【勝手気ままに映画日記+山ある記】2024年10月 痛恨のギリシア・オリンポス山
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オリンポス山スコーリアス峰(2912m)手前ザックをデポしたスカラポイント。こちらにはちゃんと登頂した。(9月26日) |
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スコーリアス・ピーク頂上 |
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スコーリアス・ピークとスカラポイントを挟み、右端がミティカス・ピーク(2917m)こちらは前日の体調不良を理由にどうしてもガイドが登らせてくれなかった。返す返すも残念! |
痛恨のギリシャ・オリンポス山登頂記(9月25〜27日)
母の葬儀から4日目の9月23日、なんとか時間も取れたし、心も体調も回復?のつもりでギリシャに旅立った。特に問題もなく、ドバイ乗り換えの長時間の飛行もこなし、アテネに。
アテネでは市内観光やアクロポリスの丘、パルテノン宮殿なども見て、24日、オリンポス登山の出発地リトホロへ。
9月25日登山初日、リトホロから40分ほどバスで上がり、1100mの登山口から2100mの山小屋(スピリオス・アカヒトス)に向かって歩き出す。今回は大事をとって高山病予防薬(ダイアモックス)を飲み、荷物も軽めにして万全の態勢で向かったつもりだった、が、1500m付近で吐き気が始まる。吐き気止めを飲んで一応普通に歩いたつもりだが、あっという間に2人ついたガイドにザックを奪われ、空身でトップを歩かせられる。これは楽は楽だったが後を考えると断固拒否すべきだったかも…。ともあれ大きく遅れることはなく普通に山小屋到着。昼食のストロガノフとサラダも美味しくいただいた。ただしその後、なぜか吐き気止めは効かなくなり、夕飯までは大いに苦しむ。
夕飯前に明日のミティカス・ピークに登るためのヘルメットとハーネス合わせが行われる。今回はなぜかヘルもハーネスも無料貸し出しだったが、同行のロッククライマー(客)によればハーネスはあまり上等なものではなく(確かに私に回ってきたのも相当な使い古しでちょっと怖い)どうせ必要なら持参したかったとのこと。軽いハーネスを望んだ彼には「ハーネスを自分で持てないようではミティカスピークの登頂は無理」との話があったようで、もちろん彼は怒る。私にも添乗員から「明日、今日のような状態で、ザックをガイドに持ってもらうようならミティカスへは遠慮してもらう」とご託宣。この時点では体調は決して良くなかったので、これは承知するしかない。一晩で治ることを祈るのみ。自身でハーネスもつけられない同行の皆さんの何人かを横目で見つつ、早々に引き上げる。夕食はほとんど食べられなかったが、食後にダイアモックスを治療薬分量に切り替え、夜半までには症状はおさまった(今にして思えばさっさと治療薬として飲めば、症状はもっと早くおさまったし、ひどくならなかったのではないかと、それが大いなる後悔のタネ)
9月26日 登頂日
朝、吐き気はすっかりおさまり快調。日の出前の小屋の外に出て満天の星の近さ・大きさに驚く。オリオン座がよく見えた。朝食も昨夜食べられなかった分も取り返す感じでしっかりパン3枚バターやジャムで食べ、コーヒーも胃に落ち着く。さあ、歩くぞ!いちおう治療薬分量のダイアモックスを服用。
出発は7時でゆっくりめ。それでも日の出が遅いので結構山道を歩いてからご来光もあおぎ、この日、ガイドにはトップを歩くように言われたが、これはまあ当然かもと受け容れ、それでもガイド2人のあとについて歩きながら、やや遅れがちな私の次の方になんか申し訳ないとは思いつつガイドから遅れないようにペースを作る。
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この時はまだ当然登るつもり でご機嫌だった! |
実は、最初は全員でスコーリアスに登った後、ミティカスに行かない人はガイドの1人とともに小屋に先に下りるという予定だった。しかし天気は最高、同行10人のツアーもミティカスに行かないという1人以外は皆行く気満々。であれば先に荷物をスカラポイントにデポしいわば残留者を荷物番として、他の人々を2人のガイドが連れてミティカスを往復のあと、全員でスコーリアスに登る方がいいという判断がされたよう(何しろガイドどうしのギリシャ語会話をかいま聞いただけだから私の憶測もあるかもしれないが)で、荷物番を1人では残しにくいので、昨日具合の悪かった私は置いていく方がガイドも安心という判断がされたのだと思っている。昨日「荷物を持ってもらったらミティカスはダメ」と私に念押しした添乗員は、今回はまったく近寄ってこず、なんかTCに見事にはめられてしまったという感じが抜けない。
ほとんどザックを奪われるように持たれ、気分は最悪、ただここで転んだりしたらそれ見たことかということになると、意地だけで、別に難しくも大変でもなかった最後のピークを登り、一行のトップでスカラポイントに。そこで目の前のミティカス・ピークを見ながら、ガイドがにこやかに「あなたはここに残る」と最後のご託宣。「前日の約束」は生きているというわけで、承知せざるを得なかったが私も少し「大人」であり過ぎた。今にして思えば、ここで「私は行ける」「行きたい」と叫べばよかったという思いが消えない。実際に歩いていく皆さんの様子(アンザイレンで怖いなあとは思ったが)をみても、あとで添乗員から送られてきた写真の登山の様子をみてもどう見ても自分には無理な山だったとは思えない。
あとから例のロッククライマーの方からも「あなたは本当に行けないほど具合が悪かったのか?」と聞かれた。つまり第三者的にみても私が残されたのは??と思うムキもあったということだろう。
安全第一を旨として、少しでもサポートできそうもないと思える人の登山は阻止するというのが今回のTCの意志なのだと思うし、それは理解できないこともないが、こちらとしては体調も整え、準備もし、自分の能力の見極めもしている上に、ン十万もかけて最後のチャンスとして遠国から来ているのだから、もう少し登山者(客)の立場にたって力を見極めてくれてもいいんじゃないか、全体にツアー参加者は信用されていないのだなあと、日がたつほどに不満と悔しさが募ってきて、なかなか消えてくれない。
そこから後はもうほとんど山も、ギリシャも楽しめず、悔しさと、前日の体調不良を喧伝してしまったことへの後悔とで何を見てもまったく楽しめず、同行の皆さんがはしゃぐ様子を見ても加わることができずというか、必死に耐えてこらえて多少は加わったが難行苦行だった。
