイナ・シバ― 2015パレスチナ・フランス・カダール(アラビア語) 84分

パレスチナ自治区カザのとある美容室。女性客たちが順番を待ちながらしゃべる。84分の映画で84分を描き窓から見る外以外は、最後の数分をのぞいてまったくカメラが店内のそれも1Fを離れないというワン・シチューエションで取られている。前半は会話がなんか取りとめない感じだし、離婚調停中、結婚式のための化粧に訪れた花嫁とその母、DVに悩む(というのは後半になってひょんなことからわかるだけで、ちょっと毒もあり、他人にちょっかいを出す困った女というふうなのだが)、彼女に連れてこられたらしい敬虔なムスリム(夫の無理解にはどうも悩まされているらしい)、出産間近な妊婦とその付き添いの妹、離婚経験のある女、美容師は子持ちで店の中で言うことをきかない娘に悩まされ、もう一人は恋人?が戦闘に加わっているらしいという感じで、結婚に関する様々な段階の女たちが文字通りそれぞれ言いたい放題という感じでいくらまあ、ある種寓話的に作られているといってもこんなタイプパターン化あるか?という感じもしたが、外でドンパチが激しくなり、花嫁は結婚式に間に合いそうもない、妊婦は陣痛が始まりとなってくるとさすがに自然に切迫した感じになり、その中でケンカもはじまり、「それでは外の男たちと同じじゃないか」という制止の声もあがり、紛争が女たちとは別のところで、しかし女たちの隣にいるような男たちが生死を分けて戦っているということの異常さがちょっと驚きの迫力をもって迫ってくるという不思議な映画であった。途中は結構疲れたのだけれど終わるとなるほど・・・・・(6月28日 渋谷アップリンク)


⑯海を駆ける

監督:深田晃司 出演:ディーン・フジオカ 太賀 阿部純子 鶴田真由 2018日本 107分 

2004年の大地震津波で崩壊したインドネシアの漁村で復興支援をする日本人母と18歳で選んでインドネシア国籍を取った息子、そこへ日本から母の妹の娘(つまり姪っ子というか従昧というか)がやってくる。一方時を同じくして海から流れ着く謎の男。彼の正体を探って、母息子、姪、それに息子の友人とその友達のジャーナリスト志望の女性がからみ母の友人の現役ジャーナリストも参入?して、あれやこれや。一方男は不思議な能力の持ち主で、小さな奇跡や逆の不穏な動きをちょこっと見せる(小は水のシャワーから湯を出したり、熱射病で倒れた少女を蘇生させたり、かと思えば瞬間移動?とか逆に人の意識を失わせたり・・・・)しかし、この映画うーん、明るい海辺の景色の中で物語が進むせいか『歓待』『淵に立つ』などの深田作品の系譜を引き継ぐものではあると思うが、前作ほどに不気味さ?は感じさせない。それは異質を受け入れる家族そのものがその土地ではすでに異質な存在だからか、若者たちが自分の気持ちを表に出し、けっこうよくしゃべり(行き違いもあるのだが)自分の状況を客観ができているからなのか、あるいは海からくるラウ(海の意)のホワンとした明るめなイケメン見かけ(なにしろディーン・フジオカだから)のせいか、「驚き」とされる最終場面も言ってみればおとぎ話風?、あ、もしかしてラウはキリスト(救世主)?なんて思えてしまう。(6月28日 渋谷アップリンク)