9月27日体調はすっかり戻り、薬もやめて無事下山。下山口でおいしくレモンビールもいただく(それまでアルコールは一応自粛。私の高山病は胃に来るタイプ?のようなのだ)。その後カラバンカへ移動。28日メテオラの修道院群ハイキングと称する散策、29日アテネへ戻り、時差の関係もあって丸2日かけて30日夕方日本に戻ってきたが、最後まで悔しさと後悔で笑顔も作れず、旅を思い出すのも嫌で、旅行記を書く気にもなれず、結局10月の山ある記に含めることにした次第。
まあ、ツアーだから仕方がないとも思い、こんな経験は二度とはしたくないが、年々歳々年は取り、今まで思いもしなかったような不調も出てくることを考えると、何度かこんな悔しさをかみしめつつ、やがて山をやめる日が来る…、それをどこと見極めるか、何処まで粘るかが私の課題かなあ…とも思ったりもしている。
【10月の山ある記】
10月5~6日 高所リベンジの薬師岳
なんともみごとな景色の薬師岳周辺山景色
5日:富山駅—折立…太郎平小屋(2300m)(泊)
4時間29分 6.4㎞ ↗1032m↘56m
6日:太郎平小屋…薬師峠(2294m)…薬師平…薬師岳山荘(2701m)…薬師岳(2926m)…薬師岳山荘…薬師平…薬師峠…太郎平小屋…折立―富山駅→帰京(かがやき) 10時間40分 11.7㎞ ↗548m↘1519m
2日間合計 15時間10分 18.2㎞ ↗1581m↘1576m コース定数35(きつい)ペース90-110% (ヤマップ)
苦い9月のオリンポス山以来の3000m近い山なので、ダイアモックスと吐き気止めの薬だけはしっかり準備して登ったが、涼しくなったせいか3年ぶりの折立から太郎平小屋もスイスイ、夕飯もしっかり食べられて快適。
実はパルスオキシメーターも持って、血中酸素飽和度も折々測りながら登ったが3000m近くなっても95以下になることもなく、ただしご飯が食べられないという状態はないわけではない。
一夜明けて3時半起床の4時半出発。朝ごはんは弁当でやはりあまり食べられずアミノバイタル(ゼリー)とドライフルーツ少々、吐き気止めとダイアモックス1錠だけ飲む。
まだ真っ暗な中ヘッドランプをつけて岩場登りから(実は片足が人工関節になってからはこういう登りは結構足の置き場を考えなくてはならないので、時間がかかるようになってしまった)。ガイド(若い女性)は気にかけつつ、余計なおせっかいはやかずスピード調節をしてくれて大変歩きやすかった。岩場の後は特に問題もなく好天の中、あまり食欲はないものの飴や、キナコ餅・チョコ餅(1口大、最近山の行動食として気に入っている)などを食べながら、元気に往復登山。オリンポスを越える2926mにようやく、私もまだ大丈夫と思えて少し安心した、この夏最後の3000m登山だった。
花はあまり見なかったが、ここでもゴゼンタチバナ/しっかり食べた太郎平小屋の夕飯
10月14日 丹沢 表尾根~塔ノ岳(1491m)~大倉尾根
すすき野の正面に富士山(天気はよかったが最後まで雲切れず)
小田急線秦野駅—ヤビツ峠バス停―ヤビツ登山口…二の塔…三の塔…鳥尾山…行者が岳…新大日…塔ノ岳…堀山…駒止茶屋…見晴茶屋…観音茶屋…大倉バス停
9時間3分 13.7㎞ ↗1022m ↘1496m コース定数26(きつい) ペース110-130%(ヤマップ)
これも3年半ぶりくらいでほぼ同じコースを歩いたが、前回よりもコースタイムはやや短縮で、1本早い5時45分大倉登山口のバスに間にあった。ただし短い秋の夕暮れ、ヘッドランプは必携だったが…。
一日快調に登り下り、高山病薬はもちろん不要、吐き気止めだけ飲んでみたが、特に胃に負担を感じることもなく元気に歩くことができた。それにしても大倉尾根の下りはやっぱり長い長いー登る気にはとてもなれない。
10月24日~25日 鳥取・三徳山三佛山投入堂 伯耆大山(1709m)
24日:米子空港ー三佛寺登山事務所…(行者道)…投入堂(520m)(往復) ー大山ベースキャンプ(820m)
「日本一危険な国宝」と言われる投入堂までは、急坂、鎖のかかった岩場というか、一枚岩の岩山、木の根を手がかりによじ登る急坂、滑り落ちそうな牛の背、馬の背と、続く片道900m、途中岩場にしがみついて建つ観音堂、文殊堂などは靴を脱いで絶壁上の回廊に上がり一周という、なかなかに、怖いけれど楽しめるミニハイク。空中高所が昔ほど怖くなくなったのは年のせいかもと(まだもちろん若い)添乗員(ガイド資格も持つ女性)と笑い合う。
投入堂への参拝登山道
輪袈裟というタスキをつけて登ります。
25日:大山ベースキャンプ(820m)…夏山登山道…6合目避難小屋(1411m)…大山(弥山)(1709m)…大山頂上避難小屋…6合目避難小屋…行者登山口…大神山神社奥宮…大神山神社
出発はゆっくり目の朝7時、植生保護、登山道の崩れ(大山日々崩壊しているのだとか)を防ぐために、ずっと登山道には丸太を階段状に敷いてある。わりと段差がないので楽ではあるが、階段はやっぱりね…という感じも。宿泊の大山ベースキャンプは標高820m。夕飯は美味しくしっかり食べられたが、朝はやはりイマイチで、おかずはいくつかに手を付け、ご飯は最後は味噌汁に入れてかきこむという状態。しかしアミノバイタルもしっかり補給して、歩く分には特に体調の不良は感じず、快調に結構急坂もありつつも、概ね階段を敷き、山の上の方は木道になっていて、順調に登る。天気は快晴、登りは少々暑さもあったが、振り返ると大展望がだんだん開けて気持ちがいい。9時半すぎには弥山(みせん)頂上に。
ここで軽く食料(パンとみかん、イチゴミルク飲料)を入れる。頂上避難小屋でトイレを借りて(100円)頂上でなければ手に入らないというTシャツを1枚奮発(4500円)ゆっくり遊んで10時過ぎに下山開始、なんといってもすごかったのは帰りの下り道の大展望。はるかに海まで、やや霞んではいるが気持ちのいい景色が広がる。
6合目避難小屋に11時すぎ。その後黄葉のブナ林をくぐりながら行者登山口に向けて、大山(剣が峰)方面も仰ぎながら、楽しみつつ、最後は大神山神社まで(12時半)。ここの長い長い石畳の参道を経て、鳥居をくぐった後はバスの止まる駐車場まで、温泉に入り、隣の「大山参道市場」という店で同行のお一人と地ビールとカレーの遅昼で乾杯!満足の大山登山だった。
(本号末尾に大山写真集を載せます)
10月の映画日記
①地に堕ちた愛 完全版
②エフィ・ブリースト
③侍タイムスリッパ―
④シークレット・ディフェンス
⑤渦巻
(10月4日 渋谷ユーロスペース211)
⑥ペチョラ川のワルツ
⑦傲慢と善良
⑧憐みの3章(Kinds of Kindness)
⑨エストニアの聖なるカンフーマスター
⑩チャイコフスキーの妻
⑪花嫁はどこへ
⑫ロール・ザ・ドラム!
⑬リリアン・ギッシュの肖像
⑭パリのちいさなオーケストラ(Divertmento)
⑮リュミエール
⑯シュリ デジタルリマスター版
⑰二つの季節しかない村
⑱九発の銃弾(九槍)
ベトナムからの出稼ぎ(不法)就労者だった27歳の青年が、全裸で警官に9発の銃弾で撃たれなくなるという事件と、その遺族へや弁護士へのインタビュー、警官側の発言も含め、台湾社会での不法移民や出稼ぎ労働者、社会構造から起こる犯罪や、警察官の実態とか、すごく真面目に取り組んだドキュメンタリー。しかし全裸の青年が撃たれて血まみれになったまま、パトカーの下の地面に長く放置され動くと危険視され、撃った警官(6ヵ月とかの禁固刑を受けたらしい。何しろ9発も撃ち込んでいる)の論評?を受けているというあまりに生々しくオソロシイ映像に他のすべての場面のインパクトが飛んだ気がする。2022年金馬奨最優秀ドキュメンタリー賞作品。(10月18日 台湾文化センター台湾映画上映会2024 224)
⑲ジョイランド わたしの願い
⑳花蓮の夏4Kレストア版(盛夏光年)
㉑国境ナイトクルージング(燃冬)
宿泊した大山ベースキャンプ・登山開始(階段が切ってある)・大山に登る朝日
海まで見える、なんとも絶景!
花はあまり見なかったが大山伽羅木(イチイ)が…。そして無事登頂!
頂上避難小屋と、頂上付近の木道(ジェットコースターに乗ってるみたいで気持ちの良い下り道=登りは結構ハアハアではあったが)
今回はヤマカラツアー添乗員・ガイド含め20人。到着は大神山神社
以上:お付き合いありがとうございました。
①地に堕ちた愛 完全版 ②エフィ・ブリースト ③侍タイムスリッパ― ④シークレット・ディフェンス ⑤渦巻 ⑥ペチョラ川のワルツ ⑦傲慢と善良 ⑧憐みの3章(Kinds of Kindness)⑨エストニアの聖なるカンフーマスター ⑩チャイコフスキーの妻 ⑪花嫁はどこへ ⑫ロール・ザ・ドラム! ⑬リリアン・ギッシュの肖像 ⑭パリのちいさなオーケストラ ⑮リュミエール ⑯シュリ デジタルリマスター版 ⑰二つの季節しかない村 ⑱九発の銃弾(九槍) ⑲ジョイランド わたしの願い ⑳花蓮の夏4Kレストア版(盛夏光年)㉑国境ナイトクルージング(燃冬)
中国語圏映画は⑱⑳㉑ 日本映画③⑦、といずれも少なめでした。その他はほんとに雑多にあちこちあちこちの映画を見ていた10月前半です。最後の映画が21日で、この後は次号「東京・中国映画週間」「東京国際映画祭」と中国語圏映画は沢山見られると楽しみです。
★はナルホド! ★★はいいネ! ★★★はおススメ! あくまでも個人的感想・好みです。各映画末尾の数字は今年になって映画館で見た作品の通し番号。それではお楽しみください。
①地に堕ちた愛 完全版
監督:ジャック・リヴェット 出演:ジェラルディン・チャプリン ジェーン・バーキン
アンドレ・デュソリエ ジャン=ピエール・カルフォン 1984フランス 176分 ★
40年前、ちょうど40歳のジェラルディン・チャプリンは父親似の表情が可愛らしく、38歳のジェーン・バーキンはやはり何とも格好良く、カジュアルなシャツ・パンツ姿の長髪から、黒っぽい男物スーツに身を固めた劇中劇シーンまで、ただ、目を奪われるー彼女は昨年亡くなった(76歳)という感慨も…ありつつ。
物語はアパートの一室を借り、そこに観客を招いて芝居を見せるという二人の女性と男性一人から。劇とも劇中劇ともつかぬ登場人物の異動になんか変な気分にされたところで、この劇が盗作されたとする劇作家が現れ、彼の(借りた?)邸を使って1週間後の土曜日に芝居を上演するので出演してくれないかと依頼され、邸を訪れる3人のうち特に女優二人に焦点をあてて、彼女たちの芝居の練習や、屋敷内での不思議な体験、邸にいる男性たち、それに邸に今はいないらしい女性の影とかそういったものを日を追って描いていく。上演する芝居は劇作家が同じ邸内で仕上げていき、結末はわからないのだが、劇作家と姿を見せない女性との関係が投影されているらしい…ということでミステリー要素も盛り込まれるが、回収されない(らしい?)伏線もあったり、全体に一場面長回しの長尺なのだけれど、時に唐突な場面転換があったりと、ウーン。修復された完全版(最初の日本公開版より長いらしい)の画面はおしゃれで古い屋敷らしい重厚さと登場人物の振る舞いの軽さにマッチするようなポップな明るさもあり、見飽きないが、しかしやはり長い!内容はフランス映画らしい恋?の愛憎劇みたいな、ふたりの女の不幸な遍歴ものみたいなところもあって、面倒くさい感じもするが意外に疲れずに見ることができるのはさすがと言えばさすが…(10月1日 下高井戸シネマ ジャック・リヴェット傑作選 207)
②エフィ・ブリースト
監督:ライナー・ベルナー・ファスビンダー 出演:ハンナ・シグラ ボルフ・ガング・シェンク カール=ハインツ・ベーム 1974西ドイツ モノクロ140分
ブリースト家の活発な17歳の娘エフィ―(とはいっても、まあ冒頭ブランコに乗っているというのがこの活発さの象徴的描写ではあるが)は、20歳年上のインシュテッテン男爵と結婚し、彼の任地の田舎に暮らすようになる。親しい人もなく、夫は仕事で留守というような状況の中で召使の女性と心を交わすような場面はあるものの、豊かだが閉塞した暮らしぶりが、見ているこちらも疲れるが、夫はそんな状況に適応するよう彼女を「教育」しようとし、彼女は彼女で特に恋心を持つというのではないが若いクランパス少佐と夫の留守に付き合うようになる。モノクロの淡々とした画面の中で大きな事件やセンセーショナルな出来事があるわけでもなく(いや、ちょっと寝てしまったので、その間になにか起きたのかもしれないが)なぜかすごく客観的に語る男声の挿入ナレーションで話が進み、いい加減疲れたころ、エフィはいつの間にか娘を持っているが、数年前のクランバス少佐との付き合いが発覚し夫は友人の制止もきかずクランバスに決闘を申し込み撃ち殺してしまう。その罪はエフィにあるとされて彼女は夫や娘と別れて病に伏し、夫の非を的確に見つめながらも、やはり自分の罪を認めるという感じでやがて死んでしまうというなんとも儚い救いのない結末でもあり、自らの非を認めつつやはり自身の立場を主張する夫(なんかちょっと笑えてしまうような身勝手な上から目線)といい、映画にジェンダー的に主張があるようにも見えず、ウーン。ヒロインがかわいそう、ひどい家族制度・伝統主義とか観客が思えばいいということか? 例によってファスビンダーの常連ヒロイン、ハンナ・シグラ主演作。(10月2日 渋谷文化村ル・シネマ宮下町208)