⑰心と体と

監督:イルディコー・エルニー 出演:アレクサンドラ・ボルべーイ ゲーザ・モルチャーニ  2017ハンガリー 116分 

男女二人の夢としてあらわれる森の中の鹿のシーンが寒々しいとはいえなんとも美しい。その夢を見たのは食肉処理工場で働く孤独な二人。男は離婚歴がある初老で片腕が不自由な管理職、女はそこに産休代替要員として雇われたコミュニケーションが苦手で、特異な記憶力と異常なまでに神経質几帳面な美しく若い女性。そこに「交尾薬」の盗難事件や、セックス過多な男なども絡み、二人が盗難の犯人をあぶりだすために行われた心理面接(何とも人権無視的な)で共通の夢を見ていることを知り恐れながら近づき、また恐れて離れ・・というような、こう書くとなんとも異常な真理ドラマみたいだが、二人の雰囲気で何とかそうはなってない…。それでも幼時からカウンセリングを受けてきた女は人と触れることができないことに悩み男にひかれながら男の「常識」「思いやり」で拒まれるとバスタブで手首を切る・・・そこにかかった1本の電話(カウンセラーに勧められて持つようになった赤いスマホ)が女を救うが・・・ちょっと最後は(女の心理はわかるんだが)男のほうはえ?そういう行動という気もして、作者の優しさというか人間性が現れているのかもしれないが、このミステリアスな心理劇の帰結としては少し首をかしげないでもない。2017年ベルリン金熊賞受賞作。静かに生きている鹿と対置されるかのような牛の堵殺シーンの生々しさが怖い。(6月29日 川崎市アートセンター・アルテリオ映像館)

⑱ロンドン、人生始めます(Hampstead)

監督:ジョエル・ホプキンス 出演:ダイアン・キートン ブレンダン・グリーソン レスリー・マンヴィル   2017英 102分 

ダイアン・キートン71歳(当時)、ブレンダン・グリーソン62歳、え?この年恰好に驚く。いくつになっても若いころの面影とファッションを残して違和感のないダイアン・キートン、あこがれてしまうわ…(もっとも映画での役柄は見かけとは裏腹に浮気をしていた夫に死なれ、にもかかわらず(だから?)行く末を見失った主婦で、ま、もしファッションが普通だったらみじめな話になってしまいそう)だからだろうか、レディス・デイとはいえ昼間の劇場満員。髪真っ白の「すてき」な女性もちらほら。高齢女性ムーヴィーの様相でした(他人のことは言えんが)。話は、まあ実話ベースだそうで、誇張はあっても完全ウソではないんだろうが、要は、経済的にも、老後の設計も見通しもなく、同じマンションの主婦連(これがもう俗物ばっか)に巻き込まれ苦しんでいる中で、マンションの共同の屋根裏部屋から見つけたホームレスというか、自然保護区に小屋を建てて住み着いている老人(…設定はともかくヒロインより10歳近く下の実年齢というのは老人臭さが少ないという意味ではなるほど、のキャスティングなのだろう)と恋に落ちるという「おとぎ話」。にしてもイギリスは自然保護区とかに勝手に家を建てて住み着いても12年以上住んで実績が証明されればその家や土地は自分のものになる、ってホント?すごいな?夫の残した借金や自らの貧乏で家を売って返済しなくてはならない主婦の終の棲家?が地方?とはいえ、川辺の瀟洒なコテージというのも、うーん。ま、そのあたりはおとぎ話の由縁なんだろうが‥‥(6月29日 川崎市アートセンター・アルテリオ映像館)

⑲シンガポールへ、愛をこめて(星国愛)