③侍タイムスリッパ―
監督・脚本・撮影:安田淳一 出演:山口馬木也 冨家ノリマサ 沙倉ゆうの 峰蘭太郎 福田善晴 紅萬子 井上肇 2024日本(未来映画社) 131分
監督・脚本・撮影、その他もろもろという感じで全財産はたいて?この自主映画にかけた安田淳一という人の熱意が、画面の隅々や、出演者の隅々にまでいきわたりあふれかえっているような感じの映画ではあった。
幕末の会津藩士が長州藩士に襲い切りつけ、同時に雷に打たれ現代の時代劇の撮影所にタイムスリップして、切られ役になるというのは、なるほどね、ではあるが、タイムスリップする侍たちがそろって非常に順応性が高い人々で、あっという間に現代になじみ、切られ役として才を発揮するというのはなんか嘘っぽい…。まあ、幕末の武士たちが現代人だったということか。
そして主人公の高坂新左エ門の前に現れたかつて時代劇を捨てたとされる大スターが、彼に先立つこと30年前に同じ撮影所にタイムスリップした彼の討とうとした相手であり、彼が高坂に自身の敵役としての映画出演を要請するとなると、すでにこの映画の行く先が見えてしまうというのもなんかなあ??予想した展開通りに案の定、話は進む。会津藩の苦境滅亡的状況を140年後に知った主人公が、相手を憎み討とうとして、共に抱いた映画(時代劇)愛ゆえに討てないという結末まで見えてしまうのが映画の展開としてはどうなんだろう…。ま、それでも関東ではあまり顔を見ない?役者たちが生き生きと演じているのは楽しめる。最後に福本清三氏への献辞がつくのもなるほど!(10月2日 TOHOシネマズ府中 209)
④シークレット・ディフェンス
監督:ジャック・リベット 出演:サンドリーヌ・ボヌール イエジ―・ラジビオビッチ ロール・マルサック グレゴワール・コラン 1998フランス 173分
①に続く、ジャック・リベット傑作選の(私にとっての)2本目。今期本邦初公開のサスペンス劇ということで楽しみに見に行ったが…。結論から言うと、ウーン、やはり長い!ワンシーンが一々必要かしらと思われるような長回しで、多くの場面は室内でのセリフ劇(ところどころ寝てしまったみたい?でウーン、何をしゃべっていたかあまり印象がない)、その室内の押さえたながら美しい色調とか、同じく押さえているようでありながら意外に目にしみいるような風景とか、そしてなんといってもこの映画の場合、種類は少ないし、地味なのだけれどすごくおしゃれなパリ風装いのサンドリーヌ・ボヌールの姿の美しさ(意外に中年っぽいが、まだ30歳ぐらいだったのか…)に惹かれっぱなしという感じで、飽きることはないのだが、やはり長い。
物語は、研究所でDNAの研究をするシルヴィのもとにちょっと無頼な感じの弟が訪ねてきて5年前の父の死に、父のもとで働いて今は会社を継いでいるヴァルサーが関わっていたので、彼に復讐をするというところから。シルヴィは弟を止め、自らヴァルサーをたずねて真相を探ろうとする…。このヴァルサーはかの『大理石の男』(アンジェイ・ワイダ1977)の主役イエジ―・ラジビオビッチが演じているが、あちらの実直そうな青年煉瓦工から20年たって顔つきには若き日の面影を残しながら胡散臭げな中年男になっている。思えばさらにこの映画、日本初公開とはいえ、製作から20年以上たっているわけで、時の流れの速さと恐ろしさ?を感じさせられてしまう。(10月3日 下高井戸シネマ ジャック・リヴェット傑作選 210)
⑤渦巻
監督:ラナ・ゴゴべリゼ 出演:レイラ・アバシゼ リア・エリヴァ サロメ・アレクシ=メスヒシヴィリ メラヴ・ニニゼ 1986ジョージア 98分スタンダード
(10月4日 渋谷ユーロスペース211)⑥ペチョラ川のワルツ
監督:ラナ・ゴゴゼリベ 出演:ニノ・スルグラゼ グラム・ビルツフラヴァ マリカ・チチナゼ 1992ジョージア カラー・白黒 105分 ★★★
こちらはラナ・ゴゴゼリベの自伝的作品ということで期待して見に行った一本。両親はスターリン体制下で「人民の敵」として粛清され処刑・流刑に。一人残された少女アナは孤児院に入るが、そこを抜け出し自宅に戻る。自宅にはすでにこの家を与えられて住み始めた秘密警察の指揮官が。彼は「人民の敵」を粛清する指揮を執る一方、少女には手を出さず保護しようとする。他に行くところもなく、親戚をたずねても同じような状況でまたまた元・自宅に戻る少女。その合間に少女と母の白い背景で白い衣装で踊るシーンとか、また流刑地の雪が降り積もり凍ったペチョラ川をさまよう母ら女たちのモノクロの映像が挟まったり、単なる指揮官と少女の人情ものに陥らない硬質さで、スターリン時代の体制を批判している。この映画は1991年ソ連が崩壊してようやく製作ができたというゴゴゼリぺ監督が長年温めていた企画だそう。主役の少女の硬質な、厳しい思いを胸に秘めつつ敵対する大人をも受け入れざるを得ない寡黙な表情と、母に習ったダンスを踊る解放の対比が美しい。
(10月4日 渋谷ユーロスペース212)
⑦傲慢と善良
監督:萩原健太郎 出演:藤ヶ谷太輔 奈緒 倉悠貴 桜庭ななみ 阿南健治 宮崎美子 西田尚美 前田美波里 菊地亜希子 2024日本 119分
辻村深月の原作は、「傲慢」と「善良」の定義から、最後に主人公二人がかなり強引に結婚にこぎつけるまで、なるほどなとは思って読んだ記憶がある。本作は傲慢=架(男性)、善良=真美(女性)と振り分け、最後に軽トラで(ここは今らしく)女が男を追いかけて男の乗ろうとしている列車の駅まで走るという映画的見せ場もあって、なるほど原作小説を映画化するとはこういうことかと感じ入ったというところ。特に後半の「ボランティア」シーンは原作での東日本震災被災地での写真洗いや地図の作成のための仕事から離れて、どうみてももっと南のミカン栽培の仕事になっていて、見た目?ー奈緒の長靴・ジャージ姿がたっぷりみられるーとともに、震災もすでに映画世界からは遠くなったんだなとも思う(実際にエンドロールでは大分あたりの地名がよく出ていた)。娘の意志を阻害する母を珍しく宮崎美子が演じていて、撮影角度でそうなるのだろうが、深いほうれい線としかめた大きな目とで迫力?を出して意外な熱演。(10月7日 府中TOHOシネマズ 213)
⑧憐みの3章(Kinds of Kindness)
監督:ヨルゴス・ランティモス 出演:エマ・ストーン ジェシー・プレモンス ウィレム・デフォー マーガレット・クアリー ホン・チャウ ママドゥ・アティエ ジョー・アルゥイン 2024米・英 165分
『「女王陛下のお気に入り㉚」「哀れなるものたち㉚」に続いてヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンがタッグを組み、愛と支配をめぐる3つの物語で構成したアンソロジー』というのが映画com.サイトの説明。というわけでこれならまあ見に行かずばなるまいと雨の午後、調布へ。
映画は同じ役者がそれぞれの登場人物を演じる3つの物語で構成される。1つ目はジェシー・プレモンスが上司のウィレム・デフォーに全生活を支配される状況から抜け出そうと、他者を殺せとの命令を拒み、仕事も妻もすべてを失うという窮地に陥りそこから再び上司の愛を得ようと奔走するが…という話、2つ目はジェシー扮する夫の元に海で友人と遭難し一人助かって帰って来た海洋学者の妻エマ・ストーンが、なんか別人になってしまったという怪奇の不安に悩む夫と、その夫の不安を解消しようとする妻のトンデモ行動の話、3つ目は夫と娘を捨て、オカルト宗教?に帰依して死者を呼び覚ます奇跡を起こす双子姉妹の片割れ探しをする女性エマ・ストーンの話で、最後奇跡の女性を見つけ出し宗教組織につれて行こうとしたその時に起きる悲劇まで。なんか全体に不穏なメロディの音楽(効果音的)やおどろおどろしい雰囲気に満ちていて、どの映画にも血なまぐさい不気味などっきり場面や死体が出てくるところもまあヨルゴス・ランティモス風が貫かれているが、3つの話になっているせいか、なんか見ている側が切り替えをうまくしないと中盤からダレル?感を感じたのは私だけ? (10月8日 イオンシネマ調布 214)
⑨エストニアの聖なるカンフーマスター
監督:ライナル・サルネット 出演:ウルセル・ティルク エステル・クンドゥ カネル・ポカ 2023エストニア・フィンランド・ラトビア・ギリシャ・日本 115分
バルト三国の中で唯一エストニアだけは行ったことがある。で、なんかエストニア映画なんていうとそれだけで心惹かれ見たくなるわけだが、加えて正教会の修道院(先週メテオラでみたばかり。木の板をバンバカ叩いて食事を知らせる光景ーの木の板なんかも日本のお寺にあるのとなんかそっくりで)、カンフー(主人公の部屋にはブルースリーのポスターも…)、ブラックサバスは大好きなバンドというわけでもないけれど、なにしろ時は1973年、ソ連時代のエストニアで抑圧された文化の道を邁進する主人公、というわけで期待値大で見に行く。
ソ連との国境警備隊に突然現れた3人のカンフーマスター、ラッパズボンにハイヒール、一人はヌンチャクを振り回し、もう一人はラジカセを肩に背負って大立ち回り。兵士を総なめに倒すが、主人公ラファエルは生き残って「特別な宿命?才能?を持っている」と言われる。その言葉にカンフーに目覚めたラファエロは除隊後、失恋したこともあり、母(字幕は「母ちゃん」、真っ赤なジャンプスーツの金髪)の制止を振り切り赤い小型車でカンフー修業の旅に??彼がとある山の東方正教会の修道院で見つけたカンフーの達人修道士たち。偶然長老に気に入られそこで彼はこの修道院で修道士になろうと決意する。それまでの長老のお気に入りで後継者を目指すイリネイ(なんかキリスト顔なのね、この人)はラファエルの世話を命じられるが、後継者の座を奪われるかとライバル意識丸出しで、イジメに精を出し…最後失恋した女性が結婚相手と別れよりが戻ってハッピーエンド?で、カンフーは修道院修業はどうなったの?というような整合性はないものの、それを気にしなければ楽しみつつ、ソ連時代の文化抑圧の片鱗をも感じることができるという仕組み。エミール・クスリッツア+香港カンフー映画という味わいかな…音楽は日本の日野浩志郎。(10月9日 新宿武蔵野館215)
⑩チャイコフスキーの妻
監督:キリル・セレブレンニコフ 出演:アリョーナ・ミハイロワ オーディン・ランド・ビロン 2022ロシア・フランス・スイス 143分
『インフル病みのペトロフ家』㉓のキリル・セレブレンニコフの描く、19世紀ロシアのコスチュームプレイの様相をまとった、幻想と伝奇の物語??という感じか。発端はチャイコフスキーの葬儀で花輪を持って妻アントニーナが死の床を弔問すると、死人のチャイコフスキーが起き上がり、「あの女がなぜ来る!」と叫ぶという何とも気味の悪い場面から。
映画そのものは若き音楽学生アントニーナがチャイコフスキーにあこがれ、結婚を申し込む(積極的!よい相手との結婚でしか生きられなかったこの時代の女性の積極性?)。「兄と妹のような愛」でしか愛せない(実際には「兄の愛」さえも与えなかった)といいつつ、求婚を受け容れて結婚するチャイコフスキーだが、新婚旅行を兼ねた帰省の車中では男友達に取り囲まれ、連れていくのは男たちが隠微な関係をむすんでいるような社交の場、もちろん性的な接触も拒みーやがてチャイコフスキーはサンクトペテルブルクへの出張を契機に妻に別居と離婚を申し出るーってまあ、当時の同性愛が許されなかったような事情はあるにしてもちゃんと男の友もいる彼がなんでこんな結婚をするのかと見ていて頭にくる。
いっぽう徹底的に痛めつけられる妻は、それでも決して離婚に応じようとはせず、彼の弾いたピアノだけを身辺に求めて別居の夫婦暮らしを続ける、というとなんかけなげで気の毒なようだが、彼女も夫から生活費を受け取りながら、離婚の仲立ちに立った(そして失敗した)弁護士と関係を持ち3人の子をなして(出産シーンもある)施設に入れてしまう(末の男児の名はチャイコフスキーのピョートル。もちろん父称はチャイコフスキーの名となる)。映画途中、チャイコフスキーの友人だった男がアントニーナに男性を紹介し、全裸(ホントに全裸)の5,6人の男が彼女を囲み、彼女が関係を持ったらしいことが暗示され、さらに後の方で彼らが彼女の幻想として現れる場面があり、つまり彼女にとって性的な拘束というものが相当大きかった?ーことがうかがえる描き方。弁護士はやがて結核で倒れ、彼女が全裸の彼を看取る場面もある。また「幸福」なチャイコフスキーとアントニーナが、白い天使姿の3人の子たちと雪降る墓場で記念写真を撮るなんていう、これはまあ彼女の幻想として描かれているわけだが、彼女は幻想の中で幾度かチャイコフスキーと遭遇するシーンもあり、幻想と現実の境目がわからないような、これは『ペトロフ家』とも共通するような描き方。そして希代の悪妻とか言われたらしいチャイコフスキーの妻を、妻自身の側から描いたとされるこの作品だが、決して妻に感情移入できるような描き方はせず(どっちもどっち?)それゆえ妻の強さと虐げられたつらさが強調され、彼女はどんどん美しくなくなり、ミソジニーの気配さえも感じさせられる、これもいかにも「セレブレンニコフ映画」なのだった。ウーン力作なのだが、眠くもならないが、見た後の感じは重く、疲れる。(10月9日 新宿武蔵野館 216)