監督:陳彬彬(タン・ピンピン) 2013シンガポール(英語・中国語・マレー語・海南語)70分

経済成長率世界3位、豊かで清潔な印象のシンガポールだが、「エコのミスト」による民主度ランクは世界69位、報道の自由度は151位。「国内治安法(要は「治安維持法」)もある統制社会ということで、亡命したり国外追放的な立場にあって「帰れない」人々がいる…その人々を監督自身がインタヴューして作ったドキュメンタリー。映画には1970年代大学自治会委員長などの立場にあって反政府的な運動をしたとして逮捕や告訴されるなどしてイギリスに亡命した人々と、もっと以前マラヤ共産党活動家として植民地に反対し独立運動をするなどして弾圧されタイやインドネシアに逃れた高齢世代の人々が登場する。両者はいまだに故国に帰れないでいるという点では共通しているが、その生き方や考え方は必ずしも同じではなく、それらの政治的立場もが特に接点を持つわけでもないので、この映画の背景という点では少々わかりにくくしているのは確かで、今回もシンガポール専門家の盛田茂氏の解説付き。ではあるが、映画に登場している人々に共通しているのは様々な民族が狭い国土に住み、在住者のうち4割は国外からの移入者ともいうシンガポールのさまざまな文化的背景、思想、言語を持つ人々のうち、体制の考え方とは一致しない考え方を持つ人々が排撃され故国に帰れない事実の衝撃と、またそれにもかかわらず彼らが持ち続けている望郷の念や「愛国心(英国籍を取った一人は60を過ぎて生まれた長男にシンガポール国籍を取らせて国軍に入れたいという)」で、そのことはまさに「星国愛」としてよく伝わり、外から見ただけではわからないシンガポールの一面を知らせてくれるのであった。この映画国内では「治安当局の正当な行動をゆがめて描いていて、国益と安全保障を弱体化させる」として国内上映・配給禁止に指定されているのだそうだ。
(6月30日 専修大学外国語教育研究室主催上映会・専修大学神田校舎)

⑳ニワトリ★スター

監督:かなた狼 出演:井浦新 成田稜 紗羅マリー 阿部亮平 津田寛治 山田スミ子 奥田瑛二 鳥肌実   2017日本 135分 

大阪アジアン映画祭時盛んに宣伝されていておもしろそうだと思っていたが、都内公開は渋谷でのレイト1館のみ。結局見そこなっていたが、29日・30日2日間だけこれも夜だが上映があるというので、はるばる?阿佐ヶ谷へ「ユジク」への記念すべき初入場ともなる。別にそんなに混まないだろうと思って25分前ぐらいにそれでも余裕を持って行ったつもりだったが37番「最前列の可能性もあります」。聞くと劇場キャパは補助椅子もいれて48名で、危ないところ・・・映画の人気か映画館の人気か??観客は8割若い女性という感じで成田稜君のファン?…でも、彼、朝ドラではなんか??という感じだったが、この映画はよかった。相棒に「ニワトリスター」と呼ばれる青年星野楽人の見かけのフラフラ、あえてすごむ頼りなげなチンピラ風情、その裏側で不安にふるえる心、そしてかつて母の再婚相手に虐待されていた過去を繰り返すまいと幼なじみの女友達の息子に向ける優しさ、年上の相棒草太に強がりつつ甘えたりあるいはむしろリードしたりと十全に演じている感じ。相棒草太の井浦新のほうは前半は今までの役柄とは全然違うような、汚いアパートで自堕落に暮らしながら大麻の売人をやっているがそういう自分を恥じるというか嫌気がさしているという34歳の男。これがどこまで続くのかと思うと、案外早い時点で、やくざに引き込まれそうになるとしり込みするように大阪の両親のもとに帰ってお好み焼き屋の跡継ぎになってしまうという展開でちょっと物足りない。ぎこちない大阪弁の語りもなんかなあ・・・ま、そのぎこちなさがいいのかもしれないが。後は残された楽人の一人舞台の物語??映画には二人のやくざとの絡み、出入りするゲイバー?の面々、楽人の幼なじみ月見とのいきさつ、月と星とのロマンチックな絡み、楽人・草太の宇宙幻想?それぞれがアニメーション映像も含んで次から次へと盛り込まれ、部隊も歌舞伎町、大阪から沖縄、そして月?まで。なんか脈絡はなく、どれか一つだけでは大した話でもないのにごった煮(チャンプルー)にすることによってインパクトを出しているような感じもしないでもない、が、根は楽人の純愛と友情物語ということだろうか…。純愛部分の展開はいささかご都合主義的(窮地を偶然逃れる経緯、その後の沖縄での展開とか)?
6月30日 ユジク阿佐ヶ谷)

 

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