⑪花嫁はどこへ
監督:キラン・ラオ 製作:アミール・カーン 出演:二ターンシー・ゴエール プラティーバー・ランター スパルシュ・スリーワースタウ ラビ・キシャン 2024インド 124分 ★★★
アミール・カーン製作で元妻のキラン・ラオが監督という、インドの、女性にとってはなかなかに厳しい結婚状況をしっかり織り込みつつ、笑いのオブラートにくるみ、その中でしっかりと自立に向かって歩む女性を描いて娯楽作としてまとめ、ダンスはないが歌はたっぷりのマサラ・ムービーにもなっているという、最近稀有の名作?花嫁は顔をベールで覆い(前ではなく下を向いて歩けという教えが生きている)婚家への列車に乗る発端から、それゆえ自身の花嫁ではなく別人を連れて実家に戻って来た男。連れられてきた花嫁ジャヤはなぜか偽名を名乗り、村内を自分で歩き回って何事かをなしつつ、自身に婚家や実家には連絡も取ろうとせず身を隠すふう。そうしながら相手の家族の女たちと「友だち」のような関係を築いていく(これは家の中にいる女たちの中にも自立や自身の友を持つという志向があったということで、一人の女性は似顔絵かきの才を見出されジャヤに励まされて映画の中で重要な役を果たすーうまい描き方!)一方置き去りにされてしまった花嫁プールの方は、はなはだ周りのなすがまま、婚家のある村の名前さえも覚えていないという頼りなさだが、とある駅で一家を養う少年に助けられ、口うるさいが情のある売店の女将のもとで自身もお菓子を作って売ったりして、少しずつ自立への道を模索する。警察は腐敗と汚職まみれ?みたいに一見描きながら、彼らにも最後のドンデン返しでは胸のすくような「法の味方」的側面を見せー前妻を子供がいないゆえに焼き殺した?(自殺?)、ジャヤの夫(出会ったとたんに彼女を殴る)は指弾され、めでたしめでたし!ジャヤの旅立ちがまぶしく、夫の家族との馬車への同情を断り、夫とともに歩いて家に帰るプールの結婚生活も多分今までの女たちとは変わっていくのだろうと思わせる、久しぶりになんか希望を持って楽しめる終わり方だった。(10月11日 新宿ピカデリー 217)
⑫ロール・ザ・ドラム!
監督:フランソワ=クリストフ・マルザール 出演:ピエール・ミスウッド パスカル・ドゥモロン ザビーネ・ティモティオ 2019スイス 90分
伝統を重んじるが能力不足?の旧楽団指揮者のアロイス(本業はワイン業者)、団員たちは愛想をつかしアロイスの幼馴染で音楽家として成功しているピエールを呼び寄せ指揮を頼む。ピエールは女性や移民たちも加えて新楽団を結成(この楽団はひたすらイタリア、パルチザンの「さらば恋人よ」の変奏曲を演奏する)。しかし物語は楽団同士の「戦い」になるわけではなく、そこにアロイスの妻(元アロイスとピエールが取り合った女性という設定)の女性参政権運動(スイスは1970年当時まだ女性に選挙権なかったんだ!)、ピエールの父との確執、アロイスと、ワイン調合に興味を持つが父に止められている娘・コリネットとの確執、彼女とイタリア系移民の若い楽団員にしてアロイスの従業員である青年の恋などがからみ、彼らが結ばれるハッピーエンドになだれこむわけだが…なんかどのエピソードも中途半端な感じがするのは、堅実控えめな演出というべきなのかしらん。それとも我が身の鑑賞力不足?
(10月12日 新宿シネマカリテ 218)
⑬リリアン・ギッシュの肖像
監督:ジャンヌ・モロー 出演:リリアン・ギッシュ ジャンヌ・モロー 1983 フランス59分
当時90歳だったリリアン・ギッシュの1913年無声映画へのデビュー時代の写真や映像を振り返りながら、55歳のジャンヌ・モローがインタビューをするドキュメンタリー。派手な赤・黒の中国清朝風衣装に身を包んたギッシュの声の力強さ、明晰な記憶・語り口に圧倒される。そして同じくらいに格好いいジャンヌ・モローも。
創成期の映画の力を映し出そうとする女性タグの威力という感じ。(10月12日 新宿 シネマカリテ 219)
⑭パリのちいさなオーケストラ(Divertmento)
監督:マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール 出演:ウーヤラ・アマムラ リナ・エル・アラビ ニエル・アレストリュプ 2022フランス 114分 ★★
パリ近郊の音楽院に学ぶアルジェリア系の双子の姉妹ザイアとフェトゥマがパリの名門音楽院への編入が認められる授業に参加するところから。そこには移民や異人種、女性を排除するような不愉快な空気も満ち満ちているが、フェトゥマは10年続けてきたチェロを学び、ザイマはあらたに指揮者への道を目指す。女性の指揮者は6%というような状況の中、級友たちはザイマの指揮に従わないというような態度もし、その先頭には指揮者志望のエリート同級生もいたりするわけで、特にザイマの道は前途多難を極めるが、ある時、特別授業にきた世界的な指揮者セルジュ・チェリビダッケの目に留まり、ザイマは彼に師事することになる。
夢をあきらめるなという音楽好きの父、よき理解者・協力者である双子の妹や家族、また、地域の移民社会ーその子たちが学ぶ地元の音楽院のメンバー、また彼女の力を認めバックアップするようになるエリート音楽院の級友たちの何人かというような人々に支えられながら彼らをあたかもリードするように地域を音楽で満たしていくザイマの奮闘ぶりが感動的に描かれる。『ボレロ』はじめ、さまざまな楽曲が演奏されるがそれらが比較的ポピュラーな名曲であること、さらにさりげなく楽譜を見せたりセリフの中でその曲名を知らせるなど、案外「音楽初心者」にも理解したり楽しんだりしやすい作りになっていて、登場人物とともに観客もザイマが指揮し演奏する世界に「一体化」できるような仕組みになっている工夫を感じさせられて好もしい。実在のジウアニ姉妹はともに財団を作り活動を続けている音楽家でエンドロールには実在の彼女たちの写真も出てくるが、単に伝記映画にしているというより、見せ場(団地の野外でのボレロ演奏などとか、ザイマの授業中の失敗とか、チェリビダッケの厳しいレッスン風景とか、刑務所への慰問円相場面とか…)をたくさん作って娯楽音楽映画としても楽しませながら、移民社会の問題を抱えるフランス社会で音楽が人々の垣を越える可能性も示唆して秀逸。 (10月13日 新宿シネマカリテ 220)
⑮リュミエール
監督:ジャンヌ・モロー 出演:ジャンヌ・モロー ルチア・ボゼー フランシーヌ・ラセット キャロリーヌ・カルティエ キース・キャラダイン ブルーノ・ガンツ 1976フランス 102分
シネマカリテで上映中のジャンヌ・モロー監督作品特集の1本。1976年に作られた初監督作品とのこと。4人の女優の生活や心模様と、そこに絡んでくる男たち6人ぐらい?―入れ替わり立ち代わりという感じだし、場面転換もそれに伴い、終盤あっという間にむしろ暗示的と言ってもいいくらいにさりげなく示される一人の男の死と、それを知る元恋人(ジャンヌ・モロー演じるサラ)の悲痛の表現ぐらいしかドラマティックな要素はなくて室内や周辺を中心に二人の男女、もしくは二人の女性が交わすセリフ劇(展開は舞台劇のようでもある)で進行している感じで、日曜昼下がりの鑑賞はいささか眠気も誘いウーン。女優たちはそれこそ70年代風俗ではあるがそれぞれに美しく、男たち(ブルーノ・ガンツも)は若い。画面もおとなしやかではあるが絵本のような淡い鮮やかさのカラーリングの美しさだけど…。(10月13日 新宿シネマカリテ 221)
⑯シュリ デジタルリマスター版
監督:カン・ジェギュ 出演:ハン・ソッキュ キム・ユンジン チェ・ミンシク ソン・ガンホ 1999韓国 125分(2024デジタルリマスター版)
日本では2000年1月最初の公開で、確かに見ているが、はるかかなただなあ?サッカー場での爆弾爆発?までの緊迫した攻防の印象と、それに出だしの北朝鮮の第8師団?の女性兵士のトンデモない激しい訓練の様子ばかりがなんか頭に残っていて、熱帯魚がらみの真ん中の恋愛シーン?が結構すっぽり抜け落ちていた―今回見ても、まあ観客だから見えるのではあろうが、主人公ユ・ジョンウォンのあまりの鈍さー考えてみれば恋人が怪しい?ってわかるでしょうに…まあ信じる気持ちが目を曇らせる?で話が進む途上の何人ものテロ死の捜査あたりはちょっとだれるなあと、眠くならないでもない。
しかしハン・ソッキュもだけど、ソン・ガンホの初々しさ、チェ・ミンシクも貫禄身につけつつもそれなりに鋭い雰囲気、キム・ユジンは二役の演じ分けだと思うが、これもなかなかで、さすがの名作、そしてまた20年余りの歳月の長さを感じさせられてしまうのではあった。(10月16日 シネマート新宿 222)
⑰二つの季節しかない村
監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン 出演:デニズ・ジェリオウル メルベ・ディズダル
ムサブ・エキチ エジェ・バージ 2023トルコ・フランス・ドイツ 198分 ★
2015年6月日本公開の『雪の轍』は196分、長い長い会話劇(カンヌでパルムドールを受賞している)だったが、こちらは同じ監督の198分ーとにかくワンシーン・ワンカットで延々と登場人物が議論をするのも同じ。今回は雪に閉ざされたトルコ東部(あの後ろにそびえる山はアララト山?山の景色、雪景色は寒々しいが抜群に美しい)の小学校に勤務するサメット。4年目に入ったがこの地が嫌いで一刻も早く都会への転勤を望んでいる美術教師。新学期初日「帰って来た」主人公サメットは、彼に親し気な様子を見せる女生徒セヴィムに土産の鏡をこっそり渡す。映画最初の方で授業中の教室に突然ずかずかと入ってきて「持ち物検査をする」と宣言し、生徒たちのカバンから禁止されている持ち物を取り出し没収する教師たち。ーげ、こんなことがまかり通っているの?トルコでは…ーで、これを発端にサメットとセヴィムの仲?はギクシャクしーっていうかすごくなれなれしくすり寄る生徒と、いかにもえこひいきっぽい中年男性教師で見ていて全然共感は抱けないが―彼と、同居する地元出身の教師ケナンは生徒と不適切な関係があったとして教育委員会に告発されてしまう。といって、この映画その後の顛末を事件として描くわけではなく、そんなことがあって不遇をかこつ彼と、ケナンと、そして出会った政治運動に参加テロに巻き込まれ片足を切断した女性英語教師ヌライとの出会い、その後の三者ゴタゴタの関係の中で社会から逃げようとするサメットと、この世界の中で居場所を見つけて生きることを主張するヌライの12分間にわたる討論?その後の思いがけない情事、ヌライとのゴタゴターそして草木が緑になる前に黄色くなってしまうという夏が来てこの地を去ることになるサメットと…、非常に繊細かつ微妙な機微で描かれているが、どの人物もけっこう長いシーンで自身の気持ちを言語化するところが、この作者の映画の特徴。それを真っ白な雪にまぶすというところかな…ウーン。長いが飽きないし、登場人物にほとんど共感できないのだが気持ちはわかる。12分のシーンではサメットの「逃げ」に思わず自分を振り返らされてしまう。—という意味で見ごたえは十分な映画ではある(10月16日 新宿武蔵野館 223)
⑱九発の銃弾(九槍)
監督:蔡崇隆(ツァイ・チョンロン)2022台湾 90分
ベトナムからの出稼ぎ(不法)就労者だった27歳の青年が、全裸で警官に9発の銃弾で撃たれなくなるという事件と、その遺族へや弁護士へのインタビュー、警官側の発言も含め、台湾社会での不法移民や出稼ぎ労働者、社会構造から起こる犯罪や、警察官の実態とか、すごく真面目に取り組んだドキュメンタリー。しかし全裸の青年が撃たれて血まみれになったまま、パトカーの下の地面に長く放置され動くと危険視され、撃った警官(6ヵ月とかの禁固刑を受けたらしい。何しろ9発も撃ち込んでいる)の論評?を受けているというあまりに生々しくオソロシイ映像に他のすべての場面のインパクトが飛んだ気がする。2022年金馬奨最優秀ドキュメンタリー賞作品。(10月18日 台湾文化センター台湾映画上映会2024 224)
⑲ジョイランド わたしの願い
監督:サーイム・サーディク 出演:アリ・ジュネ―ジョー ラスティ・ファルーク アリーナ・ハーン サルワット・ギラーニ 2022パキスタン 127分 ★★
パキスタン・ラホール。保守的な中流家庭の次男ハイダルは失業中で、父になじられながらせっせと家事をこなし、3人の幼い姪(兄夫婦の子)の面倒を見る。夫婦の生計を支えるのは美容師の仕事に生きがいを感じている妻ムムターズだが、一家の中でこの夫婦への風当たりは強く、ハイダルが仕事を持ち、ムムターズが仕事をやめて男の子を産むことを求められている。冒頭そういう義父や義兄に反発して、自分の給料で一家にエアコンをいれたいと主張するムムターズは何とも力強く格好いいが、ハイダルが仕事を持ち家に帰るのが遅くなり、自身は仕事をやめて兄嫁の手伝いをしながら家事をし、やがて妊娠するムムターズの表情がどんどん暗いというか空虚な感じになっていくのがすごくリアルな演技力と感心した。
ハイダルが友人を通じて得た「劇場」の仕事は、ヒジュラ(トランスジェンダー)の踊り子ビバのバックダンサーで、ハイダルは家族には「劇場の支配人だ」と偽り、父親は承知しつつも劇場で仕事をしていることを近所に知られるなと釘をさすー要はそういう価値観の過程なわけで、そこで育ってきたハイダルが、体も小さく仕事も見つからないとはいえ染まっていないというのはなかなかー回想されるムムターズへの求婚場面がその後の悲劇が見えるだけになんともいとおしい感じだった。ハイダルはビバの自由なというか既成の価値観にあらがうような生き方に惹かれバックダンサーとしてもビバの友人?としても関係を深め、ムムターズは夫の相手がヒジュラということで浮気を疑ったりはしないが、どんどん孤独を深めていくというのが後半、そして悲劇…というのが物語の展開で、最後はハイダルが、見たことがなかった外の世界(ムムターズが幼い頃見てあこがれた)海に入っていくシーンで終わるという…間には父の老いや、好意で面倒を見てくれた近所の女性が息子に義絶されるとか、なんとも「家」や「男権主義」に縛られたパキスタン女性(男性もか)の姿がこれでもかこれでもかと描かれる、社会意識充分な映画。パキスタン国内では最初上映禁止令が出たが、関係者の抗議活動や、ノーベル賞受賞のマララ・ユスフザイ(エグゼクティブ・プロデューサーとなっている)の声明などにより一応禁止令は解かれたが、まだ監督自身の故郷では上映が認めらrていないのだとか…。受難の映画を日本で見られる幸せも感じる。公開2日目の武蔵野館、まあまあ観客も入っていてよかった。(10月19日 新宿武蔵野館 225)
⑳花蓮の夏4Kレストア版(盛夏光年)
監督:陳正道(レスト・チェン) 出演:張孝全(ジョセフ・チャン)張睿家(ブライアン・チャン)楊淇(ケイト・ヤン)2006台湾96分 ★★★
日本では2007年の公開で、もちろん印象に残っている1本だが、17年ぶり?の劇場公開ということで、これは観ずばなるまいとでかける。高校生から大学生を演じている張孝全らの若さがまぶしい感じ。小学生時代(なんとも不思議?なセーラー服姿、男の子は青、女の子は赤というのもすさまじいが…)、多動で問題児であった余守恒(ユ・ショウヘン)の友だちになるように先生に頼まれた康正行(カン・ジェンシン)、二人のその後の10余りの、やがて友人というだけでなく恋愛感情を持つようになる青年を、香港からやって来た写真家志望の女子学生慧嘉(ホイジャ)を絡めて描く男二人に女一人を配した恋愛正道?映画。当時としてはやはり台湾少年の同性愛というかLGBTG映画であるのも新しかったのかなあ。多動の問題児からバスケットの名手になり高校・大学進学も親友とともに果たすショウヘンと、国立大学に失敗、友人と同じ私大に入りながら、予備校に通って来夏の再受験を目指すジェンシンの対照的かつ共通項もある心の動きを繊細な表情や行動で描いて、印象の深さを改めて感じさせられた一本である。(10月19日 シネマート新宿 226)
㉑国境ナイトクルージング(燃冬)
監督:アンソニー・チェン(陳哲藝) 出演:周冬雨 劉昊然 屈楚蕭 2023中国・シンガポール(中国語・一部韓国語)100分 ★★★
2013年『イロイロ』、2019年『熱帯雨』㉓に続き、印象の濃い映画を作るアンソニー・チェン、前作、前々作の暑い・雨模様のシンガポールから、今回の舞台は氷の切り出し風景から始まる雪に閉ざされた中国東北部延吉。ここで朝鮮族の華やかな結婚式シーン、参列者の色とりどりのチマ・チョゴリ(なんだけど韓国の礼式のチマ・チョゴリとは何となく色合いとかが違っているのが目をひく)は、寒々しい白の街の景色と対照的であっというまに映画世界に引き込まれる。
映画の主人公はこの街でツアーコンダクターとして観光客の世話をするナナ(ここでも朝鮮村が観光スポットで、ナナは片言の朝鮮語を客に教えたりしている)、屈託ありげに友人の結婚式に参加し、一人抜け出してツアーに参加するがスマホを紛失する上海青年ハオファン、そしてツアー客に食事を出す食堂の料理人シャオ。美形の3人の役者が、あまり美形にならないようにしかしそこらへんにいるにはちょっとあか抜けたというレベルの顔立ち・雰囲気で共演しているのが、いかにもアンソニー・チェ゙ンの世界っぽい「花」を感じさせる。3人とも決して順風に生きてきたのではない屈託とかわけありげな雰囲気で、ナナは自分のツアー中にスマホをなくしたハオファンをもてなそうと夜の食事に誘い、そこにボーイフレンドのシャオも同席して、典型的な男2人女1人の映画的三角関係?ができあがり、口に出したり出さないままに3人は長白山(映画内の歌ではちゃんと白頭山といっていた)の天地を見に雪の山野を進む旅を含む5日間のいわば「休暇」を過ごすという話。
特に大きな事件が起きたりドラマティックに話が進むわけではない(テレビで強盗殺人?が報じられその犯人が指名手配され、最後の方で捕まるシーンがでてくる。3人に直接関係のある人ではないが、これがいわば映画の空気を決める一つの要素になっているのがよくわかる)が、3人のセリフや繊細に描かれる表情・雰囲気など、映画的世界を十分に楽しめ、映画の中ではちょっと暗示される程度ではあるのだが彼らのこれからが、今までとはちょっと違ったものになって行くのだろうという予感も描かれて、納得するという感じの後期?青春映画だった。(10月21日 新宿ピカデリー 227)
書きました! よかったら読んでください!
●よりぬき【中国語圏】映画日記
王童『台湾近代史三部作』+『海を見つめる日々』の女性たち
TH叢書NO.100アトリエサード/書苑新社 2024・11
秋晴れの伯耆・大山写真集
大山に向かうバスからの夕景はちょっと異様なほどの夕焼け
後ろ姿はめずらしく自分(同行の方が撮ってくれた)・サヨナラ大山という山の姿
長い長い石畳の参道~温泉~地ビールと大山地鶏のカレーライスで打ち上げ!
明るくおしゃれな雰囲気の鳥居の外の参道商店街でした!以上:お付き合いありがとうございました。
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